usagipai
2025-07-21 02:24:22
4739文字
Public 幽世の縁【幻影ノ戦編】
 

【幻影ノ戦】第4話


賀茂、乙姫 対 黎昊

秋の街──霧の中、刃が閃く

再び動く、突撃、横薙ぎ──
だが、すでに彼女の動きには明確な“限界”が見えていた。

──燃え上がる霊力が、制御しきれず、皮膚を焼いていく。

「(くそっ……体が、持たない……!)」

それでも、刀を握れる限り止まらない

斬撃が乙姫の身体を切り裂いていく
──指先が裂ける
霊力の流れが荒れ、符が焼け焦げる音が耳を裂いた。

……乙姫ッ!」

賀茂の怒鳴り声と同時に、爆ぜるような火柱が空を裂いた
乙姫が振るった炎の舞が、火蛇のように渦を巻き、黎昊を包み込む──が。

……甘い」

立ち昇る煙の中から、鋭く伸びた手刀が現れる
「ッッ!!」
風を裂いて、乙姫の炎を真っ向から切り裂いた。

その瞬間、火花が閃き、霊力がぶつかり合い
──そこへ、賀茂が割って入る。

「させるかッ──!!」

賀茂の金霊刀が放った一閃が、黎昊の攻撃を弾き返す。
だが──相手の動きには、一切の無駄がなかった。

「(戦い慣れ、なんてもんじゃない……)」

刃を交えながら、賀茂は頭の中で策を探す。
だが、見えない、どこにも、隙が。

「(くそっ、どこかに──)」

「考え込んでいるとは……随分と余裕があるな」

「ッッ!? しま──」

言葉の途中。気づいた時には、もう遅かった。
目の前にいたはずの黎昊の姿が、視界の端に消える──

「──ぐっ……!」

背後から、鋭い気配が迫る。
視界が揺れる。

刹那、鋭い衝撃。

「──遅い」

冷たい声とともに、賀茂の腕が宙を舞った。
血飛沫が地を汚した

賀茂自身も、一瞬、何が起きたのか分からなかった。
だがすぐに、左肩から、灼けるような激痛が走った。

肩から先がなかったのだ。

代わりに、赤黒い飛沫が、ゆっくりと宙を舞う
その中に──自身の左腕が、地面に転がっていた。

……ッッ……あ”……

声にならないうめきが漏れる。
遅れて、神経が焼けるような激痛を脳に叩きつけてくる。

喉の奥がせり上がり、視界が白く霞んだ。

血が噴き出す、
立っているのが不思議なほどの出血。

体の中から“抜け落ちていく感覚”
が止まらない。

「賀茂さんッッ!!!ーー」

乙姫の声が、遠くで木霊する。

(チッ……出血がひでぇな
(血…………そうかあと一回程度の術式なら

崩れそうな膝を、賀茂は歯を食いしばって踏みとどめた。
右手が震えながらも懐から符を抜き取る。
肩を見れば、そこに腕は──ない。
それでも、彼は立ち続けた。

……乙姫、下がれ」

「賀茂さん……

「構わん、それより……距離をとれ……

そう言いながら、賀茂は自らの血を指先で掬い取り、
地にすうっと──何かを描きはじめていた

震える体から、金の霊力がじわじわと溢れ出す

地面に描かれた術式が、その霊力に反応するように、淡く光を帯び始める。

爪が割れても、符が血でにじんでも、賀茂は止めない。
左腕があった場所を、布でぎゅっと巻き、血を止めながら、ひとつずつ──印を結ぶ。

──“耐えろ”
──“繋げ”
──“退くな”

