kanaco
2025-07-18 23:59:24
3045文字
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【洛信】誓い

《洛信》洛軍さんに恋する信一くんのキスチャレンジ。いや、洛軍のキスチャレかもしれない。両思いを気がついていた洛信がやっと覚悟を決める話。

眠れない。

信一は病院のベッドから1人抜け出し、夜空が広がる屋上へと出た。

九龍城砦奪還を成し遂げた信一たちは、喜びもつかの間、4人揃って病院へと放り込まれた。いくら彼らが若くて頑丈であるとはいえ、満身創痍だったのだ。

信一の体だってどこもかしこも痛んだ。傷は1つも癒えていない。頬の傷は残ってしまうかもしれなかった。無くなった指は酷く痛んだり、まだそこに指があるように感じたり、いつでも不安定だった。何よりこの3ヶ月ほどで起きた一連の全てについて、信一の心は追いついてはいなかった。ただ残酷にも時が進み事は進んで行くのみだ。誰の心が追いついていようといなかろうと、明日は、現実はやってくる。

九龍城砦の奪還は、非常に困難でありながら“由々しきただの第一歩”だった。これが終わりではない。王九打倒とは全く別の、九龍城砦復興と解体という大問題が控えている。信一の大切な仲間たちは件で多くが命を落とした。彼らは信一にとって家族のような存在であったし、それと同時に九龍城砦を支えていた。だから信一は残った全てをかき集め、ボロボロの状態で日々を耐え忍ばなければならない。

煙草が無性に吸いたかった。
病院に入った時、ライターと共に取り上げられてしまった。

仕方なしに深深とした空気を吸う。
口から細く長く息を吐き出すと、腹の底に溜まっている重苦しい感情が外に出ていくような気がした。でもそれは、ただの気の持ちようであることを知っている。

ちょっと油断をすれば、恋しいあの人を想ってしまう。一番の家族。誰よりも大切だった人。高い空に見えるあの月へと、指のない手を伸ばしたくなってしまうのだ。

誰かが近づいてくる足音がした。ゆっくりと振り向く。そこには陳洛軍がいた。

「お前、腹部をブッ刺されてるのに夜中歩き回ることあるか
そう呆れたように言うと、
「信一だって同じだろう。頭を割っておいて夜中歩き回るのは心配だ」
と言い返される。

ぐぐぐ、と言葉に詰まった信一はプイっとわざとらしく首を振ってまた空を見上げた。その動作のせいで少し頭がグラリと揺れる。洛軍が小さく溜息をついて信一の横に並んだ。めまいがバレているのだろう。それでも何も言わないのは洛軍の優しさだった。

屋上の柵に手をかけて2人で月を見上げる。
風すらも吹いてない、静かな夜だった。他に音がないせいか、まるで世界にポツンと取り残されたような錯覚さえ起きそうになる。そうな風に思って、信一は感傷的過ぎるか、それとも現実逃避すぎるかな、と自分を笑った。それでも。
(もしそうならば……隣にこいつがいるのは幸いだな)
信一は心の底からそう思った。
チラリと隣の男を見る。すると熱心に信一を見ている洛軍と目が合った。

(あー……
信一は狼狽した。

洛軍の瞳が、信一に対して真っすぐに「好きだ」と告げていた。
信一はそれに気がついていた。
そして信一の瞳は、洛軍に対して真っすぐに「好きだ」と伝えていた。
洛軍もそれに気がついていた。

ずっと前からお互いに知っている。直接言葉にしてこなかっただけだ。その必要がなかった。最初の出会いこそ苛烈であったものの、それからの信一と洛軍は一緒に穏やかな日々を育んできた。そのままで過ごす日々も心地よく、焦る必要などなかったのだ。変化や終わりなど考えつきもしなかった。だからお互い、いつ告げたって良かった。でも告げなくても良かった。それで変わるものはなかったからだ。

