kanaha692
2025-07-24 00:24:24
16914文字
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サンシャイン・リベンジ・アライアンス

ブフサタデー「海水浴」
遅刻です……。
日焼け止めとかビーチバレーとか思いついたネタを片っ端から入れていたらブフサタ要素が大分薄くなってしまった。
感想はこちら→https://t.co/gs09jHEwXl

 ベルゼブフはヴァイガルド初になる日焼け止め薬誕生の発端になりかけたことがある。
 本格的な夏が近づく少し前、メギド72の中でもお祭り騒ぎやイベントごとが特に好きな陽気な連中が海水浴の予定を立てていた。
 もちろん、静かに過ごしたい者や暑い中わざわざ外に出たくない者もいるし、それぞれ軍団には関係ないプライベートな予定がある者もいるから自由参加ではあったが、モラクスやシャックスに誘われたソロモンの参加が決まったことでそれなりの人数がビーチに押しかける方に傾いた。
 ベルゼブフはというと、海水浴なる未知のイベントは気になるが、どちらかといえば暑さに負けて部屋で過ごしたいタイプだった。
 なので、砂浜でどんな新しい遊びができるか今から楽しみで仕方ないバールベリト伝にその話を持ちかけられた時もやんわり断ったが、直後にアモンが無理矢理ガギゾンの腕を引いてベルゼブフの面前に立たせたものだから面食らった。
「おい、余計なことをするなバカ……!」
「ベルゼブフ」
 アモンは喚くガギゾンを無視して彼の持つ付箋だらけの冊子を指差した。目の前の状況が分からないベルゼブフはとりあえず返事の代わりに頷いておく。
「ガギゾンがあんたのために海水浴のこといろいろ調べてたぜ。行く気がねえのはいいが、受け取るだけ受け取っとけよ」
「ほう? そうなのか、ガギゾン」
……はい。ベルゼブフ様がサタンと海辺でお過ごしになる助けになればと。しかし、海に赴かれないのであれば捨ててください」
 説明を受けたベルゼブフの興味が自分の握りしめている冊子に注がれたので、アモンのお節介に苛立ちを隠さなかったガギゾンは結局それを差し出した。
 ベルゼブフはよく知らないが、いわゆる海水浴の一般的なガイドブックである。付箋が貼られた箇所を開けばガギゾンの神経質そうな字でなぜヴィータがそんなことをするのかとか、それをすることでどうなるのかといった解説や水着の入手方法まで書き込まれている。
「ガギゾン、情報の提供に感謝する。海水浴に行くかどうか、これを踏まえて再度の検討が必要そうだ」
……はい。大層なものではありませんが、ご一考の一助になれば」
 大袈裟ではないながらもきちんと感謝の伝わる態度を示したベルゼブフを見て、ようやくアモンは安堵した。ガギゾンにガイドブックの一言一句を「なんだこれは」「ヴィータはなぜこんな無意味なことをしている?」と聞かれながら付き合ってやったのは彼である。
 最初は「知るかよそんなこと」「他のやつに聞けよ」とあしらっていたのに、他に行き場がなくベルゼブフのためという目的で動いているガギゾンに結局世話を焼く形になってしまった。善意による行動が必ずしも報われることなどないということを嫌という程アモンは理解しているが、そもそも渡されずにあの時間が完全に徒労になるのであってはたまったものではない。だからつい強引な助け舟を出していた。
 ベルゼブフがその場を辞す時に、ふと「……そういえば、初めてサタンが海で日焼けした時はなかなか面倒だったな……」とぽつりと漏らした。
 アモンは藪をつついて蛇を出したくなかったので、何百年前の話だとは思ったがそれ以上詮索することはない。ベルゼブフが完全にいなくなってからガギゾンは忌々しげに口を開いた。
「おいオマエ。これは貸しでもなんでもないからな」
「そもそもお前にあれこれ聞かれて時間取られた時点で結構な貸しだろ」
「それとこれとは別だ。第一、ベルゼブフ様に興味がないのならこの情報はサタンに売りつけるつもりだった。サタンから誘われれば、ベルゼブフ様もオレ達から押し付けられるよりも喜ばれただろう」
……そうかよ」
 ガギゾンは恋人の機微などというものを全くもって理解していないが、ベルゼブフと彼の内にあるものに関してだけ言えばよく理解していた。
 彼が見せる、そういった見返りを端から求めてすらいない献身はなんとなく居心地を悪くさせるので、アモンはそれ以上は何も言わずにさっさとその場を去った。ガギゾンも無言の別れに何を言うでもなく、自分の私室兼研究室に引き返していった。

 その後、ガギゾンがアジトでなんとなく寄り集まる事の多い研究者肌の連中に「肌を出したままでもヴィータ体の日焼けを防止することはできるか」と持ちかけたことでアジトに「日焼け止め」なる概念が共有されることになった。
 ガギゾンからすれば、日焼けをして困るのはサタンであるし特にモチベーションの高い課題というわけでもなかったから、使えるものは使えばいいと最終的な目的だけを秘匿して適当に明かしてしまった。
