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けがわ。
2025-07-21 10:35:56
2440文字
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色づく世界
ドラコレ ユキモモ
あぁ~、しくじった
……
。
薄暗い路地裏の壁を伝うように体を引きずっていたけれど、膝に力が入らなくていよいよ立っていられなくなった。
ずるずると壁に背を凭れて座り込む。浅い呼吸から吐き出される白い吐息が夜に溶けていった。
「さむ
……
」
どくどくと脈打つ腹からは止まることなく血が流れている。腹を抑えている手は真っ赤に染まり、感覚もない。急所は避けたとはいえ、このままでは確実に死ぬだろうな。
死を悟ったそのとき、空からふんわりと白いものが降り注いできた。
「雪
……
?」
どうりで冷えるわけだ。でもまぁ、雪に包まれて死ぬのも悪くはないか
……
。
座り込んでいた体を倒して地面に横になる。もう、どこにも力が入らない。こんな後悔だらけの人生だったけど、ちゃんとオレらしく生きられたとは思っている。だけどもし、叶うなら
……
幸せというやつも、経験してみたかった、なんて。らしくもないことを考えて苦笑する。
瞼を閉じる間際、視界の端にさらさらと流れる銀髪が入った。それは、天使に見紛うほどに美しかった。
***
小鳥の囀りが聞こえる。遠くで人の足音や話し声なんかも。
「ん
……
」
意識が浮上して重たい瞼を持ち上げた。ピントの合わない視界でも、見たことのない天井くらいは判別がつく。
「
……
どこ」
「起きたか?」
オレが起きたタイミングで丁度部屋の襖が開いた。金木犀のような髪色に、それを少しだけ深くした大きな瞳が特徴的で、男にしては少し小柄な青年だ。顔立ちは幼く、中性的だとは思うけれど、話し方や態度が男らしさを感じさせる。
「お前は
……
」
「お前ってな
……
まあいいや、オレは三月。この旅館で働かせてもらってる。で、頼まれてあんたの面倒を見てやってたんだよ」
「頼まれて? お前がオレを助けたんじゃないのか?」
確かにあの路地裏で最後に見たのはこの男ではない。さらさらと流れる銀髪がとても綺麗で、温かな声色がとても落ち着く人だった
……
気がする。
意識が途切れる間際の記憶を辿っても朧気で、顔どころか声すらまともに覚えてはいない。
「あんたを助けたのはオレじゃないよ。ちょっと今、千さんは手が離せなくて
……
って聞いてるか?」
「ゆき
……
」
ユキ
……
ユキって人がオレを助けたのか。不思議と馴染む名前をぽつりと呟いて痛む体を強制的に起こした。
「
……
っ!」
「おい、まだ寝てろって! せっかく止血したのに傷が開いちまうよ!」
「いい」
寝かせようとしてくる三月の腕を振り払い、足を引きずるようにして歩く。額には脂汗が滲み、歩くたびに激痛が走る。それでもオレは、ユキに会いたかった。顔も知らない人間に、なんでこんなに突き動かされているのか、自分でも意味が分からないし、この広い屋敷のどこにそいつがいるのかもわからない。
何もわからないくせに、ただ会いたいと思ってしまう。
「はあ
……
っ、く
……
っ!」
やっとの思いで廊下に出た瞬間、貧血からか目の前が真っ白になった。傾いた体は力が入らなくて、倒れると思った瞬間、オレの体を三月が支えた。
「っ、セーフ。ってか、そんなボロボロで行ってもユキさんに迷惑かけるんでやめてほしいんだけど」
「
…………
」
「あー、もう! わかったからそんな顔すんなよ、オレが千さんのもとまで連れて行くから」
そんな顔ってなんだよ。ここには鏡なんか見ないし、そもそも人を殺すことに躊躇いがなくなってしまった時から、素顔を隠すようにサングラスまでかけた。今はなくしてしまったから素顔のままだけど、自分がどんな顔をして生きてきたかなんて、とっくにわからなくなっていた。
呆れたような溜息を吐くと、三月がオレを支えたままゆっくりとした足取りで歩き始めた。しばらく支えられたまま廊下を進んでいくと、空腹を刺激するような香りが鼻腔をくすぐる。
「そういえば言ってなかったけど、ここは旅館で千さんは調理場を担当してるんだ。で、千さんはこの旅館の主人でもあるってわけ」
思い出したかのように、この場所の情報を伝える三月に黙ったまま耳を傾ける。
なるほど。どうりで屋敷がこんなに広いわけだ。
三月が引き戸に手を掛け、調理場の戸を開けて中に入っていく。
オレも後に続いて厨房に足を踏み入れると、色とりどりの華やかな料理が並んでいて、その中心にいる人物を映した瞬間、一瞬で世界から切り取られたかのように錯覚した。それは、あの路地裏で最後に見た雪景色のように静かで、色がなく、だけど視界に入る銀髪だけが美しく輝きをもってサラリと揺れる光景。
今は緩く結ばれているみたいだけど、オレははっきりとこの人だと確信した。
俯いていてもわかるほど端正な顔立ちで、切れ長の瞳の下には泣きぼくろがついている。薄い唇はきゅっと結ばれていて、真剣に料理を作っているんだってことが伝わってくる。
じっと見つめていると、不意に男が顔を上げた。
「三月くん、こっちの料理も運んで
——
」
オレと目が合うと、言いかけた言葉は次第に消えていく。切れ長の瞳を丸くして驚きの表情を見せたと思ったのも束の間、勢いよく菜箸を置き、慌てたように厨房からこちらに向かってくる。
「君、体は
——
ったぁ!」
ガンッと鈍い音を立てたと思ったら、男は脛を抑えてしゃがみ込んでしまった。厨房から出てくるときに台に足をぶつけたみたいだ。
「ふ、はは
……
」
なんだこの人。かっこいい癖に、ダサくて可愛い。思わず笑ってしまうと、男もこちらを見上げて困ったように微笑んだ。
「笑うな。
……
痛かったんだから」
笑ったのなんか、いつぶりだろうか? この人は
——
ユキは不思議な人だ。ただ見つめ合うだけで、凪いでいた心がザワザワと揺れ動く。
厨房の窓から見えた景色は、雪がしんしんと降り注いでいて一面真っ白な銀世界。あの時とは違う。見える世界が一瞬にして色づいたかのように、オレの世界は漸く回り始めた。
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