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ナスカ
2025-07-20 18:03:05
4324文字
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カラミティアンドアストロジャー 12
前回の続きです。
埃っぽい地底の限りある空に、アストルは天球儀を翳した。中心の赤い宝珠が輝き、次々に星座が空気の中に浮かび上がる。
上手くいくだろうか。アストルはゴク、と息を呑む。天球儀から生まれた光は広がり、やがて地盤をスクリーンにして星空が投影された。指で星座をなぞり、それが『地上と同様のもの』であることを確認する。
実験は成功した。その範囲は限られるものの、これには『天球』を周囲に映し出す機能がある。そしてそれは、今現在地上で見られる星空に対応しているのだ。よく見てみれば、少しずつ星座が動いているのがわかる。
「すごい
……
やはりこれはすごい
……
!」
アストルは目を見開いて、声を上擦らせた。それ以上のものは無いという喜びに、口が大きく開いてしまう。まるで欲しかった玩具を与えられた子どものようだ。微笑ましくガノンがその姿を眺めていると、気恥ずかしそうな嬉しそうな、感謝の気持ちを抱いたアストルがこちらへやって来た。だが顔は逸らしたままだ。
「あの
……
ガノン
……
」
「ん?」
じわじわとゆっくりと、アストルは顔を上げていく。ガノンは返事を急かさず、気長に待つことにした。やがて照れた顔が、ガノンの顔と向き合う。
「その
……
ありがとう
……
こんなに、良いものを
……
」
「そうか、嬉しかったか」
天球儀を抱きしめて、アストルは「ぅ」と呻きながら口元を隠す。返答をくれたことの嬉しさに、思わず食い気味に答えてしまったことを、ガノンは省みた。
「
……
まあ、嬉しかった
……
」
「!」
だがアストルは顔を逸らさず、ガノンのことを見つめたままだった。
ぷるぷると揺れながらも、懸命に視界の照準を定めてくる。思いの外真っ直ぐなその姿勢に、怨念とは違う熱い感情が込み上がる。
「お前の役に立てたなら、何よりだ」
「役に立ちっぱなしだ。
……
いや、ずっと、助けてもらっている、お前には」
そう言ってから、いよいよアストルは顔を逸らした。ハイリア人の耳というものは、尖っているために感情が視認できてしまう。先端まで真っ赤だ。顔を逸らすことで隠そうとしても、隠しきれていないのが何とも愛らしいではないか。
「
……
ふふ、こちらこそだ」
「? 私が
……
お前の役に立っているのか?」
逸らされた顔が、少しばかりこちらを向く。小動物のような挙動に心がくすぐられた。
「あぁ、大いにな」
✽✽
アストルを殺そうとしたのは誰なのだろう。ガノンはあの事件の後、長らくそのことを考えていた。
もし自分が間に合っていなかったら。もしゼルダが嫌な予感を察知していなかったら。自分はアストルの亡骸と対面することになっていただろう。
あの忌々しい女の存在によって、生前の自分は人生を壊された。死んでからも破壊されるというのは、癪どころの話ではない。
無論、直接手を下そうとしたのは彼女だ。しかし彼女は命じられたのであって、アストル殺害は彼女自身の意思ではない。
では、彼女にアストルを殺すよう指示を出したのは誰なのか。それを思うと、ガノンは何かとてつもなく巨大な存在と対峙しなければならないような気がしていた。
犯人候補は挙がっている。アストルを排除したいと願う存在
……
一番は現行のハイラル王だろう。
実父でありながら、アストルを厄災の贄として捧げようとした鬼畜生だ。彼としては、不義の子を抹消できる上に厄災復活を抑えられる良策だったのだろう。しかしそれは全く別方向に働いて、今やアストルは地底探索に無くてはならない存在だ。王にとって、目の上のたんこぶの他でもなんでもないだろう。アストルから聞くに、孫娘であるゼルダへの態度も冷たいとのこと。きっとあの王は、その手も心も冷たいのだろう。
(
……
我が言えたことではないか)
ガノンは軽く自虐して、さてと佇まいを改めた。自分の予想が正しいかどうか、それを調べに行く。あの光の根が地底各所で発見されたおかげで、ガノンが側にいなくてもアストルは瘴気にやられてない。懸念はあの女ガノンドロフだけだが、ゼルダから「危険な気配が」という話は聞いていない。恐らく、『雇用主』へ報告にでも行っているのだろう。
勘違いするな、アストルを殺すのは我だ
……
ガノンはそう自分に言い聞かせた。決して守りたいわけではない。自分以外に殺されるのが、嫌なだけだ。
✽✽
「『地底の星』だと
……
? フン、下らん!」
王は報告書をぐしゃぐしゃに丸め、娘婿の顔に投げつけた。娘婿は僅かに眉頭を寄せながらも、冷静に義父である君主へ進言した。
「しかし、彼のお陰で地底調査が進んでいるのは間違いありません。ここはひとつ、陛下からねぎらいのお言葉などをいただければ、彼も喜ぶと思うのですが
……
」
「馬鹿を言うなローム!