 意外だったのは、片手間でできて息抜きになる研究を求めていたメギド含めて賛同者が多かったことだ。
 海に限らず長時間のフィールドワークで厚着をしなくて済む、というのは学者や学生からすれば魅力的だったし、話が関係ない者たちにまで漏れれば海で水着を着たいが美容のために日焼けをしたくないという女性のメギドはかなり多く、さらに「要は日焼けって火傷してるのと同じ状態なので、しなくて済むならそれに越したことはないんですよ〜」というユフィールの医学的見地からの後押しもあった。
 こうして日焼け止めの研究は軍団からそれなりの支持を集め、バフォメットとメルコムが投資までするプロジェクトになる──はずだった。
 ヴィータ体の日焼けがどういったプロセスで起こるのか、どの段階にアプローチするのか、確実に効果を出すには何を使うべきか……
 そういった様々な課題にサタナキアやネルガル、アリオクといった研究メギドらは各々の得意分野でアプローチし、それぞれの構想を批評しあった。
 曰く、日焼けと無縁な幻獣の肌を移植してしまうとか、見た目は透明だが日光を遮る繊維素材を開発するとか、そもそも日焼けした直後に肌が元の状態に戻ればいいのではないかとか様々な案が出たが、現実的に考えてヴィータ体の負担が少なく、かつ多くの者が同時に使える方法がいいということで最終的に塗り薬を開発すればいいのではないか、とその場の全員が方針が固まった数日後に共同研究試験場が嵐に見舞われた。
 しばらく事情があってアジトを離れていたサルガタナスが、話を聞きつけてブチギレながら襲来したのである。同じくブチギレているウァプラを伴って。
 曰く、海の日差しが強いのは当たり前、理由のわからない薬を海に垂れ流すくらいなら肌が爛れて死ね、といったニュアンスのことを喚き散らし、ウァプラも大いに同調して海の生態系が壊れるくらいならヴィータが死ねということを主張していたので、共同研究試験場はたった二人の激情家によってヴァイガルドいち「ゴミ」だの「クソ」だのという罵倒が安売りされるアングラ市場に成り果てた。
 もちろん研究を生業にしているメギドがその程度の恫喝で怯むことなどない。
 しかし、キレながらもまだ冷静な部分の残っていたウァプラがヴァイガルドの歴史における公害の記録を叩きつけ、メルコムらが商品として売り出したせいで同じことを繰り返したらヴァイガルドを守護するメギド72の正当性がなくなる、という方向性で説得したことで、論理に納得していなさそうなサタナキアを残し片手間の研究にそこまで膨大な検証コストをかけていられないと日焼け止め開発は一時凍結と相成った。永久凍結でなければ許さないと地団駄を踏むサルガタナスを残して。

 そんなこんなで、結局ベルゼブフは日焼け止め騒動の発端が自分だとは知らないまま海水浴当日を迎えた。
 ガギゾンの集めた情報を精査して海でサタンと過ごしたいと考えを改めたベルゼブフは、イベントの日時を伝えた上でいつ来るかはサタンに任せるつもりだったが、 お祭り騒ぎせんそうを好む彼は議会の都合をつけてイベント当日の早朝にアジトに現れた。
 レアムが参加すると言い出したために彼に良からぬ遊びを教えようとする者やそれを阻止しようとする者の同行も決まり、さらにベリトがポケットマネーを出したことで潤沢な食材を得たニスロクとフルフルが海の家をすることになった。よって、出し物の手伝いをすれば小遣い程度の給金が出るシステムの導入まで宣言され、一部の者の目当ては海遊びからそちらに流れた。
 参加者の増加が止まらないことをかなり早い段階で察したヒュトギンは、ロキとプロメテウスの予定を調整し簡易的なライブを開催し現地住民を招くことで、ビーチを貸切状態にする許可を得るなど抜かりない。
 こうして早朝の時点でごみごみとした広間を器用に抜けて、サタンは通い慣れたベルゼブフの部屋をノックした。
「サタン」
 サタンが呼びかける前に、扉越しにベルゼブフが反応をする。その声音はそこに立っているのが自分にとっての唯一の者だと確信していて、サタンの口元が自然と緩んだ。
「入るぜ、ベル」
「ああ、鍵は開いている」
 二人が互いの部屋を行き来する時に必ずノックと確認を行うのは相手の個を尊重するという意味も当然にあるが、それ以上に互いを隔てる何かを越えて一つになろうとする意思に共感性を覚えていたからだ。
 何かは物理的な距離や会えない時間であったり、1枚の扉や服、時に熱い肌ですらあった。
 だから、二人がアジトに揃っている時はどちらかの部屋で一緒に過ごすのが常であったが、隣り合った部屋の壁をぶち抜いて一つにしてしまおうなどとは全く思っていなかった。
 サタンが扉を開けると、正面に立っていたベルゼブフの静かな笑みがさらに柔和なものに変わる。たとえ離れていたのが3日でも3ヶ月でも、サタンとの再会において必ずベルゼブフは新鮮に喜色を滲ませていた。
 そしてサタンはその変化を見ると決まってベルゼブフを抱きしめずにはいられないので、やや乱暴にドアを閉め、自分を受け止めるべく腕を広げて待っている恋人の胸に飛び込んだ。
「ベル……会いたかった」
