Hari0520001
2025-07-22 16:49:07
8832文字
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今日だけ僕は⑤

女装×パーティー潜入
おしっこゴクゴクします

05

「いやはや、おふたりともお待たせしてしまいましたなあ……おや、まだ楽しんでいらっしゃらない?これからでしたか!」
ドアを開けて入ってきたのは紛れもなくArkD社社長、アルヴィンだった。
息子はどうやら別部屋に置いてきたようで、本気度が伺えてしまい本当に嫌になる。彼が来たのを機に、ハスクがわざとらしく———本当にわざとかどうかは置いておいて———ソファの肘掛けに僕を縫いつけ、首元に顔を埋めるので、多少嫌がる素振りをしながらアルヴィンに問う。
「あなた、彼に何を盛ったんです?こんなふうになるなんて、薬以外考えられない」
聞かれた本人は、両手のひらを天井に向けて、大袈裟に肩をすくめて見せると困ったように眉を潜めた。
「いいえ、私は何もしていません。一緒にお部屋にいたお嬢さんがたでしょうな、たいそう気に入ってたので」
「なら、僕は?僕には何を?」
「アラスターさんには、よくある利尿剤とちょっと体の動きが鈍くなるお薬をご用意しましたとも!前々からファンだったのでお近付きになりたくてね……でもまあ、先にお連れ様とお楽しみいただいた方が緊張も解れるでしょう?」
口ぶりからして、ハスクの薬の件は絶対に嘘を言っている。そうなるように仕向けたに違いない。おそらく、薬を売り込むための常套手段にしているのだ。
同じように薬を飲ませて虜にし、売買ルートを拡大させるために薬漬けの女を元から用意していて、VIPにだけあてがう。そこから新たに、薬を買う顧客を増やす。そうして薬の常習者を増やせば金も儲かる。随分できた話だ。薬の売買と同時に、顧客によっては情報の売り買いもしているとなれば、こんなにいい話はない。
「僕の趣味には合わないようで残念です。出来れば何も無かったと思わせて帰らせていただきたい」
「それは無理なご相談だ……色々とお知りになってしまったでしょうに」
是が非でも薬漬けにするつもりか、はたまたこのまま監禁か———利益のためなら何でもしそうな雰囲気は感じられた。
一方ハスクはと言うと、もはや演技かどうか分からない状態で、息が荒く顔は真っ赤、おまけにスラックスの上からでも存在がわかるほど勃起していて手のつけようがなくなりつつあった。数刻前から首筋や肩に吸い付いてすっかり薬に頭が支配されていそうなことが見て取れる。
「こら、いい加減にしろ、ちょっとはプライドってものが———
チラリとこちらを見たハスクの目が大型の獣のようにギラリと光った。急に顔を近づけて耳に噛み付いたと思うと「悪い」と小さく呟く。
呟いた矢先、ドレスの裾を乱暴に捲りあげ、器用に歯を使って片手でビリビリに引き裂いた。そのままソファから僕を引き剥がして床に押し倒す。
「は」
太ももよりも上、鼠径部により近いところまで、まるで稲妻でも走ったかのようにざっくり破られてしまったドレスからは、ストッキングを止めるガーターが丸見えだった。
「はっはっはっ!いいですなあ!これは素敵なショーだ!こんな素晴らしいショーを何も飲まずに楽しむなんて勿体ない」
そう言ってアルヴィンが手に取ったのは先程僕が恍惚を覚えながら出した———見た目が綺麗なだけのアンモニアだ。もう外に出たものではあるが、自身の尿を誰かが飲むなんて考えただけで寒気がする。
「待てそれは!」
「頑張りましたねえ、彼に手伝ってもらいました?いやあ、綺麗なイエローだ」
“理解っている”
彼はそれがなんであるのか理解しながら、なんの躊躇いもなく口をつけた。
「いっ
まるでシャンパンでも飲んでいるかのように喉に流し込んでいき、ついには飲み干したのを信じられず、目を見開いて様子を眺める。
「いやあ、実にマイルド!少し味が薄いのが残念ですがね?あれだけお水飲んでましたし仕方がないでしょうな」
……ッ」
文字通り、絶句した。尿を飲むなんてことを平然とやってのける男が目の前にいることに恐怖した。今までこんなに怖いと思ったことはなかったかもしれない。それだけ、たった今、目の前で起きたことは僕にとって異常でしかなかった。
