いしえ
2025-07-20 18:47:15
5509文字
Public テニ腐
 

青春の矢はくるくるまわる/リョ桃(画像版+本文のみ版)

全年齢ですが、身体の関係がある前提。歌のリリース時間軸は無視して、歌詞引用はPerfumeさんの“FAKE IT”から。朝もはよから熱々なリョ桃。












青春の矢はくるくるまわる/リョ桃



「よぉ、えっちぜ~~ん!! おっはよーさ~ん!」
 その日も桃城は、だいたいいつも通りの時間に、越前家へと自転車で乗り付けた。これは、こいびととして付き合い始めても関係なく、以前と変わらず習慣づいているものだった。越前の出てくる時間はまちまちで、既に待っているときもあれば、しばらく来ないこともあるし、ちょうどぴったり、出てくるところのこともある。ぴったりのときがいちばんラッキーな気はするけれど、当たり前のように越前を待てることももちろん嫌いなはずはないし、竜崎曰くの“王子様”を、待たせる特権も、むずりと胸をくすぐるものだ。つまり、朝から越前と会えるのは、いずれにしても桃城のこころをふわふわともそよそよともウキウキともアガらせるものなのだ。今日は、まだ出てきていないから、あいさつ交じりに声を張った。じき、ふわぁ、と、リラックスした様子であくびをしながら越前が出てくるところを拝めた。桃城のほおが、にこりとゆるむ瞬間だ。
 越前が、あいさつをフランクに返しながら、それが自然の摂理なのだというふうに、桃城の自転車のうしろに乗る。その瞬間も、いつも桃城のほおと胸とをむずりよろこびでくすぐると同時、すこしだけどきどきとも弾ませる。その高揚を誤魔化すわけでは別段ないけれど、桃城は、定型文のように、毎朝繰り返すような話題を、他愛なく振る。
「なぁなぁ、越前。今日の朝メシ、何だった?」
「ん。大体、いつも通りっス」
「ふぅーん。そっか。じゃあ、晩メシは?」
「それも、だいたいいつも通り」
「そ」
 そんな、内容の大して無いやりとりだけでも、越前相手なら、それをまいにち繰り返せることが幾らでも浮かれさせるのだから自分もずいぶんとチョロいものだと、桃城は少しこまりわらい交じりで、にやにやしているのだった。後ろの越前には見えやしないだろうけれど、察されてる気配は、桃城のほうも察している。そんなところだけ、いつぞやのように阿吽じみる。内容の薄さと言い、こいびと同士というよりは、まるで単身赴任の夫婦みたいだ。ただ居るだけでいい。そんな、空気感がここちよい。
 すこしだけくちぶえを吹いたのはゴキゲンのあかし。桃城はそのまま、これも定型文じみた、話題を振る。
それにしても、今日は、よく晴れてるよなぁ。あちぃったらねぇぜ」
「そっスね。こうも暑いと、漕いでもらえて、正直ラクっス」
 どきん! 越前の声音が、ふわり、少しねぎらうようなやわらかさのかおりをまとうものだから、桃城の心臓が騒ぎ出す。これは、付き合う前にはなかったものなのだからそれも当然だろう。まるでやわりと背後から抱きしめられたかのような心地に、どきどき、どきん、ばくばくと、ああ、この胸のうるさいことったらない! 今度は明確誤魔化すために、少しおどけて、返すのだった。
「うむ。適温のときも暑いときも、この桃ちゃん先輩が特等席で送迎しているのはお前ただひとりっきりだけなんだから、ちゃぁんと感謝しろよぉ~??」
 好きでやっていることだから恩に着せる気はみじんもないし、越前がそれなりに感謝していることは常々感じているけれど、それでもあえて言葉尻、漕いでもらえてラクなのはいつもだろう、と、冗談で揶揄した、つもりだった、けれど。王子様の返答は、チャリの走行をぐらりと乱しかける大いに心臓にわるいものだったのだ!
「はは。いちお、いつも感謝はしてるけどなんか、先輩の言い回し、“健やかなるときも、病めるときも、”ってヤツ、みたいっスね」
 越前が、すこしだけくい、と自身の身体を前傾させ、桃城との距離を詰めてから、そのことばを発したことに、その、こえのニュアンスに。首から胸にかけて腕を絡げられたのだと錯覚するほどのその距離感の空気に。ほこらしげなおもはゆさに、得意げなのにくすぐったがるような、うれしげなニヤけかけの顔を背部に感じ、桃城は、大いに動揺する。さきほど、確かに、夫婦じみているとは思った。だが、越前のほうからそんなふうに言われたのは、そんな調子で言われたのは、これが初めてだったのだ。自分だけがそう思っているわけではなく、このひとつ年下の彼も同じようなよろこびをいだくのだと、予測はついていてもその事実確認が、桃城をなきたいくらいうれしくさせるのに、なんだかばつのわるい、気まずい感じ、要するにカオを直視されたくない心地を抱かせた。自分が、いま、ひどく格好のつかないかおをしそうになっている自覚があったのだ。朝も早々から、まったく心臓にわるい! 年上に、矜持くらい保たせてほしいものだ。その無遠慮すら、いとおしいけれど。
