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RINGO
2025-07-23 21:13:27
5463文字
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境界の灯
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境界の灯2-2
初稿です
エリオットは、少し腫れあがってしまった額を擦りながら、執務室に向かっていた。
『まさか、あのタイミングで時間が来ていたなんて
……
全然気づかなかった。』
『まったくだ。あの衝撃でも眠りこけてたのが逆に凄いぜ。』
モフモフの皮肉げな声に、エリオットは口を曲げる。
『痛みを肩代わりしてくれたんだろう?それから冷やしてくれてたってフィオナからも聞いたよ。
……
感謝してる。』
その言葉に、まんざらでもないため息が聞こえた。
今朝、打ち切られた宿舎の話をフィオナと改めて話をした。
「私は君たちが、この宿屋で下宿する事は全然かまわないよ。むしろ嬉しい。」
彼女は笑いながら言った。
その言葉を思い出し、エリオットは歩きながら、つい小さく笑って頬を掻いた。
(嬉しい
……
。嬉しいか
……
。)
胸に温かいものが広がっていくようだ。
通常業務を終えた後にもかかわらず、心なしか足取りも軽い気すらした。
その足は、急にエリオットの意思にかかわらず、立ち止まる。
思わずエリオットは、顔を上げた。
『おい、執務室ってそこじゃないのか?』
「あっ、うん。」
気が抜けて、つい返事を声に出してしまったエリオットに、モフモフは呆れる。
『浮かれすぎだ。あの隊長に宿舎の件を言うんだろ?表情が緩んでるぞ。』
両手が勝手に動き、エリオットの両頬を軽く引っ張る。
「いふぁいいふぁい!わふぁったって」
エリオットは、ぱっと離された手のひらで頬を撫でた。
『
……
君って結構、先に手が出るよね。』
エリオットは、初めてモフモフと出会った時の事を思い出す。
『何か言ったか?』
『いや、なんでも。』
そんなやり取りをしながら、エリオットは口角を指で解して、表情を引き締めた。
一度深呼吸をして、執務室の扉にノックをする。
コンコン、と小気味の良い音の後に「エリオットです。」と声を上げた。
しばらくすると、扉の向こうから「入れ。」という応答を聞いて、エリオットは静かにドアノブを回す。
「失礼します。今日はお時間をいただいて
――
」
「こっちも悪かったな。本当なら業務前に話を聞ける予定だったんだが、今日に限って会議が入っちまってな。」
ロウェルは、入れ入れと手招きをする。
それに対してエリオットは、遠慮しがちに足を運んだ。
(
……
少し薄暗いな。)
窓から見える空模様はどんよりとした雨。そのせいか、いつもより幾分か執務室が暗い。
「隊長、部屋の明かりを
――
」
エリオットは部屋の灯りをつける為、魔石具に手を伸ばす。
「それは、まだ良い!」
ぴしゃりとロウェルが言い放つ。
いつにもなく強い口調に、エリオットは少しだけ体を揺らした。
「
……
それより、用事は?」
「え?ええっと
……
宿舎の事ですが。」
すぐにロウェルが、いつもの調子に戻る。
エリオットは動揺しながらも、口を開いた。
「自分は今の下宿先で下宿を続けたいと考えています。宿舎に移動することを断ることは、可能でしょうか?」
「ほぅ?お前の下宿先って言うと
……
この辺り唯一の宿屋、だったよな?そんなに住み心地が良かったのか?」
ロウェルは、肘をついて顎に手を沿わす。
「はい。もともと自分はあそこの近所で幼少期は過ごしていたので、慣れ親しんだ場所で。」
「なるほど
――
わかった、別に宿舎への移住は強制じゃないからな。慣れた場所で過ごす方が良いだろう。そのように担当部署に伝える。ところでエリオット、お前が来てから早いもんで半年過ぎたが、どうだ?仕事は。」
宿舎の件が懸念していたより、あっさり解決した事にエリオットは内心ほっとする。
「あ、はい。おかげさまで何とか慣れてきました。」
「
……
なにか、変わったことはなかったか?」
ロウェルはいつもと変わらない気さくな笑顔で、エリオットに尋ねる。
しかし、その声はどこか探るような声色だった。
えっ?とエリオットは思わずつぶやいた。
元々静かだった執務室は、更に静寂になり、部屋の温度が一気に下がった。
「そ、れは、どういう意味ですか?」
息が詰まりそうになりながら、エリオットはロウェルを見た。
ロウェルは椅子からゆっくりと立ち上がる。
「
……
匂うんだよ、ここんとこ。」
「匂う?」
「あぁ、なんつーか懐かしい匂いがするんだ。」
スンスンと、ロウェルが鼻を動かす音が聞こえる。
暗くて様子は見えづらい。
「
……
お前が近くにいると、特によく。な?
