アルマジロ
2025-07-21 01:38:08
6667文字
Public
 

荒野を彷徨うもの

駆除人時代のレザヘク。
CP要素は薄め?戦ってるだけ。
少年漫画程度の戦闘流血描写があります。

 ウールバックの巨体が、ぐらりと大きく傾く。地響きと共に崩れ落ちるその様を、ヘクトールは肩で息をしながら睨みつけていた。
 起き上がらないことを確認したヘクトールが周囲を見渡す。雷雲が立ち込める荒野の空の下、辺りには同じようなウールバックの死骸がいくつも転がっていた。

 今回の仕事はエレクトロープ採石場の警備だった。未開の鉱脈を掘り進めるため、新たに増設工事中の採石場を警備するだけの楽な仕事のはずだった。
 だが、鉱脈を広げるための新型爆弾の音や振動がよくなかったのだろう。発破からしばらくして、大量のモンスターが採石場に押し寄せてきた。
 小型のモンスターなら機械兵に任せられるが、大型のウールバックとなると分が悪い。ヘクトールは率先して飛び出して、大型モンスターを引き寄せながら、作業員たちが逃げ延びるまでの時間を稼いでいた。

 エレクトロープ採石場から、何台かの車が空を飛んでいくのが遠目に見える。どうやら無事に逃げ出せたらしい。採石場では未だに機械兵たちが小型モンスターを相手にしていたが、制圧できるのも時間の問題だろう。

 残る懸念点は、とヘクトールが頭を働かせたその時、再び大地を揺らす重低音が響いた。
 振り返れば追加のウールバックが二体こちらに接近している。これまでの連中よりも更に巨大な個体だ。恐らくはリーダー格だろう。
 舌打ちを一つ零して、ヘクトールは改めて格闘武器を握り直す。その拍子に零れた赤い血が、ぽたり、と大地に垂れ落ちては染み込んだ。

 これまで倒したウールバックの数は両手で数えられるかどうかといったところ。はぐれの数ではない。群れの注意を引いてしまったのだろう。
 ただでさえ苦労する大型モンスターを一人で相手にしている。それも休みなく連戦だ。ヘクトールの身体はあちこちが傷だらけで、全身の痛みが限界だと訴えていた。

 いっそのこと魂資源を消費して治療した方が楽かもしれない。そんな考えが頭を過るが、すぐに振り払う。ヘクトールの脳裏には、レギュレーターを着けない親友の姿があった。
 魂資源を使ったと知ったレザラの痛切な表情を見たくないという気持ちもある。だが、この時のヘクトールを突き動かしていたのは、それよりももっと単純かつ、燃えたぎる炎のような感情だった。

 レザラなら、レギュレーターなしでもきっと上手くやる。
 ここで魂資源を使ったら、俺があいつより弱いみてぇじゃねぇか、と。


 レギュレーターが機械音を上げて赤い光を放つ。
 魔物の魂が注がれて、視界が赤く染まる。血が沸き立つような興奮が身体中を駆け巡る。ぐ、と脚に力を込めて、勢いをつけて大地を蹴った。

 人体の限界を超えた速度でウールバックの一体に接近する。角と毛に覆われた正面を避け、巨体がそのスピードに対応できない内に側面に回り込む。隙だらけの胴体に連撃を叩き込めば、怯んだウールバックが体勢を崩した。

 その隙を逃さずヘクトールは跳躍する。自身の倍はあろう巨体の頭部まで一息に飛び乗ると、その大きくうねる角を掴み、力いっぱい捻り切った。
 バキバキと角と骨が砕ける音が響く。付け根からは血が勢いよく噴き出し、ウールバックが苦悶の咆哮を上げた。振り落とそうと無我夢中で暴れ回るが、ヘクトールは意に介さず角をへし折り続ける。

 やがてブチブチと毛皮が千切れ、鈍い音と共に角ごと頭部が抉れた。ウールバックの狂乱は徐々に弱まり、轟音と共に大地に沈んだ。
 崩れるウールバックと共に、ヘクトールもまた地面に降り立とうとする。だがその無防備な状態を、もう一体のウールバックは見逃さなかった。

 飛来してきたのは巨大な岩の塊。ウールバックの丸太のような腕が地面を抉り、土ごと巨石を投擲したのだ。
 空中にいるヘクトールに回避行動は取れない。咄嗟に両腕を構えて急所を守る。
 車に撥ねられたかのような衝撃がヘクトールを襲った。巨石の直撃を喰らった身体が宙を舞い、地面に何度も叩き付けられては転がる。

