HAZURE_Mapo
2025-07-19 11:31:15
4044文字
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物語を彩るモノたち【過去と未来を繋ぐ門】

SO6のモノ視点話です。
語り手はラーカスの村の門扉。
登場人物はレティシアとアベラルド。
※モノが喋ってます。
※捏造設定前提の話なのでご注意ください。

 遥か昔の話である。
 最初は名もない村だった。
 人々は決して豊かとは言えない土壌を耕し、質素な家を建ててひっそりと、しかしそんな生活も幸せだと享受して暮らしていた。
 そんな時に大陸の東で王国が建国され、この村が存在する西側でもまた別の王国が建国した。
 この西側の王国の王都と言うのが当時流行った宗教の聖地も兼ねていて、場所はここからさらに北に存在した。今となっては森となり朽ちているとの話を聞くが、かつての沿道にはかろうじて祭祀場の跡があるという。勢力が大きかった当時はそこも全て西側の王国の敷地内で、この村も西の王国の領地内にあった。そして数十年が経ち徐々に国内の政治が安定してくると、聖地巡礼のため南からやってくる教徒が増えてきた。南の都市から北の果てにある聖地に辿り着くのは相当な日数がかかり、どこかで寝泊まりしなければならない。そこで彼らの休憩場所がこの村となり、当時は俄かに活気付いた。その頃に名がなければ不便だと誰かが言い、呼ばれていた地方の名を取って『ラーカスの村』と名がついた。
 これは村に残っている言い伝えで、ここで生まれた住人は皆知っている。
 だが人と言うのは醜いもので、何故か争いを好む傾向がある。いつしかこの村は他国からの防衛拠点ともなり、私はその時に造られた。
 しかも理術を扱える者がいなければ開かない。
 つまり誰でも歓迎するわけではない、少々敷居が高い村となっていき、さらに国内情勢が悪化するごとに村を訪れる教徒も減っていった。
 間もなくして西側の王国は滅び、この村も名がなかった頃のような侘しい時代に戻っていった。
 王国内随一の信仰を集めていた宗教は今となっては忘れ去られ、最も格式の高かった王都にある広大な祭祀場も千年ほど経過した現在は遺跡になっているという。それだけならまだしも、あろうことかモンスターの巣窟となっているためそこに足を運ぶ者はほぼいない。
 しかしたまに宝を探し求めて訪れる物好きな冒険者が探索した後で村に寄る事がある。曰く、遺跡には崩れかかっているものの荘厳な建物跡と、宗教を興した開祖らしき人物の巨大な石像もかろうじて残っていて、繁栄していた当時を馳せる事が出来るらしい。
 それにこの村には似つかわしくない仰々しい私の姿に辛うじて千年前の面影が残っていると、旅人は口を揃える。確かに今はここまで堅固にしなくても良いと思うが、特に誰も外そうとしないため私はそのままここにいる。
 先日は村にいる猫の一匹、三毛猫の『チャチャム』がにゃあと鳴いて私に話しかけてきた。
 この『チャチャム』、見ている限りとても好奇心旺盛で水を何とも怖がらないし、人に飼われている馬の上に乗って寛いでいる事もある、変わった猫だ。
 聞くとどうやら私の外側に行きたいのだが、自分がいなくなると察知した主人である女の子供がことある度に捕まえて家に連れ戻されると言う。
 私としても外側に行かせてあげたいのは山々だが、私は私一人の力で開けられない。
 断ると残念そうな顔をしたが、気を取り直したのかその後主人の話が中々止まらず、ずっとにゃあにゃあ溢《こぼ》していた。
 すると噂の張本人が現れて、『チャチャム』はまた連れて行かれた。
 このように、私の内側の世界は至って平和である。
 しかし、外側はきな臭くなっている。
 現在の村を統治しているオーシディアス王国と、隣国のヴァイル帝国が一触即発状態だと騒がれている。そのせいで村の働き盛りの男数名が徴兵された。こんな田舎の村にまで影響が及ぶとは只事じゃない。ヘルガー灰火病の治療者を巡って両国は仲違いしたと噂されていたが、本当だったとは。
 徴兵の通告が届いたときは村全体が静まり返り、まるで通夜のようだった。
 それでも国の命令には逆らえない。私の目の前でささやかな出兵式も執り行われたが、見送る家族の悲壮な顔は忘れられない。
 まるで今生の別れのように。
 それからと言うものの、戦争の影が忍び寄る恐怖と、いつも通りの生活を送る事が出来ている安堵との狭間に立たされている現実に、人々は心の中で戸惑うものの何とか隠して生きている。少なくとも私にはそう見える。
 なぜ人間はこうも争いを好むのか。
 私には全く理解が出来ない。
 これは本来の自分自身の存在意義と対立するようだが、そんなのはどうだっていい。
 私みたいなのはただ立っているだけの木偶の坊で良いはずである。
 このように私の中でも混沌とした不満が渦巻いている最中、雰囲気からして高貴な身分であろう人物が従者を連れて私の目の前に現れた。
 どうやら従者は理術を使えるらしく、いとも簡単に私を開けて二人で村内に足を踏み入れた。
……ここに来るのは久しぶりね。あの頃から何も変わらない」
「そうですね。姫、もう夕方ですし、じきに日が暮れます。明日も早いです、今日はもう宿に入りましょう」
「えぇ……そうするわ」
 旅愁に浸るのかと思えばそうではなく、二人はそそくさと村の入り口近くにある宿屋に入っていった。
 成程、私の勘は当たっていたらしく、高貴な身分であろう人物は従者から『姫』と呼ばれていた。このような寂れた場所に来る貴族はそういない。恐らく彼女はオーシディアス王国の第一王女だろう。幼い頃、従者を数名連れて行幸に来た姿を覚えている。当時の面影は残っているが、これほど美しくなったとは。
 となれば、隣にいた従者は王女とさほど年齢が変わらないと見えたから、王国近衛騎士の名家であるベルグホルム家の者か。癖毛の顰めっ面もあの時と変わらない。
 しかし王位継承者が一人しか従者を連れず、こんなところまで何の用だ。
 よほど訳があるというのは簡単に推測出来る。
 しかも今は戦時中だ。平時より命を落とす可能性が高い時世に王位継承者が王都を出るとは。
 王族が自ら出向かなければならない程、戦況は悪化しているのか。
 疑問符と焦りの汗を周りに散りばめていたらいつの間にか夜が更け、外には人一人いなくなっていた。
 灯りもまばら、まるで吐息もはっきり聞こえるかのような静寂に包まれている。
 しかし、よく見ると一人いた。
 宿屋の前にある階段に座ってぼんやりと空を見ている。
 するとまた一人、姿を現した。
「姫、どうしたのですか? 眠れないのですか?」
「アベラルド……
……隣、座ってもよろしいですか?」
……えぇ」
「失礼します」
 王女の隣に座った従者は主人の顔色を窺っている。
 無理もない。王女は気丈にしているつもりだろうが、心労が絶えない様子だと私も感じる。
 二人はしばらく何も言わず、星が溢れ落ちそうな空を見上げていた。
 すると、ふいに王女の口元が動いた。
「ねぇ……アベラルド。私は無謀な事をしているかしら」
……と、申しますと」
「ミダス様をお連れすると言った時、周りで背中を押してくれたのはあなたとテオ兄だけだったわ。お父様でさえ浮かない顔をして。確かにミダス様は気難しい方。けどこの役目は王族でなおかつ身軽な私以外に適任者はいないと思っての事よ。確かに私では力不足かもしれないけれど……
「そのような事は」
「みんな、戦争を終わらせたくないのかしら」
……姫」
「私はただ、平穏な世界を望んでいるだけよ」
 王女は淡々と言ったものの、眼は真剣だった。
 その薄い空色の瞳からは、どこにぶつければいいのかわからない怒りと悔しさが滲み出ていた。
……姫のお気持ちはこのアベラルド、しかと受け止めました。必ずやミダス様をお連れして一刻も早く戦争を終わらせた後、姫の望む平穏な世界を取り戻しましょう。それが私の願いにも繋がります」
 従者の力強い言葉は王女に届き、王女は微笑みを浮かべた。表情は二つの衛星に照らされて一層柔和に感じる。
「ありがとう……アベラルド」
「いえ、私の心は姫と共にありますので」
「はぁ……話を聞いてもらったらやっと寝られそうな気がするわ。明日も早いのよね?」
「そうです。明日は出来ればメドゥーム遺跡まで辿り着きたいので、ここでしっかり休んでおきましょう」
「わかったわ」
 さっきより幾分か靄が消えた表情になって二人は宿屋に戻っていった。
 この会話で王族とて戦争を望んでいるわけではないという事は理解した。
 少なくとも、未来の君主は。
 今はそれだけ分かればいい。

