ひらひらと無造作に舞う青い羽、その羽から舞い落ちる鱗粉の輝く様を見つめていた。何にも囚われずに飛ぶその姿はどんな生物よりも美しかった。それは図鑑で見ても衰える事なく憧れで理想としていつまでも私の側に寄り添っていて、ノートの片隅に描いた落書きも、カバンに取り付けたストラップも、絵本でさえもその主役はただ一つ。私のヒーローで、ミューズで、いつか私が成っていくもの。
「ハディラさん、143ページの音読をお願いしますね」
「_____はい」
外をぼうっと眺めていた姿を見られていたのか、それとも今日が私の出席番号の日だったからか先生から名前を呼ばれて席を立つ。ページをしっかりと開いていて良かったと安心しながらも文章を目で追っていく
「『春が来ると南から北へ、桜の木に留まりながら旅をする蝶がいて。それが桜蝶っていう蝶で。この蝶がやってくると桜が一斉に咲き始めるから、桜の開花を告げる蝶だとも言われててね
………………』」
春の開花を告げる蝶。奇しくも聞き馴染みのあるその単語は私の中で水を注いだ土のように吸収されていって音読中も途切れる事なくスラリと文字列が溶け込んでいった。
「はい、ありがとうございます。続きは後ろの席の
――」
丸々一ページを読み切り一息ついて着席する頃には先程眺めていた蝶は何処へやら、この教室の狭い窓から眺められる場所は限られている。きっと何処か離れた所に旅立っていったのだろう。残念がりながらもまた見れる筈と期待する気持ちは治らずに外に広がる風景を眺め続けていた。
そうしているうちに時は過ぎていく。チャイムの音が黒板上に取り付けられたスピーカーから鳴り、周囲の生徒達は待ってましたと言わんばかりに教科書やノートを閉じる。バタバタとそこらじゅうから聞こえる音に声は掻き消されていたが、慣れている教師は動じる事なく終わりの号令の合図を出した。
・
メイクが崩れていないだろうかと確認する為に真っ先に駆け込んだ場所で鏡の向こうから見つめてくる顔にはラインで彩られた目元が。引かれた青をなぞる姿は魔法少女に変身するその時と同じ動作で手慣れていた。あまり崩れてはいなかったけれどもう一度しっかり形どるように線を描いていく。朝洗面台で確認した時と遜色ない発色に満足して自らの呼吸が落ち着いていくのを感じていた。
時計を確認したが、授業まで10分以上時間がある。先程飛び立って行ったあの蝶がひどく気掛かりでまだ何処かにいるかもしれない、と淡い期待を胸に秘めて靴に履き替え外に降りてみると私の教室からそう遠くない原っぱの緑に透き通った青い影が落ちていた。力なく横たわっている姿を見て慌てて駆け寄ってみたが、先程の元気はなくなり、羽はボロボロになってくたびれ、見る影も無くなっていた。
「そんな、誰がこんな事を
…………」
手のひらで拾い上げてみるとまるで啄まれたような、引きちぎられた跡。姿は見えなかったけれど鳥に襲われたのだろう。逃げる事も出来ずに此処で逃げられず蹲ってただただ時が過ぎるのを待っていた。そんな力ない姿だけが残されていた。
こんなにも弱っているところに長時間人の手に触れさせるのも悪いだろうと思って姿が見えにくく、安心して休める茂みのそばに運ぶ為に動こうとすると、
「ハディラ ハディラ 悲しいの?」
ポポが不思議そうな顔をしてやって来て、俯くハディラの顔を覗き込んだ。
「
……えぇ、好きなものが傷ついている姿を見るのはやっぱり悲しいわ」
呟く声を聞き視線をハディラから蝶に視線を向ける。

「ポポ 治す!」
そう言ってキャハハと溌剌な笑みを浮かべると魔法少女の姿に変身した。巨大な躯体を縮こませる為に膝を付き、先ほどまで頭上にあったハディラの姿が目下にあるのを見ながら視線を合わせるように前屈みになる。
「
……手を、貸して
………?」
「
……はい、お母様」
第3の母とも呼べる姿に変身したポポに素直に従って弱った蝶を乗せた両手を前に突き出す。その両手を覆い隠さんばかりにポポの手が包み込んだ。温かさを感じる光に目を奪われていると段々とその光は蛍が発光する時に見せる緩やかな瞬きに変化していく。完全に消える頃には光に照らされていた蝶の羽根は綺麗な2対に戻り、弱っていた身体もゆっくりとだが動いていくようになった。
「さぁ
………………行って
……」
ポポの呼びかけに応えて飛び立った蝶。お礼を言うかのように2、3回ポポとハディラの周りをくるくる飛ぶとゆっくりと空の青色に混ざっていった。
