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j
2025-07-21 16:34:37
4398文字
Public
楓応
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触らぬ龍に祟りなし
・モブ視点の楓応
・毎度の捏造だらけです
・龍尊様は一言も喋りません
・普通に苦労人な代理様です
仙舟、羅浮の洞天に日が昇り、朝を告げる。
今日の天気設定は晴天のようで、特に湿気てもおらず、暑くもない寒くもない丁度良い気候である。
時節で言えば暑さの落ち付いた秋頃と表現しても差し支えない。
雀の鳴き声を聞き、爽やかな起床をすると身支度を調え、朝食を取り、妻に持たせて貰った弁当を片手に自身が管理する工房へと向かえば不機嫌な呻り声が漏れた。
まだ工房に勤める職人達は出勤していないため人気は無い。が、灯りが煌々と点いている。思い当たる人物は只一人。
羅浮、工造司の頭目を務める百冶応星。
四六時中鍛造に没頭し、平気で飲食、睡眠を疎かにする愚か者である。
「また床に転がっているのか
……
」
思わず顔をしかめてぼやいてしまった。
しかし、ぼやきたくもなる。私個人の安泰は応星にかかっていると表しても過言ではないのだ。
私の役職は、羅浮工造司の管理を任された百冶代理である。
細々と目端が利いて、雑用が得意なだけの私が百冶代理に任命された経緯は応星が他星から来た短命種。殊俗の民であり、上層部の下らぬ矜持に起因する。
我が仙舟は、惑星規模の巨大戦艦で宇宙を航行する軍事国家であり、先進的な技術を持つ事でも名を馳せている。全盛期で千年を生きる仙舟の民は膨大な知識を、知恵を学び、技術研究を途絶えさせる事なく続けられる強みがある。それは短命種族には覆しようがない差なのだ。
技術の粋を極めた工造司の頭目を決める百冶大煉とて、建前上は技術の門扉は全種族へ開かれているとして、誰もが試験を受ける権利がある。だが、天人以外が頭目となった事例は無く、故に、驕っていたのだ。仙舟人が他種族に技術で劣るはずが無いと。
だが、機巧を組み立てる素材として明らかに不利ながらくた与えられた応星が一夜で造り上げた機巧獅子は生きているかのように滑らかに踊り、技術の優劣は誰の目にも明らかであったが故に、百冶の称号を与えない訳にはいかぬ。
上層部の天人は懊悩した。苦心の末に出した結論はあまりにも浅はか愚劣。己等が劣等種と見下す殊俗の民に頭目の権限を与えるなどとても容認出来ず、玉殿生まれで様々な物事を小器用に熟す私が権限を行使する代理として任命された。
分不相応とも言える辞令に緊張する中で、間もなく応星を紹介された私は見目の良さに息を呑んだ。
垂れ目がちの眼を縁取る睫は長く、鼻梁は通り、淡く色づく薄い唇は形も良い。上背はあるが余計な肉はついておらず、手足が長い。髪も肌も白く、瞳の色素も薄いのか朱紫と青が入り交じったような不可思議な色合いが見目の儚さに拍車をかける。私を値踏みをするような目つきで一切の言葉を発さず、拱手にて頭を下げた姿は絹糸を生み出す能力があったがために家畜化された蚕を彷彿とさせ、私は思わず彼を憐れんだ。殊俗の民だからと権限は与えられず、ただ奇物を生み出すだけの存在に成り下がる。これを憐れと言わずして何と表せば良いのか私は知らない。
私は、殊俗の民とあまり関わった事が無かった。長命種である天人よりも寿命が遙かに短く、皮膚が柔らかで直ぐに傷つき、病に罹り易い肉体は脆弱。あるのはこんな偏見とも言える知識だけ。
