桜霞
2025-07-24 15:53:09
8790文字
Public 【RKRN】しのぶれど【雑夢】
 

【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】9

※つどい設定があります。
※雑高要素が香るほどあります。
※モブがたくさん喋ります。
※捏造がたくさんあります。
※なんでも許せるひと向けです。
誤字脱字がありましたら、該当箇所のみ教えて頂けると、大変助かります。
よろしくお願いします。



 タソガレドキ家臣団の内の一人の息子が闇討ちに遭うところだったが、返り討ちにされ、下手人が逃げ込んだのが城下からほど近い場所にある、つい最近無人になった寺だというのが城内に知らされたのは、東の空が白む前だった。根城にはこれまでに得た情報や盗まれたものと一致するものが確認され、夜明けと共に、黄昏甚兵衛に命ぜられた監察方が、手勢を引き連れて捕物に向かうことになった。
 これを受けて、忍者隊は先んじて出発した。盗品の中に貴重なものがあれば、乱闘騒ぎの内に傷つかぬよう回収するためだ。そして、後から到着した侍達の援護をする意図も含まれていた。忍者達が影に紛れて出立する頃、侍たちは甲冑を着込んで人足を集め、馬を用意していた。
「なんだってガキがこんなところにいやがんだ!」
 ふと、門の方が騒がしくなる。城内に入ろうしていた高坂は、騒ぎの方を見て瞠目した。
「雑渡さまに会わせてください!!」
「誰だ、雑渡って」
「知らん」
 門番に止められているのは、まだ十になったばかりの里の子だった。高坂は咄嗟に指笛を鳴らした。はっと息を呑んだこどもが、門番達から離れ、音の響く方へ走り出す。高坂もこどもと並行するように走り出し、すぐに追い抜いて、やがてこどもの前へ躍り出た。
「高兄さま!!」
 駆け抜けた勢いそのまま、こどもが高坂に飛び込んでいく。高坂はこどもをしっかりと抱き止めてやった。こどもの足は走り通しだったのか、泥と土に塗れて汚れていた。
「どうした。何があった?」
「あの、あのね、」
 弾む息の中、こどもがなんとか、おくがたさまが、と口にする。
 高坂の心臓が、どくりと不穏な音を立てた。





