かん
2025-07-22 20:34:34
5644文字
Public
 

次に髪を切る相手は、いちばん魅力的で好きな人

的野美青さん






〇〇:こんな感じで、いかがですか?


「あ、バッチリです!」


〇〇:ありがとうございます


ほっと一息ついて、お客様をお見送りする。


〇〇:ありがとうございました!




「〇〇くん、次もお願い」


〇〇:あ、はい


そしてまた、次のお客様へ。




この後のデート、大事な告白。

校則に引っかからないようにかっこよく。

初めてのパーマ、染め。


一生を共にする髪、それ次第でいろんなことに影響する。



「お任せで」


〇〇:かしこまりました



この仕事に正解はない。


お客様がダメと言ったらダメ。

言われた通りに切っても納得しなかったら一緒。


神経削る仕事。


苦労して資格を取っても、しばらくは見習い。

若いから舐められやすいし、別に褒めてくれるわけじゃない。


正直、続けるか迷ってる。



〇〇:後ろこのような髪に


「あの」


〇〇:はい?


私こんな髪頼んでないです」


〇〇:


「これ、短すぎます」


〇〇:お任せって


「もっといい感じになると思ってました」


〇〇:申し訳ございません


「店長呼んでください」


〇〇:申し訳ございません



心を込めて、必死に頭を下げる。


相手には届かない。



最近もう何に謝罪してるかわからない。


お任せって言ったじゃないですか。

喉元まで突っかかってる。



お客様は神様。


正解のない仕事だから、ダメって言われたら終わり。


慌てて上司が出てきて、同じように頭を下げる。

それも申し訳ない。


無償になることで手打ちになる。

他の店でもやってるんじゃないか?


黒い感情がじわじわと。



あー


向いてない、この仕事。





積み重なった我慢が

自分でも隠せなくなってる。













「じゃ!よろしく!」


〇〇:はーい


昼休憩、先輩達は店を開ける。


いちばん下っ端の自分は、昼休憩の間もいないとダメだけど。


ワンオペ。美容院で。





まぁ幸い予約入ってないから


来ないでくれと心で祈る。





〇〇:


鞄に入れた退職届。


いつ出すか。


誰も引き留めない、わかってる。


辞める度胸がない。


特にこの後のビジョンもない。




〇〇:はぁ




カランコロンカラン





〇〇:うーん


美青:あの


〇〇:もう出す


美青:すいません


〇〇:いやでも


美青:す、すみませんっ


〇〇:うぉっ!?


美青:



目の前に綺麗な女性。



〇〇:えっあ、すいません


美青:いやっごめんなさい急に話しかけて


〇〇:いやぼーっとしてた自分が悪いんで


美青:私の声がよくないから


〇〇:そんなそんな、綺麗なお声で


美青:え、えぇいやいやっ、ゴミなんで


〇〇:ゴミ


美青:聴く価値ないんで


〇〇:そんなことないですよ


美青:こんな声一生出なければいいのに


〇〇:そんなに言うならじゃあ僕はもう、それ以下のゴミです


美青:そんなことないです


〇〇:


美青:


初対面から謝罪の連続。


そして当然、変な空気。


自分よりネガティブな人いるんだ




〇〇:ご予約のお名前


美青:よ、予約してないんですけど


〇〇:あなるほど


美青:何分くらい待ちますか


〇〇:大丈夫です、今空いてます


美青:あよかった


〇〇:こちらへ


お互いたどたどしくチェアに誘導。


正直緊張してる女性だから。


めっちゃ綺麗だし。


さっきの失敗、引きずってるし。




〇〇:今日はどういった髪型に



美青:えーっとお、お任せで



〇〇:お任せ


美青:ダメでした?


〇〇:違いますっ!あお任せ、はい


美青:はい


〇〇:ご希望の長さはありますか?


美青:なんかいい感じに


〇〇:わかりました


頭の中でイメージを膨らませる。


今のままでも十分似合ってる。


なんて野暮な考えは捨てて首元にカットクロスを巻いた。


〇〇:苦しくないですか?