応星の儚げな見目、技術がありながら不当な立場に追いやられる憐憫故に、『せめて私が支えてやらねばな』等と、天人らしい傲慢さを発揮した。
尚、その思い違いは一週間ほどでしっかり訂正された。
先ず第一に、彼は己が短命種だからとて俯いて縮こまっているような人間ではなかった。
口が悪い。それはもう頗る口が悪い。代理として侍る最中、『流石、長命種の方々は実に悠長であらせられる。そのように怠惰な仕事ぶりで今まで良くも己を誇れたものだ』と、聞こえた時には誰が発言者なのか理解が追いつかず、固まっている周囲を二、三週見渡してしまった。
応星に食ってかかっていた長命種の職人も、そのような反撃を受けると考えてすらいなかったようで、口を金魚のように開け閉てして目を見開いていた。私が隣を見やれば、応星は片方だけ口角を上げ、眼を細めながら鼻を鳴らして続けた。
「長命種には解らんかも知れんが時間は有限だ。徒に浪費するだけの無能など俺の工房には要らん。短命種の元で働く事が気に食わんのなら何処ぞへと行くがいい」
実際に動いている唇を見ても、本当にこの麗人が発している暴言なのか我が耳目を疑った。驚きすぎて、噛み付いていた相手が何を言っていたのかすら記憶に残っていない。応星の言動的に、永過ぎる作業工程を効率化させて短縮しようとしたら、大方短命種の分際でどうこう言われたのだろう。
私の仕事は応星の代わりに六御会議に出たり、煩雑な書類仕事を片付けるものが主であるが、日常的に散見される差別感情、妬み嫉みによる仕様も無い嫌がらせ。逆に、応星を神の如く崇拝する短命長命を問わない信奉者を追い散らすのも私の密かな役目。
応星のお陰で私の給料は跳ね上がり、ただ毎日仕事をして帰宅する長閑と言えば聞こえは良いが退屈な日々が一変した。善しにつけ、悪しにつけ、毎日が刺激的である。
「ちょっと出張で目を離すとこれか」
出立前、泊まり込みは程々にするように。
泊まったとして、きちんと身を清潔にするよう、寝過ぎたくない。等と言い訳をせず寝台で眠るよう説教しておいたが、灯りが消えていない光景は消す事も億劫になるほど限界までやって薄汚れた床に転がった事実を示している。
閑散とした工房で腰に手を当てながらこれからの一仕事を思う。床で寝ていれば病を貰っていないか確認し、どうせ薄汚れているだろうから、頻繁に泊まり込む応星のために併設された風呂に叩き込み、髪を整えてやってから、これまた応星専用となっている仮眠室で眠らせる。
算段を立てつつ良く転がっている場所を確認しながら、最終的に製図室へ続く扉を引くも予想した姿はない。限界ではあったが、言われた事を気にして最低限、仮眠室へと移動したものか。
倒れ込む寸前までの作業は感心出来ないが、一歩成長という所か。
「失礼
……
」
声を潜めつつ、仮眠室の扉を開けば眼に入った光景が信じがたかったため、一度扉を閉めた。
「おい、見なかった事にするな!」
扉越しで聞こえ辛かったが、常よりは弱々しい声色で叱責が飛んでくる。
「無視したんじゃありませんよ。少々、心の準備が必要だったのです」
再度扉を開き、現実を直視する。
縋るような眼差しで人を頼る応星とは、中々見られない姿だが、優越感や面白さよりも困惑が先立ってしまう。
「こいつを引き剥がしてくれ」
「そうは言われましてもねぇ
……
、龍尊様の玉体に私のような者が触れて宜しいものか。後々、不敬罪で手首を切り落とされるなど勘弁願いたいものです」
寝台で横になる応星に、絡みつくような形で眠る羅浮龍尊、飲月君。
征伐へ赴き、忌み物を平らげた勝利報告は聞いていたが、元帥への報告書だとか細々した事は早々に済ませて来たのか。或いは全てを放り出して来たのかは不明にしろ、鉄や煤で汚れた応星に負けず劣らずの薄汚れ方である。戦場からそのまま夜の内に帰還して直接工房へやってきたものか。