 ◇     ◇     ◇





 夜明け前。

 ───不意に。

 尊奈門は目を覚ました。見知らぬが知っている天井が視界に入る。起き上がると、雑渡の屋敷の囲炉裏の傍である。昨夜ここで寝ますと彼女に言い切って、尊奈門は囲炉裏の側で火の始末をして眠ったのだ。
 尊奈門は音もなく着替えを済ませ、寝床を簡単に片付けると、静かに外に出て、屋根に上がった。身を低くし、そっと辺りを見渡すと、山間の向こうが白んでいる。その影が、草原に紛れて、何人か物騒な気を纏うもの達を、はっきりと尊奈門の視界に映し出していた。彼らは時折周囲を警戒する素振りを見せながら、少しずつ屋敷に近づいてくる。彼らの纏う険しく刺々しい空気が、不穏な空気を呼んでいた。
 尊奈門はすぐに屋敷の中に戻った。失礼しますと声をかけ、床の間に入る。彼女は屏風の向こう、まだ眠っていた。
「奥方さま」
 声をかけると、身じろぐ気配がする。そっと覗くと、掛布の外に出ている瞼が少しだけ震えていた。
「奥方さま、起きてください」
…………?」
「起きてください。着替えて」
「なんです……
「何者かが来ています」
 眠そうにぎゅっと目を寄せ、疑問符を浮かべながらも起き出した彼女を置いて、尊奈門は、今度は庭の方から外に出た。ほう、と梟が鳴く。しかし、誰も応えるものはいない。
 援軍は無いかもしれない。尊奈門は気を引き締めた。
「尊奈門?」
 すっかり着替えた彼女が、それでもまだ少し眠気を眦に残しながら、不思議そうに尊奈門を見つめている。
「奥方さま、中にいてください」
 尊奈門も縁側に上がり、雨戸を出した。全て閉めると、彼女を床の間に押しやって、障子も閉めてしまう。囲炉裏の方に続く障子の戸も内側から心張り棒をするように彼女に指示を出す。現代で言うところのつっぱり棒である。襖が開かなくなったことを確かめて、尊奈門は囲炉裏の床の細工を弄った。縁側にある隠し扉から忍具を拝借し、手早く身につける。装備を整えながら、尊奈門は次々と屋敷の仕掛け罠を起動させた。どれも幼い頃に尊奈門が引っかかって、片足を釣り上げられたり、跳ね上がった板に強か顔を打たれたりしたものである。雑渡に「これはこれこれこうでね、」と慰めの代わりに教えてもらったのが懐かしいが、感慨に耽っている場合ではない。
 それだけではなく、尊奈門は屋敷に繋がるあらゆる動線に手早く警戒線を仕掛けた。落とし穴を掘る時間は無いが、これでいくらかは時間が稼げる。
 尊奈門の狙い通り、警戒線のうちの一つが早速効果を上げた。すっ転んだ侵入者が「ウゲッ」と声を上げたのを聞き逃さなかった尊奈門は、影に紛れ、死角に忍び込み、素早く男の鳩尾を殴って首筋に手刀を叩き込んだ。すぐに物陰に運び込んで手足を縛る。すぐさま次の物音がして、尊奈門はすぐさま身を翻した。今度は二人組だったが、尊奈門は再び音もなく二人を気絶させた。
 どうやら連中は手分けして四方八方から屋敷に忍び込むつもりらしく、尊奈門の仕掛けた罠の面目躍如だった。あからさまに足首辺りの高さに引いてある細縄に気付くものもいて、すぐさま刀を抜いていたが、それが陽動となり、死角が増えるのが尊奈門にとっての勝機だった。尊奈門は、焦りそうになる自分を深い呼吸で抑えながら、一人一人、確実に沈めて行った。
 何度目か、手足をふん縛り、辺りの気配を探る。足音も、衣擦れの音もなく、尊奈門はこれで全員か、と再び屋根に上って高所から周辺を見渡そうとした。すると、山の方から音がする。特徴的なカポカポという、これは馬の蹄の音である。加えてガシャガシャと、これは甲冑の音、そしてそれを着た複数人の足音がする。尊奈門はすぐに屋敷の影に身を潜めた。
「おかしいな……
 畑を踏み荒らしながら、男達は辺りを見回した。甲冑や足軽兵のような装備に見覚えがあって、尊奈門は何度か目を瞬かせた。丸に下の字が装備に刻まれている。あれは確か。
「お前、あっちに回れ。様子を見て来い」
「奴ら裏切ったんじゃあるまいな」
「静かすぎる……
 槍を持ったひとりが、屋敷の影に隠れた尊奈門に気づかずに通り過ぎた。そうして縛られて転がされている仲間を見つけ、あーっ、と声を上げる。尊奈門は素早く身を翻し、屋根に登った。身を屋根にへばりつかせ、匍匐で進む。
「こっちに来てくれ! 倒れてる!」
「行くな! 罠かもし」
 瞬間、尊奈門の打ち放った印地が馬上で指示を出していた男の頭に命中した。打たれた男は見事にバランスを崩し、足を滑らせ、馬上から滑落した。手綱を引かれた馬が嘶いてたたらを踏む。どよめく仲間達に、男は「何をしておる!!」と喚き散らした。
「ゆけ!! やれ!!」