「さあ、続けて続けて!私はおかわりもあるのでね、ご安心を」
これは究極に意味がわからない。頭が拒絶している。考えがまとまらない。他人の尿なんて普通飲めるか?混乱しか生まれない。どうすればいいか皆目見当がつかない。
でも今すべきことは?この異常な空間から出ること。そのためには?さっきハスクはなんて言っていたっけ———
……混ざればいいじゃないですか、あなたも。本当に見ているだけでよろしいんですか?」
ハスクが正常な判断も行動も出来ないかもしれないというのに、計画通りに彼を誘う言葉がすんなり口から滑り出た。肩からドレスの紐をずり下げ、全くもって膨らみのない胸ぎりぎりまで布をずらして見せる。
「おや、ご趣味が合わないのでは?」
うるさい黙れ色欲ジジイ!と怒鳴りつけてやりたかったが、必死に喉で食い止めた。
「別に、無事に外に出れるならなんだってしますとも!……ああ、これも一緒にね」
胸元に顔を埋めながら息を荒くしているハスクの頭を撫でる。人の太ももの間に手を滑り込ませ、一向に兆しを見せない僕の何かを触っているが、本気なのか演技なのかは到底分からなかった。
「おや、お連れ様はそんなに大事な方で?」
「僕のペットですよ、それはもう」
「ペットと来ましたか!はは、まさかラジオスターがこんな人だなんて———ラジオでしかあなたを知らない人は随分と勿体ないことをしている!」
「知った人だけ得をするでしょう?あなたは運がいい人ですよ、アルヴィンさん」
たしかに———そう口にすると、持っていたグラスをテーブルに置いて歩み寄る。サスペンダーとスラックスのボタンに手をかけながら。
ああ、そんな簡単に誘いにのってしまうのか。できることならば、そんなわざとらしい演技で私は釣れません!なんて言って一蹴して欲しかった。本気にしないで欲しかった。
ハスクの提案だったが、本当に本当に、のんだことを後悔した。今から何をされるのか考えただけで胃がひっくり返りそうなくらい吐き気がする。
「っあ」
胃が痙攣したとき、ハスクの指先が後孔をくすぐってきて思わず声が出る。それを聞いたアルヴィンがそれはもう醜い笑顔で迫ってきて、忘れかけた吐き気がぶり返すのだが、ハスクがそれを誤魔化すようにあちこち触るものだからどこに気をやったらいいか分からない。
混乱しているうちにアルヴィンが頭上に立ってスラックスを下ろした。
ものとしては残念なほど、こじんまりとした何かがそこでちょこんといきり立っている。僕の顔にその残念な物体を近づけようと膝を曲げ、床に手をつけて笑った。
「お恥ずかしながら僕のはそこの彼と違ってこんなものでしてねえ!あまりお楽しみいただけないと思いますが」
———ゆっくりと膝を床につけようとしたその時だった。ハスクが突然僕の脚を引っ掴み、腰から思いっきり折りたたんだのだ。つまりそれは、僕からしたら反撃の合図で———
「やっぱり!無理!」
ハスクが脚を上げた勢いを利用して、そのまま膝をアルヴィンの顔に叩き込んだ。
そもそも体勢が悪かった彼は、顔を蹴られて思いきり後ろに転がる。ぱた、と赤い斑点が床に散らばった。
痛みに苦しむ彼が床をのたうちまわっている音で異常を察知したのか、部屋の前にいたであろう警備員が乱暴にドアを開けて入ってくる。
「社長!?何が」
起き上がってすぐ助走をつけ、警備員に脚から飛び掛かり、床に引き倒して首を絞める。じたばたする警備員が泡を吹いて静かになるまで、数分とかからなかった。
「殺して、ねえだろうな……ッ」
アルヴィンの足首を自分が縛られていた縄で固定し終えたハスクが、それはそれは大変みっともない、股間がテントを張ったままの状態で立ち尽くしていた。
「意識を失っただけだ、ほら、行くよ」
「外の警備員まだいるだろうが!」
「なんとかするし、君も殴るぐらいはできるでしょ……僕だってほんとはこんなことしたくないんだよ、局に知れたらクビかも」
「被害者ぶってろよ、得意だろ」
「まあね」
部屋から飛び出そうとしたところで、自由に身動きできないアルヴィンがこれでもかと大きな声で叫ぶ。
「誰か!誰か来い!こいつらを逃がすな!」
「うーん、彼から先に気絶させとくんだったな」
アルヴィンを見下ろす。両の手を振って、ウォーミングアップでもするかのようなジェスチャーをしながら近付くと、彼は慌てふためいて騒ぎ立てた。