「オマエの顔を見たかった、サタン」
 腕の強さに会えない寂しさが込められ、鼻腔をくすぐる慣れ親しんだ匂いは安らぎを生む。
 相手を腕の内に収め、また収められていると二人きりで過ごしたいという欲が段々と顔を見せてくるため、二人はあえて唇を合わせないまま名残惜しげに体を離した。あくまで今日は、多くの者に戦争を吹っかけたり同じ飯を食べたりする日なのである。それにどうせいちゃつくならデート先でした方がよほどいい。
「よっし、とっとと着替えるぞ!」
「もう着替えるのか?」
「荷物を持たなくていいから面倒がないだろ。広間にいたやつらもとっくに着替えて臨戦態勢だったぜ」
 海水浴が楽しみで早朝から起きてしまい水着を着用しているのは浮かれに浮かれた子供メギドか精神年齢が同じくらいの者ではあるが、サタンはそれを戦争への意欲が高い者と評価していたのでその流儀に合わせることになんら抵抗はなかった。
 ベルゼブフは一瞬、サタンがまた何か勘違いしているのではないかと思ったが、最近のヴァイガルドにおける酷暑下の移動はいくら純正メギドといえど耐え難いものがあったので、出先で着替える手間も考慮して結局サタンと同じく水着に着替えてしまった。
 示し合わせたわけではないが、二人ともロング丈のサーフパンツにラッシュガードという出で立ちだ。互いに似合ってるだの威容があるだのとひとしきり褒めまくった。水着について評価をすると自然と普段は服で隠れている互いの肉体の造形への言及も増えたため、称賛の物量はどちらかというとサタンの方が優勢だった。
 こうして無事浮かれポンチの大人二名が出来上がりだ。ベルゼブフは広間に降りてはしゃぎ回る子どもたちを見た瞬間にどうやら自分はバナルマと同等の存在らしい事に気がついたがもう遅かった。ここまでくれば気まずさを隠して堂々としている他ない。幸い、子供達と一緒にボールやら水鉄砲やら荷物を準備しているらしいバールベリトが同じく水着だったのが多少の慰めにはなった。
 バールベリトは二人の姿を見つけるとニヤニヤと挑発的に──彼というメギドとしてはいたって普通の態度で──近づいてくる。
「サタン、ベルゼブフ! 今から戦場の下見か? 戦争巧者にしちゃ遅すぎるんじゃねーかぁ?」
「その様子じゃ随分と念入りに準備したようだな?」
「当ッ然だろ! 砂浜だろうが海の中だろうが俺が全戦全勝すっから見とけ!」
「では我々は差を詰めるために早めに出発するとしよう。サタン」
「おう、ベル」
 軽く手を振って、二人はさっさと海辺の町に繋がるポータルに向かってしまった。
 会話だけ聞けば子供に絡まれた大人が軽くあしらってやったようなやり取りだ。実際、バールベリトとしてもそのような自認であり思わず舌打ちすら出たが、その背にクロケルが感心したように喋りかけた。
「ラブラブなカップルが二人きりで抜け出す口実を作ってやるとか、純正メギドにしてはできた気遣いなのです」
「え……そうなの?」
 振り返ると自分が使う水鉄砲を吟味していたクロケルが大真面目な顔で頷いていたため、長年の知己に全く意図せずヴィータ的な気を遣ったことが気恥ずかしくなったバールベリトはそっぽを向いて頬を掻いた。

 砂浜をサタンとベルゼブフはのんびりと歩いている。
 未だ太陽の位置が低く、海風が吹いているおかげで王都に出かけるより大分過ごしやすくてベルゼブフはほっとしていた。
 メギド72の軍団員が全員集ってもまだ余裕がありそうな砂浜は砂防林で町と隔てられている。既にフォカロルやラウムといった面倒な作業を真面目に引き受けられる面子が簡易的な日除けを設置したり、ニスロクが仕込みを始めているようだった。
 サタンは楽園を出て以来、何かの折に浜辺に来ると無意識に当時を思い出す癖がついていた。そして、存外に「何も無い」浜辺などというものはどこにもないのだと再確認して、感傷を切り上げるのが常だった。海というものは思いも寄らぬものを運んで来るのだ。ビルドバロック時代の遺物だったり、足元に漂着しているカクリヨの文字らしきものが書かれた陶器の欠片だったりと。
 今日の感傷は特別だった。隣にベルゼブフがいるからだ。サタンは意識を現実に戻す代わりに隣の恋人に向けて、手を繋いだ。ベルゼブフも特に驚くでもなく、ごく自然に握り返す。
 しばらくそうしてゆったりと歩いていると、そういえば、とベルゼブフが切り出した。
「サタン、少し試したいことがあるのだが」
「うん? 新しい観測の方法か?」
「いや、オマエが昔――
「おい、そこの二人! 手が空いているならこちらを手伝え!」
 しかし二人はフォカロルに捕捉されてしまった。やるべきことをせずにイチャイチャしている暇人として。
 話を遮られたベルゼブフよりもサタンのほうがムッとした。そんな小間使いみたいなことやらせるなとか、ベルとの会話を邪魔するなとか、言いたい文句がいっぱいあった。
「サタン、今の我々はメギド72の軍団員として参加しているのだから手伝うべきだ。そういう労苦をしたくないならもっと遅く来るか、二人だけで来るべきだった」