 オォッ、と気合を入れた男達が一斉に屋敷の方を向いて身構え、槍を持って突進し始める。尊奈門は屋根を滑り降り、男達の前に躍り出た。視界には先ほど打った男も含めて六人。そして屋敷を挟んだ反対側に一人。先行してきた者も含めるとゆうに十名を超える。なかなかの大所帯だが、半数は既に、一人の忍によって無効化されている。
 尊奈門は着地ついでにひとりを踏み潰した。刀を振るって槍の穂先を一つ切り落とす。
「誰だ!!」
「貴様らこそ何者だ!!」
「地侍ごときに分かるものか!! やっちまえ!!」
 突かれた槍を躱すと、刃が雨戸に食い込んだ。その隙を逃さず、再び尊奈門の刃が槍の穂先を切り落とす。次の袈裟斬りを跳ね上げて足蹴をお見舞いし、切られた柄を振り回す男の頭には刀の柄を叩き込んだ。しかし、尊奈門が引き付けていられるのは三人が限界だった。雨戸を這うように身軽に跳躍して囲いを振り切っても、その真反対で別の男が雨戸を蹴破ろうとする。尊奈門は歯噛みしたが、彼には二本の腕しかなく、手裏剣の数にも限りがある。手裏剣を打ち、突きつけられる切先の筵を跳躍して抜け、何度攻撃を躱したところで、何度目か、ガタンと派手な音を立てて雨戸が蹴破られ、障子が雪崩倒された。
「奥方さま!!」
 刀を抜きながら、男が二人、土足で上がり込む。
「くそっ、どけ!! 奥方さまーっ、あっ⁉」
 瞬間、尊奈門の視界を、投げ飛ばされた男が横切った。間髪入れず燭台が振り回され、顎を下から殴り飛ばされた男が弧を描いて頭から地に落ちる。唖然とする尊奈門達の前に、どこからか携えた薙刀を構え、燭台を鋭く放った。顔の真正面に被弾した男が仰け反って、どしゃりと崩れ落ちる。がん、と彼女が縁側に薙刀の柄を置いた。
「こんな朝早くから名乗りもせず。何者か」
 朗々とした声が白い光に照らされる。一瞬、その場を支配したのは彼女だった。
 地を這うように唸る声で静寂を打ち破ったのは、馬に乗っていた男だった。
「貴様、目付の娘だな」
「誰何(すいか)をしているのはこちらです」
「答えたところでおなごに分かるものかよ。かかれぇ!!」
 怒号に煽られた男達が再びいきりたつ。奥方さま、と尊奈門は叫んだが、彼女は豪快に薙刀を振るって男達を近づけなかった。尊奈門は肘鉄を胴にめり込ませ、男を投げ飛ばし、足蹴にして跳躍し、ようやく囲いを抜けて彼女の背中を埋めた。
「まさか、そんなものがお屋敷にあるとは」
「嫁入り道具です。欄間にかけてあったの」
……知りませんでした……
 忍失格、と尊奈門が胸中で呟くのと同時、彼女は深く息を吐いた。
……奥方さま、お逃げください」
「、」
「馬には乗れますか」
「はい」
「後から必ず追いつきます」
「何をコソコソと!!」
 男が刀を大上段に振り上げる。振り下ろされるより早く薙刀が刀を打ち払い、一歩前に出た彼女を狙った男を、尊奈門が気合一閃、殴って吹き飛ばした。
「必ず無事で」
「はいっ!!」
 薙刀が宙を舞い、空を切る。烈破の気合に気押された男達は自然後退り、彼女の隙は尊奈門が埋めた。
 尊奈門の牽制を背に、彼女が馬に跨る。
「女が逃げるぞ!! 追え!! 矢を放て!!」
「させるかァ!!」
 尊奈門は懐から煙玉を取り出した。ひゅん、と矢が空を切る。
「姉上!! お逃げ下さい!!」
 五月雨に降り注ぐ矢は、勢いよく放たれた煙に巻かれて行方を見失った。烟る視界の中、蹄の音が遠くなっていく。
 くそう、と煙を叩いていた男たちは、闇雲に暴れ回った。尊奈門は気配を追って確実に一人ずつの鳩尾に、首に、拳を、刀の峰を叩き込んだが、数名が煙から逃れるために山の方に走って行ってしまった。
「ぅ、ぐ……
 煙が消える頃、立っているのは尊奈門だけだった。闇雲に振り回された男の拳が当たったこめかみが痛む。くずおれそうになるのをなんとか堪えたところに、「尊奈門!!」聞き覚えのある声が耳朶を打った。父である。
「父、上……
「これはどうした、何があった…………!」
 駆け込んで、支えてくれる父に身を預けながら、尊奈門は屋敷の表のあたりが随分騒がしくなっていることに気がついた。
「こんな時分から剣戟の音がするから、何かと思えば……こいつらは……
 おい、こっちにも手を貸せ、ひとまずあそこに縛って置いておこう、見張はどうする、がやがやと、人の気配が気忙しい。父に支えられ、目眩を無視しながら、尊奈門は男達の具足を検めた。
……組頭に、報せないと……
「さっき、佐助を走らせた」
「お前は少し休んで行ったら」
「いや……何人か逃してしまった。それに、奥方さまと約束した。私は、あのひとを追いかける」
 里の人間が引き止めるのも構わずに、尊奈門は走り出した。