「なんで誰も来ない!おい!」
下半身裸で喚く姿は滑稽だが、あまり騒ぎ立てられるとこちらも困る。しかしおかしいのも事実だ。組織のトップがここまで騒いでいるというのに、警備員は今のところ一人しか駆けつけていない。
「外で何か起きてるかも」
「あ?」
「ほかの警備員が来ない」
「俺が見て———
「いや待て、足音が複数」
足音はまっすぐこの部屋に向かって来ている。まさか警備員までお楽しみ中で、来るのが遅れたとかいうオチではないだろうか。そんなバカげた話だったら御免被りたい。
テーブルに放置されたナイフとフォークを手に取って備える。ハスクが何か言いたそうにしているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
半分閉じかけたドアを見つめて、呼吸を整える。いざと言う時、すぐに飛び掛かれるように。
しかし、ドアの向こうから現れた警備員が放った言葉は想定とは違うものだった。
「社長、大変です!火事の通報があったと警察が来て……なんだこれは」
「火事なんてどこで起きてる!いいから早くこの状況を何とかしろ!」
「いえ、だからその———
「もう来てるんですよねえ、警察は」
警備員の後ろから、ぬっと顔を出したのは、毎度おなじみの刑事の顔だった。
「ゲェ、レックスのおっさん……
「おいおいおい、そんな顔しなさんなよ……なんだその格好は……
「ちょっと訳がありまして———
「あ、あんた、まさか、アラスターか!?こりゃとんでもない現場だ……
「名前、あまり大きな声で言わないでください」
「そりゃ失敬」
———レックス刑事。前にハスクが事件に巻き込まれた際に少しばかり世話になった刑事だ。頑固で融通が利かないところもあるが、事件に向き合う姿勢は、他の刑事より誠実と言えるだろう。
「さて、火事の通報があったのは本当ですが、火事は起きていない。どころがどっこい、”殺人”は起きている」
「そこの彼は死んでませんよ」
泡を吹き倒れている警備員を指差す。いまだ兆候は見られないが、じき目を覚ますだろう。
「そこの彼じゃない……別の部屋で、別な人間が、だ」
……は?」
ハスクと僕の声が重なって部屋に響いた。

***

亡くなったのはパーティにVIPとして招待されていた上院議員、グスタフ・タナ
最年少で上院議員になったとか、実はサバを読んでいるとか、新聞の紙面を一時期賑わせた男。
身振り手振りや話し方は大げさだが、ひとたび話せば周囲を巻き込んであたりを明るく賑やかにさせる。市民からの評判はそこそこ良かったようだ。
そのくそ真面目な上院議員様が、汚れ切ったこのパーティに足を運んだのが一体なぜだったのか、今となっては分からないが———彼は赤いカーペットに寝転び沈黙している。
「これは……なんとまあ……
なぜだか分からないが、その殺人現場に俺たちはいた。俺はと言うと……半ば薬が残った状態で、みっともなく股間がテントを張ったままの状態である。
「ハスカー、大丈夫かい?」
「ああ、まだ……ちょっとくらくらする……だから、あんま近くに寄るな」
隣に良い匂いのするアラスターがいるだけでどうにかなりそうだ。目の前が殺人現場だとしても、人がいなけりゃ腰を押し付けて本能のままに擦り付けてるだろう。
「もうちょっとだから、我慢して?」
二の腕を優しく撫でながら、耳元で囁いた。
「だから、それやめろって」
「ふふ」
こんな時でも俺を弄んで笑ってやがる。悪趣味だが、それを好んですらいる俺も頭がおかしいのは、随分前から自覚していることだ。
「お前さんたち、こんなところで止めてくれんかね」
「早く帰りたいんですよ……僕たちが事件に関わりがないことは、先ほどお話しした通りでしょう?」
事件が起きたであろう時間帯、俺たちはあの部屋に閉じ込められていた。俺は警備員にボコボコにされて手首を縛られて転がされ、アラスターに至っては薬を盛られて脚が動かせなかった。外鍵がかかった部屋からは出ることもできず、限界がきたアラスターの———尊厳を必死に守っていたのだから、犯行など無理だった。
