usagipai
2025-07-22 06:42:16
4229文字
Public 幽世の縁【幻影ノ戦編】
 

【幻影ノ戦編】第6話


第6話

冬のエリア
朧宮 対 晨焔

冬の静寂を引き裂くように、炎が唸った
朧宮が一歩だけ、無意識に後退する
眼前の晨焔いや、”それ”はもう、さっきまでの男ではなかった。
髪は、音もなく燃え尽きるように白へ染まり、
瞳には、深く沈んだ琥珀色の光──狂気と理性がせめぎ合う火が灯る
その全身を覆う焔は、属性ではない。存在そのものが、“炎”と化していた
それはまるで、“焔の王”として、誰にも告げられぬ戴冠を受けたかのようだった
忠誠ではなく、信念を冠に。
忠臣ではなく、ひとりの“焔”として目覚めた姿だった。
「.....なるほど。これが......お前の"本質"か」
朧宮は、目を細めた。
そこに浮かぶのは、驚きでも恐れでもない。

ほんの僅かに、敬意に近い何かだった

……(やりずらい事この上ない)」
しかし得体の知らない高揚感もあった

口元をわずかに歪める朧宮。
嘲笑でもなく、皮肉でもなく──それはきっと、“共鳴”だった。

「だったら……私も退けないな」

──そして。

炎と水。
互いの信念が、剣に乗って激突する。

次の瞬間、空気が爆ぜた。

「どうしたッッ、さっきの威勢は偽りか?」
「言うじゃん! それはお前もだろ!!」

激しい斬撃が交差する。
火花を散らし、水飛沫が舞い、炎と水がせめぎ合う。
先程までの試し合いとは違う。殺気が帯びてきた。

「して──“お姫さん”とは、お前の良い仲の人か?」

「えー気になっちゃう? ……ま、教えてやんないけどねッ!」

言葉のやり取りも、駆け引きだ。
朧宮は斬りながら、晨焔の“心”を探っている。

「ふざけているようで……本心を隠してるな、貴様」

「はは!!何言ってんの。ふざけてんのはそっちでしょーが!」

だが、その刹那。

──炎が変質した。

烈火の奔流が、軌道を描いて襲いかかる。
練られた一撃。勢いではなく、“刺す”ような狙い。

「っ……なるほど、ただの脳筋では無いようだ」

朧宮の表情が少しだけ引き締まる。
晨焔の“精度”に気づいたのだ。

「お前こそ、冷たい水みたいな顔して──でも何か、怒ってるみたいだよねー?」

……

晨焔の軽口に、朧宮は答えなかった。
言葉が浮かばなかった──いや、言う意味があるのかもわからなかった。
この幽世の地は──
三千年前、かつての陰陽師たちが“異空間”として創り上げた領域。
人と妖が争い、互いを傷つけ合った時代。
その血と呪いにまみれた戦場から逃れ、
「ただ穏やかに生きたい」と願った妖たちが、この地にたどり着いた。

やがて争いは遠い記憶になり、
笑い声が生まれ、安心が息づいた。
それがずっと続くものだと、どこかで信じていた──いや、信じたかっただけかもしれない。

けれど今、目の前に立つ“晨焔”は──
その安らぎを、ためらいなく燃やし尽くそうとしている。

理屈じゃない
ただ、魂の奥底でわかる

──こいつは、“過去の火種”だ
遠い昔に断ち切ったはずの、争いの根

……しかし、そんな記録はどこにも残っていないのだ、封印録にも、巻物にも文献にも──“晨焔”のような妖の記載はなかった。

まるで、最初から存在しなかったかのように。

(だが……じゃあ、俺のこの胸騒ぎは……?)

