kanaco
2025-07-19 00:02:50
3357文字
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【十二信】記憶にございません!

《十二信》未成立の十二信ですし、CPというよりはプインヤのベッタリ仲良しという感じです。様子がおかしいプイとそれに困ったンヤの、ほのぼのとした何が起きるでもないある日のおはなし。

阿七冰室の一角。

スペースを借りて帳簿をつけていた信一がハタと手を止めたのは、背中にズッシリとした重みと、お腹に回ってきた温かい手のひらを急に感じたからだった。フサフサした前髪が右の耳に触っている気配がする。息遣いも含め、声はしない。まるで気配なく、しかし後ろからしっかりと抱きつかれているのは確か。

うーんと不思議に思って、信一は考えるように天上を見上げた。龍城第一刀に気軽に抱きついてくる男などこの世には1人しか存在しない。酔っぱらいとかは別だけどいや酔っぱらって誰彼かまわず抱き着いてんのは俺か、などと取りとめのないこと考えていると、腹に巻きつく腕の力が少し強くなった。

信一はペンを机に置いて、パシパシと腕を叩いた。

「どうした?」

返事は返ってこない。

「黙ってたら分かんねーんだけど?」

………

信一は天上を見ていた瞳を訝し気に瞬かせた。

——大体、コイツいつからいたんだ。帳簿を書き始めた時は部屋にいなかったよな?

「十二?」
「なんかあったか?」
「機嫌が悪ぃの?」
「疲れてる?」
「じゃぁ虎兄貴に𠮟られたか?」
「仕事で失敗?」
「誰かとケンカした?」
「イジメられたならやり返してやるぞはさすがにねーか」
「お腹空いてんの?」
「まさか具合悪いとじゃないよな?」

腕を後ろにのばして器用におでこを触ろうとすれば、信一の肩の上で十二の顔がゆるゆると上がる気配がした。前を向いたままなんとなくで額の場所へ手のひらを当てようとすれば、十二が自分からペタリと押し当ててくる。温かいけれども熱いわけではない十二の体温が伝わってきた。

「熱はねぇな」

信一はそう確信をして「じゃぁ何だよ」と首をクルリと後ろへ捻った。やっと十二と顔が向き合えば、視線がパチリと合う。

「あっ!」
そして合点が行く。


眠そ~。


ぼぅと信一を見つめ返す瞳はどう見てもトロンとして、今にもまぶたが落っこちそうだった。その表情は完全に油断しきっていて締まりがない。ただし本人は堪えているつもりらしく、完全にまぶたが閉じそうになった瞬間にピクリと反応してグッと見開くが、数秒も持たずにボンヤリするのを繰り返す。

「いやいやいや嘘だろ。眠いなら寝ろよ、子供かお前」
……今日、夕方一緒に出かけるって言った」

ゆったりとした声で、ついに十二がポソポソと返事をした。

「いいよ明日以降でも。買い物の予定だろ?逃げるもんじゃねぇし」
「逃げる。今日の夕方に仕入れで並ぶ新作の限定品ジャケット
「ああ~そうだった。でもお前その状態でバイクの後ろ乗れんのか。寝落ちと一緒にバイクから落っこちるだろ。いつから寝てねぇの?」
「昨日の夜、30分は寝たし」
「そんなモン寝たうちに入るか、8時間きっかり寝ねぇと不機嫌になる健康優良児めが」

でも寝た!っと十二は駄々っ子のように叫んだ。

……じゃぁ優しいオニーチャンの俺がお前の分も買ってきてやるよ」
「行く、全部試着してどれ買うか決めんの」
「無理だろ」
「行くったら行く」
「おいおいチビのイヤイヤ期じゃねぇんだから」
「自分でデザイン見るもん」
「お前、普段は俺に男が”もん”って言うなってバカにするくせに」
「行くの!」
「ムズがる幼児かよ」
「うぇ
「うわぁあ、寝不足で吐くな!」

信一がうんざりとした表情をすれば、およそ子供ではあり得ぬ腕の力がギリギリと背後から腹を締めあげてきた。ハグなんていう可愛いものを通り越し、あまりのバカ力に信一がイデデテテテッとこめかみに青筋を立てて悲鳴を上げ、力任せに腕を解いて捻り上げようとした瞬間。


おにーちゃん...。


蚊の鳴くような小さい声が聞こえてきて、パタリと悲鳴と抵抗を止めた。十二がスリスリと顔を信一にこすりつけてくる。

(コイツッ!!こんな時だけお兄ちゃん呼びを悪用しやがってっ!!)