 ベルゼブフが正論しか言わない上に手を解いて設営の手伝いに向かってしまおうとするからさらに面白くなかった。
 サタンはフンと鼻を鳴らして、ベルゼブフの手を掴み直して恋人繋ぎにした。そして手なら空いてないとばかりに、フォカロル達の方に見せつけるように持ち上げたりもした。
「サタン」
「なんか昔話しかけてただろ。それ聞きながらなら手伝いに向かってやる」
 ベルゼブフの諭すような声音に、露骨に不機嫌を滲ませてサタンは返した。設営場所からは未だ距離があるしここはヴァイガルドだ。これくらいの威容をなくした姿を見せても構わないだろうと思えた。
 その姿が滑稽だからではなく愛おしくてベルゼブフは小さく笑った。しかし、サタンの機嫌をこれ以上損ねない上手い挽回の台詞が見つからなかったため、そのまま努めてゆっくり歩き出すしかなかった。
「ヴィータ体を取り始めたばかりのオマエと、海に行ったことがあっただろう──」

 結局、人手が増えるまで二人はフォカロルにこき使われることになった。
 体力は全く問題ではないが、顎で使われるのが不満──かと思いきや効率の良い手筈がしっかり整えられていたことと、「いくらオマエたちがマグナ・レギオのトップあろうと俺は特別扱いをしないからな!」「メギドラルのニ大巨頭を名乗るオマエたちが積極的に手伝いをする姿勢を見せることで他のメギドの手本になるんだ!」と褒めてるんだか叱ってるんだか分からない説教魔人のことをサタンはこの短時間で大分気に入って、僅かな給金とニスロクの作った飯を優先的に貰える権利を得たこと、後片付けの当番からは外されることを伝えられるときにはまあまあの上機嫌だった。
 サタンは先乗りしてきたバールベリトの仕掛けるゲームに参加しつつ、合間にベルゼブフの持ってきたかき氷やらフランクフルトやらを食べた。ヴァイガルドに来る機会が少なく、未だメギドラル舌寄りのサタンは味覚よりも痛覚が刺激される方が分かりやすかったので、冷たいものや辛いものがお気に入りになった。
 ポータルを連続使用しないために参加者は少しずつやってきたので、全て集まる頃には日が中天にかかるかというところだった。
 砂遊びをするメギドとか、早速酒を飲み出すメギドとか、ずっと食べているメギドとか、皆思い思いの過ごし方をしていたが、ベルゼブフはサタンに付き合うでもなく、かといって付かず離れずの位置をキープしていたので自分の周囲に寄ってきたものとしか会話をしなかった。
 しかし、大体の軍団員が昼食を終えて人心地ついた頃、一部のメギド達の間に欲求不満のようなものが溜まっている空気がぼんやりと流れ始めた。
 バールベリトの提案したゲームは参加者の平等性が担保されているものが多かった。具体的に言うと、ソロモンとセーレとサタンがいたとして、勝ち筋を見つけて全力を出せば全員に勝ちの目が残されているタイプの遊びだった。
 もちろんこれはこれで盛り上がる。誰が勝つか一見してわからないからこそ、応援や賭けというものが成立していた。
 けれど闘争本能を持て余した者たちには不満だった。そういう者達の間で、圧倒的なフィジカルの差を見せつけて自分が勝者であると誇示したい欲が段々と蔓延していく。なにせここには8魔星だの元大罪同盟だのがゴロゴロいるのだ。アスモデウスがサラを伴って重役出勤して空気がピリついたのも相まって、誰から先に仕掛けるか、という水面下の駆け引きが始まっていた。
 無論、散々ゲームに参加したサタンもそちら側だった。とはいえヴァイガルドで、しかも同じ軍団の物を相手に本気の戦争などご法度。何か都合の良い手頃な戦争がないかと砂浜を見渡すと、サキュバスやナベリウスがきゃいきゃいとビーチバレーをしているのが目に入った。
 しばらくそれを観察していると、二人一組でチームを組んで行う戦争のようで、それぞれ悔しがったり喜んでいることからある一定のルールと勝ち負けが存在していることは分かった。
 女子メギド達はそれほど激しい動きをしているわけではないが、サタンがもっと強くボールを叩きつけるところを想像するとなかなかの激戦になる予感がした。こうなれば戦争は急げ、イニシアチブは取った者勝ちだ。
 サタンが簡易的なビーチバレーのコートに近づき、「それ、俺に教えてくれ」と気さくに話しかけると、彼女らはルールを一通り教えた上でさっさと海の家でお洒落なドリンクを飲もうと退散していった。メギドともなれば戦争の気配くらい本能で感じ取れる。それもサタンが望むような激しいものに付き合う気は、海水浴をライトにエンジョイしたい女子達には全くなかった。
 ボールを手に入れたサタンは何度か投げたり手の中でいじくって感触を確かめ頷き、大きく息を吸い込んだ。
「8魔星のサタンが戦争を申し込むぜ! 誰か、俺の相手になる骨のあるメギドはいるか!」
 戦場全土に──砂浜の隅から隅まで響き渡る大音声である。全員が咄嗟にサタンの方を向いた。
 秩序や規律にうるさいメギドは戦争という言葉に過剰に反応しかけたが、サタンは誤解を招かないようにボールを高々と掲げてみせた。
