ある日のこと、荒船の家に招待されて、恐縮しきり、という雰囲気で縮こまっていた時のことだった。
その日は、古い映画を見ようという事になって、はじめて荒船の家へ足を踏み入れることになったのだが、村上からすれば、そもそもそんなつもりではなかったのだ。
シリーズものの映画がリメイクされるにあたり、古い映画の方が気になる、と呟いたら、じゃあ俺の家に来いよ、とフランクに決まって、今である。
しかも、お決まり的に親は不在だと言われて余計緊張している。
通された荒船の部屋は、わりと規則性のある程よい荒れ方をしており、机の上に参考書と映画のパンフレットが入り乱れて置いてあったり、昨日飲んでいたのだろうお茶のペットボトルがあと少しだけ残しておいてあったり、実に生活感のある部屋だった。
「荒れてて悪いな」
「いや、綺麗じゃないか?」
荒船は特に恥ずかしがる様子もなく、適当に部屋の中のものを片づけるとベッドに座っていいぞ、と言いだす。そんな事を言われて、村上はさらに固まってしまった。
「
……」
そんな村上に気づいているのかいないのか、なんか飲み物取ってくるわ、と部屋を出ていった荒船に一人にされてしまい、改めて村上は首を横に振った。
村上が荒船を意識するようになって、そうだと自覚してまだ一週間も経っていない今、この状況はどうすればいいのだろうか。
荒船は何も知らないのだから、こちらがどれだけ気をもんだりしていたとしても関係ないのだけれど。
「
……はぁ
……」
思わずため息がこぼれた。
そもそもこの部屋は荒船の部屋だから、部屋から荒船の匂いがしていて、意識してしまう。
荒船の匂いだ、といっても別に臭いとかそういうわけではない。ただただ、傍にいると感じる荒船の匂いだな、と思う。
「炭酸でいいか?」
「あぁ」
足音が近づいてきたと思うと、荒船が当然ながら慣れた様子で部屋に入ってきた。
そのたび、村上に緊張が走る。
「俺の部屋に村上がいるのって新鮮だな
……」
「俺も、俺が荒船の部屋にいるの驚いてるよ
……」
「なんでだよ」
笑いながら、荒船は冷えたペットボトルを無造作に渡してくる。それを慎重に受け取って、これまた慎重に開けた。
シュワっという炭酸の独特の音がして、一口飲むと、この部屋に招待されてからずっと喉が渇いていたものだから、酷くおいしく感じた。
視界と思考がクリアになるような感覚がある。
「あー、悪いけど着替えるな」
「え、あ、う、うん」
そして何も知らない荒船は、これまた無造作に村上の前で制服を脱ぎ始めた。自分の家に戻っているのだから、着替えをする事自体に異論はない。これが荒船以外の誰かだったら、もちろんそう思えたはずなのだ。
荒船は手早く制服を着替えて、自分の勉強机の椅子に放り投げる。思わずその制服を、じっと見つめてしまった。
「
……制服に興味あんのか?」
「え?」
「いや、やたら見てるなと」
「あ、いや、えーと
…」
荒船の着替えを見ていられなかっただけだ、と。
そんなこと、口が裂けても言えない。
荒船に対して特別に意識している、という事はバレてはいけないのである。だからこそ、隣で突然着替え始めた荒船の姿を見ていられなかったし、だからこそ、椅子の上に放り出された制服に言葉もなく。
うまい言い訳も思いつかず、狼狽えていれば、荒船が冗談めかして問いかけてくる。
「着てみるか? 六頴館の制服」
「え」
「着てみたいのかと思ったんだが違うのか?」
「ち、違うっていうか
……」
この場合、どう答えるのが正解なのか。村上は酷く混乱していた。今でさえこの部屋のこの生活感と、荒船の匂いを感じてソワソワしているというのに、彼が直前まで着ていた制服を着てみたら、一体何が起こるか。
想像するだに恐ろしい。
だがそうやって狼狽える姿は逆効果で、図星だからこそ狼狽えているのだ、と受け取られてしまう。
違うんだ、荒船が好きで、だからこんな状況で彼の制服など着てみたら、たぶん卒倒してしまうかもしれない。
とはいえ、そこに断固たる姿勢を示せなかった村上は、流されるままに気が付けば六頴館の、ひいては荒船が直前まで着ていた制服を着る羽目になり。
「おっ、すげぇ! 違和感すげぇな」
「
……こういうのってコスプレって言うのかな
…」
やや現実逃避気味の言葉を漏らせば、荒船は満足げに笑った。
しかも、着替えようとするとそのままでいたら馴染むかも、なんて言うから脱ぐに脱げず。
結局、映画鑑賞が始まってしまい、村上は気もそぞろであった。何の拷問なのか
……と気落ちしていたところで、荒船が今度は村上の制服を学ランを手に取って、学ランを羽織ってしまった。
「なっ
……」
「似合うか?」
「
……い、違和感ある、かも」
思わずどもってしまった。
こちらが一方的に荒船の制服を着るだけでは飽き足らず、荒船が、自分の制服を着ている。
こんな事があっていいのか、と頭を抱えた。
「見慣れないからだろ? そのうち慣れる」
「そりゃなれるだろうけど」
こちらの気も知らないで、荒船の言葉に村上はため息をついてしまった。自覚し始めたばかりの自分にはあまりにも酷な時間だったな、と思い出すと、思わず肩を竦めたのだった。
さすがにどうにもフォロー出来ないくらい、この日の出来事は後々大きく爪痕を残すのだが。
この時の村上にはまだそんな事もわからないくらい、とにかく狼狽えたまま一日を終えるのだった。
そして、どうだった、映画、と聞かれた村上は、まともに回答も出来ず、荒船に変な顔をさせてしまったのだが。
これ、仕方ないよな? と、誰にともなく心の中でぼやくのだった。
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ひむり
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