それは自分に言い聞かせる呪文であり
同時に霊式のコマンドだった

……金属性……構築の象徴……

呼吸が浅い。唇が紫に変わりはじめていた。

……“壊れない”ことに……意味があるなら……

術式が完成する寸前。賀茂は、すっと目を細めた。

……お前らみたいな奴に……この場所は……渡せん」

その言葉に、迷いはなかった

だが、立っているその姿は、血に濡れ、片腕を失い、今にも崩れそうだった。

それでも──賀茂は、一歩も、退けない。
左腕を失いながらも、賀茂は一歩も退かず、足元の術式へと力を注ぎ込む。

「──まだだッ!!」

……何ができる。“片腕”で、なお“剣すら持てない”お前に」

賀茂が薄く、笑った

「剣が振れなくてもな──こういうのは、“残ってる手”で充分だ」

賀茂の足元で、鈍く光る線が浮かび上がる。

……っ!? この術式……いつの間に──」

術式が、一気に燃え上がる。

「(……!? この線──……こいつ、自分の左肩を霊力の源に飛び散った血で術式を“構築”したのか──!?)」

「──引っかかったな」

賀茂の嘲笑が、空気を裂いた。
術式が完成した刹那、地が爆ぜた。

足元から噴き上がる閃光。
無数の符と爆裂の紋が黎昊の足元に走り、同時に火花を撒き散らす。

炸裂──

まるで大量の地雷原を踏み荒らしたかのような衝撃と轟音が、森の一角を丸ごと呑み込んだ

……ッ!」

咄嗟に飛び退いた黎昊の顔が、爆煙の中に浮かぶ。
だが──彼は避けない

霊力を纏ったまま、ただ一歩、前へと出る。
切り傷、擦り傷──それなりにダメージを負っている
だが、黎昊はまるで痛みを感じていないかのように、表情一つ変えなかった

その姿に、賀茂は歯噛みする。

……なかなか、頭を使ったな。フン」
「しかし、守るために立つ者を、否定する気はない」

「だったら──!」

「──だが俺にも、“なすべきこと”がある」

その瞬間、黎昊の姿が揺らいだ。
真紅の髪と翡翠の瞳が──瞬きの間に、塗り替えられる。

──白銀の髪、黄金の瞳、妖の姿

それは短く、だが確かに、彼の「本来の姿」だった。

……今のは……!」
乙姫が息を呑む

「なるほど……それが貴様の、本性か……

「チッ、さっきの爆発に何か混ぜたな……

黎昊が舌打ちした直後、遠くの空が淡く光を帯び始めた。
空間が、軋むように揺らぐ。
封印の結界が、静かに、だが確かに──反応していた。

『──ッ!!』

乙姫と賀茂の霊力が、鋭くその異変を捉える。

……なんだ、この気配……?」

「いや、それよりも──」

賀茂の目が細められる。

……“呼応”……?何かと、共鳴している……?」

そう呟いた刹那。
黎昊の視線が、遠くの空を射抜いた。

──その先に、何があるのか。
彼の眼差しには、一切の揺らぎもなかった。

……終わりにしよう。ここは、もう用済みようだしな.」

静かに霊力を収めかけたそのとき──

「──まだだッ!!」

……知らなくていい。貴様らには関係のないことだ」
「ッ!」

「さっきから聞いていれば……こんなにも相手してやってるんだ。もう少し付き合ったらどうだ……

──その声が終わるか否か。
気づけば、黎昊の首元には刃が突きつけられていた。

「動くな」
乙姫の声が、低く震える。

(乙姫……!?)
賀茂が目を見開く。
刀を握る乙姫の手は、焼けたように赤く腫れ、霊力の逆流で指先が裂けていた。
それでも、彼女は離さなかった。

「ほぅ……答えは変わらないと言ったら?」

……叩っ切る」

「色気のないガキだな」

「なら──!」

──黎昊の風が動いた、その瞬間。

「っ──!」

刃は虚空を裂いた。
黒い風が乙姫の間合いをすり抜け、彼女の背後を取ろうとした──が。

……舐めるな!!」

乙姫が振り返りざま、左手の指先を震わせて結印を刻む
瞬間、彼女の足元から舞い上がるように火霊が爆ぜた。

氷と火が正面からぶつかり合い、火花が飛ぶ。

……ふっ!今のは、少しだけ読めなかったな」