 ◇     ◇     ◇





 城内、タソガレドキ忍軍・詰所にて。
 佐助から話を聞いた高坂は、己の指先が感覚を失っていることに気がついた。血の気が引いて、色を失っているのだ。
 すぐに組頭に。尊奈門は無事なのか。里は。奥方はどこに逃げたのか。誰を追わせる。自分が行って良いのか。尊奈門は全員倒したのか。今は捕物の真っ最中で、誰を割けるのか─
 逡巡を、肩に置かれた分厚い手が遮った。
 はっとして振り仰げば、山本が口元の覆いを外すところだった。
「、山本さま……
……父上……
 山本は、ぽん、ともう片方の手のひらをこどもの頭に乗せた。
「よおく頑張ったな、佐助」
 柔らかい穏やかな声音が息せききって駆け抜けた憔悴を落ち着かせ、まろい頭を撫でる掌がこどもを優しく褒める。
……奥方さまは……?」
「すぐに見つけてみせるとも。安心をし」
「ん……
 されるがままのこどもが俯く。山本は何か食べさせてやれと高坂に言って腰を上げ、踵を返した。高坂が促すと、こどもは大人しく腕の中に収まって抱き上げられた。ずっしりと重たい十歳のこどものそれが、まだ幼い仕草を見せることに、高坂は小さく微笑んだ。
 食堂に行って厨房に声をかけると、彼らはすぐに握り飯を用意してくれた。自分の顔の半分ほどもあるそれを船を漕ぎながらなんとか平らげると、こどもは高坂にもたれてぐったりとしてしまった。あどけない寝顔に、規則的な呼吸が、高坂のことも落ち着かせてくれる。
「申し上げます」
 一方、忍軍の頭達にあてがわれた部屋では、山本が雑渡の前で拳を着いていた。
「夜明け前に、組頭の屋敷が何者かに襲撃されたとの由。知らせに走った佐助が見ていたのは、尊奈門が応戦するところまででした。里が襲撃されたわけではなく、狙いはあくまでも、組頭の屋敷であった模様」
 なに、なんだって、とさざめきのように動揺が走る。
「佐助は」
 静かに問うた雑渡の声が、どよめきをかき消した。
「は、怪我もなく、無事にございます。今は陣内左衛門が側についております」
「組頭。すぐに人を遣りましょう」
「いや」
 押都の進言を、雑渡は受け入れなかった。
「いい。佐助は城に残る者に任せて、陣左は捕物に同行させろ。他の隊も、予定通りに動くように」
……宜しいので」
「構わん」
 行け、と、短く一言。一拍後、そこに残っているのは雑渡、押都、山本の三名のみとなった。
 唸るように、雑渡が嘆息する。
「私の言いたいことは分かるね」
 押都と山本が黙って拳を床に置き、頭を垂れる。瞬き一つの後、後には雑渡だけが残されていた。
 やれやれと、雑渡が立ち上がる。雑渡は徐に部屋の壁の一部を押し、くるりと回って扉となった壁の向こうに消えて行った。ひと一人がようやく通れるだろう狭い道を音もなく進み、時折進行を遮る梁を持って上下を移動し、細い階段を上り下りして、雑渡はとある部屋の影に辿り着いた。そこには甲冑を着込んだ目付の当主が座して、矢立片手に部下からの報告を聞き、書類仕事をしていた。
 訪う人が途切れる頃、「何用だ」と声が掛かる。雑渡は端的に仔細を述べた。
「先ほど、我が屋敷が襲撃されました」
「そうか」
「昨夜のことを鑑みると、妻が狙われた可能性もございます。監察方に、お心当たりは」
「ありすぎて、どれがどれやら」
 わざとらしい大仰な物言いに、雑渡は二の句を飲み込んだ。
「しかし、貴様の屋敷まで調べ上げておるとは。身中に虫でもおったのか」
「そのようで」
「お主も苦労するのう」
 下がれ、とはっきり言って、目付が立ち上がる。雑渡は踵を返して自分たちの詰所へと戻った。
 まったくと言っていいほどに無駄足だった。しかも、曲がりなりにも父親から、娘の安否を問われることが無いとは思わなかった。彼女ばかりが反抗心もあって父を嫌っているものだとばかり思っていた雑渡は、彼女の身内嫌いの理由の一端に触れた気がした。