 サタンの仕掛けた戦争が何なのか良く分かっていない純正メギド達は戸惑っていたが、既に戦意に火はついていた。あとは一番に飛び出すだけ──というところだったが、サタンのコートの反対側に足を踏み入れた人物を見て足を止めてしまった。
「私が相手になろう」
 先程までビーチチェアで優雅に寝そべっていたアスモデウスである。泰然としながらもわざとらしすぎない程度に腰に手を当てて威容をアピールしている。既に戦いは始まっていると言わんばかりだ。
 思わぬ大物の参戦にサタンは口の端を上げ、成り行きを見守っていたベルゼブフの方を見た。
「ベル! こっち入れ! 二人でアスモをぶっ倒すぞ!」
……いいだろう」
 素直にサタンの隣に並んだベルゼブフに、ソロモン含め長命なメギドやメギドラルの歴史を知るものはぎょっとした。
「で、オマエはどうする? 誰をペアに選んでもいいぜ?」
 ニヤニヤと挑発的に笑うサタンだがベルゼブフを相方に選んだ時点で大人気ないことこの上ない。しかし、アスモデウスとはそうまでしてようやく五分に持ち込めるかどうかであることをよく理解した上での選択だった。
 挑発されたアスモデウスは微動だにしない。顔はサタンに向けたまま「ルシファー」と、この面子であれば自分の力が必要になるのでは、と見届け役を勝って出ようとコートに近づいてきた裁定者の名を静かに、しかして堂々と呼んだ。
「私のペアは貴様だ。こちらに入れ」
 いよいよソロモンが一方的にハラハラすることになった。中心となったサタンとアスモデウスのプライドの高さが良い方か悪い方のどちらに転ぶか分からなかったからだ。ついでに言えばベルゼブフもルシファーも、この手の場面で容赦をしてくれる気がしなかった。
 戦争の気配を感じた群衆があちこちから集まってきている。ソロモン王として何かしら仕切らせるべきか、あるいは指輪の強制力が必要になるかもしれないから慎重に控えるべきか。悩んだソロモンの肩がぽんと叩かれる。振り返ると、先程まで酒を飲んでいたベルフェゴールが「そこで観戦してな」と楽観的に言い、ついでにウインクまでして緊張を解してやってから輪の中心に向かっていく。
 名を呼ばれたルシファーはといえば、アスモデウス、サタン、ベルゼブフらの顔を見渡し、落ち着き払ってアスモデウス側のコートに入る。
「わかった。あの二人を凹ませれば良いんだな?」
「ああ、腕の一本や二本へし折ったっていい」
「上等だ! オマエたち相手に無傷で勝とうなんて甘いこと言うつもりはねえ。けど立ってられなくすりゃ自動的にこっちの勝ちだよな?」
「待てサタン。アスモデウスとルシファー相手にその程度で決着がつくとは思えない」
 観戦どころじゃないよ!? とソロモンは叫びたくなった。ビーチバレーがそんな物騒なものだとウズウズしてる純正メギド達に勘違いされたら、この砂浜から追い出される上にシバの女王にめちゃくちゃに怒られるのはソロモンなのである。視界の端で大メギドにまとめて悲鳴を上げさせようとアップしてるバティンが見えたが今回ばかりは止める気にならなかった。
 他にもブネらまとめ役が止めに入ろうとしたが「ストップ!」とベルフェゴールがちょうど群衆をかき分けてコートにたどり着いて両チームを静止したことで、ひとまずすぐにでも飛び出せるよう待機するに留まった。
「その戦争、俺が預かる……ってわけじゃねえが、ルシファーがそっち側だからな。代わりに裁定役をやってやる」
「む、助かる。オマエならばどちらか一方に肩入れすることもないだろう」
「そうそう、中立守るのには自信あるからな。そもそもお前らビーチバレーのルール知ってんのか?」
 いや、と首を横に振るルシファーとベルゼブフ、さっき知ったとばかりに得意気に縦に振るサタン、そして知っているとも知らないとも言わないアスモデウス。ルールも知らないままあそこまで殺気立っていた面子に対してベルフェゴールは首を竦めたが、戦争とは得てしてそういうものである。
「じゃあ齟齬が出ねえように俺が説明するからどっちも聞いてな。見てるやつも、わかんねえまま見るよりは知っといたほうが面白ぇだろ」
 ベルフェゴールは興味津々に寄ってきた観衆も含めて、得点の入り方や反則行為など簡単にルールを説明してやった。
「7点先取で2セット先に取ったほうが勝ちってキメがちょうどいいだろ。ついでにメギド体になるのはもちろんメギドの力やフォトンを使うのも禁止、ヴィータ体で羽が出せるやつが使うのも禁止、ってあたりでどうだ? これを破ったら観戦してるやつはお前たち相手に自由に戦争を売っていい、ルール無用の戦争になるってことで」
「純粋にヴィータ体の出力で争うということだな。うむ、ベルフェゴールの裁定で問題はない」
 同意を示したルシファーに続いて、他三名もそれでいいと頷いている。ソロモンは一連の流れを見て、確かにこれならば一定の秩序が期待できると安堵したが、よく考えるとヴィータ体でだって相手を骨折させるアタックの一つや二つ全員が打てそうなことに気がついて気持ちコートから距離を取った。
 ベルフェゴールがコイントスをして、最初のサーブはアスモデウス側から行われることになった。