――
宿舎の件も、嘘じゃないだろうが、本当はまだ、理由があるんじゃないか?」
コツ、コツと近づいてくるロウェルの足音に、エリオットは汗が噴き出した。
(バレている。)
自分が、魔王フェンリルとなにかしらのつながりがあると察せられている。
心臓が早鐘を打ち始め、ハッ、ハッと呼吸が浅くなっていく。
「僕は
……
っ!!」
「
—
―
エリオット、もういい。他の奴がいない今ここで、いっそ話した方が手っ取り早い。」
エリオットの意思とは無関係に口が開いた。
モフモフの言葉に、エリオットは内心焦って言葉を失う。
(話した方が良いって、一体どう切り出せば
……
。)
しかし、いつの間にか目の前に移動してきたロウェルは、特に動揺することなく、鋭い目でエリオットをまっすぐに見つめている。
「
……
そっちは話が早いな、隠すことはやめたのかい?」
「
……
思い出したんだ。その顔の古傷。俺に唯一接近戦に持ち込んだ人間だ。」
その言葉にロウェルは目が鋭く光った。
「
……
つまり、お前は魔族だな?
……
エリオットに何してくれてんだぁ?!」
その言葉は怒りに満ちて、静寂の中に響いた。
次の瞬間、ロウェルは音もなく剣を抜き、モフモフに向かって鋭く切りかかった。
モフモフは扱い慣れないエリオットの剣ではなく、自身の魔力を瞬時に使い、鋭い剣撃を魔力の壁で弾いた。
キィン!という金属音が部屋に響き渡る。
ロウェルは弾かれた勢いのまま後退し、憎らしくモフモフを睨みつけた。
「もう一度聞くぞ、魔族
—
―
……
エリオットの体に何しやがった?」
モフモフは、そのあまりの気迫に汗が流れる。
「あぁ
……
なるほど、武に優れたものは気配で敵を察知すると聞いたことがある。
……
その要領で感じていたのか、俺の魔力を!」
感心したように呟くモフモフに、ロウェルは苛立ちを隠さず再び剣を振り下ろす。
「俺の質問に答えろッ!!」
先ほどよりも、さらに鋭さを増すその剣は、正確にモフモフを狙っている。
すぐさま魔力の壁で、防戦へ持ち込もうとする。
だが、ロウェルは壁の中心を剣で押し、剣と壁の間のわずかな隙間まで詰めてくる。
「まさか、まだ魔族がいるとはな
……
お前らはそうやって、人間を乗っ取って生きているのか?エリオットは最高の器だろうよ、だがなぁ!!」
ロウェルは、一度剣を大きく振り上げると、それから何度も何度も壁を叩く。
そのうちに壁はひび割れが走った。
ロウェルはその隙を見逃さず、さらに力強く打ち付けるように剣をふるうと、最終的にパンッ!という軽快な音共に魔力の壁が粉々に割れた。
「っ
……
!!」
衝撃で右腕が弾かれる様に仰け反る。
砕けた魔力の破片は、空気中に溶けて消えた。
(嘘、だろ
……
っ?!)
モフモフは動揺するも、体勢を立て直そうと後退するが、その隙を突き、ロウェルはモフモフを床に押し倒した。
辛うじて、受け身を取って身をよじろうとするも、ロウェルは、すかさずモフモフの上に乗りかかり、刃をモフモフの首に向けた。
「これで終わりだ。
――
答えろ、エリオットに何をした?」
モフモフは、ロウェルを睨みながら固唾を呑む。
ここから抵抗しようにも、エリオットよりも体が大きいロウェルには力づくでは無理だ。
舌打ちをしようとしたところで、耐えきれなくなったエリオットが声を張り上げた。
「隊長、私の話を聞いてくださいっ!!」
その表情は、打って変わって怯えの色に染まる。
ロウェルは、一瞬目を丸くするもすぐに眉をひそめた。
「エリオットの真似なんかしやがって
……
お前ら魔族はどこまで人間を馬鹿にすれば気が済むんだ?」と冷たく言い放った。
いつも飄々としているロウェルの怒りや嫌悪の籠った表情に、エリオットは歯が鳴りそうなほど恐怖を感じる。
だが、誤解は解かないといけない。
肩で息をしながら、震える口を開いた。
「ぼ、僕はまだ
……
魔族に乗っ取られていません!隊長を口封じで殺す気があるなら、魔族がこんな防戦になるはずないじゃないですか!!」
そのエリオットの切迫した声に、ロウェルの眉が少し動く。
眉間に皺をよせ、目を閉じて、深く息を吐く。
そして再び、訝し気にエリオットを見つめるも「
……
手は拘束させろ。」と苦々しく言った。
エリオットは、ロウェルの指示に従い、後ろ手に拘束されながらも肩の荷が降りた様な気がした。
(
……
少なくとも、話は聞いてくれるみたいだ。)
