aoisoujou02
2022-08-30 22:11:11
4373文字
Public ルミナリア
 

ハートの矢

ラプラスちゃんの矢がどう見てもハートだし、「最初に見た人を好きになる」とか「好きな気持ちを隠せなくなる」とか特殊効果あるでしょ、と思った結果のユゴファル

「ユーゴく~ん! 大変、大変なの!!」
 アメリーがいつもより高い声で叫びながら駆け寄ってくる。ユーゴを探して走り回ったのか頬は紅潮し、大きく肩を上下させて息を切らせていた。ユーゴに縋りつきながら大きな瞳をじわりと潤ませたアメリーは、クロードくんが、クロードくんが、と副隊長の名を繰り返した。

「え、赤狼将の矢が刺さった!?」
 パニックになっているアメリーの話を総合すると、どうやらラプラスの矢がファルクに刺さり、その矢が刺さった者は次に目を開いたときに最初に見た人物を好きになってしまう、ということらしい。言われてみれば確かにハートの形をした矢だったの、とアメリーは言う。
 きまぐれなラプラスとはいえ狼将の攻撃を受けるなど、どんなひどい負傷をしたのかと肝が冷えたが命に別状はないようでユーゴはひとまずほう、と息を吐いた。しかし妙な事態になっていることだけは間違いない。あのラプラスならあり得ない話ではないと、そう思えてしまうのが恐ろしいところだ。
「それで、ファルクは今どこに?」
 こっちだよ、とユーゴの手を引いたアメリーに導かれるまま共に駆けた。

「ファルク!」
 ひと気の少ない建物の裏手のベンチにいたファルクはユーゴの声に反応して顔をあげる。
 ドクロのマークが入ったスカーフで応急的に目を覆われた彼はあくまでこちらの方を向いたというだけ。視界が塞がれているため、声がするおおよその方角にゆるりと頭を動かすことしかできないようだ。鋭い目が隠されていることもあってか、その様子はいつもよりどこか儚げに見える。
「誰のことも見ないように慌てて目を隠したんだけど、これじゃあ歩くのも大変でしょ」
 私を庇ったせいで、とアメリーが気遣わしげに肩を落とす。
 ファルクは「どんくさアメリーは関係ねえよ」と吐き捨てたが、飛んできた矢からアメリーを守ろうとした瞬間にアメリーが転倒、その勢いでファルクの腕を掴んだためにバランスを崩したファルクに矢が当たった、ということらしい。ファルクは認めないだろうが関係なくはないな、とユーゴは溜息を吐いた。
 おそらく転んだのはアメリー持ち前のラッキーで、ファルクが何もしなければ矢は誰にも当たらなかっただろうというところも、関係がなかったことにしたい要因のひとつではあるだろう。
「それでね、クロード君がこんな状態だからユーゴくんにお世話をお願いできないかなって思うんだけど」
「任せてください!」
 私じゃ宿舎の男子のエリアには入れないから、と申し訳なさそうにこぼすアメリーにユーゴは即座に了承の意を示す。
「なっ……世話なんかいらねえぞ!」
「ファルク、さすがにその状態で一人ではいさせられないよ」
 一人でいいと反発するファルクだが、どこをどう見てもいいはずがない。おとなしくしているにしても出歩くこともままならないのでは日常生活さえ難しいだろう。
「ありがとユーゴくん。私、来賓用のお部屋を借りられるように申請を出しておくね!」
 アメリーは、任務のことは気にしないで、私一人でも頑張れるんだから、と言って管理棟に駆けていった。ユーゴはアメリーの言葉になるほど、と手を打つ。来賓室ならば寝泊まりできるだけの設備が整っているし、浴室もトイレもあるので他の兵とは会わずにすむ。今のファルクにとってはこれ以上なくありがたいことだ。
 世話役を買って出るなんてテメエも物好きだな、とぼやくファルクとそんなファルクの手を自然と取りエスコートするユーゴは二人で来賓室へと向かう。ユーゴはファルクが歩く方向に迷わないよう自分は少し前を歩いて導となり、角を曲がるときは「右に曲がるよ」とそっと肩を抱いて引き寄せ、あまつさえ「もうすぐ階段を上がるよ、あと五歩、四、三……」とファルクの歩幅まで計算してこまめに声をかけた。
 物好きだなどと言ったファルクもよくわかっている。ユーゴは優しい男なのだ。ファルクの目が使い物にならないせいだろう、いつもの皮肉めいた物言いも鳴りを潜めていて、そんなユーゴにただただ優しくされるのはなんだかこそばゆかった。

 来賓室で一息つくとちょうど昼の鐘が鳴る。ユーゴは、騒がしい食堂で食べるのも大変だろうからテイクアウトにしようか、と提案した。一人食堂に向かい、ファルクが好む肉料理と自分用の野菜料理をランチボックスに詰めてもらう。
 今のファルクは無防備だ。ユーゴがほんの少し手元を狂わせればいつでも彼の目を覆うスカーフを取り上げることができるだろう。
 いつでもファルクの視界に入ることができる。
 いつでもファルクに好きになってもらうことができる。
 でももし自分が離れている間に誰かが部屋に入り込み、ファルクのスカーフを取ったら?
 そう思うと受け取ったランチを水平に保つことさえ難しいほどに体が戦慄き、居ても立ってもいられずに足早に来賓室へと駆け戻る。