 ばらばらと土が地面に降り注ぐ音が聞こえる。土埃で煙る視界の向こうに、のしのしと歩み寄る魔物の巨体が見えた。
 常人では起き上がることもできない痛手を負いながら、それでもヘクトールはゆっくりと立ち上がった。
 腕を押さえて、ふらつきながらも両の足で大地を踏みしめる。その目に宿る闘志の炎は、未だ消えていなかった。

 頭上のレギュレーターが更にその光を増す。甲高い音を立てて稼働し、魔物の魂を追加で注ぎ込んだ。
 ぐつぐつとした熱が全身を渦巻く。赤い光が身体を包むにつれて、痛みが溶けるように消えていく。
 魔物の魂による一時的な痛覚遮断だ。傷が癒えたわけではない。効果が切れれば、戦いの興奮が冷めた身体に、より強い痛みとなって戻ってくるだろう。

 それでも、ヘクトールは構わなかった。
 今この場で、全ての敵を倒せるならば。

 歩み寄っていたウールバックが、起き上がる獲物に警戒を抱く。接近するべきではないと野生の本能が判断し、再び地面を抉っては複数の岩をヘクトールに向けて投擲した。
 散弾のように岩石が迫る。だが一度見た手だ。何より地面に足をつけている今、後れを取ることはない。

 ヘクトールの脚が、再び大地を蹴った。
 強化された動体視力が岩の軌道を読み、その隙間を縫うようにして疾走する。頭のすぐ横を、胴体すれすれを、岩が掠めては地面に落ちていく。
 ウールバックの懐を目掛けて赤い炎が軌跡を描く。近寄らせまいとする投石の雨を、ヘクトールは最小限の動きで見切っては避けていた。

 もはや目前に迫っていた赤い死に、魔物は自らの巨大な鉤爪を振り上げた。
 大剣ほどの大きさがあろうそれが、ヘクトールを狙って振り下ろされる。頭が叩き潰されようとしたその時、ヘクトールの身体は急加速した。
 投石を避ける必要がなくなり手加減がいらなくなった速さは、容易くヘクトールを魔物の懐に届かせる。
 右腕を引き、力を込める。爪を振り上げて無防備になった魔物の腹部に、渾身の拳を叩き込んだ。

 突き上げられた巨体が宙に浮く。魔物に深々と突き立てられたナックルがいとも簡単に毛皮を引き裂き、心臓とその周囲の肉を粉砕した。
 魔物の目から光が消える。人間一人に吹き飛ばされた身体は、やがて重力を思い出したかのように地面に崩れ落ちた。
 数度の痙攣を終えて、動かなくなる。静けさを取り戻した荒野に、ヘクトールはただ一人立っていた。
 魔物の血と自身の血を全身に浴びたその姿は赤黒く、まるで未来の彼がリングに立っているかのようだった。

 乾いた風に煽られて、亡骸のたてがみが波打つ。
 周囲には息絶えた魔物が何体も転がっていた。それらに囲まれながら、ヘクトールはギラギラとした目で辺りを見渡す。残りの魔物がいないか、念入りに探った。
 小型、中型の魔物はいない。大半は機械兵に掃討され、生き残りがいたとしても、大型魔物が暴れ回るこの地には近寄らない。
 大型魔物の姿も見えない。どうやら全て狩り尽くしたようだ。巨大な魔物の群れを、ヘクトールひとりで。

 戦いの終わりを悟ったレギュレーターが、稼働音を鎮める。赤く毒々しい光が、青く落ち着いた光へと変わった。
 同時に注入されていた魔物の魂も消える。あれほど軽かった身体が急激に重みを増し、思わずヘクトールはふらついた。
 興奮の解けた頭がずっしりと痛む。重たい身体に引き倒されるようにして、ヘクトールは地面に倒れ込んだ。

 大の字で地面に寝そべり、空を見上げる。
 空は今日も変わらない真っ黒な雲で埋め尽くされていた。砂っぽい風が、血の匂いを運んでくる。限界まで酷使した肉体が、遮断されていた痛みをこれでもかとばかりに訴えてくる。

