あかまる
2025-07-24 19:13:03
4049文字
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世界でただあなただけ(全年齢公開版)

マヒDom、主Sub。贈り物として書いたものの公開許可が出たので載せます。

<言葉のざっくり説明>
Dom(ドム)=支配したい人。グレアという覇気が使える。
Sub(サブ)=支配されたい人。信頼した人のグレアは気持ちいい。信頼が無いと怖い。
Glare(グレア)=Domが出す覇気。量とか強さとか自由自在みたい。
コマンド=だいたい英語のやつ。命令。母国語もコマンドになり得る。
抑制剤=Dom(ドム)もSub(サブ)もお互い命令をしたり聞いたりしないとだんだん不安とかイライラで苦しくなってくるらしい。最悪死ぬ。抑制剤を飲んで抑えることが多い。
      

 オレが高ランクのDomだと診断されたのは中学入学の一斉検査だった。性格や行動からなんとなく周りも検討はついていたのか、男女問わずSubに付きまとわれるようになった。まだガキ大将の名残があったオレは大暴れしてSubを全員追い払い、少し強めの抑制剤を飲むことで担当医を納得させたのだった。

 状況が変わったのはオレが高校、妹が中学に入学する年だ。妹はSubだった。担当医の「家庭内でDomとSubが揃うなんて珍しい。二人で軽度なプレイが出来ればお兄さんの抑制剤も軽いものに変更できますよ」なんて楽観的な発言に腹の中が沸騰しそうだった。

 ただでさえ妹に向けるこの感情に蓋をしなければならないのに、抗いがたい魅力のSubを前にして欲望を抑えきれるものか。そんな思いを腹に抱えながらも、決してパートナーの地位を他の人間に譲る気などなかった。主治医だけが抑制剤の強さが変わらないことに対して不思議そうにしていた。

 弱いglare(グレア)を彼女に浴びせて、 ”座れ” でソファに座らせ、 “話せ” と命じれば嬉々として学校で起こったことを報告してくれる。新しいダンスを覚えた彼女に ”魅せろ” とコマンドを出したこともある。彼女を褒めることなど簡単だった。心に浮かんできた言葉を口に出せば、妹はいつも満足げにオレの周りを飛び跳ねた。

 しかし、夜ごとオレの腹の中でもっと彼女を支配したい、全てを自分のものにしたいという渇望が暴れまわった。家を離れ、航空アカデミーに通うようになってもそれは変わらず、積極的に時間を作っては妹の元に通った。

 あの日、爆発で彼女との絆が絶たれるまで。



 ベッドで眠る彼女は少し頬がこけている。また心労で痩せてしまったのだろう。彼女が失って悲しいのは兄のオレだろうか、Domのオレだろうか、それとも……。瞼がぴくりと動いて目を覚ました彼女は、オレの姿が視界に入ると警戒した表情に変わった。

「お前は倒れて病院に運ばれた。軽い栄養失調と不安障害だろう。まだ、よく眠れてないのか? それとも……
「あなたには関係ない」
……点滴はもう終わったな。代わりのDomは見つからなかったのか? ダイナミクスの不調を軽視すると命に係わることもある」
「私が死んであなたに何か関係あるっていうの!?」
「自分を粗末にするな!」

 彼女の自暴自棄な発言に抑えていたglare(グレア)を放出させる。いままで浴びたこともない強いglareを浴びた彼女は、身をすくませてしまった。オレは怒りで失った制御を取り戻し、glareを昔のような弱さまで落とす。

 落ち着かせようとベッドに腰かけ、肩に手を伸ばすと彼女がビクリと身を縮めた。伸ばした手を握りしめ、ゆっくりと引く。威圧感を与えないように意識して落ち着いた低い声で話しかける。

「 Listen “よく聞け” オレはお前の体を心配してる」
……聞きたくない」
「 Shush “静かに” 。今は落ち着いてオレの話を聞いてくれ。コマンドに反発すると心に負担がかかるぞ」
……嫌」

 ただ落ち着かせて、簡易的なプレイで彼女の不調を治したい。昔のようにパートナーになれずとも彼女を救いたい。たったそれだけのことも許さず、反発する彼女に次第に怒りが湧いてきた。オレからはほんの少しの支配も受けたくないのか。……それほどにオレを否定したいのか。

 先ほど収めたglareが再び強く出るのを感じる。今度は抑えたりしないで正面から彼女に浴びせた。その場で立ち上がり軍隊式の気を付けをする。より高圧的に見えるように、より逆らえなく感じるように。口から出た声は自分で思うよりも冷たかった。

「Kneel “床に跪け” 」
…………っ」
「聞こえなかったのか。 Kneel “跪け” 」
…………
「Kneel “跪け” !!」

 彼女は点滴の棒に縋りつくようにベッドから滑り落ち、その場にペタリと座り込んだ。コマンドが通じたことに安堵して、しゃがみこみ彼女の顔を伺う。その顔面は蒼白で、唇を引き絞り、その視線はまるで敵対者を見るかのようだった。様子がおかしいとは感じたが、コマンドに従ったからには褒めなくては。

「Good “それでいい” オレの指示に従えばお前の不調はすぐ治る」
「あなたは誰なの……?」
「オレ? オレはマヒルだ。……お前の兄ちゃんだ」

 その台詞を言った途端に点滴の棒がガシャンと音を立てて倒れた。彼女は自分の腕から点滴の針を引き抜き放り投げる。彼女の腕から流れる血が転々と床に飛び散った。すぐに止血をしないと。そう思って伸ばした手ははたき落とされる。