「?!? ばっ……!! こらこらっ、さっきのに関してはべつにそーゆーイミじゃねぇっての!」
ふぅん? じゃあ、どういうイミ?」
 ああ、また一段階距離が近くなった。ささやきこまれるようなその問いに、桃城は耳元に吐息さえ錯覚し、両耳をふさぎこみたくなるのを懸命こらえてハンドルを握っていた。イジワルな後輩こいびとに、翻弄されている自分はやはり、相当チョロいのだろう。まったく、とても経験値の差があるとも思えないのに、生来の気質だろうか? こーゆー面ではてんで敵いやしない!
「どーゆーイミもなんにもありません!」
ま、いーけど」
 きっぱり、やけじみて言い切った桃城に、それでも越前の声音がまだすこしうれしげなのが、余計に桃城のあたまをほおを、胸を、わあわあとかき乱す。だが、そこで、会話が一度、途切れる。そうでなくてもだいたい、食事と天気の話が終われば、いつもここで一度会話の区切りとなるのだ。桃城は、自転車の運転に意識的に集中する(本来、そうすべきなのは自明だが)。やはり、朝から身体を使うのはきもちのいいものだ。気分、上々上等。切り替えのそれなりに早い桃城は、知らず、最近聴いて気に入っている曲を、無意識に口ずさんでいた。それは、とある女性グループの曲で、可愛らしい歌詞の内容とここちよいサウンドが気に入りの理由だ。
「♪~ “世界で一番好きだ的な あなたしかいらないのよ的な あなたのために生きるわ的な ことなんて絶対に今は言わないわ Fake it”~♪」
ふぅん。ソレ、最近のお気に入り?」
「おう! 辞書引いたらさ、“fake it”って、“ごまかす”ってイミなんだってな? なんか、可愛い内容だよなぁ、って思ってさ。お前も後で聴くか?」
「オレは、辞書引かなくても知ってたけどべつに、聴かないっス」
「んだよ、ツレねーの」
 ことばだけ拗ねたぶっても、声音は、他愛ないやりとりににこにこしている。たとえばなんでもない並木道を、ただただ散歩するだけで何よりうれしく思える相手とそうしているとき、ひとはこんな声をするのだろう。その自覚がまた、桃城のほおをむずつかせる。だが、そんなのどけさを容赦なく揺らがすは特等席の王子様だけの特権だ。
……オレは、桃先輩のこと、世界で一番好きだし、先輩だけ居ればそれでいーや、って思うときとか、先輩のために生きてるような気がするときとかもあるけど?」
 ああ、この後輩こいびとはまた、また自転車の操舵を誤らせかける! 桃城は思わず、越前のことばの序盤でキキィッッとブレーキをかけていた。まるきりなんの会話とも変わらぬ調子で、しれっと自然に言われたは、とんだ口説き文句だ! 歌に、やきもちやいたろうか? ほんとうに、ずいぶんと“素直じゃない”王子様だこと!
「?!?!? ちょっ、待てよ越前っ、最初のはともかくそれ以降はっ、ホントにそんなときあるのかよ?!」
 信じがたいというわけではないけれど、彼にとって自分がそこまでの存在なのか、自信を持てないわけでは決してないけれど、どうも完全には、ピンと来きらないというか。いつだ? どこだ? 動揺が、思考をさまたげるというか。要するに桃城は、状況に大いに混乱していた。ハンドルは握ったまま、思わず見返り気味に問うたそれが、いっそうのわあわあを招くとも知らずに。越前が、ニヤり、と、意味深に笑んだことにどきっとして、桃城は顔の向きをすぐさまバッと正面に戻した。安全のためにも、心臓のためにも、とてもじゃないが、今すぐペダルを漕ごうとは思えなかったけれど。それが正解だったか、果たして策中だったか。越前が、桃城の頭よりやや高くに居たはずの頭部をぐんと下げ、先輩の背中に頬杖をつき気味にべたりと距離を詰め、あずけた利き腕のまま、桃城の左耳に、ふわり、陽射しの熱をうつしたような吐息ごと、ささやき込んでくる! ぐんとくっついたスキンシップの体温とそのことばとが心臓をあまりにもばくばく空転させるものだから、桃城は、チェーンが外れたそれのペダルを必死で漕いだあとに呆けて漕ぎやめても惰性でそれがくるくるまわっているかのようなここちでいっぱいになるのだった。