 砂に引かれた線の外に出たアスモデウス以外、セオリーを知らない三人は各々が相応しいと思う持ち場につく。観衆が固唾を飲んでしんと静まり返ったままアスモデウスの第一投を待っているのに気がついたサタンは、笑って声を張り上げた。
「おい、さっきまで賭けしてた奴らはどうした! ここでやらないでどうする!?」
「やめておけ、全員私に賭けるから成立せん!」
 飛び上がったアスモデウスがしなやかな体を弓なりに反らせて渾身の力をボールに叩きつける。打撃の音が破裂音にしか聞こえなくて、ソロモンはまさかいきなりボールが壊れて試合不成立という収拾のつかない結果になるかと肝を冷やしたが、気がつけばボールはサタン側のコートのそばに転がっていた。腕を伸ばして地面に倒れているベルゼブフが悔しそうな顔をしているから、どうやらアスモデウスの凄まじいアタックは目にも止まらぬ速さでサタン側の陣地を強襲し、ベルゼブフが咄嗟に反応したがコートの外に弾かれていったというあたりだろうか。
「アスモデウス、ルシファーに1点」
 ベルフェゴールが確信を持ってアスモデウス側の手を挙げ、誰も文句を言っていないからそういうことらしい。
「ベル、どうだ?」
「受けるだけなら問題ない。今ので大体の感覚も分かった。2投目からは任せてくれ」
 どうやら本当にベルゼブフはあの殺メギドアタックを受けて何の怪我もないようでバティンが露骨に舌打ちをした。ベルフェゴールはルールの説明しかしなかったため、このままサタン側が為すすべなくやられればビーチボールとは超遠距離射撃のように一方的にサーブで相手を壊し尽くしたものが勝つ競技として知れ渡るところだったので幸いだった。
 ベルゼブフは宣言通り、同じく豪速球の2投目をしっかり受け止めサタンに返す。サタンが高々と打ち上げた一発をネットより遥か高くまで飛び上がり砂浜に叩き落とすように打ち付ける。ちょうど、見上げているルシファーと目が合った。
 ルシファーは自身めがけて隕石のように落ちてくるボールをしっかりと受け止め、アスモデウスに返した。しばらく、このように超人的なラリーが続き、最終的にルシファーがアタックをコートから外したことでサタン側にも得点が入った。
 ビーチバレーが一方的な蹂躙ではなく、ルール内で双方が死力を尽くす競技だと観衆が理解したことでようやくざわざわとした活気が戻ってきて、各々が勝手に応援やら予想やら賭けやらを始めていた。
「サタン、負けるな!」「アスモデウスは1回サタンとベルゼブフ相手に負けてるんだろ?」「でも今回はルシファーがいるぜ」「ここまでサタンに全賭けして勝ってきたんだ! 今回もサタンに賭けるぜ!」「友であり不死者の誼でもある。私はアスモデウスとルシファーを応援しよう」「そっちはサタンとベルゼブフです」
 ソロモンは軍団員が──騒乱の的になっているサタンやアスモデウスですら──皆楽しそうにしているのを少し離れたところから見て、なんだか自分も楽しくなってきて指輪を構えるのも止めていた。ついでにラリーを何度か見ていれば目も慣れてどうにかボールの軌跡を追うくらいはできるようになっていた。ただ、目の前で行われているヴィータが巻き込まれたら死人が出かねない謎の競技をビーチバレーと称していいのかだけは謎だった。
 サタンがサーブを行う前に、最前列にリヴァイアサンが陣取った。そして、観衆の邪魔にならないよう座り込みメギドの力の一端である魚を周囲に展開した。
「ほら、これでボールが逸れてもあたしが拾ってあげる」
「おう、助かる」
 自分は最強の戦士なので流れ弾など怖くない、と果敢に最前列で観戦していたキマリスが「どちらを応援しているのか」と彼女に聞いた。
「ん? どっちも応援してないわよ。けどナメた戦争はしてほしくないかなー。マモンも日焼けがどうとか言ってないで来れば良かったのに」
 同じように、障壁を展開できるメギドがしてやることで、子どもたちを前に出していいものか迷っていた良識ある大人達は最前列を譲ってやった。
 その後、両陣営は試合を進めながら戦術をどんどんと調整していきく。ボールを掴まなければ体のどこに触れてもいい、というルールのためベルゼブフは足技も積極的に使ったし、豪速球のサーブをレシーブで受け止めるのではなくそのままアタックし返すなんて荒業も開発され、途中でサタンとアスモデウスが直接アタックを打ち合うとかいう我慢比べみたいな展開にもなり観衆は大いに湧いた。ルシファーはフェイントによる緩急を使いこなしたが、アスモデウスは一貫して力攻めだけを信条にしていた。
 試合は一進一退、まずアスモデウスとルシファーが1セット取り、サタンとベルゼブフが2セット目を取り返した。
 3セット目にもなると、露骨に息を乱す者はいなかったが全員に若干の疲労の色が見られた。ベルフェゴールが危惧した通りとんでもない威力のラリーが毎回続いているから、7点先取にしてデュースはなしという調整はちょうどよいバランスになっていた。
 いよいよ6-6まで試合が進み、これが最後のサーブだ。ギリギリまでもつれ込んだことでそれぞれを応援する声は加熱し、コートの中にいる全員が──ルシファーやベルゼブフですら──闘争の喜びを露わにしていた。
