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夢篠
2025-07-20 14:59:42
2963文字
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ルミナスミラージュ
恋人と同じハンドクリームを買ってみる山本陣内
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
刺すような店頭の照明に目を瞬かせる。それは思い付きの行動で、冷静に考えれば酷く年甲斐もなくて、こんな場違いな所で私は浮いてしまっているだろうし、きっと周囲に知られれば嗤われてしまう事は必至で、つまりは私は今、とても似合わない場所で似合わない事をしようとしている。すなわち駅併設の百貨店で、彼女の、
ナマエ
の持っていたハンドクリームを探そうとしているという。本当に、どうしてこんな事を思い付いてしまったんだか。退勤間近にこの案を思い付いた時には酷く妙案だと思ったのに!
発端は二人で過ごしていた昼休憩中に
ナマエ
が私の手に触れた事だ。小さな手が私に触れて驚いたように目を見開く。柔らかくて温かな手を握り返すとその手を彼女の空いた手が更に上から包み込んだ。いつも触れ合いから逃げる事の多い彼女にしては珍しいと顔を見ると衝撃を受けたような顔をしている。
「え、陣内さん、乾燥ヤバいですよ!」
「は?」
「手!めっちゃ乾燥してる!これ普通に痒くなるしもっと酷くなると切れちゃいますよ!」
ナマエ
の細い指が確かめるように私の手の甲を何度かなぞっていく。そういえば確かに最近手の甲がむず痒い時があるな、と一人思い返す。乾燥など気にした事も無かった。というか大体の人間はそういう事を気にするのか?曖昧な私の反応が思った物でなかった事に
ナマエ
が唇を尖らせる。私はこの顔に弱いのだ。咄嗟に両手を差し出して
ナマエ
に預ける。
「乾燥なんて気にした事が無かった。そういえば
ナマエ
の手はいつも柔らかくて触り心地が良いな。何かしているのか?」
「気付いた時にハンドクリーム塗るくらいですけど
……
。陣内さんは持ってないんですか、ハンドクリーム?」
「私が持っていると思うか?」
「あーなんかワセリンとか?」
けたけたと笑いながら私の手を揉んで検めていく
ナマエ
の手がなんだかむず痒い。さり気なく逃げるように、手の角度を変えて
ナマエ
の指の当たる位置を動かす。手のひらの柔らかな所を押さえられて小さく息を吐いた。下手に甘えられるよりももっとずっと心臓の高鳴る触れ合いだ。
「ちゃんと保湿しないと。冬は勿論ですけど、夏だって紫外線とかエアコンで乾燥しやすいんだから」
すりすりと絡め合うような指の動きに可笑しな気持ちになってしまうのは責められるべき事なのだろうか。左脚を
ナマエ
に気付かれないように動かして、やや浅く座り直す。
ナマエ
は何も気付いていないのか一通り私の手を撫でていくと持参していたポーチから何やらチューブを取り出した。細身のチューブにピンク色の花が描かれたそれの蓋を開けた彼女は手のひらに2センチ程それを絞る。ふわ、と辺りに甘い香りが漂う。バラの香りだ。そこまで考えてからそのチューブに描かれた花がバラである事に思い至った。手のひらのクリームを少しばかり自分の手の内に広げた
ナマエ
が手を伸ばしてくる。良いとも悪いとも言う前から再び手を包み込まれていた。
「っ、」
「もう、こうやってちゃんと保湿するんですよ」
ナマエ
に他意は無いのだとうと思う。それでもその手の動きは下手な絡め方よりもよっぽど煽情的だった。絶妙な力加減で擦り上げられて、クリームを塗り込む指先は私の手に余す事無く触れていく。指にも容赦なく細い指が絡み付いて、それは先週二人きりで過ごした夜を思い起こさせる。
ナマエ
にその気は無いのだろうけれども。絡み付く小さな白い手を握り返したいけれど
ナマエ
は至って真剣に私の手にクリームを塗り込んでいる。楽しそうだから、それを邪魔するのも気が引ける。結局昼食を取ってからの残りは
ナマエ
による保湿講座が続いた。他部署の
ナマエ
と別れてから自席に戻る道すがら鼻先に手の甲を近付けてみる。すん、と息を吸えば甘ったるい匂いがした。ブランド名だけは
ナマエ
から聞いた。会社の最寄り駅に併設された百貨店に店舗がある、そうだ。その後は、正直仕事にならなかった。
ナマエ
の香りに、あの手の柔らかい感触に眩暈がした。
帰り際、まだあの甘い香りがしている気がして、ふと
ナマエ
の話を思い出した。会社の最寄り駅に併設された百貨店。ブランド名もまだ覚えている。それはきっと、「魔が差した」とでも言うのだろう。気付けば私は刺すような照明に照らされた華々しく装いの凝らされた棚の前で独り頭を抱えていた。
(どれ、だったか)
細身のチューブでピンク色の花が描かれていた。香りは恐らくバラ。それだけ分かっていたら
ナマエ
が何を使っているかなんて特定可能だと思っていたのに。全く分からなかった。何故ならピンク色の花の描かれたチューブは5本もあったからだ。外見では判別出来ず、テスター片手に香りで判断しようとしたがどれも似たような匂いの気がして明確にこれ、とは分からなかった。この中の一体どれが、
ナマエ
の愛用しているハンドクリームなのだろう。こんな事なら名前までちゃんと聞いて来るのだった。もういっそ、5つ全て買ってしまおうか、と自棄を起こしそうになった頃だった。
「何かお探しですかー?」
明るい朗らかな声に肩が揺れる。視線を下げれば女性の店員が人の好さそうな笑顔でこちらを見ていた。咄嗟に「ぇ、あ、こ、いびとが使っていたのを探していて、」と絞り出せた事を自分で褒めたくなった。店員が一段顔を明るくした、ような気がした。
「恋人さんへの贈り物ですか?素敵ですね!」
「え、あ、いや、でも彼女がどれを使っていたのか分からずで
……
」
場違い感が酷く浮き彫りになるような気がして視線が揺れる。店員が微笑ましいと言わんばかりの顔で私を見るのが気恥ずかしい。
「恋人さんのお使いになられていた商品の特徴はお分かりになりますか?」
「た、たし、か、ピンク色の花が描いてあって、バラの香りがした、気がします」
「そうなんですね!では、こちらの商品ではないでしょうか!」
彼女が手に取ったのは当然ピンク色の花が描いてあるチューブだった。テスターを手渡されて香りを確認されるが、あれこれ嗅いだ後ではもう、何が何やら分からなかった。ただ、彼女はバラの香りはこの商品しかないと言っていた。という事ならば一も二も無く会計に進む。レジに向かう際に「恋人さん、喜んでくれると良いですね」と言われた。彼女に贈る用だと勘違いされている事が有難くてそれでいて小さな罪悪感となって私を苛んだ。
「今、期間限定のショッパーなんですよ」
私には似合わない、花柄の小さな紙袋。きっと彼女は恋人へのプレゼントだと勘違いしているからそうやって気を回してくれたのだろう。ただそれはどこか私には気恥ずかしかった。
明るい声に見送られて店を後にして、何処か落ち着かない気持ちのまま駅の改札を通った。それからいつもの駅のホームで息を吐いたら不意に冷静になった。日常の景色には似付かわしくない、花柄の小さな紙袋。私には縁遠い世界の気がしていたけれど、あれは何か幻のような気もしたけれど、本当の事なのだとその紙袋が証明していた。
これから、どうしたら良いのだろう。
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