かのまる
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伊剣ワンドロワンライ「水天一碧」「君しか見えない」

伊剣ワンドロワンライより「水天一碧」「君しか見えない」のお題をお借りしました。
セイバーは性別不詳です。
作中で特に言及はありませんが、可惜夜√だと思って読んでいただけると嬉しいです。

※補足
由比ヶ浜(ゆいがはま)は現在の神奈川県鎌倉市の海岸で、桜貝を拾う事のできる現在も人気の名所です。
玉縄から由比ヶ浜までは約5キロほどです。

 玉縄へ荷を届ける依頼を受けた伊織とセイバーだが、珍しく怪異やごろつきにも遭遇せず、滞りなく依頼は完了した。
 セイバーが寄り道をしたいと云い出したので、てっきり美味いものをねだられると思った伊織だが、意外にも連れて行かれたのは玉縄から少し離れた由比ヶ浜だった。

「ふふ! カヤからこの辺りの浜では、サクラガイという愛らしい貝が見つかると聞いたのだ」
 セイバーは履き物が濡れるのも構わず、波打ち際にしゃがみ込んで砂を真剣に掻き分けている。
 伊織は彼の無邪気な姿をやや離れたところから見守っていた。
「セイバーは海が好きか?」
 横須賀でのはしゃぎ振りを思い出した伊織が声を掛けると、セイバーは顔を上げて立ち上がる。
「そうだなぁ。凪いだ海は好きだぞ」
 イオリは? と、セイバーは聞き返す。
「あぁ、うん。好きか嫌いかと云えばどちらでも無いかもしれん」
 ここはあの・・湊町と違う。どこまでも穏やかでこの場には自分達しかいない。あの夜・・・、焦がれた月はまだ姿を隠している。
「ふふっ、じゃあ何でそんな事を聞いたんだ」
 日光が眩しいのか、セイバーは少し目を細めて笑う。
 遥か遠くの水平線に、晴れ渡る青い空が続いている。まるで境界線など元から存在せず、永遠に続くかのような青がただ広がる。
 まるでセイバーの無垢で清廉な心を映し出した様な光景に、伊織は目を奪われた。
「美しいな」
 伊織の呟きは届かなかった。

 浜辺に立ったままのセイバーは、何かを決心した様に伊織の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「ずっときみに伝えたかった事がある」
 琥珀色の瞳が水の膜を張り、光を跳ね返し煌めく。
「私はイオリが好きだ。きみの事を好きになってしまったんだ。……急にすまない。儀の終わりが近づくにつれて、この想いがもう押さえきれなくなって。胸が苦しくて堪らなかったんだ」
 言の葉は徐々にか細くなり、波の音にかき消されそうだった。
 伊織は俯いてしまったセイバーの側に近付き、そっと細い身体を抱き寄せる。
「俺もセイバーが好きだ。俺こそもっと早く言の葉にするべきだった」
 セイバーは瞳を大きく見開き、伊織を見上げた。
 伊織もセイバーと目を合わせると、口元に柔らかな笑みをたたえる。
「嬉しい。ありがとう、イオリ!」
 セイバーは向日葵のような満面の笑みを伊織に向けた。

「あと、これをきみに……。たくさん探したけど割れてない物はこれ・・しか無かったんだ。イオリに受け取ってほしい。今日を、私の事をどうか忘れないで……
 セイバーが手の平を広げると、まるでセイバーの頬のような桜色をした貝殻があった。
 微かに震える手から、己の爪ほどの大きさの貝殻を受け取る。
 余りにも薄い殻を天に透かしてみると、規則正しい波城の模様が太陽に照らされた。
 それはまるでつるぎを握る美しいひとの指先にも似た柔らかな光沢を放っている。
 伊織は贈り物を壊れぬように優しく布に包むと、懐の巾着袋に仕舞った。
「忘れないよ。この景色も、おまえと過ごした時間も、おまえの美しい姿もずっと憶えている」
 柔らかく温かいセイバーの右手を握ると、そっと左手を握り返された。

 言の葉を交わさず佇む二人の足元を、冷たい波が攫っていく。
 波が引いた黒い浜には、砂に埋もれた桃色の小さな欠片が落ちていた。