4話 【ひかり】

4人目の少女は目を見開いた

終わることのない真夏の幻想

妖精と鯨と魔女の夜

私達は影法師、木漏れ日は線と点の中




あるところに朝と夜ふたつのめを持つ鷹がおりました。

国を見守る右のまなこから零れた涙はノミの一匹にあたり

一度命の途絶えたはずのちっぽけなノミは

朝の恩恵を手にしたのです。

はて、鷹の左のまなこは

続々と集まり交戦を続ける魔法少女を嘲笑い、攻撃を受けながらも傷一つ負わぬまま悠々と国を回遊する空クジラ。


それを監視する鴉が一羽。羽根を啄み毛を繕う嘴からわずかに覗く口内には、臓物の赤にも成りきれない中途半端な桃色から溢れる蝋の波紋がどろりと滴る。敵の体表から雨のように滴り落ちる塩水を避けて飛ぶ鳥は身体から湧き出す白い蝋が固まって雫を貼り付けた濡羽が忙しなく風を切った。
 
時は少し前に遡る。

 とある家に埋まった薔薇の蔦はそれぞれ絡まり合って城壁に一枚のカーテンを形成している。……そんな妄想をしているけれど、実際はただの塀。そこに隣接するよう細々と植えられた背の高い木の上で羽を休める鴉に“守ってもらう”ためにほおったキラキラ輝くお星様の金平糖はとっくに飲み込まれ、わたしと一緒に体内の中で丸く縮こまっていた。でも手のひらで包み込めるほど小さな星はわたしと違って鴉の中に溶けていく。

 ひとつに、なっていくの。

流星の光は瞬く間に流れてもう、わたし1人なの。なんだか寂しくて、鴉の中で身じろぐ塊。戦いへ赴く魔法少女達の背中を黒い翼を上手に動かして追っていった先に件の幻想は在った。


 
「くっなんて頑丈さだ……
 
 トコタを逃がしてからどれほどの時が経っただろうか。太陽は世界から隠れ、すっかり夜の気配に切り替わっていた。非番の魔法少女も多く集まりクジラの形を象った敵に攻撃を繰り返す。何度も何度も繰り返されていたが、敵に攻撃が効いているそぶりは無く、時たま気まぐれに振り回される尾に巻き込まれたり、何故使えるのか分からないがレーザー光線を放つ攻撃をくらい負傷し倒れていく魔法少女が後を経たない。

「“敵”は光が弱点じゃなかったのか!?」 

「負傷した彼女を連れて下がってくれ!ここは僕達が抑える」
 
天の適性を持たぬ魔法少女達は空中での戦いに慣れていない者も多く、無理を承知で戦闘に加わっては既に多くが戦線離脱していた。天の魔法少女だからと言って油断できるわけでもなく、敵の行動を見計らって余裕なく食らいついている状態であった。

(このままでは僕達が押されていく一方だ、何か方法を……)

思考を働かせながらひたすら槍を持った腕を働かせ続ける。彼女らが負傷者を送り届けるまで、出来ることといったらこの前線を維持する事それくらいだった。

数刻後地上にて

 
「こっちおいで、直してあげる…………
 
「安心して?姫達には僕がついている、可愛い顔に傷ひとつ残らないようにおまじないをかけようか」


魔法生物を伝ったティアからの要請を聞き駆けつけたポポとユウマだったが、相次ぐ負傷者の対応に追われていた。
次々に運び込まれてくる魔法少女達、怪我の大小に関わらず丁寧に治療魔法をかけていく2人の顔には疲労が滲んでいた。

そんな中新たに乱れた髪を直すことすらままならないほど急いでローファーを鳴らしながら治療所となった公園に足を踏み入れる魔法少女。「この子もお願いします……!!」そう言い背中に担がれた魔法少女をゆっくりと床に降ろす。



「ユウカ君!?大丈夫かい……!!!」
 
「もうムリダメかもぉお…………………………

大の字で横たわるハヅキの様子に驚きながらも駆け寄るユウマ。大きな怪我はなかったが、ひどく砂煙に塗れていてふらふらと体が揺れている。おぶって来た彼女に話を聞くと、地面に強く打ち付けられ倒れていたところに鴉が連れていったそうだ。語った本人も不思議そうな顔をして操られているような動きだったと呟いていた。ユウマは疑問符を浮かべる彼女にお礼を述べ、聞き入れると足早に戦場へ駆けていった。

「ユウカ、ユウカ、体……起こせる…………?」

別の負傷者の治療を終え、遅れてやって来たポポはユウカを抱きしめ魔法を使おうと朦朧とした意識に問いかける。
 支えられながらなんとか上体を起こし抱きしめられること数分、魔法から発せられた淡い光が消え、項垂れていた顔がゆっくりと上を向いた。