 雑渡が戻るのを見計らっていたかのように、押都が雑渡の前に戻ってきた。
「どうだった」
「昨夜からひとり、戻らぬ者がおりました」
「誰だ」
「かよでございます」
「あぁ……
 確か、彼女にちょっかいを出して、高坂曰く少々話した後に帰されたというくの一だ。
……やはり罰しておくべきだったかな」
「如何に」
「殺せ」
「は、」
 押都の気配が消える。
 今にして思えば、罰する理由など幾らでもあった。彼女が「少々話して」無かったことにしたのだから、自分が掘り返すのも埒外な気がしたが、忍の術を私情に使ったとか、なんとでもやりようはあったのだ。
 罪を清算していたらこんなことにはならなかっただろうか。しかし、今となっては詮無いことである。
 城門の辺りが一層騒がしくなった。目付の張り上げる声や馬の嘶きが遠く雑渡の元にまで微かに届いている。甲冑や武具の擦れて立てる音が次第に遠くなった。ようやく捕物の本隊が出発したのだ。
「組頭」
 入れ替わるようにして、山本が戻ってきた。黒鷲隊の反屋を連れている。このふたりは捕物に先んじて野盗のねぐらに潜入していた筈だった。
「こちらを」
 山本が具足の一部を差し出す。そこには丸に下の字が刻まれていた。
「屋敷を襲った連中の物です」
「おなじものを着た奴らが、廃寺を拠点としているようでした」
 反屋の報告に、雑渡は「ご苦労」と短く告げた。
「反屋は旧村下領に先行しろ。後から目付殿も向かわれる筈だ」
「はっ、」
 反屋が一礼の後に部屋を辞する。
「尊奈門と話せました」
「そうか」
「奥方は馬に乗せて逃がしたとのこと。後を追ったところ、南に向かったことまでは分かったのですが……途中、足跡が撹乱されておりました」
 蹄の跡を追って尊奈門と山本が行きあたったのは、ぐるぐるとその場を回って潰された足跡だった。そこから四方八方に何かしらの痕跡があって、彼女がそこからどう進んだか分からなくなっていた。
「尊奈門の負傷は」
「打撲の痕がいくつか。しかしどれも大したことはなく、下手人を数名取り逃したことを悔しがっておりました。奥方さまを共に追ったのですが、こめかみを殴られたのが後から酷くなったらしく、今は休ませております」
「そうか。それで」
「里から居なくなった者は誰もおりません」
「それじゃ、かよ一人か」
 程なくして、五条が雑渡を訪った。装束の一部が濡れて色を濃くし、鉄臭い匂いを巻き散らかしている。
「失礼します」
「怪我をしたのか」
「返り血です。ご心配には及びません、山本小頭」
「首尾は」
「は、」
 五条が床に拳を着いて身を乗り出す。
「かよを追って八千代の山間に入った折、アカトキ忍者隊と思われる忍達と乱闘になりました」
 押都を筆頭に、五条と椎良が女の追跡に向かった。彼女は誰にも見かけられていなかったが、忍達、そして隠れ里を知っている者しか分かり得ない道を、かつてアカトキに調略された者達に教え、この騒ぎを陽動に身を隠しているのであれば、彼女こそがアカトキに通じている可能性がある。アカトキと通じ合える場所があるとすれば八千代の山間にある獣道である。
 獣道は、獣の匂いに紛れて移動することができ、足跡も獣に踏み潰されて分かりにくくなる。タソガレドキ忍軍が敢えて放置して見張りの目も薄くしている道だった。この道を利用してやってきた他国の忍に、偽の情報を持たせて無事に帰らせるためである。
 かよはこの道を利用してタソガレドキを抜けようとしていた。領地の堺でアカトキからの迎えが待っている筈だったが、そこで押都に捕まった。しかし、そこにアカトキの刃が乱入した。乱闘騒ぎの中、かよは一度は逃げ果せて、領地の外に出て、アカトキの忍のうちのひとりに縋った。