アラスターは自分が被害者であることを証明するのに、あの部屋を出る前、レックスにグラスを見せ、「これ鑑識にでも回してください、薬の成分出ると思うので」と堂々と自分の尿を差し出している。さすがのレックスも何とも言えない顔をしていたが、提案を素直に受け入れて部下に指示を出していた。
すぐは無理だろうが、俺たちが正式に被害者だと認識されることだろう。
「俺は火事が起きるかもと連絡があって、ここに来ただけだったんですがねえ」
「僕だって殺人が起きるなんて思ってませんでしたよ……ただ、保険を掛けただけで」
「おい、何の話だ」
二人の会話は俺にわからない何かを孕んでいた。のけ者にされているような気がして、少しムッとする。
「拗ねないの。君と別れた後、ティムにお願いしておいたんだよ———”パーティ会場で火事が起きるかもって、電話して”ってね」
脱出しようとした時、火事を起こそうなどと物騒なことを言ったのはこの”保険”があったからだったのか。あの時は、自棄になったのかと思ったが。
「家に電話がかかってくるなんて思ってませんでしたよ、アラスター殿」
「前も電話したでしょう?」
「前は朝だったし、事前に話してた———今日は危うく酒を飲んじまうところだった」
肩をすくめて溜め息を吐いた男の背中が小さく見える。そりゃ悪いことをしたと思いつつ、俺たちはこの男が来なければあの後どうなっていたか分からないから感謝もした。
下手をしたら、アラスターは大暴れしてクビになっていたかもしれない。俺は大暴れして……アラスターと違って、別にどうもならないが。
「あんたが来てなきゃ、俺たちもどうにかなってたさ」
「だろうなあ、薬まで盛られて。お前さんたち、いつもこんなことに巻き込まれてるのか?」
「ちょっと変わったことに巻き込まれやすいのは認めますけどね」
アラスターがこういう男であるから、つるんでいる俺も巻き込まれやすいことは認めるが、連続で警察にやっかいになるのはさすがに初めてだ。
ああ、小さい喧嘩で世話になるのは別として。
「で、僕らをここに同席させているのはなんでです?」
それは俺も聞きたい。容疑者として、と言うわけではなさそうだ。聞かれたレックスは死体の周りをぐるぐると歩いて、頭の方にしゃがみ込むと、血の出ている後頭部のあたりを眺めて言った。
「いやね、お前さんたちに立ち会ってもらったら、なんかヒントがあるんじゃねえかと思って」
「それが目当てかよ……一応被害者なんだがな、俺たち」
この前の事件解決に一役買った俺たちの———どちらかと言えばアラスターだと思うが———手を借りたい、と言うことらしい。
「そんな、どこぞの小説じゃないんですから……しかもこれ、先日の事件より分かりやすいじゃないですか。そこにあるお高いガラス製の灰皿で撲殺。頭以外は出血していないので、直接の死因は頭の外傷でしょう。薬を飲んでたら、まあそれも要因になってるかもしれないですけど、そこは調べて頂くしかないですね」
「お前さんが動けなくなったのも、薬のせいだって言ってたな」
「どこぞの社長さんが自分で『盛った』って仰ってましたから」
腕組みをして、長い脚を交差させた立ち姿がずいぶん艶めかしい。先ほどびりびりに破いたドレスから脚が出ているのが目に毒で、早く帰りたい気持ちが高まる。
早く終わってほしい。死体なんてどうでもいい。苛立って脚を揺するのが止まらない。
「ハスカー、脚。……刑事殿、申し訳ないが、僕の猫が限界のようだ。そろそろお暇したい」
「もうちょっと捜査にご協力いただけると助かるがね」
「後日改めて伺いますよ。隣の貧乏ゆすりが気になるし、僕もさっきまで薬飲まされてたもので頭が働かなくって———
アラスターも慣れない格好でこんなことに巻き込まれたからか、顔色はあまりよくなかった。さすがのアラスターも、こんな特殊な状況だ、疲れもするだろう。
「仕方ない。では、後日———おい、誰か車で送ってやってくれ!」
部屋の外から若い警官が小走りでやってくる。顔を見ると、いつぞやアラスターの家に来た男だった。ファンだとかなんとか言って、にまにましていた男。
俺たちの前に立つなり、頭のてっぺんからつま先まで、アラスターを何度も何度も見直してから、震えた声で「車までご案内します」と言って先導した。
「ハスカー、それ、ジャケットで隠して。あとエスコート」
「もう必要ないだろ」