美青:大丈夫です


美容室とは違う、いい匂い。


〇〇:失礼します


サラサラの髪を少し触る。


美青:


〇〇:よし


腰からハサミを取って、櫛を通した。








ブオー



静かな美容室にドライヤーの音が響く。


ある程度切ってシャンプーとトリートメントを施した。


あとは乾かすだけ。




ここまでほとんど会話はない。

非常に気まずい。



ブオー



美青:


〇〇:熱くないですか?


美青:大丈夫です


〇〇:


美青:



ブオー



〇〇:


美青:



カチッ



〇〇:


美青:


〇〇:じゃあ、ちょっと整えます


美青:はいっ


〇〇:



勝手に震える手。


やっぱり失敗したかな


そしたら、また謝るしかないのか



この仕事、これで最後かも





美青:あの


〇〇:はい


美青:お名前、なんですか?


〇〇:えっなにかまたご迷惑を


美青:違います笑、普通に


ニコッと笑う彼女に変な感情を覚えた。


安堵してるのに緊張してる。



〇〇:よかった●●です 


美青:●●さん


〇〇:お名前は?


美青:的野です


〇〇:的野さん、珍しいですね


美青:そうですか?


〇〇:今まで的野さんに出会ったことないです


美青:確かに大学にもいないか


〇〇:大学生ですか?


美青:はい、20です


〇〇:えっ!?


美青:●●さんは?


〇〇:同い年です、20


美青:若っ


〇〇:大人っ


美青:え、そんな早く免許取れます?


〇〇:そうですね、専門学校なので


美青:そうなんですね


〇〇:


美青:●●さん?


〇〇:あ、ごめんなさいもうすぐ終わるんで




美青:なにかありました?


〇〇:いや?


美青:嘘下手すぎません笑?


〇〇:わかります?


美青:初対面でわかるって相当ですね笑


〇〇:はは


魅力的な笑顔の的野さん。


対して力なく笑う自分。




美青:聞きますよ?なんでも?


〇〇:お客様にする話じゃないので


美青:言わないなら、店長に言いつけます


〇〇:えぇっ!?


美青:びっくりしたぁ


さっきの映像が再びフラッシュバックした。


〇〇:それだけは勘弁してください


美青:じゃあ、どうぞ?


〇〇:さっきのお客様を怒らせてしまいました


〇〇:そのお客様のご要望にお応えできなかった


〇〇:迷惑かけて、ほんと最悪です


美青:その人はどんな髪を?


〇〇:おまかせです


美青:うーわ


〇〇:


美青:それ●●さんのせいじゃないですよ


〇〇:いや、悪いのは自分なんで


美青:その手口いろんなところでやってる可能性あります


〇〇:自分に原因があります


美青:ほんとは


〇〇:一瞬よぎったけど


美青:ほらよぎってる笑


〇〇:だって、おまかせって言ったのにそんな


美青:


〇〇:悪いのは自分です


美青:嘘です嘘!冗談です笑


ごめんなさい、と笑う的野さん。




その悪戯な表情すら魅力的。




〇〇:辞めようと思います


美青:え?


〇〇:やってわかりました、向いてないこと


美青:


〇〇:まだ若いし、これからもっと




美青:悲しい


〇〇:すみません


美青:私もっと、●●さんに切ってほしかったです


〇〇:お気遣いありがとうご


美青:建前じゃなく本音


〇〇:


美青:


〇〇:一応、完成です


美青:どうですか?


〇〇:自分の精一杯は頑張りました





美青:可愛い?


