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西尾六朗
2025-07-20 14:07:21
4043文字
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ぐだ♂マシュのぐだとエドぐだ♀のダンテス
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【無配再録】最寄り駅のロータリーと某国産SUV高級車 -幕間-
Killing Time Three Hours -巌ぐだ♀の巌とぐだ♂マシュのぐだおが食べて飲んで買い物してお喋りする話-
の無配小冊子再録です。作中では出てこなかった赤毛の彼女ことぐだちゃ♀と巌窟王による、「友人」のおはなし。
本編6話【最寄り駅のロータリーと某国産SUV高級車】のあとにお読みください!
モカブレンドの匂いがする。
手挽きのミルで砕かれた浅煎りのコーヒー豆に、適温の熱湯が注がれた少し後、漂ってくる匂いが好きだ。それから、ネルドリップのフィルターに水鳥のくちばしのような注ぎ口を傾け、細く細く、注いでいる時の彼の横顔はもっと好きだ、何回目にしても見とれるほどだ
――
と、彼女は思い、それが一種の逃避だということに気が付いた。
緊張しているのだ。柄にもなく。
焼きたての手製のパンを前に、これが果たしてお礼になるのかと。
「手が止まっているぞ」
愛しい男に言葉だけで促され、はっとする。うん、とばつの悪い返事を返す。
「なんか今更になって、ありがた迷惑じゃないかと心配になってきた次第
……
」
自分の眉が寄っているのが分かる。めちゃくちゃ感謝してるから余計に。と、付け加えて、唸る。
――
きっかけは数日前、彼が視察に行くと言い出したのがはじまりだった。
キッチンカーベーカリー『Paradi Château d'If』の更なる躍進の為、他店舗を見て回り学ぶ視察である。同行者は、なんと現役のパン屋のせがれ。確かな舌と情報を持っていることは男が保証していた。
曰く、
『昨今の業界情勢にも詳しい。物言いに忌憚も無ければ忖度も無い。故に、信用に足る』
のだそうで。
有益な情報とサンプルを持ち帰ってくると約束もしてくれた。だからこそ、いってらっしゃいと笑って見送ったのだけれども
――
視察は延期となった。自分が風邪をひいたからだ。
症状は熱と咳。とって返して帰宅した男に、件の友人はパン粥用のふかふか食パンとレシピ、そして桃缶を持たせてくれた。優しい味は弱った身体に染み渡り、すぐに元気になった。悪化せずに済んだのは、間違いなく友人のおかげだ。
そして、リスケジュールされた本日。
今度こそ二人で視察に行ってくるという彼に、お礼を預けたくて、パンを焼いたのだけれども。
「お星さまのやつとチョコのやつ。甘すぎ? てか、これでいいのかなほんとに」
「売れ筋だろう。妥当だろうさ」
「そうだけど。修行中の小娘のパンなんて、ピエールさんには迷惑かもって」
「ピエール?」
ドリップの手を止め、男は眉を顰める。彼女はあっ、と声をあげた。
「話してなかった。勝手にあだ名つけてたんだ、キミの友達のこと。マシュにも話したんだけどね、その時、何て呼んでいいか分かんなかったから。ごめんね」
「否、構わんが
……
何故その名かと」
「だってキミの友達でしょ。で、家がパン屋さんでしょ。フランス人なんだろうし、なんとなくフランスっぽい名前ってことで」
男の交友関係は決して広くはない。加えて日本人の知り合いよりも他国の方が多い。
例えば、セミロングの銀髪と鋭い金眼が印象的な、ちょっときつめの美人だとか、見た目に反して甘いものが好きな音楽家だとか。
だから、パン屋のせがれもそんな感じに違いない。いや、パン屋と呼ぶのも失礼なのかもしれない。Boulangerie
――
きっと母国で伝統ある店を継ぐ、彼と同年代の男性なのだろう。
曖昧に浮かんでいるピエール(仮)の姿は、色白の金の短髪で、短い髭を生やしていて、眼鏡をかけたがっしりした体格の三十路仏人男性だ。
ということを説明している内に、男の顔の角度は徐々に向こう側に向いていった。最終的には首を思い切り捻り、肩を震わせていた。笑っている。クック、と、耳に鳴れた喉笑いが聞こえたので間違いない。
「何よう。安直だって言いたいの?」
「そ、うだな、素直な想像ではある。が、しかし、そうか、そうか」
とうとう喉笑いでは済まなくなった。鼻から殺しきれなかった音が漏れてすぐ、男は全身で背く。
なんだか腹が立ってきて、そしてそれとはまったく別に、珍しい爆笑の表情を見逃したくはなくて、カウンターに回り込んだ。
揃いの指輪を嵌めた手で、男は口を覆っている。何なら少し涙目ですらある。
「おまえの想像力には恐れ入る。豊かな感性に裏打ちされたものだ。独創的なメニューもそうした思考から生み出されるだろうな」
「褒めて誤魔化すのは効かないかんね。そんなに笑う? 全然違う見た目だった?」
「全くと言っていいほどに」
「ひょっとして年下?」
「私よりはな、おまえと並ぶ」
「え、そうなの? じゃあおひげもないの?」
「無い。
――
ッ、ク」
そこでまた、男は笑い出した。
彼の頭の中には、正しいピエール(仮)の姿がある。髭を生やした姿を想像でもしたのだろうか。
こんなにも笑うなら、気難しい老舗職人というイメージは払拭してよさそうだ。
考えを改めている間、なんとか笑いを収めた男がこちらを見た。愉快さと愛しさが入り混じる、そして僅かにいじわるさが覗く、独特の愛情深い視線だった。
「おまえが気負わずに済むならば、少し明かそう。奴は
――
善良だ。気のいい男であり、人に好かれる。それを気にかけた風もなく、良く笑い、良く働く。多くの友人を持っている」
「なんか、すごいね。めっちゃパーフェクトマンじゃん」
「そうでもない。恋愛に疎く、意中の娘に本心を告げられずにいる奥手だ。口説き方をしばしば私に問う。逢瀬の計画だの服の用意だの、そういった事も含めてな」
「あ、一気に親しみが湧いてきた。なんかかわいい人だね!」
「ああ、憎めない男、という奴だ」
さらに男は続けた。やっと収まった笑いの、欠片だけを口の端に残して。
「安堵の為に話題を追加するが、そうだな。
――
一つ問おう。おまえの得手分野でもって、悩みを持つ者が身近に居たとして、どうする?」
突然の質問に首を傾げる。ピエール(仮)の話をしていたのに、どうして自分に問うのだろう。顎に手を当てつつ、答える。
「どうって、そりゃいっぱい話を聞くよ。わたしが役に立つことがあれば手伝いもするし」
「対価を求めたりは」
「するわけないじゃん、こっちが勝手にやってんだから。むしろお節介にならないか心配。でも助けられるなら助けたいかな。
……
なんでそんなこと聞くの?」
で、何でまた笑ってんの?