……
お前はあの童のことを、何もわかっておらぬ」
わかるわけもない。王太子ロームはそう腹の中で毒づいた。存在すら知らなかった。知らせなかったのは目の前にいるこの男。
知らなかったことを深く後悔した。母を喪った最愛の娘が「星の天使様
……
」と幸せそうに口にする寝言の、その正体を調べようとしなかった。あどけない少女が、己を守るために作り出した空想の存在だとばかり思っていた。
先立った愛しい妻と同じ血を半分流す義弟。その源流が孫娘にすら冷徹な人物だというのが、信じられない。
そしてここ数年、その冷ややかさは深まっている気がする。ロームは妻や娘と違い、『見えないものが見える』わけではない。しかし、王の背に人ならざる気配が揺らめいているのを感じていた。善か悪かと問われれば
……
悪に相当するであろう気配だ。
「もう下がれ。いつまでも奴の話をされても不愉快だ」
「
……
失礼致します」
娘婿が去った執務室で、王はため息をついた。そして背後の物陰からゆっくりと人の形が動き出す。妖艶でありながら媚びのない、靭やかな女の身体だった。白布で締められながらも、形の良い乳は溢れんばかり。ハイリア人の男を魅了する魅惑の容貌が、非難せんと王に迫る。
「貴方、彼の魅力がわからないの? つまらない人ね」
「あれの側に付くつもりか?」
王は美貌のガノンドロフに匹敵する凄みで、彼女を睨み返す。ガノンドロフは「怖い怖い」と巫山戯十割
で笑った。
「そのつもりはないわ。だって、貴方と一緒にいると絶望がたくさん見れて楽しいんですもの。けど、彼のあの幸薄そうな心と身体は
……
とても唆られるわ」
紅を引いた唇を興奮で歪めながら、ガノンドロフの笑みが深くなる。
「理解できぬ。やはりゲルドの男は物好き、──ッ!」
王の言葉が途切れた。己の首筋に、三日月のように鋭いナイフが当てられていることに気づいたからだ。王の凄みを軽々と飛び越す怒りが、眉間の深い皺となって彼を突き落とそうとしている。
「私は、女だ。ゲルドの民を統べる、この世で最も強い女だ。
……
そのような戯言を、二度と口にするなよ」
「ッ
……
わ、わかった! 悪かった、だからバカな真似はよせ!」
焦る王の姿が滑稽で、ガノンドロフはナイフを収めた。娘婿や孫娘、息子の前では傲慢で尊大なのに、いざ自分が力をチラつかせるとなれば腰が低くなるのが堪らなく愉快だ。ひどく矮小なこの男も、いつか絶望してくれるのだろうかと先が待ち遠しい。
自分は女である。そう言われてきたし、言い聞かせてきた。
養母たちに、娘として生きろと命じられた。男と知られれば警戒される。ガノンドロフが生まれたのは、欠片ほどでも暴力性があれば批判を浴びる時代だった。
あの頃のハイラルの地には複数の種族が各地に点々と暮らしていたが、古くから王政を敷いていたのはゲルド族のみであった。厳しい環境であったがそれ故に技術の発達は目覚ましく、ハイリア人が磨製石器をせっせと作る頃、ゲルドには金属や宝石を加工する技能を持った職人が幾人もいた。
ガノンドロフが養母から繰り返し教えられたことがある。それは『ゲルド族がハイラルを繁栄に導く』ということであった。優れた技術を携え、この地を統治するに相応しいのは自分たちだと自負していた。
しかし困ったことに、『神』に等しい存在が幅を利かせ始めた時代でもある。『彼ら』はゲルドを凌駕する文明を保有し、あろうことか石を研磨しているようなハイリア人の側についた。
ゲルドが地上で長きに亘り一国家を運営してきたと言っても『彼ら』にとってたかが知れたもの。ガノンドロフは恭順の意を示し、果たして樹立されたハイラル王国の傘下へと加わったのである。
……
ここまでは前振り。本番は謀反を起こしてから。
ハイリア人の王妃が所有する『彼ら』が神に等しいとされる所以を、その命もろとも奪い取った。途端に、ガノンドロフの姿は変貌した。
神の如き力がその内側に宿る底知れぬ力と結びつき、これまで女であると偽ってきた身体が、真実の姿を晒してしまったのである。
融和を受け入れた女王は、実は生まれながらの益荒男と評されるゲルドの男だった。ガノンドロフの生まれの性が知られたことで、権力と地位の簒奪が必要以上に暴力的なものとして取り上げられた。
王妃を奪われた怒りと悲しみに、初代国王は己の命と引き換えにガノンドロフを封印。だがガノンドロフ自身も、深い絶望の中にいた。
女として生きることを望まれ、自分も望んでいた。だというのに、男であることを知られて、男として殺された。自分はただ、群衆を導く者としての役目を果たしているだけだったのに。
もう一度、最期をやり直したい。今度こそ、ゲルドの女王として朽ちたい。
封じられた肉体から抜け出した己の魂は、女の形をしていた。もはや男の身体などいらない。ガノンドロフは、魂の姿で王国を闊歩した。
……
当然、そんなガノンドロフを見つけられる者など滅多にいない。時折現れる奇特な者に力を与えては、それが暴れまわるのを愉快愉快と楽しんでいた。
中でも楽しませてもらっているのが、今現在取り憑いている今上のハイラル王だ。ガノンドロフにとって、王国に与する者たちは憎き敵。だからこそ、彼らが破滅する姿を最前列で鑑賞すべく、力を与えては自滅するのを待っているのだ。
ところが、その先にいたのは『不肖の子孫』と呼ぶべき『男として生きるゲルドの男』と、自分の好みにあまりにも合致するハイリアのヴォーイ。妬ましい者と好ましい者が同時に現れたガノンドロフは、二人を一手に亡き者にすることが『最期』に相応しいと思った。
「いつでもおいでなさい。バカなガノン、可愛いアストル。私を、満たして、消してちょうだい」
窓の外から感じる殺気に、ガノンドロフは陶然と呟いた。
続く
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