〇〇:




美青:可愛いですか





〇〇:はい、可愛いです




美青:ふふ、ありがとうございます




〇〇:こちらこそ





美青:いい感じ



鏡で嬉しそうに確認する。



彼女の一言で、どこか救われた気がした。








_______________________________________





それからというもの、定期的に彼女の髪を切るようになった。


ペースはそんなにだけど、必ず切るときは自分。


決まって他のお客様はいないとき。


そこでお互いの近況や愚痴を言い合う。




正直、それを楽しみに仕事してる自分がいる。




彼女について詳しくなるにつれ、もっと会いたいと思ってしまう。


でもこれくらいの距離だから上手くいってる。


出会いがここじゃなければ


いや、ここだから出会えた。



カランコロンカラン



美青:こんにちはー


〇〇:こんばんはね


美青:予約してる●●です


〇〇:はい、的野さんですね


美青:ちぇっつまんない


〇〇:お待ちしてました、こちらへ






手慣れた様子で腰掛け、カットクロスを巻く。

何をいきなりボケてるんだ。




〇〇:今日は?どんな感じで?


美青:……


〇〇:ん?




美青:この後デート



〇〇:


美青:だから、可愛いく切って


〇〇:


美青:おい


〇〇:


美青:〇〇!


〇〇:はっごめん


美青:お願い


〇〇:はい


突如震えだす手。


美青:大丈夫?


〇〇:うんっ



気持ちを必死にこらえて、髪を触った。


〇〇:



この関係じゃなければ



自分の職業をすごく恨んだ。







〇〇:


美青:



カットしてる間も、お互い会話はない。


美青は緊張してるし、自分はショック受けてる。


後悔が止まらない




〇〇:どんな人


美青:


〇〇:そのデートの相手


美青:なんで今更


〇〇:いいでしょそれくらい


美青:ネガティブ


〇〇:


美青よりネガティブそんな奴いるんだ。


〇〇:出会いは?


美青:半年くらい


自分と出会ったタイミングと一緒


明暗が別れすぎてる


〇〇:付き合ってるの?


美青:ううん


〇〇:え、じゃあ


美青:もうすぐ


〇〇:



いちばんお互い楽しい時期。



終わった。




〇〇:はぁ


美青:


〇〇:坊主にしていい?


美青:はぁ!?


びっくりしたのか声がでかい。


〇〇:ごめん冗談


美青:なんだ


〇〇:ごめん


ただの負け惜しみ、恥ずか



美青:〇〇は


〇〇:ん?


美青:〇〇は、坊主にした方がいい


〇〇:別に


美青:じゃあ、どんな感じがいい


〇〇:特にない


美青:好きな人は?



美青:好きな人いない




〇〇:いる


美青:


〇〇:シャンプー台、どうぞ


美青:


〇〇:美青


美青:へ


〇〇:ごめん我慢できなかった


美青:え、えぇ……………ん?



〇〇:この後デートなのに、ごめん


美青:……え笑


〇〇:笑われると傷つく


美青:えぇ笑


こいつやばいみたいな笑い方。


悪かったよ、変なこと言って。


〇〇:早く座って


美青:〇〇、モテないの?


〇〇:はぁこれ以上変なこと言ったら途中で終わる


美青:ごめんごめん笑、座るよ


ずーっとニヤついて座る美青。


非リアを馬鹿にしてる


あぁ泣きそう。



〇〇:一回シャワー浴びたい


美青:ん?


〇〇:なんでもない!












〇〇:はい、できたよ


美青:おぉーなるほど


皮肉にも、すごく上手くいった。

自分がいちばん好きな髪型だから。




〇〇:はい、お会計


美青:



今日は帰ってやけ酒だ。


記憶から消そう。



〇〇:レシートいる?


美青:いらない


〇〇:頑張れよ


美青:終わるの何時?


〇〇:俺?


美青:もちろん


〇〇:あなたで最後


美青:じゃあよかった


〇〇:何がだこっちはフラれて





美青:外、待ってる





〇〇:誰が?


美青:私


〇〇:なんで




美青:デート、するから






〇〇:あーその人と待ち合わせして




美青:〇〇以外いないけど



〇〇:うぇ?



美青:鈍感笑、



美青:早くしてよ?行きたいお店閉まっちゃう



〇〇:えーっとん?


美青:びっくりしすぎ笑、急いで!ほら!


〇〇:それって





美青:ふふ好き!早くして!


ニコッと笑って、俺を見送る。






今日の記憶は、一生残りそう。


FIN