       ◇

 朝。昨日の夜は星が見えるほど晴天だったが、今は曇天。
 宿屋から出てきた二人も空模様と同じようだ。
「姫、昨夜は眠れましたか?」
「えぇ。アベラルドに話を聞いてもらったおかげよ」
 この言葉、私には従者を心配させないためのように聞こえた。
 きっと従者も理解している。昨夜の短い時間で主人の不安を取り除けはしないと。
「さぁ、今日は頑張ってメドゥーム遺跡まで行きましょう。ここからまだ遠いわよね」
「はい。ですが姫、くれぐれも無理はせずに……
「わかっているわ。何かあったらすぐに言うから」
「そうしていただけると助かります」
……でもね、アベラルド。私、少しだけ楽しいの。城を出て、普段と違って人目に触れず動ける今が。不思議ね。これからどうなるかわからないのに、心の隅で上手くいくって思ってる自分がいるの。だから、きっとミダス様にもお会いできるわ」
……勿論です。そのために我々はここにいるのですから」
「そうね。じゃあ行きましょう」
 曇天から僅かに朝日が大地を照らす。
 雲は動き、光は私を開けて村を後にした二人の背中を押す。
 まるで声援を送っているかのように。
 私も彼らが次にこの村に来る時には仲間が増えていると確信している。
 根拠はない。
 けれどそう思いたい私がいた。
 なぁ、そこにいる『チャチャム』よ、聞こえているか。
 君もそうは思わないか?