「ありがとう、お母様。お母様の魔法がなかったらきっとあの蝶は飛べなかったわ」
「
……ううん、ハディラが
……見つけてくれたから
……」
変身を解き、小さな少女の姿に戻っていく。
先ほどまでの大人しくゆっくりと波を寄せる砂浜を思わせる雰囲気は無くなり、小魚の様に軽い身のこなしで子供らしく喜怒哀楽を全身で表現するポポの「頑張った! 撫でて 撫でて!!」と催促をする変わりように笑みが溢れた。
「魔法少女 みんな みんな 元に戻る!!今日 楽しみ」
「トコタも、元気 戻る」
今日は魔法少女の復活祭。不定期に開催されるそれは魔法少女たちにとっての心の支えであった。ポポが話した通り、幼馴染を失ったトコタさんは気丈に振る舞いながらもやっぱり悲しげな顔をみせる事が増えているらしかった。私もかめいちさんへ当たる姿を見かけていたからか、ポポの嘆きをすんなりと受け止める事ができた。
「そうね、今日の放課後
…みんなを復活させるんですものね、頑張らなくっちゃ」
気合いを入れて後で会おうと言葉を残して放課後まで残り数時間の時を過ごそうとお互いの教室へと向かった。
・ ・
クジラが訪れた夜。食われたものと壊されたもの、戦いの痕跡は無くなり住民たちが生活を取り戻しつつある今、
死んでしまった多くの仲間を復活させる為に魔法少女達の儀式を執り行う必要があった。
放課後を迎えて向かうは学校の校舎裏。そこから向かう事ができる隠し扉に魔法少女だけが直感的に理解できるなぞなぞを答えると道は開かれる。
ギィと鈍い音を立てて開く扉。道のりをまっすぐに進んでいくと奥には今日共に儀式を行う魔法少女達の姿と、包帯に包まれた魔法少女であっただろうバラバラに分かれたパーツ。その中には指一本や目だけが残っているものもあれば、全身が綺麗に残されていて原型がわかる魔法少女もいた。
「お疲れ様ですハディちゃん。確か今日はハディちゃんが儀式を執り行う番でしたよね」
「ええ、人数が多いから皆んなには沢山協力してもらう事になってしまいそうだけれど
……」
「協力 協力 皆んなでする!」
「そうですね気合を入れて頑張りましょう」
三者三様に気合を入れて体育祭の前みたいにえいえいおー!!と気勢を上げ、和気藹々とした様子から真剣な面持ちに切り替える。煉瓦が積み上がった祭壇の上に置かれたパーツ達、その手前に置かれた一本の長い杖は自らの存在を示すように支えるものもないのに自立して意思を持っているようにハディラの手に収まった。
(全ての魔法少女の肉体と魂が繋がりますように)
心の中で何度も唱えて魔力を注ぎ込む。横に並ぶユララとポポも手元に抱えた像の欠片をしっかりと抱きしめて同じように魔力を注いでいく。すると次第に欠片達が魔法少女のパーツへと向かい、肉体を再構成していき段々と元の五体満足な身体を取り戻していく。
その再生は緩やかなもので全員の肉体が完治した頃には1時間以上の時が過ぎ、魔力も気力も空っぽになってしまった3人は魔法少女の姿を保ったままそのままぐったりと座り込んだ。
「成功
…………したの
…………?」
息も絶え絶えなハディラが様子を確認する。誰も肉体は欠けていない、心音も正常に聞こえる。意識こそまだ無いが、少し待てば自分の肉体をみつけた魂達が戻ってくるだろう。
「流石に大変でしたが
…よかったです
……」
「ポポも 疲れた 少し休む
………」
疲労で横たわろうとしたポポはふと祭壇の先から光が漏れ出している事に気がつく。今までは壁に描かれた壁画や紋様に馴染んで気が付かなかったが、よくよく注意深く観察すると囲われた形状はこの空間に入る扉とよく似ていた。
「ユララ、ハディラ
…………あの先
………………」
「先ですか?
………赤い光が漏れていますね。この先にまだ何かがあるとは全く気がつきませんでした」
一旦復活祭の疲労は忘れて3人で扉の前まで駆け寄ってみる。ハディラが軽く触れてもその重量から動く事はなく。相当力を込めなければ完全に開く事は無さそうだった。
「気になるけれど、私達の勝手な判断で先に向かっても良いのかしら」
「一応学校の施設内ですからね、先生に聞いてみた方が良いんでしょうか
……」
戸惑いながらも一旦引き返そうと後ろを振り向いた刹那、脳に直接響くような声
『代わりに開けて差し上げましょうか?』
確かにはっきりと聞こえた。重厚な扉がこちら側とは逆、向こう側から開かれる音。視界を埋め尽くす業火に驚き身をすくませる

熱さに呑まれながら視界を塞がれ2人の姿も確認できずに
扉の先へ導かれていった。