「あるよ。人に見られるだろ?車に乗り込むまでは、まだ僕は”アリー”でいなくちゃ」
これだけの騒ぎになっていたら、野次馬が山ほどいるだろう。ラジオスターが女装してパーティに参加していたなんて紙面に乗ったら、それこそ大騒ぎだ。
腕を差し出すと、パーティに来たときと同じく、手を差し込んでぴったりと寄り添った。それをちらりと見た前の男は、分かりやすくがっくりと肩を落とした。
「なあ、これより、肩に手をやった方が良いんじゃないか———その方がショックを受けてるように見える」
「ああ、そうだね……名案だ」
アラスターの肩に手を回してぐっと抱き寄せた。肩に頭が乗ってきたのをその重みで感じる。
「シャツ、クリーニング出すし、もうお化粧ついちゃってもいっか」
「クリーニングでどうにかなんのか、これ」
「試してみて、ダメなら新しいのを買えばいいさ」
「買ってくれんのか?」
アラスターの手が俺の腰に回る。ちょっとばかし下腹部に響くが、何とか堪えるのに頭を振った。
「もうちょっとだからね———
子供をあやすような声で静かに言うおかげで、少し落ち着いた。そんな母親みたいな声色、興奮できるわけがない———気がする。
階段を降り、パーティ会場とは別方向に通路を進むと、裏口らしい鉄製のドアがあった。
「車を近くまで回してきますので、こちらで少々お待ちください」
「OK」
裏口を最小限開けて出ていく警官を見送った時、隙間から人だかりが見えた。以上に、野次馬は集まっているらしい。
「火事かもって言うのに、こんなに野次馬集まる?殺人があったこと、もう知れ渡ってるのか?」
「ずいぶん早いな。刑事が来たってだけで?」
「犯人が逃走するのに計画的に野次馬を集めた可能性があるね———ずいぶん用意周到だ」
アラスターの肩を撫でて顔を寄せる。
「なあ、お前これ、レックスに渡さなくていいのか?」
股間を隠しているジャケットをわざとらしくひらひら動かす。今のところ、殺人事件のおかげで誰も顧客リストが盗まれていることに気付いていない。これを渡せば、警察の捜査も格段に進むことは誰にだって想像がつくってものだ。
「後日伺いますって言ったろ?それを渡すのはコピーを取ってからだ」
「全部か?」
「もちろん」
肺の奥から深いため息が出た。おそらく、コピーを取るのも俺の仕事になるのだろう。なかなか厚みのある帳簿だ、考えると頭が痛くなってきた。
「君だけにやらせないから安心しなよ」
「ほんとかよ……
顔をさらに寄せると、わざとらしくリップ音を出して頬にキスがお見舞いされた。同時に裏口のドアが開いて、隙間から例の若い警官が顔を出す。
とんでもないタイミングだ。
「あ、あの、車回してきました……
苦虫を噛んだような顔をして言う男を見て、ちょっと可哀そうに思えてきた。
「行くぞ」
アラスターの顔を隠すように、俺の手で顔に影を作り警官のあとを歩く。アラスターは破れたドレスを握り締めて脚を隠し、俺に寄りかかって項垂れた。野次馬がこれを見たら、まるで事件の被害者のように見えるだろう。事件とは一切かかわりがないというのに。
急いでアラスターを先に車に乗せ、自分も乗り込む。車を発進させて野次馬を撒くまで、アラスターの肩を抱いて顔を見えないようにした。
「そろそろ大丈夫か」
「野次馬は見えなくなりましたね」
ため息を吐くのと同時に、身体を離して車のシートに投げ出した。疲労感から、眠気がどっと襲ってくる。
「怠いな」
「ほんとだねえさすがに疲れちゃったな」
散々な一日だった。飲んで食って、全部うまく行ったら、ご褒美にアラスターとセックスできるかも、なんて思っていたのに予定はすべて崩れ去った。
「着くまで少し時間ありますから、寝ていてもらって大丈夫ですよ。まあ、ちょっと揺れますけど」
「なら、お言葉に甘えようかな」
腕を脚を組んで、アラスターは眠る体勢に入った。俺はと言うと、なんだかんだ眠れる気はせず、窓の外で光る街の明かりをぼんやりと見つめて、家に着くのを待った。
「あ、えーっと、アラスターさんの家の次でいいですか?ハスクさんは」
律儀に俺まで送ろうとしているらしい。が。
「俺もアラスターの家でいい」
その言葉を聞いた警官の顔と言ったら。無言で何度か首を縦に振ると、まっすぐ前を向いて、車を走らせた。


To be continued