 「うーん………………あれ?ユウマじゃん〜前から思ってたんだけどユーマとユーカって似てね!?もしかしてパクった!?!?ユーカちゃんのこと大好きか????」

「ってポポもいるし………………………………ユーカちゃん、なんでこんなとこに」

「ユウカはね……怪我で、運ばれてきたの…………………

「そうだよ、お転婆なお姫様。だいぶ調子が戻ってきたようだね、君には笑顔がよく似合う」

安堵の笑みを浮かべユウカの頭を撫でる。ハッと全てを思い出したユウカは腰を上げて空に浮かぶ巨大な敵を差し、「アイツだ!!!!!!ユーカちゃんを叩いたヤツ!あの雑魚ムカつく〜〜〜〜〜〜〜〜さいきょ〜のユーカちゃんに向かって………あのぶっといホネ折ってやる」と怒りを露わにしながら飛び立っていこうとした。その時凛と響いたユウカを呼び止める声。

「待て、このまま突撃しても拉致があかないぞ」

ぼろぼろのティアが数人の魔法少女を連れて立っていた。

「皆んなが応戦してくれている今のうちに僕達はあの敵を倒す為の方法を考えよう」

 ・ ・ ・

……こうしている間に前線を維持している魔法少女は消耗していってる、早々に決着をつけるぞ」

意気込むティアだったがいくら攻撃しても弱みを見せない敵に悩まされているようで頭を抱えため息をついた。いくら敵が模倣した生物に類似した性質を獲得するとはいえど、あれほどの巨大哺乳類を討伐する方法は少ないのだ。知識人の彼女が頭を抱える難題を解決する案は誰からも出てこず、うんうんと唸る声がそこら中から湧き上がった

 移動する敵は像の周りを縁を描くようにして回遊している。例え討伐に成功したとしても国全体にまで被害が出つつある今、何処か障害物の無い安全な場所へ引き摺り下ろせば被害は最小限に出来るだろうか……と一旦討伐は後回しに捕縛する方へ話は流れていった。

「縄で縛って引っ張ろうよ」

「そんなに長い縄用意できるの?」

「それはわかんないけどさ……やらないよりはやってみようよ」

ティアが率いてきた魔法少女達がそれぞれの意見を口にしていく。

「捕まえるだけでしょ!トコタの魔法で出来るよ!」

先程舞い戻ったトコタも疲れ知らずにふんふん鼻息を荒くして訴える。その姿は自慢げで胸を張って誇らしげだ。

「でも……トコタ君が危ないよ」
 
「だいじょーぶ、トコタもう7歳だから」

「もう……そう言って前回もやられかけていたじゃないか」

トコタが腹を切られ地に伏した時にその場に駆けつけたユウマとしては、何よりもトコタの身が心配だった。

「確かに心許ないが、今それ以上の案は無い本人もやる気なんだ、任せるしか、」

ティアもいい表情はしなかったが、かと言って新たなアイデアを閃くことはなく。同意しかけたところで「その縄って結ばなきゃいけないんでしょ?サイキョーユーカちゃんが代わったげる〜アイツムカつくんでぇ」と言い残して返事を待たずとっとと向かってしまった。

 ユウカが代わると言い出したのは純粋に話し合いに飽きた末、自分でやれば良いと結論付けた結果ではあったが、既に消耗している2人の天の魔法少女達の代わりに未熟な魔法少女のトコタの負担を肩代わりすることとなった。
 
・ ・ ・ ・
(みんな何処にいっちゃったのかな……)

いつの間にかみんなを率いていたティアちゃんも、地上で回復役をかって出ていたユウマちゃん、ポポちゃんも見失ってしまった。よく見知った彼女達を探すうちに敵が吐いた潮に当たって飛び出た先で蹲まる。

「急がなきゃ急がなきゃ〜〜!!!!」
「あ、カスミちゃん。……


思わず真っ直ぐに走っていこうとするカスミの名を呼ぶと、大きな耳は羽虫の飛ぶように小さい声も聞き取ったようで、此方を振り返る顔にはポーカーフェイスないつもの表情とは打って変わって発言より雄弁に驚きを物語っていた。

「ヤヨズカちゃん、どうしてここに?」

「えっと、えっとね皆んなと一緒に戦っていたの、でも逸れちゃって」

 告げる言葉にはほんの少しの嘘が、ヤヨヅカにとっては虚像の真実が混じっていた。

誰かが死んでしまうのは恐ろしい、だから何かあったら結果は兎も角わたし自身が飛び出していき助けようとしていたのも、倒れた魔法少女が気付いてもらえるよう導いていたのも事実だった。
 
本当はわたしの世界を現実にしてくれるようなあの敵をもっと間近で見たくて、敵が倒されて欲しい気持ちもそこにはあって。友達が戦っている中動きに合わせるようにこっそりと尾行していただけ。