理解では追いつかない“違和感”が、静かに胸を刺していた。

そして──その違和感に、言葉を重ねるように朧宮が口を開く

……さあな」
「だが、守るものがあるのはお前だけじゃない」
声は静かだった。
けれど、その奥には、微かに震える感情があった。
まるで深海のように。

「へぇ、意外。てっきりそういうの、全部捨ててるタイプかと」

……言葉で探るな、“焔”。剣で語れ」

その声音は穏やかだった。
けれど、奥に潜む熱は──凍てつく雪をも焼き尽くすほどに、静かに燃えていた。


「確かに──俺は怒っている」
だからこそ、今ここで、お前を斬って……その答えを引きずり出す」

「はは!真面目だねぇッ!」
晨焔が肩をすくめる。
だが、次の瞬間──その顔に一瞬、緊張が走った。
朧宮の剣から、明らかに“何か”が変わった気配を感じたからだ。

晨焔の目がわずかに細められる。
瞬間、その気配が変わった。
皮肉も茶化しも、すべてを剥ぎ取った“本気”の殺気。

火花のように地を蹴る

炎がうねり、刹那、蒸気が舞った
赤く、雪が血に染まる。

朧宮が踏み込んだその瞬間──
腹部に、焼けつくような衝撃
皮膚が裂け、内臓が焦げる感覚。

だが、それでも膝はつかない。

…………

口元の血を拭いながら、静かに剣を構える。

「貴様の焔は……ただの破壊ではない。それは、わかった」

目を細める。その奥に、炎と対峙する“覚悟”が宿っていた。

「だが俺には──守らなきゃならないものがある」

朧宮の声が、風に乗って低く響く。

「この街の人間たちは、ようやく“争わずに生きる”ことを選んだんだ」
「何度も、血を流して……
それでも信じようとした」

一歩、足を踏みしめる。痛みが走っても、瞳は逸らさない。

……焼けるものなら焼いてみろ。それでも俺は、立ち塞がってやるぞ」

声が、震えなかった。
滲んでいたのは、“覚悟”と──ほんの少しの、怒りと祈り。


「お前の焔は、破壊だけじゃない……それは、知った。だが──」
「それでも、お前も覚悟しろ。この刃は、“本気で怒った者”の剣だ」

一内臓に、届いたか。息が詰まる。
晨焔もまた、肩口から血が噴き出し、息をつくたびに肋骨が軋んだ。
だが口元は、薄く笑っていた。

「ククッ……お前、わかってきたじゃん。つーか……普通にやってて楽しいな、オイ」

肩を焼かれ、口元から血を流しながら、晨焔は笑った。
その瞳は獣のように獰猛で、それでいて──どこか嬉しそうだった。

……何を急に」

左腕をだらりと下げながらも、朧宮の声音は崩れない。
だが、その瞳はじっと晨焔を捉えていた。息をするたびに、折れた肋骨が軋む。

……こんなふうに、“正面から”ぶつかれる相手。そうそういねぇんだよ」

晨焔の拳に、炎が絡みつく。熱風が、空気ごと歪ませる。

「俺も今だけは……お姫さんとか関係ねぇ。“オマエ”と戦ってやるよ!」

──そう言った自分に、少し驚いていた。
黎姫への忠誠は、何一つ揺らいでいない。
でも──それとは別に、朧宮という“好敵手”に、本気でぶつかりたいと思ってしまった。

「もっと暴れようぜッ!!!!」

その言葉に、朧宮はほんのわずか──目を細めた。
嘲笑ではない。怒りでもない。
そこに宿っていたのは、冷えた水面に一滴落ちたような“揺れ”。

……ならば、受けて立つまでだ」
「本気で来い。中途半端は──許さん」

晨焔の炎が爆ぜると同時に、朧宮もまた水刃を構え直す。
そこにあったのは、静かなる挑発。

「──朧宮ァっ!!!」

「──晨焔っ!!!!」

言葉が終わるより早く、足元を爆ぜさせて晨焔が駆ける。

斬撃と拳が交錯する。火と水がぶつかり、雪が蒸発し、空気が悲鳴を上げる。

朧宮の水刃が晨焔の腹を裂き、晨焔の火拳が朧宮の脇腹を抉る。
水が蒸発し、肉の焼ける匂いが戦場に漂った。

「ッッ……!!」
「ぐっ……クソッ……!」

地を蹴るたびに折れた肋骨が軋む。
朧宮の刀は既に血で赤黒く染まり、晨焔の炎は暴走するように唸っていた。

──そして。

──互いに、最後の一撃を放ったその瞬間。

朧宮の斬撃が晨焔の肩を裂き、
晨焔の炎が朧宮の胸に突き刺さる──

が、その直後。

……っ、ぐあ……!」

晨焔の膝が、がくりと地を打つ。

ほんの一瞬。
朧宮は、まだ立っている
血を吐きながら、足元を赤く染めながら──だが、剣を握る手は離さなかった。

……終わり、だな」

その声は掠れていたが、確かに朧宮の“勝者”としての言葉だった。

晨焔は、目を見開いたまま膝をつく。
まるで、体の芯を撃ち抜かれたような衝撃。

……へへ、マジかよ……

ふら、と上体を仰け反らせ、苦笑いを漏らす。

「お前……こんなボロボロで……まだ、立ってんのかよ……

それは驚きというより、賞賛のようだった。

朧宮は返さない、口を開こうとしたが、血が喉を焼いた。

──そして。

その場に、膝をつく。

静かに、雪の上に膝を落とす音だけが響いた。
白い雪の上に──赤が、ぽたりと滲む。

でも、それは

“敗者が倒れる音”だった

……立っていたのは、朧宮

……勝った、のか……お前……

晨焔の声が、風の中にかすれるように響く。

……ちくしょう、マジで……いい喧嘩だったじゃん……

「晨焔……最後に、教えろ
なぜ……お前ほどの男が、こんな理不尽な戦を──」

……買い被り過ぎだ」

晨焔は口の端から血を零しながら、
それでも、どこか薄く笑った。

……けどよ。ひとつだけ、教えてやる……

「この戦いの“発端”はな──」

……元々、“幽世”側が吹っかけたもんなんだぜ……

晨焔の顔に、どこか満足そうな笑みが滲む。
悔しさと、晴れやかな敗北感。
皮肉と、少しの本音。

……! 幽世から? ……おい、待て……

発端が、俺たち“幽世”側──?

ありえない。
幽世はそんなことが出来ない仕組みだ
周囲との関わりを断ち、閉じられた世界で、ただ“静けさ”を守ってきたはずなのに──

問いただそうと、思わず足を踏み出した瞬間。
全身に、言葉では言い表せない激痛が走る──

「ッ……!」

口の奥から、噴き上がるように血が溢れる。
それでも──朧宮は、立ち続けようとした。

……こんなところで……まだ、終われない……
だが──
肩で息をしながら、朧宮も倒れ込む。
ふたりの身体が、雪の上に静かに沈んでいく。

朧宮と晨焔は、意識を手放し
──そして、動かなくなった。

その場に残されたのは、
ただの勝敗だけではない。

魂を剥き出しにしたふたりが、
確かに“信念をぶつけ合った”記憶と、
幽世の本質に触れた──そんな、瞬間だった

朧宮 対 晨焔

勝者 朧宮


──第6話・了。