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77nairo
2025-08-02 23:00:00
1468文字
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シャツ
「ほら起きて」
耳に心地よい低音でそんなことを言われたって、起きられるわけがない。松本はまぶたを閉じたまま、声のするほうへ手を伸ばした。そのまま一之倉をベッドへと引きずり込もうとした腕は空を切り、ついでに自分の身体も宙に浮く。
ベッドからシーツごと引きずり落とされて、松本はギリギリのところで受け身をとった。
「あっっっぶねえ
……
」
松本は目を見開いて、胸の前で交差した手を真っ先に確かめた。手首をひねってもいないし、突き指もしていない。着地した背中の右あたりもさすって確かめる。大事なさそうだ。改めて見てみれば、松本の身体の下ではたくさんのぬいぐるみたちが窮屈そうにつぶれていた。デートで訪れた動物園や水族館、遊園地なんかで買ったもの、それにバスケチームのマスコットたち。普段は居間に転がっている彼ら彼女らが勝手にここまで来ることはないはずだ。
そこまで確認して、松本はようやく顔を上げた。
「目ぇ覚めた?」
真っ白な日差しの中に立つ一之倉が、シーツを抱えてこちらを見下ろしている。
「シーツ洗うから起きて」
心臓はバクバクと鳴っているしまぶただってぱっちり開いているけれど、松本の脳みそはまだ完全には動いていなかった。一拍置いてようやく一之倉の言葉の意味が理解できて、のっそりと身体を起こす。してやったり、とでも言いたげに片眉を上げた一之倉が、シーツとタオルケット、それに枕カバーを手際よく回収していく。
「もうちょっと他の起こしかた、あるだろ
……
」
松本のささやかな抗議は、一之倉の鋭い一瞥を受けて引っ込めざるを得なかった。布製品を両手いっぱいに抱えた一之倉が、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら寝室を出ていく。その後ろ姿に、今度こそ松本の眠気は吹っ飛んだ。
ぶかぶかのTシャツの裾から、引き締まった太ももがまるごと突き出ている。
「
……
っおい!」
「オレはおいって名前じゃありませーん」
松本はぬいぐるみたちを蹴散らし、一之倉のあとを追った。明るく開放的な居間の外、真夏の太陽光線が降り注ぐベランダは、すでに二人分の衣類で満艦飾だ。
居間を駆け抜けて脱衣所に飛び込む。目のやり場に困る後ろ姿のまま、一之倉が呑気に洗剤を計っている。
「そ、その格好でベランダ出たのか!?」
「だって他の服はまとめて洗っちゃったし」
そう言われてよく見てみれば、一之倉が着ているのは松本のTシャツだった。新シーズンにデザインが変わるからと、チーム広報からもらったばかりの新品だ。
いや、今、それは問題ではない。
「誰が見てるかわからないだろ!」
「うるさいなぁ」
エアコンの風が届かないむわりとした脱衣所に、一之倉がピッピッピッと手際よくボタンを押す音が響く。洗濯機はすぐに唸りを上げて風呂水を吸い上げ始めた。
それを見届けた一之倉が、くるりと振り向いた。
「さて、洗濯が終わるまで四十五分あるけど」
一之倉がこちらへ腕を伸ばすと、Tシャツがずり上がった。松本の目はその裾に釘付けになる。なにも履いていない、ように、見える。
「その間にナニかする?」
松本の首に腕を絡めた一之倉を抱き上げ、今来た道をずんずんと戻った。ふふふと笑った一之倉の息が首筋にかかって、松本の体温を上げる。
「洗い替えのシーツ、クローゼットから出して」
「ああ」
「いま回してる洗濯物、松本が干して」
「ああ」
「もう一回シーツ洗うのもよろしくね?」
「ああ」
洗濯物がぱたぱたとそよぐ快晴の夏の朝、あと四十五分だけ寝室にこもっていよう。
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