だとしてもわたしが皆んなを守ろうとしていたことに嘘はない。

彼女らの観察を欠かさなかったヤヨヅカはさも自らが前に出て勇敢に戦ったのだと、自らを脆い嘘の殻で固めた。それを聞いたカスミは知ってか知らずか、キラキラとした目ですごい!沢山頑張ったんだねと純粋な眼差しをカスミに向けた。
 
「えっと、カスミちゃんの持ってるそれは……?」
「私だけの秘密!!だったんですけど……なんだか持ってこないといけない気がして」

記事を書くまでは内緒にしておこうと思っていたんだけど……続けるカスミの腕には布でぐるぐる巻きにされたものが抱えられていた。布をゆっくりと開いて中身を見せるとヤヨヅカは驚きぎゅっとカスミの袖に飛びついた。

「これって鳥の足?でもおっきくて人間みたい……

「色んな人の証言を掻き集めてやっと見つけ出したんです!まだ何もわからない事だらけだけど……例えば誰かに恨みをかった魔法少女とかだったら……名付けて魔法少女殺害事件〜!!なんちゃって」
 
「足が切られちゃったのかなとっても痛そう……これって持っていても大丈夫なの……?」

「うっ……わからないです………………私も持ち出して良いのかなって、」
 
「このミイラを手に入れてから時々記憶がなくって……気づいてから家のタンスに閉まってたんですけど…………兎に角急いで持ってかなきゃ!」
 
「ヤヨヅカちゃんも一緒にいきましょう?2人でいれば寂しくないですから!!」
 
「え、ぁ……うん…………!!」

何かに突き動かされているカスミは普段通りではあったがなんだかちょっぴり変だった。差し伸ばされる手を取ろうかと少し戸惑ったが、カスミを1人にしておくことは出来なかったし、何より彼女に置いていかれたくなく、その手を握り返した。
 
・ ・ ・ ・ ・

「準備できてるよ!!」
トコタが魔法で編まれた縄を最大限長く繋げていく。その縄をユウカが握って敵に巻き付けようと上空まで飛んでいき、鞭をしならせるように敵に向かって叩きつけた。勢い良く巻きついていく魔法の縄。強く引いても解けないことを確認してめいいっぱいの力を込めて引っ張った。


「おーえす、おーえす」
掛け声のリズムに合わせて引かれていく青い縄。
まだ敵は動きません。

「もっと強く引っ張って!」

 とユウマが叫びます。
 まだまだ敵は動きません

1番後ろで縄を腕に巻き付けて強く握るポポも
抵抗する敵に引きずられそうになりながらも必死に堪えます
まだまだまだ、敵は動きません

拮抗した綱引きに遅れて駆けつけたのはカスミと彼女に守られるヤヨヅカ。長い道のりを猛ダッシュで駆け抜けた額には汗がぐっしょりと滲んでいる。

「よくわからないけど、一緒に引っ張ればいいんですね!?」

状況を見て即座に判断を下したカスミは最後尾にいるポポを目指して走った。

「あわわわっっ」

足をもつれさせたカスミは勢い良く地面に近づいていく。慌てたヤヨヅカが飛び出して行こうとした瞬間腕から飛び出た布の解けたミイラが炎を纏いひとりでに動き出した。


『助けてあげます、貴方達の事』

画面の外から声が聞こえた。
 
燃え盛る球体は最前列のトコタを突き抜けて敵の前へ乗り出した。魔法少女達が目を瞑り強い光をやり過ごす。目を開けた時にはクジラは勢いよく燃え盛り、あれほど壮大な姿は、球体に齧られたような大穴を残すだけとなった。

……!!このままでは灰になる前に建物に落ちるぞもう一度縄を引けっ!!!」

ティアの号令に上を向き口を開けていた魔法少女らは再度強く縄を引いた。先程とは異なり重量はありながらも動く巨体に安堵する。ガスの詰まった風船のようにゆっくり移動していくクジラ型の敵を最後に夜に終止符が打たれた。
 
「さっきの光……あとちょっとで思い出せそうなのに」

皆がそれぞれの場所に戻っていく中トコタは立ち止まって考える、先程の太陽にも似た熱量の球体の正体を。確かに感じる既視感の行方を探して。
 
「怪我してない……?」
 
「大丈夫!ヤヨヅカちゃんが支えてくれたから傷一つないです」

  ヤヨヅカの大きな目から涙が零れ落ちる前にカスミが雫を拭った、変身した姿のままの手は鋭い爪で飾り付けられていたが器用に折りたたんで目を擦ると、ふわふわした毛先が鼻先に当たってこそばゆく、ヤヨヅカは嗚咽をあげそうになる喉を治めて笑った。