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Hizuki
2025-07-21 23:16:12
3348文字
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あんスタ[零薫他]
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時を閉じ込めて
【あんスタ】零薫。仕事の帰りに海に寄り道する2人の話。その一瞬を切り取りたくて。
「打ち合わせ、思ってたより早く終わったね」
「そうじゃのう。我輩もこんなに早く済むとは思っとらんかったわい」
先方のオフィスが入っているビルの正面玄関を出たところで、薫くんが言った。指定された集合時間も少し遅めで、終わるのは日が沈んだ後になるだろうと思っていた。けれど、空にはまだ太陽の姿があり、日傘は手離せない。手元の時計も時刻を正しく示している。早く済んだとはいえ打ち合わせの内容は濃密なもので、それだけ充実したものであったということでもある。
「このまま帰ってもいいけど、何かもったいないなぁ」
仕事柄、前倒しにしろ後ろ倒しにしろ、時間の変動はよくあることでもある。しかし今日は二人揃ってこれが最後の仕事であり、あとはもう帰るだけという状況だ。
「ふむ、どこか寄っていくかえ?」
薫くんのことだし、何か気になっているものの一つや二つくらい出てくるだろう。自分自身はこれと言った用事などはないから、何かあるのなら付いていってみたい気持ちはある。帰る方面に足を向けつつ、そう尋ねてみる。考えるように腕を組むと、悩むような小さな唸り声が聞こえてきた。
「
…
零くんがよければだけど、少し海に行きたいな。最近行けてなくてさ」
そのまま歩いていき、赤信号で足を止めたところで薫くんから返事が返ってきた。
「それは薫くんにとっては一大事じゃろう。お供しようぞ」
直近のスケジュールが立て込んでいたことは否定できなかった。薫くんと海は切っても切れないものであり、薫くんが望むのなら断る理由もない。
「随分大げさだなぁ。でも、ありがと。じゃあ行こっか」
そうして目的地を決めると、青に変わった信号を渡った。帰り道から外れて賑やかな街中を抜けていくと、次第に優しい音が遠くから聞こえてくるようになる。そこはどうやら穴場らしく、自分達以外には誰もいなかった。砂浜と道の境になっているコンクリートの端に腰を下ろし、薫くんに倣って静かに目を閉じた。打ち寄せる波の音だけが聞こえる。そんなことはないはずなのに、途端に時間の流れがゆっくりになったような気がしてくる。
「は~
…
落ち着く
…
」
リラックスした声が聞こえてきて、そちらに目を向けた。気分転換に波の音を聞きに行くこともあると言っていた。
「夕日と海もよいものじゃな」
太陽の光を遮るものはなく、揺らめく水面を輝かせている。どうにも海は太陽の下というイメージが強くて、あまり自分から足を運ぶ場所にはならない。けれど、時間をずらして行くのなら、今後の選択肢に含めてもいいのかもしれない。何より薫くんが好きなものだから、それに触れたい、知りたいという部分もある。
「ね、ちょっとだけ足浸けてきてもいい?」
「構わぬよ。荷物も見ておくから行っておいで」
こちらを覗き込むようにして薫くんが言う。その表情は少し幼く、少年のように見えた。あまり外向きでは見せないそれを一番目にしているのは、自惚れでも自分だと思っている。
「よかったら零くんもどう?
