アルマジロ
2025-07-21 01:20:53
1927文字
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猫に首輪はつけられない

くっついてないレザヘク。
ユト姉と付き合う前にいた彼女にレザラが振られる話。レザラがちょっと悪い男です。

 玄関扉を開けた先に立っていたのは見慣れた幼馴染の顔。
 いつもの自信に溢れた好青年っぷりは見る影もなく、今にも泣き出しそうな顔で耳と尻尾を垂らしている。そしてその頬には真っ赤に腫れた痛々しい手形が居座っていた。
……どうしたんだ、その頬」
「ヘクトール〜……振られちゃった〜……

 深い深い溜息を吐いたヘクトールは、レザラを玄関から自分の居室へと招き入れる。
 彼が恋人を作り、大して長続きせず振られ、こうしてヘクトールに泣きつきにきたのは一度や二度ではない。
「今度は何やらかしたんだよ」
「えっボクのせい確定?」
「どうせまた何かやって怒らせたんだろ」
「ひどい!」

 親友からの痛烈な批判に文句を言いつつ、しかし否定することもできないレザラはソファに座りながら赤い頬を膨らませる。
 ヘクトールは冷蔵庫からエナジードリンクを二本取り出すと、片方をレザラに手渡して隣に座った。
 プルタブを起こすと炭酸が抜ける軽快な音が響く。飲み慣れた味を舌に流しながら、ヘクトールは気まずそうなレザラの口が開くのを待った。

……『私と仕事どっちが大事なの!?』って聞かれたから『仕事』って答えたらビンタされたんだ」
「うわ……
「そんな呆れた顔しないでくれよぉ!」
 今日日ドラマでも見ないような台詞と、模範的失敗例な回答に、ヘクトールは皺の刻まれた眉間を押さえる。
 長年連れ添ったこの親友は、闘士という生き方に全てを捧げているが、裏を返せばそれ以外に対する気遣いがどうにも欠けている節がある。
 爽やかで眉目秀麗なこのベビーフェイスに多くの女性が心を奪われたが、いざ交際に至った途端見えてくるのはあまりにもアルカディア以外に無頓着な試合馬鹿だ。
 そうして幻滅した女性が去り、また新しい女性がレザラに告白するという繰り返しを、ヘクトールは何度も見てきた。

「大体『闘士として頑張る貴方を支えたい』とか言ってきたのに仕事優先したら怒るっておかしくないかい!?」
「そこは女心ってやつだろ……分かってやれよ……
「うぅ〜……ヘクトールまでいじめるよ〜……ネコちゃん慰めて〜……
 親友からの慰めが得られなかったレザラは、ヘクトールの飼い猫に代わりを求めたが、案の定猫はレザラを見ようともしない。
 それでも手を伸ばし撫で回そうとしたレザラは、機嫌を損ねた猫からの引っ掻き傷を頂戴し悲鳴を上げることになった。

「お前振られる理由似たようなのばっかりじゃねぇか。どんだけ彼女とやらを放っといてんだよ」
「し、仕方ないだろ! 毎日電話しろとか、何分までに返信しろとか、そういう細かいの無理なんだってば!」
 腕に出来立ての引っ掻き傷を押さえながらレザラは言い訳を喚く。
 こうして彼の愚痴を一通り聞いて適当に宥めるのももう何度目だろう。エナジードリンクの甘ったるい香りが鼻につく。

 レザラは束縛されるのが嫌いだ。
 それは狩猟民族の血に依るものなのか、あるいは本人の気質か。人の指図で自分のやりたい事が制限されるということがどうにも耐え難い性分であることを、ヘクトールは誰よりも知っていた。

 知っているからヘクトールは黙っていた。
 自身の中にある見苦しい欲望を。レザラを手元から離したくないという執着を。
 本当は彼女なんて作ってほしくないとか、
 俺より親しい奴なんていなければいいとか、
 そんな事を言ったら嫌がられると分かっているから。

 空になったエナジードリンクの缶を握り潰す。そのままソファ横のゴミ箱に放り投げると、空いた手でぐずぐずといじけるレザラの頭を撫でた。
 髪の毛に沿うようにゆっくりと手を動かす。時には耳に触れ、頬を撫で、大きな掌で包めば、レザラの表情はすっかり気持ち良さそうな柔らかなものになっていた。
 この表情を知るのが自分だけなら良いのにと、叶うはずもない願いを深く胸の底に押し込む。

……ヘクトールは優しいね」
「もう慣れてるからな。どうせこの後飯喰ってくだろ? 作るからちょっと待ってろ」
「やったぁ! ヘクトール大好き!」
「調子の良いこと言ってら」

 本心なのに……と苦笑いしながらレザラはキッチンに向かうヘクトールを目線で追い掛けた。
 ヘクトールの隣はいつだって居心地が良く、いつでも求める温もりをくれる。だからつい無意識に足を運んでしまう。今日のように傷付いた日は特に。

(キミの我儘なら幾らでも聞いてあげたいのに)
 ソファにもたれ掛かりながら、レザラは親友の姿を見つめ続ける。
 その眼差しが誰に向けるものよりも愛慕に満ちていたことを、レザラ自身が知る由もなかった。