 生物として不快なものしかないこの状況で、しかしヘクトールは笑っていた。
 全身が痛い。もう指一本動かせない。

 それでも、勝った。

 ぎ、と歯を見せて笑う。全身からもたらされる痛みは、ヘクトールが接戦を制したことを実感させていた。
 折れた骨にも、裂かれた皮膚にも、誇らしさを感じる。それらは全て、ヘクトールが蘇生されることなく戦い抜いた証だからだ。

 やってやったぞ、どうだ見たか、と、誰もいるはずのない荒野で一人思う。
 やがてその思考にも霞が掛かってきた。血を失いすぎて、意識が保てなくなっているようだ。
 気絶するのはマズいかもな、と思いながらも目蓋はどんどん重くなっていく。次第に意識を暗闇に沈ませながら、それでもその口元は笑っていた。




 びしゃり、と顔に冷水を浴びせられた。
 突然の冷たさにヘクトールは呻きながら意識を取り戻す。
 ぼやけた視界が徐々に鮮明になり、自分を見下ろす人影が像を結んだ。
 掠れた声で、名前を呼ぶ。

………………レザラ」
「随分派手に暴れたみたいじゃないか」

 倒れたヘクトールの隣に立つレザラは、軽快な口調とは裏腹に不機嫌そうな顔をしていた。
 その手には空き瓶が握られている。その特徴的な形と、ぽたぽた垂れる緑色の雫が、ポーションをかけられたのだとヘクトールに悟らせた。
 身体中の傷が、少しずつ修復されていく。起き上がるまでまだ時間はかかりそうだが、この分ならしばらく待てば歩いて帰ることはできるだろう。

「どうだった? ヘクトール」

 動けないヘクトールに向かって、レザラが問いかける。平静を装うその声音に、どこか棘が混ざっているように思えた。
 こんな声を、どこかで聞いた覚えがある。ヘクトールの脳内に、そんな場違いな思考が過ぎった。
 返事がないのをいいことに、レザラは話し続ける。

「採石場から駆除人の詰所に連絡が来てね。キミが一人で大型魔物の襲撃を抑えてる、至急応援をってことだったんだけど……知っての通り今日はみんな出払っててね、一番早く仕事を終わらせたボクが向かうことになったんだ」

 キミを探してる間、気が気じゃなかったんだよ、とレザラは眉根を寄せて呟く。よく見ると彼の額には汗が伝っていて、僅かに息が荒いことが分かる。
 本来は複数人で挑むのが当たり前の大型魔物の群れ。それを一人で迎え撃つとあっては、いくら魂資源があるとはいえ、無事で済むはずがない。

 誰よりもヘクトールが傷付くことを厭うこの親友は、どんな思いでここに駆けつけたのだろう。
 血だらけで倒れて動かないヘクトールを見て、何を思っただろう。
 血色の悪いレザラの顔を見上げながら、ヘクトールの胸に痛みが走る。回復薬で傷は癒えていくというのに、じくじくと痛みは増すばかりだった。

「酷い怪我だった。全身傷だらけの血塗れで、魂資源が減ってないのが奇跡みたいだった」

 耳と尻尾を垂れさせて、レザラは困ったような笑みを浮かべる。それは傍から見れば、不安にさせた親友へ向ける苦笑かもしれない。
 だが、その瞳には、友愛と呼ぶには仄暗い影が宿っていた。ヘクトールには覚えがある。その瞳の影に。声音の棘に。
 俯いたレザラが、ぽつり、と語る。

……だけどね、そんな血だらけでも、笑って倒れてるキミを見たら……羨ましくなったんだ」

 どんなに……愉しかったんだろう、って。


 ヘクトールは思い出した。子供の頃、自分だけがお菓子を貰えた時、レザラは不満そうに声音に棘を混ぜていた。
 その時と同じだ。今のレザラは。
 心配と共に、確かに宿したその感情の名は、

 羨望と、嫉妬だ。

 そしてヘクトールの胸に去来するのもまた、優越感と、罪悪感だった。
 つまらない仕事の中で、一人だけ楽しみにありついてしまった心地だ。こんなギリギリの戦いは、駆除人の仕事の中でも滅多にできるものではないのだから。

 殺意と殺意をぶつけ合う、どちらかが死ぬまで終わらない死闘。それに興じている間は、あらゆるしがらみを忘れることができた。
 魔物の魂を注入し、人体の限界を超えて、相手を破壊する。それだけが、ヘクトールが忘れて久しい高揚を呼び起こしてくれる。
 それはきっと、レザラも同じなのだろう。

