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2025-07-21 22:20:32
4276文字
Public decn夢
 

私はただの一般通過清掃員です!

霊が視える清掃員夢主とhrmtの幽霊の話

 小さいころから綺麗好きだった私は、身の回りをぴかぴかに磨き上げるのが大好きだった。けして潔癖症というわけでは無いけれど、一人っ子だった子供部屋はほぼ毎日掃除機をかけ、ハンディモップで机回りの埃を取り、窓は週に一度は綺麗に磨いてカーテンだって月に二回くらいは洗っていた。カーペットの染み抜きも、フローリングの傷の修復も、お風呂場のカビ取りだって家の外壁の汚れだって私は嬉々として綺麗にするのが大好きである。
 そんな綺麗好きが高じて、大学卒業後に就職したのは東都は米花町に本社がある中堅クラスのビル清掃会社だった。依頼があればビルや商業施設、公共施設の清掃を行う仕事である。もちろん綺麗なだけの仕事ではない。多くの人が利用するビルや大型の施設はそれはそれは酷い汚れがあったりするし、この米花町は何故か日本屈指の犯罪発生率と有名な都市なのでちょっと悲惨な現場に遭遇し、その場の掃除を執り行うこともある。そういうのは特殊清掃業者の仕事であって我々のようなビル清掃会社の仕事じゃないでしょう、と思っていた頃もあったけれど、先述した通り何故かこの町は犯罪発生率……中でも凶悪事件が多いので色々としわ寄せがくることもあるのだ。
 世の中甘く無いなあ、でも給料は悪く無いし掃除自体は好きだから転職するのもなあ……とちょっとした悩みを覚えはじめた就職三年目、私たち『米花ビルクリーンサービス』はとある雑居ビルの清掃の仕事を行っていた。このビルの三階で違法に営業していた風俗店が夜逃げしたらしく、ビルのオーナーからフロアの片づけとついでに屋上の清掃と点検をしてほしいというのが主な仕事内容だ。
 その違法な風俗店、恐らくお金だけ持ってトンズラしたのだろうということがありありと分かるほど店内は営業していた時のままだった。清掃道具を持ってドアを開けた途端、先頭にいたベテランの先輩(四十代男性で、ヤマさんと呼ばれている)が回れ右をし今回のメンバーで一番若い私に対して「お前は屋上の方を頼む」と笑顔で言った。まあ、違法風俗店と聞いた時点でちょっと想像はしていたけど、まあまあ過激なプレイを楽しむようなお店だったらしく一応若い女性である私はやんわりと店内清掃のチームから外される。どんなものが残っていたのか後で他の先輩に聞いてみようと思いつつ、私は高圧洗浄機を抱え、工業用洗剤などが入ったリュックを背負って昼間なのに薄暗い階段を上って行く。
 階段の途中で下着のような薄着の若い女の子や、くたびれたスーツ姿のおじさんとすれ違ったけれど私はそれらに視線をやることは無かった。
 彼らはもうこの世の人では無いんだろうなって、直感として分かってしまったので。ああいう存在には、〝こちらが気づいていることに気づかれる〟とちょっと厄介なのだ。
 重い荷物を背負って最上階まで上がると、オーナーから預かっていた鍵を使い屋上のドアを開錠する。古いビルだから、ドアの立て付けが悪くて思い切り力を込めてドアノブを引くとギイッと大きな音を立ててドアが開いた。
 びゅう、と風が吹き込んできてボブカットにしている私の髪をばさばさと靡かせる。重い高圧洗浄機と掃除道具の詰まったリュックを入り口に置き、さて水道の蛇口はどこにあるかなとコンクリートの裂け目から雑草が生えたりしている屋上をぐるりと眺めた時だった。
 私の横を大きな影が通り抜けた。驚いて顔を上げると、背の高い男の人だ。何か焦っている様子で屋上のフェンスまで走っていく。驚いて掃除道具が入ったリュックサックを蹴飛ばしてしまい、慌てて拾い上げながら、「まずいな、人がいると掃除がやりにくい」と思った。煙草でも吸いに来たんだろうかと不躾にならないよう、ちらりと男の方に視線をやった私は驚きに目を丸くする。
 焦げ茶色の髪、青みがかったジャケットを着た私より少し年上くらいの若い青年。うっすらと顎髭を蓄えて、ツンと目尻の上がった猫っぽい目を険しくさせたその男は拳銃を持っていた。その拳銃は彼自身の心臓に銃口が向けられている。
「お兄さん待って!! 早まらないで!!」
 思わず大きな声を発した私に驚いた様子で青年は顔を上げる。まるで、今初めて私の存在を認識したかのような呆けた顔だった。
「何があったか知らないけどこんなところで拳銃自殺なんて良く無いよ! 血で出来たシミってすごく落ちにくいんだからね!」
 服に着いた血だってなかなか落ちないんだから、コンクリートに染みてしまうとこれまた水で流すくらいじゃ落ちないのだ。しかも目の前で自殺なんてされたらたまったもんじゃない。
『え……君は、誰?』
 目の前に立つ見上げるほどに身長の高い青年の、思いのほか優し気な声は何故か私の耳にスピーカーを経由したような小さな違和感と共に聞こえて来た。こういった声の聞こえ方を、私は知っている。
……マジか」
 絶望感と共にがっくりと肩を落としてしまった私の前で呆然と立ち尽くす拳銃を持った青年。銃声なんて響かなかったはずなのに、彼の左胸は血で真っ赤に染まっていた。