 ユーゴが食堂へ行っている間、ファルクは一人で考えていた。
 今日を乗り切ったとしても、ずっとこのままではいられない。任務にも支障が出るし、何より手柄を立てられないのではここにいる意味がなかった。
 皮肉屋なわりに真っ当に優しさを見せるユーゴのことを思う。ユーゴがテイクアウトにしようと言い出したのは、外からの情報をほぼ聴覚に頼っている今のファルクはガヤガヤと騒がしい場所だと気が休まらないだろうというていだった。しかしその裏にファルクがユーゴに一方的に世話を焼かれている姿をあまり他人に見られたくないだろうという気遣いが隠されているのはなんとなくわかった。
 連邦からの亡命者でありながら帝国軍で狼将補などという大層な役職を与えられ、贔屓だなんだとやっかまれているのは知っている。狂犬とまで言われるファルクは亡命者のユーゴと同じく多かれ少なかれ批判や嫉妬の対象になりがちだ。そしてそういう輩を結果と実力で黙らせればいいと思っているあたりも、示し合わせたわけではないが二人に共通する方向性であった。
 共に戦ってきたのはそう長い期間ではないが、ユーゴは背中を預けるに足る人間だとは思う。ユーゴとなら両翼が揃った鷹として再び大空に舞い戻れるのではないか。ファルクの中にいつの間にやらそんな気持ちが湧いているのも事実だった。
 目元を覆うドクロにそっと触れ、かつて片翼であった彼は許してくれるだろうかと天を仰いだ。

「お待たせファルク。お昼買ってきたよ」
 走って戻ってきたとは微塵も感じさせないほどにいつも通りの声でユーゴがドアを開ける。
 何かあればすぐにフォローできるようにとファルクの隣に座り、食べる前に付属のウェットティッシュで丁寧にファルクの手を拭う親切ぶり。目が見えなくとも食べやすいサンドイッチをチョイスしてくるあたりも気が利いている。
 カラリと上がった衣に濃いめのソースが絡んだカツサンドはいつもと変わらず美味いはずだが、今のファルクには視覚情報がないせいか今日は不思議と味気ない。隣にある気配を感じながら、少し落ち着かない気分でカツサンドにかぶりついた。

「これから、どうすればいいのかな」
 食事を終えてから、ぽつりとユーゴが呟いた。
「一番いいのはファルクが本当に好きな人を最初に見ることだと思うけど……
 そうなるとファルクはいったい誰を選ぶのだろう。やはりアメリーだろうか。ずきりと胸が痛んだのを誤魔化すように、ユーゴはわざとらしいほど明るい声で続ける。
「この際、僕にしておけば? 同じ隊だからずっと一緒にいられるしね」
……いいぜ」
「えっ」
 ファルクの思わぬ返答にユーゴは声を詰まらせた。
「んだよ。お前が言ったんだろ、自分にしとけって」
「ダメだよそんな簡単に……
「っ、簡単なわけあるかよ……
 右手で顔を覆ったファルクの口からかろうじて出た声は引き攣れたように掠れていた。ふう、と大きく息を吐いて冷静さを取り戻そうとする。
「お前が嫌なら、きちんとフればそれでいいだろ」
「困るよ、そんなの」
「オレだって悪いと思って……!」
「嫌じゃないから困るんだろ!」
 ユーゴの珍しく荒々しい、感情を剥き出しにしたような声に部屋がシン、と静まり返る。
「こんな、よくわからない力でファルクに好きになってもらったって、そんなのッ……
 ユーゴはくしゃりと自身の前髪を乱す。
「ファルクが僕以外の誰かを見るのは絶対に嫌だ」
 意志の強い声がはっきりとそう告げる。
「でも、好きじゃないのに僕を見るのも……やっぱり嫌だ……
 しかしはっきりとしていた声はすぐに小さくなり、ようやっと絞り出したように震えていた。
「ごめん、こんなときに自分のことばっかり。でも……
 きっと下を向いているのだろうことがわかるほど覇気のないユーゴの声に、ファルクは腹を括ってスカーフに手をかけた。
「ファル……ッ!」
 衣擦れの音に気づいたユーゴの両手が、勢い余ってばちんと音を立ててファルクの目を塞ぐ。
「わ、わかってるのかい!? 今目を開けたらどうなるか……!」
「なあユーゴ。オレは……お前を見たい」
 静かな部屋にファルクの声が低く響く。ユーゴの手のひらの下でファルクの瞳が瞬いた。小さく動く睫毛がくすぐったい。
「ファルク、それって……
 ユーゴの喉がごくりと鳴る。ファルクの目を覆っている手のひらがじわりと熱くなった気がした。
 ファルクは何も言わない。あとはユーゴ次第だった。
「どうなったって……知らないからね……
「変わらねえよ、何も」
 長い沈黙に耐えられなくなったユーゴが消え入りそうなほどの呟きとともにそっと手を離すと、閉じられていたファルクの瞳がゆっくりと開かれる。翡翠色の宝石が少しずつ姿を見せる様子は、まるで舞台の幕が上がる瞬間のようだった。
 その瞳に初めて映るのは──。
……ユーゴ」













・・・翌日・・・


「え? そんな矢あるわけないじゃない。まさか信じたの?」
 ほんの冗談だったんだけどアナタが血相変えて走り出しちゃったから説明できなかったのよね、といつもより一段低い声でラプラスが言い放つ。
「えええ!? 嘘だったんですかあ!?」
「まあ、いろいろ丸く収まったんならそれでいいけどお?」
 アメリーの悲鳴とラプラスのわざとらしいほどの笑顔に、ユーゴとファルクはただ顔を赤くして、ぐう、と押し黙る他なかった。
 さらにアメリーには「来賓室ならクロードくん一人でスカーフ外して自由にできるかなって思ったんだけど、二人で泊まってたの? やっぱり仲良しさんだね!」と悪意なく言われ、ますますいたたまれなくなるのであった。