 ───助けて!! お願い、連れて行って!!

 ───ああ、勿論だ。

 おんな好きのする声だ、と五条は思った。声質からして、おそらく五条たちとそこまで歳は離れていない。
 かよの縋った忍は、雑渡に勝るとも劣らぬ偉丈夫だった。目元は凛々しく、膂力ではおそらく押都達の敵わぬ相手だろうのが傍目にも分かるほどだった。
 男は、かよを優しく受け止め、腰を抱き、─瞬きひとつの後、かよの首から血が噴き出した。男が、かよの頸動脈を斬ったのだ。
 絶句する五条と椎良に、見えたか、と押都が聞く。ふたりは短く否を答えた。男の一閃は、押都の目を以てしても捉えきれなかった。
 事切れたおんなを無造作に転がして、男は悪いな、と薄っぺらい謝罪を口にした。

 ───恨むなら、程度の低い己を恨めよ。

 覆面の下、男は確かに笑っていた。
 押都達は三人がかりで男に立ち向かった。五条と椎良の連携が他のアカトキ忍者を制したのを見て、男はようやく撤退を決めた。そして最後まで、かよにも、倒れる仲間達にも目をくれなかった。

「押都小頭はアカトキ忍者隊が退却するのを確認してから戻ってこられるそうです。かよの遺体は私と椎良で持ち帰りました」
 五条の話はそれで締めくくられた。
 雑渡は思案をめぐらせた。どうやらアカトキにも活きのいいのがいるらしいが、引いたなら今は押都の帰参を待つしかないだろう。かよ(情報源)を殺したということは、搾り取れるだけ搾った後なのか、それとも押都達の実力が読めなかった事への保険なのか。
……かよの体は処理をしたら家族の元へ。その後は家族に任せる」
「承知しました」
 一礼した五条が部屋を後にする。近いうちに隼隊からアカトキへひとりかふたり、潜入させなければと、雑渡は嘆息した。
 山本と人選についてあれこれ話していると、反屋と高坂が連れ立って戻ってきた。廃寺を塒にしていたのはやはりかつてアカトキに調略された村下に連なる者達で、追放されてから後、アカトキにも見捨てられ、せめて領地を取り返そうと、目付の血族を先んじて狙ったとのことだった。
 気になることはあるが、ひとまずこれでひと段落である。あとは行方不明の彼女だけだ。
 こどもがいなくて良かったと内心独りごちて、そんな自分に、雑渡は嫌気が差した。