野暮? それとも天然? “アンタを抱いてるとき”。って言えば、解る?」
 桃城が左利きではないからだろうか? 話を注意深く聞くための耳が本来は右耳だからだとどこかできいたけれどそのためだろうか? ひだりみみにささやきこまれたそれは、どこか現実味がない、ふわふわくらげのたゆたうような浮遊性を持つのに、その実まごうことなき事実なのだと突きつけてくるから、そのギャップで、心臓もあたまもおかしくなりそうだ。ああ、この陽射しの灼熱でさえ、きっともっとずっと天高く飛んでたとてこうまではさせないだろうに!
「信じないなら、確認します?」
 追い打ちでささやきこまれても、いっそうことばに詰まるばかりだ! 桃城は、無言で、うつむいた顔をいっそうぐっと低い位置に沈めそうになる。顔を正面に向け直してあってよかった。桃色ごときをはるか超えた真っ赤なツラなんぞ、拝まれたくはなかったから。――ああ、けど。どうせ耳まで、真っ赤なんだろ。バレバレなんだよな。わかってるって。暑い日でよかった。学校に行っても、てんで収まりきりはしないだろう赤らみをあつさのせいにできるから。
 王子様は、ひとときの独裁者めいているのに、権力者めいているのに、それをすべてやわらに、対等なものと解しているのだから、ずるい。
はは。そんな耳されてると今すぐかじりつきたくなるけど、ま、“また今度”のお楽しみにしときますよ、センパイ?」
……っ、…… えち、ぜんお前、なぁ…………ずりーよな、ずりーよ……
 ハンドルからずりおちそうな手が、それでもそこを、ぎゅっとにぎってこらえさせる。対等のままで居たいから、格好悪いところを、あまりみられたくないのだ。ばればれでも、先輩ヅラしていたいのだ。ヒュゥ、と猛禽の羽音じみた流麗なくちぶえがひとつ、耳をくすぐるのが天空ほど遠く思えるのになにより近い。
「今度、いつ都合つく?」
「あさって!!」
「了解っス」
 背部でこねこが満足げに鼻をすまし、くい、と、桃城の両肩に手を掛けたいつもの二人乗り体勢に戻る。交わした約束のことばと内容との温度差ギャップに、桃城は、やけくそ半ば、期待半ば、ドキドキ半ば混乱半ばの数の合わない足し算のまま、自転車のペダルを漕ぎなおす。こねこの王子はずいぶん上機嫌。
「♪~ “世界で一番好きだ的な あなたしかいらないのよ的な あなたのために生きるわ的な”…… 続き、なんだっけ」
 越前が、先ほど桃城の口ずさんだ歌を途中までまねる。それが意図的なのか、ほんとうにそこまでしか覚えなかったのかは些末なことだった。
「“ことなんて絶対に今は言わないわ Fake it”!!」
 途中で止まっていたぶんペダルをいつもより速めにこぎながら、桃城は“歌のつづき”を、叫ぶ。
「言ってくれてもいいっスけどね」
 ああ、わかっているくせ、ほんとうにずるい王子様だ! けれど確かに、思うていても言わぬはたしかに、フェアではないだろう。桃城は、く、とわずか力の込められた自分よりちいさな両手に、男をみせるときを感じて、叫びを重ねるのだった。
「言わなくてもオレだっておまえのこと世界一好きだしお前だけいりゃいーやってときだってやっぱあるし、なぁんかおまえのために生きてんじゃねぇかなぁなんて思うときくらいあんだって解ってんだろ越前!」
 時間さえあればまたブレーキをかけて顔を向けて言ってやりたいくらいのそのまごうことなき本音を、けれど遅刻にならぬようがしゃがしゃ急ぐ自転車ではできないのが少々、くやしかった。
………ははっ、上出来っス」
「そりゃどーも!」
 かみしめるよな、余韻はやめろ。きっとらしくもなくだらしなくニヤけているよなでれりと甘い蜜漬け菓子のこわねは、やめろ。今すぐ、明後日にタイムスリップしたくなるから!
っ、……おまえ、そのカオと声、学校着くまでにどーにかしとけよ?」
「先輩と離れたら余韻はありますけどわりとフツーに戻るんで大丈夫っス」
あっそ」
 加速する自転車は青春の時の矢そのものだ。まわるペダルは、加速度的に恋のいとおしさを加熱する機関へのふいごだ。交わすことばは、きっと何より遠い未来、ずっとそこにある気にさせるまばゆい陽射しだ。刺すほどのそれは、キューピッドなるものの用済みの弓矢を更にいくらでも放ちつづける精確な的あてだ。
 青春の矢は、確かにここで、くるくる舞うよう回っているのだ。








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