「俺が赦す」
羅浮の健木を封じ、鎮護する傍らで将として戦う英雄。
当然、その身分は高く、発言力や決定権は群を抜いている。
六御の一角とは言え、司の頭目よりも保持する権力は格上であるにも関わらず、無礼を『俺が赦す』とは大きく出たものだ。龍尊の寵愛を一身に受ける者だからこその発言である。
「きちんと庇って下さいよ」
意を決し、応星の両腕を抱き込んで絡め取る龍尊の手を剥がそうと手首を掴んでみるが、龍爪が衣服に食い込む程に握り込んでいる。下手に引き剥がすと鋭い爪で服が破れそうだった。嫌、既に少しばかり穴が空いて破れているのだから今更だろうか。
次いで指を外せないか試みるも、青龍の鱗が硬質な感触を返すばかりで指を差し込む隙間もない。
「頑張れ。さっきから息苦しくて仕方ない」
「特別手当が欲しくなってきますなぁ」
応星の無責任な応援を受けながら、胸を締め付けている龍尊の肘裏に手を差し込み、ずらして呼吸が楽になるよう隙間を作ろうにも全く動かない。腕でこれでは、応星の腰にしかと巻き付いた龍尾はより堅固であろう。
視線をそのまま右に移し、靴のまま寝台に上がるのはどうかと思いますよ。等と些か現実逃避をしつつ応星の下半身を挟み込んでいる足を外そうとするが、引けば引くほど締まる。
「無理ですね。諦めましょう」
「おい、見捨てるな」
私を引き留めようと、応星がどうにか動こうとしているが、龍尊自ら拘束具となって締め付けているため、軽く痙攣した程度に終わる。憐れ。上位種に気に入られるとこうなるのだなぁ。と、感慨深くなりながら弁当を広げる。
「どうせ食事も抜いているでしょう。せめてお食べなさい」
中に入っていた焼売を箸で摘まみ、口元に差し出してやると匂いで胃が刺激されたのか、抜けた音を立てた。
数瞬、応星は逡巡したが空腹には抗えなかったのか口を開いて焼売を迎えると、何度か噛んで飲み下す。
「うまい
……
」
「そうでしょう。私の妻は料理が上手いのです。はい、次どうぞ」
一度揚げられてはいるが、時間の経過で皮がしっとりとした一口大の春巻きを応星の口に放れば咀嚼し、呑み込むと口を開ける。
揚げた豆腐に小さな肉饅。口休めに優しい味付けのおこわが入ったちまきに鶉の卵を茹でたものを食べさせた。
「水が欲しい」
「吸い飲みがあれば良いんですがねぇ
……
」
療養院ならば兎も角、病人の世話をするでもない場所にそんな都合のいい物は無い。仕方なく多少零れても寝台や服を汚さないよう手巾を応星の口元に当てながら、私の水筒を傾けて茶を飲ませてやる。
「ちまき、もう一個食べますか?」
「食べる」
笹を剥がし、おこわを差し出していると応星の髪の隙間から、薄らと光る龍眼と目が合う。貴方が離さないからこうなっているのであって、妙な悋気は湧かさないで戴きたい。
おこわを食べ終わった応星の口元を拭き、もう一度、茶を飲ませる。
「美味かった。今度なにか埋め合わせする」
「えぇ、楽しみにしておきます。私は仕事に行きますが、もう他の者も参りますし、それ以上のお戯れは程々に願います」
「する訳ないだろ⁉」
龍尊様が起きるまで動けないと諦めた様子でいた応星が、顔を一気に朱に染めて抗議する。貴方がそうでも、後ろにいる方はどうでしょうねぇ。密やかな嘆息をしながら、剣呑な雰囲気を漂わせる龍眼を一瞥して部屋を出る。
仮眠室へ続く廊下に、立ち入り禁止の札でも立てておくべきだろうか。
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