胸に溜まった空気が一気に出る。
エリオットは緊張した面持ちで、これまでの経緯を少しずつ話し始めた。
ロウェルはそれを、頷いたり、考える素振りをしながら静かに聞いていた。
「一つ確認だが、お前はこの傷を見て、思い出したと言っていた。」
そう言いながらロウェルは自分の左頬の古傷をなぞる。
「
――
つまり、お前は魔王フェンリルで間違いないな?」
「間違いない。」
エリオットの口を介して、モフモフは答える。
(
……
やっぱり、そうなんだ。)
エリオットは唾を飲み込んだ。
以前聞いたロウェルの話や、フィオナの話でなんとなく察してはいたが、聞くのが怖くて敢えて明言されるのを避けていた。
しかし、はっきり本人が言うのであれば、自分と共生しようとしている存在が魔王なのだと改めて思い知らされる。
「
……
ついでに言わせてもらうが、それは、こっちが魔法で牽制してるのに、ドカドカ進んできやがるから弾みで右手で払っただけだ。」
「君は余計なこと言わなくて良いんだよ!」
文句ありげな不満げな表情から一転して、慌てた様な表情に変わるエリオットの様を見て、ロウェルは面白そうに笑う。
「ま、今更そんな話は良い。
――
それで?本当に魔王フェンリル様は人間と共生する気があるんだな?」
小さくため息を吐き、先ほどよりも軽い口調で言うが、その目は見定める様にモフモフを見た。
「経緯こそ偶然だったが、今はこいつらと共に過ごせたらと思っている。」
負けじと、半ば睨むようにモフモフはロウェルを見た。
「
—
―
それなら
……
」
そう言いながら、ロウェルはエリオットに近づき、顎を持ち上げた。
「
……
どうして、エリオットの瞳が暗闇でも光ってるんだ?」
「えっ?」
エリオットの体が固まった。
見開いたエリオットの眼は、光を反射して、薄暗い部屋でぼんやりと光っているように見える。
「今のはエリオットか?気づいてなかったみたいだが、お前の目、暗闇の中で光ってるぞ?その意味は、分かるか?」
「
……
輝板?」
「そうだ、人間にはない部位だな。それから
……
そうだな、口を開けろ。」
エリオットは、信じられない気持ちで表情を強張らせながらも、指示通り口をゆっくりと開いた。
「
……
犬歯が鋭いな。普通の人間じゃ、必要ないくらいには。」
ロウェルは、エリオットの拘束を解いた。
無骨な手が、紐で縛られていたエリオットの腕を労わるように軽く揉む。
しばらくしてから、エリオットの手を自身の手と比べるように並べた。
「お前の爪、こんなに先端は黒かったか?」
エリオットの爪は、ロウェルに指摘された通り、煤で汚したわけでもないにも拘らず、先端が薄くだが、黒く染まっていた。
隣に並べられたロウェルの手で、なおさら、その違いが浮き彫りになる。
「フェンリル、エリオットの体にこれだけ影響が出ている。
……
これが、お前の言う“共生”か?」
「違う
……
。」
ぽろりとエリオットの口から零れ落ちた。
「そんなことになってるなんて、俺は
……
。」
モフモフは、エリオットの手のひらを震わせながら見つめた。
信じられないといった表情で、首を何度も横に振る。
ロウェルは立ち上がり、モフモフを睨みつけた。
大きく息を吸うと、はっきりした声で言う。
「3日だ。」
モフモフは、顔を上げた。
その表情に、先ほどまでの余裕は微塵もない。
「エリオットも良く聞け、ここは辺境の集落だ。薬が届くのも最短でも3日はかかる。だからこそ、病気になったやつは、感染を広げない様に待機期間を設けている。
――
お前らは、明日風邪をひいたことにする。待機期間は3日
……
それまでに、その状態をどうにかしろ。」
「
……
どうにも、できなかったら?」
か細く震える声で尋ねる。
ロウェルは、彼らを蔑むように見下ろした。
「安心しろ、そうなったら俺が直々に見舞いに行って、魔族としてお前を討ってやる。」
ごくんと、喉の鳴る音が響く。
「
……
それが嫌なら間違っていないと証明しろ。お前の“共生”ってやつを。」
脳裏には、雪山で見たフギンの姿を思い出す。
自分の最後の姿さえ主を守るために捨てた、あの魔族の事を。
(今度はお前が、大切な者を守って見せろ。)
ロウェルは、試すように彼らを見つめた。
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