【戦略家と軍師】

『朱鬨の声に』『戦場に喝采を!』
現行未通過×

シュウとシュリリの対談
※若干のメタフィクション要素を含む

 卓を間に挟み、二人の男が対面していた。並んだ駒は白と黒、初期の盤面から何も動いていない。シュリリと名乗る赤い蝶の男は、シュウと名付けられた朱色の男と盤面を眺めている。


「どうにもキミは、先を考え過ぎる癖が有るようだね」


 赤い蝶はそう告げ、苦い笑顔を浮かべる。朱色の男は正しく無の表情のまま、そんな蝶を眺めた。削げ落ちた感情は既に風化し、戻ることはないだろう。少なくとも男たちはそう確信している。


「複数の先手を予測するのは軍師として当然だろう」

「ん? ああいや、すまない。そういう意味じゃないんだ」

「それには他の意味が含まれていると?」

「うん、そうだよ」


 自分の駒を一つ手に取り、シュリリは指先でくるくると弄ぶ。小さく弱い手駒を見つめ、愛おしげに見つめる。そしてそのまま、それを一歩前進させる。 

 その一手は、その駒にとって致命的な選択。全体にとっての勝利に繋がるための布石、尊い犠牲。より多くを救い、納得させる策。軍師あるシュリリとシュウはその方法が有用であり、また安牌であることを認めている。
 彼らの決定的な違いは、それを苦に思うか否かだろう。


「自分に失望しているだろう、キミは」


 その一言でようやく、シュウの瞳が揺れる。だがそれもほんの僅かな歪みで、人の心理を熟知したシュリリでなければ気にも止めない程度。無言で続きを促す朱色に、蝶は微笑み盤面を見下す。


「自分以外の誰かの事を考えて、自分のことを疎かにしている。それはキミを大事にする人たちを軽んじる……傲慢の罪に該当するよ」

「くだらない。オレはオレを正しく評価している、この扱いは当然のものだ」

「自分を大事にする人はあり得ないと?」

「絶対にあり得ない。言葉や行動、心でそう告げたとしてもな。それはただの勘違いで、類稀ない愚策だ」


 駒を一つ指先で摘み、シュウは戦線を固める。向かってくるシュリリの捨て駒をすぐには殺さず、長く苦しめ相手の足を引かせる役目に押し付ける。自分たちの、自分の大切にする陣営を勝利へ導くために。


「それに……アンタはオレを傲慢だと言うが、それは間違っている」

「へぇ、その理由は?」

「此処にいるからだ」


 断言した朱色に、蝶は笑みを深める。互いの胸に宿ったのは、どうしょうもない程の諦念。絡まる視線がそれを饒舌に語り、とっくに壊れた彼らの心を更に蝕む。

 此処は世界の外側、隔離された境目の空間。幻夢には浅く、覚醒には遠い地。朱色にとっては牢獄から、蝶にとっては過去から断絶された遊技場。混沌の神が気まぐれで紡いだ、暇潰しの玩具箱。


「例え本当の意味で廻っても、どうせ待つのは同じような結末だ。オレは救われない、そしてアイツらだけは救われる。物語はそう望んでいるんだから」

「見捨てられたキミが言うのは説得力があるねぇ」

「随分な言い方だな」

「間違ってるかい? 現にキミの仲間たちは全て、キミを破棄したじゃないか」


 残酷な解答をシュリリは口にして、駒を動かした。最前線へ進めた兵士を、更に奥へと押し出す。敵を引き付ける案山子、わかりやすい囮。相手の動揺を誘いながら、蝶は朱色を狂気へ誘う。明らかな嫌悪を向けるシュウに、平然とシュリリは目を細めた。


「キミは彼彼女あの子たちの現状を知らないだろうけど、ボクは全部を外から見れる。なんせボクはあの物語シナリオから出られないからね。他の物語シナリオを覗くのは簡単さ」

…………

「安心して。頼まれても話すバラす気はないよ」


 この蝶は、既に終わった舞台セッション人物キャラクター。結末を迎えた本が棚に仕舞われれば、中身を見るためにはまた引き出す必要がある。そして、シュリリたちの物語シナリオが再び動き出すことは絶対にない。神がそう定めたのだから、人間が抗うことはできない。此処にシュリリが存在するのは、単純に混沌の神が見逃してくれているからに他ならない。

 この朱色は、彼の世界における特異点。そして、最も忌まれる憐れまれる命だ。彼が死ねば世界が廻り、那由多の先までそれが終わることはない。永遠に続く癖に、変化が全く得られない。紡ぎ手ゲームがそう定めたのだから、読者プレイヤーが抗うことは許されない。此処にシュウが存在するのは、紡ぎ手が飽きて放置しているからだ。


 朱色がまた、駒を一つ持ち上げた。蜜に惹かれる虫の如く、囮の駒を兵士が刈り取る。倒れた駒をそのままに、蝶は柔らかく頬を緩ませた。シュリリが手を伸ばし、別の兵士を動かす。その瞬間、たったこれだけで、決着が付いた。


「今回もボクの勝ちだね、シュウ」


 彼がこの駒を殺した時点で、シュウの敗北は確約された。彼はこの哀れな捨て駒を、この盤面が閉じられても背負うだろう。これまでと同じように、全ては自分の責任だと判断して。それは戦略家にとっては明確な雑念で、何よりも邪魔な感情だ。

 シュリリは同情する。自分はもう始まれない物語シナリオに在るが、彼はもう終われない物語シナリオに在るのだ。表裏のようにそっくりで、白黒のように違う。彼をこんな境遇結末に追いやったのは、果たして本当に彼なのだろうか。もっと根本的に、**からの干渉で救ってはやれなかったのだろうか。


「(なんて、外側キミに影響されすぎかな)」


 シュリリが此方貴方を想う。
 神々我々に蹂躙される、一つの探索者キャラクターとして。