「ボクもキミみたいに愉しく戦いたい。戦って、笑って死にたいよ」

 泣きそうな顔でレザラが笑う。親友への安堵と妬ましさに、端正な顔が歪んでいた。
 軽く咳き込んで、口の中の血を吐き出してから、ヘクトールは悪態を返す。

……人を死に急ぎ野郎みてぇに言うんじゃねぇよ。俺はまだ、こんなところでくたばるつもりはねぇ」

 うんざりするほど重い右腕を、懸命に上へと持ち上げる。全快には程遠いが、動ける程度には回復したようだ。

…………そうだね。キミは生きるべきだ。まだ、ここにはボクがいるんだから」

 レザラが伸ばされた手を掴む。腕を引っ張り上げて、起き上がるヘクトールを支えた。

 何とか立ち上がることはできたが、失った血液までは戻っていない。ふらつくヘクトールにレザラが肩を貸すと、そのままゆっくりと駆除人の詰所を目指して歩き出した。

 歩きながら、ヘクトールは先ほどまでの戦いを思い出す。
 無謀とも思える戦力差、命を削るような戦いは確かに興奮をもたらした。だが、それでもまだ足りない。
 何故なら、戦場にはヘクトール一人しかいなかったからだ。勝者へ向ける歓声も、脚光も、ここにはない。
 それが満たされない限り、きっとここはヘクトールの居場所ではないのだろう。だが、今のヘクトールはどうすれば己が満たされるのか分からなかった。

 レザラもまた、今の境遇に辟易していた。
 緊張感もなく徒に浪費される命。そのくせ一つきりの命を燃やし尽くそうとすれば、制止と白い目が向けられる。
 飼い殺されるような日々の中、漠然とした願いを抱く。

 いつか、この飢えを満たしたい。
 このために生まれてきたのだと、心から思えるような戦いがしたい。

 レザラは生まれついての武人だ。死と隣り合わせで生きる者だ。
 だがこの国に生まれた以上、死は遠くで霞む蜃気楼なのだ。
 たとえレギュレーターを外したとしても、この国はレザラを守り、生かそうとする。
 生き甲斐がなくても、生を謳歌しろと言う。

 二人とも、何のために生きているのか分からなかった。
 見知った敵と戦い、生き延びて、金を稼いで、それで何をしたいのかと問われても、特に思い当たるものはない。
 生にしがみつく理由はないが、わざわざ死を選ぶ理由もないから、惰性で今日も生きている。

 彼らが幸運だったのは、それを隣で共有できる友がいたことだ。つまらないな、と笑い合える存在が幼い頃より側にいたことだ。

 だから互いに死闘に焦がれながら、それでも生きろと傷を癒す。
 この退屈な世界に、一人置いていかれることなど耐えられないから。
 もしも相手に先立たれて、自分だけが置き去りにされたとしたら…………それはきっと、この窮屈な日常を繰り返すことよりも、はるかに恐ろしいことに違いない。

 帰還する道すがら、二人は遠くに人影を見た。
 過酷な環境に壊れてしまった機械兵が、ふらふらと徘徊していた。
 修理されることもない身体は所々外装が剥がれ、剥き出しのケーブルが火花を散らしている。

 だが、それでも銃は手放さなかった。
 敵を探し、戦い、打ち倒すことだけが全てだと言うかのようだった。
 もう誰にも望まれていないけれど、それしか出来ることがないから。それ以外に何をすればいいのか、分からないから。

 去っていく機械兵を遠目に見ながら、レザラとヘクトールは歩みを進める。
 どちらからともなく、笑みが零れた。自分たちとあの機械兵に、大した違いなどないんだろうなという、自嘲気味な笑みだった。

 薄暗い荒野を、支え合いながら歩く。
 肩を借りる背は丸まって、俯いた視界には荒れた地面と、満身創痍の身体しか映らない。
 一歩一歩、みっともなく足を動かす。

 いつか、誇れる生き方をしてみたい。
 背筋を伸ばして、前を見て、光り輝く路を歩んでみたい。
 親友と並んで、心置きなく笑えるような。
 同じ生き甲斐を抱いて、喜びと共に駆け抜けていけるような──

 ──そんな理想郷に、辿り着きたいと願っていた。