心の中で悪態をつく信一がさらに思うのは、おそらく十二は数時間後にはこのやり取りをキレイサッパリ忘れるだろうということだった。

十二は周りが度肝を抜くほど程に寝つきが良い。そして寝起きも良い。そのうえ、どこでも寝ることができる睡眠強者だ。しかし反対に睡眠不足にはめっぽう弱かった。無理やり起きるというのが子供の頃から苦手だったのだ。

そして悪ふざけならとにかく、素である限り十二が自分を兄と呼ぶわけはない。だからこれは十二の脳の3/4は既に眠ってしまっていて、ただただ本能のままにムズがって口をつき喋っているだけだ。ひと眠りすればケロリとして「んなこと言ってねぇ!」とガルガル喚くに違いない。想像ができすぎて後で蒸し返すのも面倒に感じてしまう。

ただし、理性が寝てしまって本能のまま口を開いているということは、この少しだけ年下の友人が真っすぐに自分に甘えているというのもまた揺るぎない事実ではあった。それは小さい頃から大人たちに囲まれて過ごしてきた信一が、十二に対して唯一”お兄ちゃん”をしてやることができた当時の誇らしさを、今でもほんのちょっぴり刺激する。

だから十二に甘えられると信一は実はめっぽう弱いのだ。それは仕方がない。刷り込みだ。龍兄貴を筆頭とする年上の兄貴たちに惜しみなく愛情を注がれ続けて育った信一は、弟分には優しくするべきなのを知っていた。それに可愛いもんは可愛いのだ。

信一はハァ、とため息をついた。

「甘えんぼさんめ」

それから十二の頭をグシャグシャと無遠慮に撫でてやった。これは自分にする龍兄貴のマネだった。十二はいつもなら髪を乱すなと怒り出すはずなのに、もはや撫でろと言わんばかりにと自分からグリグリ頭を押しつけてくる辺り、本当に半分以上寝ているのだろう。こちらもひと眠りしたら鏡を見て乱れた髪に気がつき「ぎゃー!」と叫ぶに違いなかった。

「阿七ぁ~」
信一は隣のテーブルに水を運んできた年上の親友に声をかけた。ずっと信一と十二の様子を見ていた阿七は素直に嫌そうな顔をした。
「何だよ、まさか車だせって言うんじゃないだろうな」
「出して~」
「まだ仕事してんの」
「送るだけでいいから」
「お前なぁ」

ねぇ、お兄ちゃん。

信一の声に示し合わせたように十二が顔を上げて2つの首が揃って阿七を見たので、阿七はぐぐっと顔をひきつらせる。


おにーちゃん、お願い。


年下の友人たちの、ウルウルとした二人分の上目遣いが阿七を甘えるように攻めて、やがて諦めたように阿七は肩を落とした。しょうがねぇなぁ...と降参したように笑う。

「すぐには出せねぇぞ。出発は1時間後だ」
「車ならヨユー」
サンキューと信一はニッコリと笑うと、十二を纏わりつかせたままイスから立ち上がったが、十二の前にもう一度しゃがみ込んだ。実は給仕していた洛軍が寄ってきて「信一は何をしているんだ?」と阿七と顔を見合わせる。

「とりあえず、30分でも俺の部屋で寝かしてくる」

信一がそう言えば、まったく遠慮をしらない十二が当たり前のようにガバリと背中に乗ってきて、信一が「うぉ!?」と声をあげながら前に転びそうになった。それを寸でで堪えて”おんぶ”する姿勢で立ち上がれば、今度は十二の体重の重さに膝がヨレヨレと震えた。

「なんじゃコイツおんもぉ!俺が膝と腰いわすっ」
「信一、大丈夫か?俺が運ぼうか」
「アリガト洛軍、でも平気、ヘーキ」

十二が非協力的なのがいけねぇの!俺が非力なんじゃねぇからな!とムクれながら、無事立ち上がりヨイショっと体制を整えれば、もう完全に信一の背中であどけなく寝ているデカすぎる弟を見て、阿七が面白そうに笑った。

「大変だねぇ、兄ちゃんは」
「ホントだよ、でもまぁ俺はお兄ちゃんなんでね」

しょうがねぇよな、と信一はニヤリと笑う。

「洛軍、この姿よく覚えといてな~。たぶんコイツ、次に目を覚ました時にはこんなダダこねた記憶はないって言い張るぞ。だから洛軍が、優しい俺が甘えたな坊ちゃんをおんぶして運んであげてたって証言者な!」

そうイタズラっぽく言って、信一はそのままヨロヨロと自分の部屋に帰っていくのだった。