「そう、簡単にはやらせないつもりなのでなッ!」

── 一瞬だけ、互いに距離が開く。

「感情に任せて動くな、死ぬぞ」

黎昊が静かに言うが、乙姫は手に力を入れて
刀を構える、身体の節々が壊れて
霊力も乱れている
だけど、その目は──揺らいでいなかった。

……!」

彼女の背中で、焼け焦げた羽衣のように火の霊気が揺らめく

……(次は、守れるようになる。ここで引いたら、ずっと“届かない”)!」

再び動く
突撃、横薙ぎ、火符による間接攻撃──
だが、黎昊はそれらを“ほとんど動かずに”いなしていた。

……やはり、まだ“粗い”」

その言葉と同時。
──氷刃が乙姫の頬を裂いた。

「ッ……!」

一歩、よろける。
だが、膝は折れない。

「(技が……動いた瞬間、あれが来る。違う、あれは“前”じゃない、“後ろ”──)」

……クククッ」

黎昊が初めて、ほんのわずか口角を上げた。

「小娘が、戦いの中で“学習している”とはな」

──瞬間、再び風が、疾る。

だが。

乙姫の刀が、先に動く。

「──読めたッ!!」

火炎が刀身を這い、霧雨の軌道を切り裂く。
一瞬だけ、氷の鎧が裂け、黎昊の肩に浅い傷が走る。

…………!」

乙姫自身、手応えに驚いた
けれど、すぐにそれを振り払う。

(違う……これで、終わらない)

案の定
次の瞬間、黎昊の水霊力が一気に膨れ上がる。

「さっきのは、ただの“加減”だと、言ったろ」

「ッ──!」

次に来た風は、もう“回避”ではなく“制圧”だった。

風圧が爆風となり、乙姫の体を吹き飛ばす。
木々をなぎ倒し、地面に抉れを残しながら、
──刹那。
視界が弾け、衝撃が腹を貫く。

「──がッ……!!」

乙姫の体が宙を舞い、背後の木に叩きつけられる。
鉄の味が口の中を満たし、視界が滲む。
彼女は数十メートル先まで投げ出された。

「乙姫ッッ!!……グッ」

賀茂の声が、遠くに聞こえた。

血を吐き、立ち上がれない体をかばいながら、乙姫は拳を握った。

「(でも──少しだけ、届いた……)」

次の瞬間、黒い風が巻き起こる。

「さて時間は稼いだのでな、
お遊びはここまでだ……賀茂」

「乙姫……

黎昊の姿が黒煙と共に掻き消える。

……逃した。

辺りには焦げた風の匂いと、熱を失った符の残り香だけが漂っている。

遠くの空の向こう──
“異なる存在”の胎動が、まだ静かに、脈を打つように響いていた。

「──賀茂さん!!」

乙姫が声を張り上げ、瓦礫の下から彼の体を引きずり出す。

それは信じられないほど軽く、そして──血に濡れていた。

手が震える。折れた肋骨、穿たれた腹部、そして──無い、左腕。

「(そんなの、霊術の代償で……っ)」

血が止まらない。何枚もの符で応急処置を試みそれでも、賀茂は笑った。
薄く、歪んだまま──それでも、確かに。

……俺はもういい。乙姫、今は……伝言を、頼む」

そうだ……
どれだけ騒いでも、叫んでも。
状況は変わらない。
変わらない──それを、分かっていたのに。

……すみません…………
乙姫が縋るように言葉を探す間に、賀茂は静かに、意識を手放した。

……ッ」

唇を噛みしめる。
血の味がした。

──守れなかった。
あれほど傍にいたのに。
自分は、何もできなかった。

ふらつく足で、立ち上がる。

「──本部へ……緊急、連絡……っ」

震える手で、符を掲げる。
結印がうまく定まらず、何度もやり直す。

「封印の……け、結界が……揺らいでる……原因、不明──ただし、“呼応現象”を確認……っ」

視界が滲む。
喉が、つまる。

「“秋のエリア”黄宵郷(こうしょうきょう)にて……霊圧異常を確認……応援要請、そ、それと──」

一呼吸。
言葉が喉に引っかかる。

……医療班の……は、派遣を、至急……っ!」

「5番隊隊長……賀茂 清晃 ──意識不明の重体──!」

──声が震える。
涙で濡れた符に、術式の光が滲む。

けれど彼女は、報告を終えるまで一度も、倒れなかった。