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 そういう経緯で約一週間前に地縛霊とコンタクトを取ってしまった結果、見事付きまとわれるようになってしまった私です。
 昔から人ならざるものが若干見えてしまう私は、幼少期それはそれは怖い思いをして来たため〝幽霊には同情しない、声をかけない、目を合わせない〟を自分に言い聞かせてきたはずなのに見事自殺者であるお兄さんの霊に取り憑かれてしまった。
「うーなんで私なんですかぁ」
 深夜番の仕事を終え、世間の皆様が出勤を始めるころにとぼとぼと帰路につく私は思わず恨み言が口から洩れてしまった。今日も今日とてビル清掃と言う名の特殊清掃のお仕事で、明らかにご遺体があったであろう商業施設を開業時間までに急いで清掃してきたばかりだ。因みに他殺だったらしく、首にロープを引っ掻けた状態の男の人が私たちの仕事の様子をずっと眺めていた。当然私はずっと見えないふりをしていたけど。
『だって、君が俺に話しかけてくれたから。親切な子だなって』
 私の隣をちょっと浮きながらついて来る胸元を血に染めたお兄さん……改め、諸伏景光さんはニコニコの笑顔である。初めてあの屋上で会った時は完全に覚悟ガンギマリみたいな険しい顔をしていたけど、ちょっと冷たそうに見える猫っぽい吊り目は笑うと途端に柔和な印象になる。
「迂闊だったんです、私。だってヒロお兄さんが死んでる人だなんて思わなくて」
『俺も自分が死んだことに君に声をかけられるまで気づかなかったよ』
 ヒロお兄さんとは諸伏さんの事だ。私が彼より年下であることがわかると「ヒロって呼んで」と可愛い笑顔で言われてしまったので、それ以来ヒロお兄さんと呼んでいる。
 自殺者の霊は、何度も死ぬまでの行動を繰り返してしまう場合が多い。例えば飛び降り自殺をした人は、死後も何度も同じ場所から飛び降り続けたりするのだ。おそらくヒロお兄さんも同じように、拳銃自殺をした時から何度も何度もあの屋上で拳銃の引き金を引くことを繰り返していたんだろう。そしてたまたまあの日、私がそれを止めてしまった。私という存在に気が付いた彼は自殺を繰り返すループから外れ、自分がもう死者であることに気づき、成仏するわけでは無く私に付いてきてしまったのだ。
「成仏してくださいよ~」
『うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど……やり方がわからない』
 知らない? と首を傾げるヒロお兄さん。うーん顔が可愛い。顔色は悪いけど。死んでいるんだからそれはそう。
「知るわけないじゃないですかー」
 私は霊媒師でも寺生まれでも無いんだから無茶言うな。あとこんなに普通に会話できる幽霊にもあんまり会ったことが無いんだから。なんとなく悪い人では無さそうなんだよな……と思うけれど、この日本で拳銃で心臓撃ち抜いて自殺するような人はたぶんカタギの仕事じゃなさそうだなとも思う。怖いのでヒロお兄さんが何者なのかも、どうしてあそこであんな方法で死ぬことになったのかも聞いていない。
「この世に未練があるんじゃなんですか?」
『未練か……
「思い当たりません?」
『いや、たくさんありすぎる』
「えっ、そんなに未練があるのに……どうして自殺を……?」
 思わず少し大きな声を出してしまった私に、道行くサラリーマンがぎょっとした様子で私を見て小走りに行ってしまった。危ない危ない、何もないところに不穏な内容を話しかけるヤバい女になってしまう。私は慌てて隣のヒロお兄さんから視線を外した。
 だから、この時ヒロお兄さんがどんな表情をしていたのかなんてわからなかった。
「あ、私朝ごはん食べてから帰るので寄り道しますね」
 視線は向ける事無く小声で話しかける。ヒロお兄さんは『いいよ』と穏やかな声で言う。まあ彼は私に憑いているのであんまり遠くまで離れられないみたいで、了承を得なくても彼はついて来るしかないんだけど。
 深夜の仕事はなかなかハードだったので帰って朝ごはんを作る気にはなれず、前々から職場の先輩が噂していた喫茶店に行ってみようと思った。なんでもイケメン店員が作ってくれるハムサンドと、可愛い看板娘が作るカラスミパスタが有名なんだとか。朝からカラスミって気分でもないのでハムサンドとコーヒーでお腹を満たして帰って寝よう。
 喫茶ポアロと書かれたドアにはOPENの札がかかっていたので遠慮なく押し開く。ドアベルの音が鳴り、まだ開店直後らしく人気の無い店内で店名の入ったエプロンを付けた長身の男性が顔を上げた。褐色の肌に窓から入る朝日できらきらと輝く金髪、青空みたいな瞳をもったそのイケメンのお兄さんは私を見て愛想よくニコリと笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ!」
 さ、爽やか~!! 先輩たちが言っていた通りアイドル顔負けのイケメンだ!!
 私はうっかりテンションが上がってしまい、ちょっと警戒心が薄れていた。だから、隣のヒロお兄さんが不躾にイケメン店員さんを指さすのを見上げてしまう。ヒロお兄さんの猫っぽい目は大きく驚きに見開かれていた。
『な、なんでゼロがいるの!?』
 びっくりするくらい大きな声だった。
「え、ゼロ?」
……は?」
 前方から聞こえた声に慌てて店員さんに視線を戻すと、あんなに爽やか笑顔を浮かべていた店員さんは鋭い視線を私に向けていた。

 これは、やっちまったかもしれない。