「オマエらはよく抗った! けどここまでだ!」
「吠えていろ、真の強者は私しかいない!」
 ベルゼブフがサーブをする。ルシファーが受け止めようとしたその瞬間、明確に「貴様らを殺す」というメッセージを込めてアスモデウスが凄まじいまでの殺気を放った。ベルゼブフもサタンも、思わずアスモデウスに注意を向ける。
 アタックには十分な高さまで上げられたボールを、アスモデウスはアタック──ではなく、もう一度トスした。すかさず、彼女の背後から飛び上がったルシファーが二人の虚をついてコートの縁ギリギリに向けてアタックする。
「あっ……!」
「クソ……!」
 咄嗟にベルゼブフの足が反応したが僅かに遅かった。着弾したボールは周囲の砂を大量に巻き上げ、周囲のメギドを襲った。砂が衝撃を吸収していなければ大地を割ったうえで跳弾していたことは想像に固くない。
「ライン入ってたな。じゃ、アスモデウスとルシファーが7点目で2セット取って勝ちだ。おめっとさん」
 歓声が上がったのはプレイヤーの二人ではなく、群がった観衆からだった。もはやどちらを応援──あるいは賭けて──していたのかも関係なく、メギドの本能に訴えかける戦争を目撃した喜びをそれぞれが爆発させていた。
 ベルフェゴールは負けたサタンとベルゼブフが暴れ出すようなことがないのだけ確認すると、それ以上の感慨もなさげにさっさとコートを去っていった。同じく、リヴァイアサンもその場を立ち去って遠巻きに見ていた側のウェパルに絡みに行く。
「あー、クソ……
「アスモデウスに負けた、か……
「それなりによく戦った……が、私が最強なのは自明の理だ。当然の結果でしかない」
 アスモデウスは負け犬の遠吠えを聞く価値もない、とばかりに敗北を噛み締めている二人を無視してサラが称賛と共に差し出すタオルと冷えたドリンクを受け取った。
「ルシファー。やはり貴様を選んで正解だった」
 最後に、静かに勝利の興奮に浸っているルシファーにふっと笑いかけ、定位置になっていたビーチチェアに戻っていった。
 肩で息をしていたルシファーはネットの下を通り、サタンとベルゼブフに近づいた。
「サタン、ベルゼブフ。良い戦争だった。感謝する」
「こっちこそ、オマエみたいな強者相手に本気出せて楽しかったぜ」
「最後の攻撃はいい作戦だった。まだまだ気を抜いてはいられないようだ」
「フフフ……。付け焼き刃だがオマエたち相手に通用するなら私の戦争の勘もまだ鈍ってはいないようだ」
 勝者も敗者もコートから去っていく。
 最後まで残された、「元大罪同盟4名の渾身の一撃を受けまくっても壊れずに役目を果たしたボロボロのボール」はちょっとした縁起物としてアジトに保管されることになる。
 サタンとベルゼブフがコートから去る際、二人を見ていたソロモンは「試合の前後にサタンがフォトンの光を纏っているのはなんなんだろう……」と疑問に思ったが、答えを聞こうにもいつの間にか二人はビーチから忽然と姿を消していたから、結局聞けずじまいだった。

 サタンはベルゼブフに案内されるまま、砂防林を抜けた先にある宿に入り井戸水で体についた砂をすっかり落とした。海は西側に広がっていたのでこれから美しい景色が見られるはずだったが、それよりも二人きりになりたかった。
 タオルでしっかりと体を拭いてからベルゼブフの予約していた部屋に戻る。水着というものはこういう時に便利だなと、利便性だけで考えれば常用してもいい気がしたが、やはりあの黒衣こそが自分の威容を一番に引き立てるのでサタンはメギドとしての自分の見た目を変えるつもりはなかった。
 先に部屋に戻っていたベルゼブフに向かって、サタンはラッシュガードから小瓶を取り出して投げつけた。キャッチしたベルゼブフはいつもの経験から潤滑油の類で、サタンから誘われているのかと思ったが中身は白く濁ってサラサラとした水分だった。
「これは?」
「日焼けした後に塗ると治りがいいんだとよ。塗ってくれ」
 サタンは水着で隠れていた場所以外、白かった肌が見事に真っ赤に焼けていた。激しいビーチバレーの邪魔になるからとラッシュガードを早々に脱ぎ捨てたため、背中まで痛々しいほどに赤い。
 ベルゼブフは言われるがままに受け取った乳白色のローションを手に伸ばし、ベッドに寝転がったサタンの背に伸ばした。
「やはりフォトンを纏わせるのでは駄目だったか……
「いや、戦争の時はそんな余裕なかったから解除してただろ? その時間のせいかもしれねえ」
 遠い昔、サタンが初めてベルゼブフと海で過ごした時にひどい日焼けをした。「ヴィータ体が変なんだ、よくわかんねえ感じがする。しばらくなりたくねえ」と痒いとかヒリヒリするとかいった言語化ができず、また痛みにしては微弱すぎる感覚に耐えきれずにしばらく寄り添ってくれなかったのが、小さな悲しみとしてベルゼブフの内に残った。とはいえ、今となっては微笑ましい思い出なのだが。
 そういうわけで、今回ベルゼブフはフォトンで薄いベールを作りサタンに纏わせることで日焼けを阻止できないか、と思いついた。思いついたので実行してみた。そしたらできた。