しかし、今や“状況”が変わったのだ。

洛軍が信一の方に体をちゃんと向ける。
信一の瞳を真っすぐにとらえ、信一にも逸らすことを許さない。
この男は、告げようとしている。信一にはそれが分かっていた。

しかし信一は耐えられずに、洛軍の口を手でふさいだ。

「まだ言わないで」
俺は今、絶対的な愛を与えてくれた人を失い、それが恋しいと嘆いてばかりなの。
もしも、告げられたらお前の足を掬うほど縋ってしまうかもしれない。
もしも、また失うことがあったら今度こそ耐えられないだろうと思う。
「今の俺にはその言葉は重すぎる」
言葉は魔力だ。鎖にさえなってしまう。お前の優しさに甘え切って、きっとダメなとこまで、お前に沈んでしまう。

「重いよ」
信一がフルフルと頭を振った。洛軍はそっと信一の手首を掴んでその手を外す。洛軍の目はそのままで、決して曲げる様子はなかった。やはり目を逸らすことを許さない、とても強い意志を持った瞳だった。

「すまない、信一。俺はそれでもお前に告げたい」
洛軍は凛とした芯を持って言葉を紡ぐ。
「この言葉がお前にとって重いのであれば、俺は告げたい」

あまりに静かな世界で、洛軍の言葉だけが信一の耳に届く。

「俺は自分が正しいと思っていることを否定されるのが大の苦手だ。頑固で我儘で勝手だ。結局やりたいようにやってしまう」
「洛軍、嫌だ」
「俺はお前が思っているような優しい男じゃないし、城砦の皆が思っているような温厚な男じゃない」
「なぁ、洛軍」
「だから俺は告げてお前が、俺にしがみついてくるのを期待している」
信一の瞳が揺れる。
「お前は必至なのに、俺に依存して欲しいとさえ思ってる」
「洛軍
「俺に溺れてくれればいいと思ってる」
……
「酷いやつなんだ」
……自分のことそういう風に言うのやめろよ。怒るぞ」
「卑怯なやつなんだよ、信一」

そうなってしまうほど、お前が俺の前から消えてしまう、そんな未来がくるかもしれないことが怖ろしい。

信一はやっと、洛軍から目を逸らした。
「それほど俺は弱ってるか?」
表情を失ったまま、そう問う。
洛軍の目には、今にも消えてしまいそうなのだろうか。それとも力が無いように見えるのだろうか。

洛軍は先ほど信一がしたようにフルフルと頭を振った。

「違う。それほど俺が愛している」
言わないで、と言っているのに洛軍は言葉にした。
「お前は強い。誰よりも強いよ。だから支えてやりたい」

洛軍が一歩、信一に近づいた。
信一の肩に手を置く。
洛軍の顔が近づいてきて、あと数センチ、唇まであと少しの距離で止まる。
洛軍は目を逸らさない。
信一も目を逸らさない。

「お前が許してくれるまでは、しない」
だから、決めて欲しい。
約束する。お前の傍にいる。お前をずっと守る。そしてお前より先に、逝かない。

「好きだ。俺をお前の恋人にして欲しい」

信一は、その言葉を受けて反芻した。
覚悟が。
陳洛軍の覚悟と同じくらいの覚悟が自分にはあるだろうか。
弱くなる自分が嫌であったのに、この手をとって強くなれるだろうか。

「洛軍」
名を呼ぶ。

「キスして」
決意を込めたような信一の声が、澄んだ空に凛と響き渡る。

洛軍の瞳が揺れて、やがて潤む。そっと唇が重なる。そのまま洛軍の腕が背に回ってきて抱きしめられた。唇が離れてもその腕は離れなかった。ただ、大事そうに、愛おしむように抱きしめられる。信一は洛軍の左肩に頭を置いて、うっとりと目を閉じた。

世界に、やっと音がもう1つ生まれる。洛軍の心臓の音だった。やはり2人だけ世界に取り残されたのかもしれない、と信一は思った。

「お前はやっぱり優しいよ」
信一はその耳に囁いた。

「なぁ、離さないでくれ」

洛軍のその腕に力がこもったので、信一はふんわりと嬉しそうに笑った。