「あなたは兄さんじゃない!私の兄さんは死んでしまった!あなたみたいな冷たい人じゃない!兄さんは私にあんな風に命令しない!兄さんのコマンドはいつも優しかった!兄さんを返して!返してよ!」

 悲痛な顔を涙で濡らしながら、オレの胸を叩き続ける。流れる血が彼女の腕から拳に伝わり、オレの胸に跡を残す。大きな音に驚いた看護師が何事かと病室に駆けつけてきたが、視線とジェスチャーだけで中に入らないように指示を出した。

 オレはまた間違えたのか。自分の行いに歯を食いしばりながら左手の革手袋を外す。その手で泣き続ける彼女の頬に流れる涙を拭う。大人しくされるがままになっていた彼女は、そっとその手のひらに頬を摺り寄せた。その姿にぽつりと口から言葉がこぼれた。

……ごめんな」

 彼女をそっと抱きしめると今度は暴れずに腕の中に入ってきてくれた。オレはごめんと繰り返しながら、彼女が気を失うまで頭を撫で続けた。

 意識を失った彼女をベッドに寝かせ、廊下で待機していた看護師に対処を依頼した。腕の流血は止まっており、後に残るのは洋服に付いた赤黒い染みだけだった。彼女が目を覚ましたらもう一度謝って関係を改善したい。そう思っても自分の執艦官という地位がそれを許さなかった。

 彼女の担当医に仕事に戻る旨を伝えて、次の任務へ向かう。顔色の悪さを指摘されたが問題ないと振り切って病院を出た。もうずっと強い抑制剤を使って一人でやってきている。彼女以外のSubなど必要ない。支配する側のDomでありながら彼女に支配されているのは自分なのだ。



 次に彼女を見つけたのは臨空タワーの展望台だった。極秘任務を終えて、彼女に謝るためにハンター協会に向かったが彼女はいなかった。同僚によると、どこかのDomの心無い言葉を受けた後ふらりと行方が分からなくなったそうだ。すぐに端末を出し、最近確認していなかった発信機の位置を表示し、その場へ向かう。

 平日の夜、人気のない臨空タワーの長いエレベーターが展望フロアまで上がると、手すりに身を乗り出す彼女を見つけた。

「待て!!!!」

 彼女の反応を待たずにEvolで強引に腕の中に引き寄せる。彼女が嫌がって暴れても絶対に逃すものかと薄い体にきつく手を回し、折れそうに細い肩口に顔をうずめた。格好いい兄ちゃんでなくてもいい。頼れる兄ちゃんでなくてもいい。どんなにみっともなくても彼女を失うくらいなら、地の果てまで追いかけて縋りついてやる。

「死ぬな……!!」

 マネキンみたいに硬直して動かない彼女は今どんな顔をしているのだろう。逃げ出す素振りはないが、手を離してふらりと飛び立ってしまったらと想像するだけで心臓が嫌な音を立てる。チップが作動する前に早く落ち着かせなくては、そう思ってきつく目を閉じたその時。

「マヒル、私」

 彼女の声が聞こえた。顔を上げるとその視線は不安そうにこちらを見降ろし、迷子の子供のような表情をしている。もう我慢なんて出来なかった。自分の瞳に透明な幕が張って彼女の像がぼやける。彼女の表情を見逃したくないのに、何度瞬きしてもすぐにぼやけてしまう。口を開くと子供のような情けない声が漏れた。

「行かないでくれ……

 瞬きを忘れたように見開いた彼女の目にはどんどんと涙が溜まり、ポロリポロリと頬の上を流れて行った。幼い頃に集めたラムネ瓶のビー玉みたいな、大粒の涙だった。オレの目からも堰を切ったように涙があふれ出てくる。

「ごめんね、ごめん」
「お前は悪くない、お前は悪くないよ」

 俺たちは子供の頃に戻ったように涙を流しながら声を上げて泣いた。



「兄さんが小さい頃、私に『死ぬな、大丈夫、オレが守るから』って言ってくれたことがあったでしょ」
……覚えてたのか?」
「うん、避難所だったと思うんだけど……。いつも手を握って約束してくれたよね」
「あの頃からずっとお前を守るって決めてた」

 展望台のベンチに並んで腰かけ、夜景を見ながら言葉を交わす。彼女は肩にかけたオレの上着を胸元に引き寄せながら、オレの肩に頭を寄せた。

「私ここに来た時に、ここから飛べば鳥みたいに飛べるかなって思ってたの。でも、さっき『死ぬな』って言われた時に、この言葉は絶対に守らなきゃって思ったんだ。きっとそれが、初めて私にかけてくれた兄さんのコマンドだったんだよ」
「まだDomだなんてわかってない頃の話だぞ」
「うん。だけど小さい頃の兄さんがずっと私を守ってくれてたんだと思う」

 彼女が顔を上げてオレの目を見つめる。もう迷子のような目じゃなく、自信に満ちたいつもの瞳だ。その瞳の奥にオレが望んだものを見つけた気がして、鼓動が早くなっていく。

「私にはずっとあなたしか居なかったんだよ」
「オレにもずっとお前しか居ないよ」

 二人で目を合わせて笑いあう。オレが両手を広げると彼女の方から胸の中へ飛び込んできた。泣きはらした目ははれぼったく喉はガラガラだが、胸の中にあたたかな灯が灯ったようだ。

 この日オレたちは仮初じゃない本物のパートナーになった。