 ベルゼブフはサタンの背中にすっかりローションを塗り込めた。そして、サタンの投げ出された足やら腕やら──ひいては、正面まで同じように優しく撫でさすろうかと逡巡し、結局ボトルをそのままサタンの手に渡した。
「なんだ、全身やってくれねえのかよ」
「今のオマエは戦争の匂いを纏いすぎている」
 意気地なし、とでも言いたげな台詞だが、サタンはまったく残念そうにしていない。そこにいるのは戦争を尊ぶ一体のメギドとしてのサタンだった。
「序盤、ルシファーに狙いを絞ったのは良くなかったな」
「ああ、ヴィータ体が軽い分、一番砂に動きを取られていなかった」
「アスモがああいう戦術取れるやつだと知らなかった」
「おそらく我々の見えないところで合図を出していたんだろう。手を体に隠すなどしていたのかもしれない」
「くそ、俺達もそういうの作っとくべきだった」
「今まで必要なかったからな。……それから、あれはヴァイガルドでヴィータが発明した戦争だ。数百年をヴィータの体のみで生きてきたアスモデウスが一番適応していたのは当然のことだろう」
「なあ、こういう戦術使ったらどうなってたと思う?──」
「ふむ──」
 一つのベッドに肌を寄せ合いながら、二人の間には全く情事の始まる様子がまるでない。たまにはこういうのもいいだろう、といつまでも二人は戦争談義に花を咲かせていた。



 ベルフェゴールは、人の集まり始めたステージを横目に見ながら、座るもののいなくなったビーチチェアに体を落ち着けて水平線に沈む夕日を眺めていた。ヴァイガルドの海にまつわる思い出はいろいろとあるが、海は海であった。
 今日はまあ、それなりに良い日だった。と、酒に手を付けようとしたところ、真横に水着の上にエレガントなサマードレスを着たマモンが立っていた。隣にイヌーンを連れだって。
「マモン、遅かったな。もっと早くくれば──」
「ベルフェゴール、私ね」
 マモンの声はしょんぼりとしつつ、怒りに満ちていた。ああこれ愚痴が始まるやつ、と瞬時に察したベルフェゴールはイヌーンに視線を合わせるが、彼が首を横に振ったので一切合切聞いてやるしかなかった。
 それなりに良い日だったのにめんどくせえ、とは思ったが、ここまできたら今日はそういう日だったのだと割り切って大罪同盟全てと関わるしかないのだと腹を括る。マモンは愚痴相手としてはベルフェゴールしか求めていないことをよく分かっていたイヌーンは、その場を離れて海に飛び込んでいった。
「海に来る気はあったのよ。だってマグナ・レギオの重鎮がどいつもこいつも揃って遊びに行ってるのに私だけ真面目にやってるとか馬鹿みたいじゃない。でも真っ昼間から来たくはなかったの。日焼けしちゃうし、イヌーンにとっては拷問みたいなものでしょう? だから、評判のいい宿をとって夜まで過ごそうと思ってたのよ」
「そりゃ良い計画だ。もしかして宿が見掛け倒しだったか?」
「いいえ、内装も上品だし、サービスも王都の高級店に引けを取らないし最高だったわ。でもね」
 マモンは一度そこで切った。ベルフェゴールは黙って続きを促す。
「ベルゼブフとサタンが隣の部屋に来たの! 隣のよ!? そりゃあちゃんとした宿だもの。隣の部屋の音が聞こえるなんて安普請じゃないわ。でもイヌーンが匂いで気づいちゃったんだもの! そしたらもう居ても立っても居られなくって出てきちゃったの!」
「ああ……そりゃご愁傷さま……
 ベルフェゴールは同情の代わりに、持っていた酒をまだ口をつけていないからと差し出した。普段ならもう少し良い酒がないのかしらと断れるはずのマモンは、よっぽど口惜しいのかそれを引ったくった。
「私はどんなヴィータの二人組が隣の部屋で繁殖行為をしてようが構わないのよ。でもあの二人だと思うと……上手く言えないけれど……なんだか嫌でしょう?」
「大丈夫だ、お前のその感覚は間違ってない」
「でしょう!? ……それで、ベルフェゴールに聞きたいんだけど……性行為ってどれくらいで終わるの? 10分くらい?」
 突如ぶっ込まれた質問に噴き出しかけて、ベルフェゴールは酒を飲んでいなくて良かったと心底ほっとしていた。一瞬、自分の結婚経験のことを言われているのかと思ったが、マモンは秘密のことを指しているのだと思い直して取り繕った。
 10分はさすがにないだろう。幻獣じゃあるまいし。しかしどれくらいかと言われたって、そんなもんは二人がどんな性行為をしているかにもよるし他人の性事情なんぞ知ったことではない。
……サタンとベルゼブフが本気で戦争をしてられる時間、くらいじゃねえの」
 思い切りぼかしつつ、嘘にもならない範囲の回答を上手いことひねり出して伝えてやると、マモンの顔が絶望に染まった。
「じゃあ私はいつあの宿に戻れるの!?」
……イヌーンに聞けばわかるんじゃないか?」
「嫌よ! イヌーンにそんなことさせたくない! 大体まだ入れないって言われたらどうするのよ!」
 それもそうだよな、と思いつつ、マモンの愚痴を聞き続けるためにベルフェゴールは新しい酒を入手すべくビーチチェアから重い腰を上げた。