ももせ
2025-07-20 07:26:01
1360文字
Public ゆめ
 

星の夜

24時間一本勝負お題「懺悔」


 僕は多肉植物だ。
 肉厚な葉がぐるぐる巻いて、バラみたいとよく言われている。そこいらの安いホームセンターじゃなく、都会の美しい花屋さんで買われてここへやってきた。
 落ちた葉をただ鉢に並べておくだけで、僕のコピーはやがてぷっくりと顔を出す。
 だのにうちのご主人ときたら、それさえもおちおち生かしきれないで、ひどく済まなそうな顔をしながら、しおしおになった葉をよく捨てていた。
 だからいつまで経ってもこの家には命が増えない。ご主人と僕と、尾形だけが、この安らかな暮らしを守っていた。

 ある夜、ご主人が僕の窓辺へとやってきた。
 くつろいだご主人はもうパジャマまで着ていたから、てっきり寝るものだと思っていたけど、ほんのわずかでも長くいられる時間を持てて僕は嬉しい。
「尾形さんってね――
 事あるごとに聞かせてくれた尾形の愚痴が、その夜は特に優しかったことを覚えている。
『今夜、百年に一度の大流星群が見られるでしょう』
 気象予報士が朝のニュースで伝えていた通りの現象を、ご主人は僕と話しながら待った。窓が小さく開かれると、葉に蓄えた焦熱が空に帰っていくような風が流れ込んだ。
 僕に触れるカーテンがひと際大きくはためく。ご主人が弾かれたように顔を上げる。窓に背を向けたご主人は、尾形のいるほうを見て――肩の力を抜いたんだ。
 僕には尾形の外套も同じようにはためいて見えたから、ご主人の直感はなにも間違っていないし、記憶だって、焼き直しと思えないくらいに正しい。だのに、ご主人は取り繕った。再び尾形に背を向けて星を見た。
 尾形も暗澹たる思いだっただろう。苦しそうに笑っていたから。

 数分も待てば星は流れ始めた。
 夜通し空を見上げる僕にとって、それは特段めずらしい曲線じゃない。だけど、ご主人が楽しめるならそれでいいと――そう、気を紛らわせていたのに。
 茎をしならせるようにして覗き込むと、なんとご主人は泣いていた。やっぱり、さっきの尾形がまた泣かせたんだ。
 忌憚ない意見を申し上げるなら、僕は尾形という男が大嫌いだ。
 僕と違って尾形は人間なのに、その腕は僕の葉っぱほども役に立たないし、その胸は僕の鉢ほども涙を受け止めない。
 バラのように包まれて有害な雨を受けながら、僕は震えるご主人の声に耳を澄ませた。
「いつか、また会えるのかな」
 会えますよ、と安易に答えられない僕を許してほしい。
 それは僕にだってわからないし、そもそも言葉は声を持たないんだ。
『星に願いましょうよ。消えちゃう前に』
 だけどその夜、奇跡が起きて、「そうだね」とご主人が呟いた。
 柔く揺れるあなたの円い瞳を、僕はあと百年守れるかな。

 胸の前で指を組むご主人の背中が、宇宙浸しになった青い部屋に薄い影を作っている。その短い影の根元を踏みながら、尾形もまた、懺悔するように星を見た。
 あの尾形が指を組むなんてのは初めてのことだ。
 だから、僕もいまだけは僕のために。
『ご主人がもっと上手に僕を育てますように』
 もしも僕たちの願いがみんな叶うなら、僕のコピーのコピーの、うんと遠いコピーの先では、ご主人が笑っているはずなんだ。
 彼女の後ろには尾形がいて、その腕はもう役立たずじゃなくなっている。