…
な~んてね」
「ふふ、お誘いは嬉しいのじゃけど、そんなに大きなタオルも持っておらんからのう。我輩のことは気にしなくてよいぞよ」
「ありがとう。それじゃ行ってくるね」
突発的に行くことを決めたこともあってか、きっと最初から乗ってくるとは思っていないのだろう。とはいえ声をかけてくれることは嬉しいし、ちゃんと準備をしたうえでならそれもよさそうだ。
自分の返事を聞いた薫くんは靴と靴下を脱いで裸足になると、デニムの裾を数回折り返して立ち上がった。波打ち際に向かって歩いていく姿を、傾きつつある太陽が照らしている。流れていく時と共に移ろう薫くんの同じ姿は二度と見られない。あまり操作に自信はないけれど、スマートフォンを取り出してカメラを立ち上げると、レンズを薫くんの方に向けた。
そんな束の間の休息から数日。事務所の談話スペースで台本の確認をしていると、薫くんの声が聞こえてきた。
「
…
零くん、ちょっと確認したいことがあるんだけどさ」
台本から視線を上げると、珍しく何やら難しそうな顔をした薫くんがそこにいた。向かい側に座った薫くんは、そう一言前置きをして言葉を続ける。
「スマホ、見せてもらってもいい?」
「構わんけども
…
いきなりどうしたんじゃ?」
どうして薫くんが自身のスマートフォンを気にしているのかは分からないけれど、特に見られて困るようなものは何もない。確認したいことがあると言うのだから、薫くんにとって何かしら気がかりなことがあるということだ。テーブルの上に置いていたそれを取ると、ロックを外して薫くんに手渡した。とはいえ、薫くんは画面に触れるような素振りはない。それどころか横の電源ボタンを軽く押している。自分の場所からは見えないものの、これではロックがかかった状態に戻っているはずだ。意図が分からず尋ねようとするのと、彼の口から大きな息が漏れたのはほとんど同時だった。
「
…
なるほど、これかぁ
…
」
どうやら用事があったのは端末の中ではなかったらしい。薫くんが視線を落としているのは、外側のロック画面の方だった。
「ああ、写真かえ?」
「藍良くんから零くんが俺の写真をロック画面にしてるって聞いたの。これ、この間の帰りの時のだよね?」
「うむ、そうじゃよ」
薫くんが告げたのは同室の彼の名だった。少しばかり写真の加工をするのに、そういったことに長けている白鳥くんの手を借りた。加工とはいえ明るさや画像のサイズを調整する程度で、大幅なものは加えていない。被写体が薫くんである以上、映えるのは約束されているのだから。
「一体いつの間に
…
」
「薫くんが海に夢中になっておる間に。我輩にしてはよく撮れておるじゃろ?」
そうなると問題になるのは自身の撮影の方になる。チャンスを逃すのが惜しくて今回は最初から動画で録っておいた。以前薫くんが動画から写真を切り出していたことを覚えていたからだ。おかげで自分でも気に入ったものを残すことができた。だからこそ、こうして一番自分の目に付くところに設定することにした。
「まぁ確かに
…
って、そういうことは聞いてないんだけど
…
。何で撮ってたの?」
「
…
だって、薫くんがあまりにも綺麗じゃったから」
太陽の下の薫くんは眩しかった。素足を水に晒し、飛沫を飛ばし、無邪気な表情で笑っていた。ふと立ち止まったかと思えば、水平線の彼方を見つめて佇んでいて。影が落ちてかすかに纏った切なさが彼の美しさを引き立たせていた。
「
…
酔ってないよね?」
こちらにスマートフォンを戻しながら、じとりと訝しむような視線を薫くんから向けられる。互いにアルコールは解禁される年齢になってはいるけれど、流石に仕事の前に飲むようなことはまずない。広げていた台本を閉じて、テーブルの上に置く。感じたことをそのまま伝えただけであり、それ以外のものは何もない。
「もちろん素面じゃよ。ほんとほんと。それに、これから仕事じゃし」
「も~
…
とりあえず写真は変えといて
…
」
絞り出すような声でそう言った薫くんは、テーブルに肘をついて隠すように顔を手のひらに押し付けた。隙間から見える肌がうっすらと赤いように見える。それを見せないようにするためらしい。
「
…
どうしても変えねばならんかえ?」
「
…
せめて人目に付きにくいところにして」
人目に付きにくいところ、という言葉をかみ砕いてみる。つまり『ロック画面でなければ構わない』ということだろうか。ならば、と返ってきたスマートフォンを操作して、設定を変える。端末の中で画像が設定できる別の場所、ホーム画面を先ほどの薫くんの写真に変えた。ちゃんと白鳥くんに教わったから操作に迷うことはなかった。ここならロック画面よりは他の者の目に触れることは少なくなる。ついでに少しだけアイコンの配置も変えて薫くんを遮らないようにして。
「これならどうじゃ?」
もう一度スマートフォンを薫くんに差し出した。片手は顔に添えたまま、それに視線を落とす。はぁ、と小さく息を吐いた薫くんは、観念したように首を縦に振った。
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