そう問うと、男はいやなに、と口元を再び押さえた。
「奴の言う通りであると
――
そうだな、似ている」
「へ」
気の抜けた声が出た。ふ、と男が、息だけで笑む。
「あの男もそうした。おまえがパン職人を目指している事を語った時、前のめりに助言を寄越した。そうして、いらん世話かもしれんと後に眉を下げた。そういう奴だ」
「あ、その話。そういう流れだったんだ。その節はホントにありがとうだよ!」
「本人も、おまえとの類似を自覚しているらしい。考え方が近いと感じているそうだ。つまり」
と、男は静かに目を細める。
「おまえが贈物を迷惑と感じぬのであれば、奴もまたそうだ。
――
と、考えるのは、飛躍が過ぎるか?」
「おお
……
」
思わず感嘆の吐息が漏れてしまった。
いったい何の話が始まったのかと思っていたが、彼はこれが言いたかったらしい。
『めっちゃパーフェクトマン』で『なんかかわいい人』と評した人物は、どうやら自分と考え方が似ている。なら、自分がどう感じるかで相手の反応を想像できるだろうと、彼は言うのだ。
「
……
なんかこう、恥ずかしい言い回しをするよね、キミは!」
褒めまくった相手と自分が似ているなんて、言われたら気まず恥ずかしいに決まっている。
下唇を突き出すと、男はごく自然に、ケトルの持ち手で温かくなった手で腰を引き寄せてきた。
果たしてこれは何か都合の悪いことを誤魔化しているのかそうでないのか、彼女は考える。たまにそういうことをするのだ、この男は。
だけれど声も手のひらも真摯さがあった。嘘も無い、適当なことを言っているわけではない。ただ安心させるために、彼なりに言葉を尽くしてくれている。
そう分かると、余計に照れくさい。滑らかなシャツに頬を押し付ける。
「良い人なんだね。ピエールさんは」
「肯定だ。善良すぎるきらいがあるが」
「語尾に『おまえもな』って隠れてるのが分かる」
「よく鍛えられた耳だ。それで、返答は如何か?」
「
……
わたしなら、突っ返したりなんか、絶対しないよ!」
だから大丈夫!
――
と、元気よく答えることが出来た。
そもそも、ピエール(仮)が想像したような頑固な職人であれば、お礼を渡したいと口に出した時点で男は止めていただろう。そんな簡単なことも察せられないくらいに、自分は肩を突っ張っていたのだと自覚する。
彼は自分のことを、深くふかく、愛していて。
そして、友人のことも信頼している。
ならば何を恐れることがあろうか。ぱっと顔を上げて笑って見せると、男は鼻から抜ける柔い音で返答を返した。抱かれた腰から手が離れる。溌剌とした動きで離れて、握りこぶしを見せる。
「さっさと準備しちゃおう! キミを待たせちゃうのも悪いし、パンも冷めちゃうしね!」
「そうしろ。此方も準備は整っている」
男が軽く目線を向けた先には、黒いサーモタンブラーがあった。口は開いており、湯気が微かに揺れている。先程のモカブレンドは自分のためでなく、持参するためのものだったようだ。
「それってひょっとして、ピエールさんに?」
「援護射撃だ。おまえのパンには、私の珈琲こそが合う」
しれっと自信満々に言う男である。
その表情を見て、ふと思いついたことがあった。
急いでキッチンに向かい、朝食にしようと思っていた皿を引っ掴む。丁寧に、しかししっかりと梱包、クラフト袋にイン。男を見て、にっと歯を見せる。意図を察した男も唇を持ち上げる。
「成程、道理だ」
そう頷いてくれたので、きっと間違いない。
――
優しい友人が、自分と似ている。ならば。
「きっとおいしいって思ってくれる。キミの珈琲と一緒に食べる卵サンド、最高だからね!」
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