けがわ。
2025-07-21 22:58:52
2159文字
Public
 

風邪を引いたコンビニくんと風邪でぐずぐずなコンビニくんに理性を試されている社長さんのお話

シャチョコン

 モモくんが風邪を引いたらしい。らしいっていうのはモモくんの働くコンビニに足を運んだのはいいものの、「春原なら今日風邪で休みっすよ」と、少し前にモモくんから紹介されたバイト先の先輩とやらに伝えられたからだ。……なんで僕に言わない。シフトの関係でバイト先に伝えなければならないということはわかる。だけど、僕にだって教えてくれたらいいのに。
 電話をかけても繋がらないし、ラビチャも既読にならない。家で倒れているのではないかと気が気じゃない僕の気持ちも少しは考えてほしい。
 はやる気持ちのまま運転手に行き先を伝える。もちろん目的地はモモくんの家だ。
 モモくんの自宅は駅から三〇分ほど離れた、入り組んだ住宅街にあり、途中から道が細くなっていて車が入れなくなる。そこで運転手を先に帰らせ、あとは歩いて向かう。
 しばらくすると以前教えてもらったアパートを見つけた。外階段を上るたび、固い靴底がカンカンと音を立てる。そして辿り着いた先の角部屋がモモくんの自宅だ。
 好きな子の自宅というのは何度来ても緊張する。モモくんの前でダサいところなんか見せられない僕は、落ち着かせるように一つ深呼吸をし、意を決してドアを数回ノックした。しかし中からは特に反応がなく、仕方なく鞄からモモくんにもらっていた合鍵を探し出す。
 これは少し前にモモくんの合意を経てもらっているもので、ちゃんと正規ルートから入手している。だから僕はいつでもモモくんに会いに来られるんだ。まぁ本人は「ユキさんがこんなボロアパートの鍵を持つなんて」とか言ってかなり渋ってはいたけれど。でもほら、モモくんって僕の顔に弱いところあるし、そんなこんなで攻めまくっていたら目の奥にハートが見えるくらい蕩けた顔で「わかりましたから……っ」て言ってくれたんだよね。
 この鍵をまさかこんなかたちで使うことになるなんて思わなかったけれど。
 ガチャっと開錠された音を聞くと、ドアを引いてモモくんの家に足を踏み入れた。
「モモくん、いる?」
「へ……? ゆき、さん?」
 掠れた声で小さく僕を呼ぶ声が聞こえた気がして、急いで靴を脱いで上がり込んだ。
「モモっ!」
 山になっている布団に駆け寄ると、顔を真っ赤にしてはぁはぁと荒い呼吸を繰り返すモモくんがいた。焦点が合っていないような、虚ろな眼差しには涙の幕が張っていて、夜の情事を思わせるような表情に奥歯を嚙み締めた。
「モモくん、薬は?」
「んん……
 呻いてゆっくりと瞬きを一つ。
 これはまだ飲んでないってことだよな。そもそもモモくんの家に薬があるのかもわからないけれど。
「ご飯は食べられそう?」
「んん……
 これもダメか。でも何か食べないと薬は飲ませられないし、体力もつかない。
 汗で張り付く前髪を指先で払いのけて、額に手のひらを当てると、すぐさま熱が手のひらに広がっていく。僕の体温はモモくんのよりも低いから、余計に熱さを感じてしまう。
「モモくん、先に頭冷やそうか」
「ん……、ゆきさんのて、きもちい……
……っ!」
 ぽつりと呟いてふにゃりと笑みを零す。やめてほしい。こっちはかなり我慢しているのだから。さすがに病人相手に手を出す人間ではないと思いたいけれど、過去の僕はかなり人でなしだったし、自分なんか自分が一番信用できない。
「モモくん、あまり可愛いことしないで。可愛い子はオオカミに食べられちゃうって相場が決まってるんだ」
「ん……?」
 わかっているのかいないのか、こてんと首をかしげるモモくんに心臓を鷲掴みにされたかのように胸が痛んだ。……多分わかっていない。
 このままでは色々とマズイことになりそうだ。とりあえず一旦離れてタオルを持ってこよう。
 じっと僕を見つめてくるモモくんに、いつもイケメンだと言ってくれる笑みを返して立ち上がろうとした瞬間、ぐいっと何かに引っ張られた。
 振り向くとモモくんが僕のコートの裾を摘まんでいる。
「も、モモくん……?」
……どこ、いくの?」
「っ、タオル取ってくる。あと、近所まで薬を買いに行ってくるよ。だから少しだけ待っててね」
 モモくんの頭を撫でて微笑んでいると、モモくんが眉間を寄せ、唇を尖らせて少しムッとした表情になった。
 なにその顔、初めて見たけど可愛いな。
……やだ」
「え?」
 いつも僕に迷惑かけまいと聞き分けの良いモモくんが嫌だと言ったのか? 僕の聞き間違いか?
「モモく——
「やだ、いかないで、ここにいて……っ」
——っ!」
 聞き間違いではなかった。というか熱のせいで少し幼いような、ぐずっている感じも可愛らしい。
「ふふ、モモくんてほんと……
 可愛いねって耳元で囁くと、あう、っとあえかな声を漏らし、余計に顔を真っ赤にしてしまった。そのうち頭から湯気が出てしまうのではないかと、心配になってしまうほどだ。
「いいよ。君の思うまま、側にいてあげる」
 コートを脱ぎつつ額にキスをすれば身じろいで、嬉しそうにはにかんだ。
 ねぇモモくん。これで付き合ってないのはさすがに何かのバグじゃない? ——と、そんなことを言えるわけもなく、コッソリ秘書にラビチャを送る。今日中に薬とご飯を食べてもらえるといいんだけど。