匣舟
2025-07-18 23:00:55
3387文字
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恋人ごっこ

ワードパレットリクエストの鉢乱です!
川に涼みに来ている乱を発見する鉢の話です。
あまりタイトルと関連性がないんですが…
リクエストくださってありがとうございました🫶

恋人ごっこ


 太陽がジリジリと照りつけ、夏の風物詩である蝉がミンミーンと鳴いている。そんな中、乱太郎はひとり忍術学園の近くにある川に足を浸からせながら木陰で川の流れをスケッチしている最中であった。
「やっぱり木陰があると涼しいなぁ。」
 乱太郎はひんやりとした川の冷たさを肌で感じながら、指先で筆を動かした。日向があたる川の向こうでは組のよい子たちが水しぶきをあげながら、水遊びをして騒いでいる声が聞こえる。
 いつもなら乱太郎も一緒に混じって遊ぶのだが、今日は何だかスケッチがしたい気分だったのでこうしてひとりで木陰に座って川に足を浸からせながらスケッチをしているという訳だ。
「うん、我ながらいい絵だね。」
 乱太郎はスケッチがひと通り描き終わったのを確認すると川から足を上げて草履を履き直したその時。突然、背後から何者かに抱きつかれて視界を塞がれた乱太郎はびくっと肩を跳ねさせてしまい、思わず手に持っていた筆を落っことしてしまった。
「だ~れだっ?」
 背後から聞こえてくる声に乱太郎は聞き覚えがあった。この声は十中八九、あの人の声だ。いつも誰かに変装をしていて、悪戯好きでよく自分を驚かせてくる人の声だと。
「鉢屋せんぱぁ〜い。」
 乱太郎は自分の目を塞いでいる手を優しく握りながら、後ろに立っているであろう三郎にそう声をかけた。
「なぁんだ。もうバレたのか。」
 三郎はつまらなさそうな声でそう言うと乱太郎の目を塞いでいた手を退けた。乱太郎が振り返ると、そこにはやはり悪戯が成功して嬉しそうに笑っている五年ろ組の鉢屋三郎がいた。
「もうっ、鉢屋先輩ったらまた私を驚かせようとしたんですか?」
 乱太郎がいかにも怒ってますよ!という風に頬を膨らませながらそう言うと三郎はクスクス笑いながら乱太郎の隣に座った。
「いやぁ、学園長のおつかい帰りにたまたまここを通り掛かったら乱太郎がいるのが見えて。それで木陰で何してるのか気になって、ちょっと声をかけただけさ。」
 三郎はそう言うと乱太郎の頬にかかった髪の毛をそっと指先ではらった。
「それなら驚かさずに声を掛けてくださいよぉ〜!」
「掛けようとしたさ。」
 でもあまりにも乱太郎が真剣にスケッチをしているから邪魔しちゃいけないな。って思って一応描き終わるまで待ったんだぞ?と三郎はさも自分は悪くないといった様子でそう語った。
「もう、屁理屈ばっかり。……本当に鉢屋先輩はしょうがない人ですねえ。」
 乱太郎がやれやれといった様子でそう言うと三郎はフフッと微笑みながら乱太郎の汗をかいた額に張り付いた髪の毛を手でそっと払ってやってやる。その時に触れた彼の指先がとてもひんやりしていて気持ち良かったので乱太郎は無意識に、目を細めながら三郎の手に擦り寄った。
 まるで猫のような乱太郎の無意識な行動に、三郎は驚いたように目を見開くと頬をほんのり赤く染めながら少し顔を伏せて、あまりそういう可愛いことをするんじゃない。とボソッと乱太郎に聞こえない声量で呟いた。
 その言葉を聞き取れなくて首を傾げる乱太郎に、わざとらしく三郎はコホンと咳払いをすると乱太郎に尋ねる。
「それで、乱太郎は何をしていたんだ?」
「私ですか?私はこの川のスケッチをしていました!」
 乱太郎はそう言いながらスケッチした紙を三郎に見せた。三郎はそれを覗き込みながらへぇ。と感嘆の声を漏らす。
「やっぱり乱太郎の絵はすごいな。泳いでいる魚や太陽の陽射しまで、事細かに描かれてて絵じゃないみたいだ。」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます!!」
 三郎の素直な褒め言葉に乱太郎は照れ臭そうにえへへと笑った。そんな乱太郎を見て三郎はフッと柔らかな表情になると乱太郎の頭を優しく撫でる。それが心地良くて乱太郎はもっと撫でて欲しいと言わんばかりに目を細めた。そんな仕草をする乱太郎が可愛らしくて三郎は思わず口元を綻ばせる。
……ああ、なんて愛おしいんだろう。)
 乱太郎のことを好きになったのはいつか?と言われても分からない。ただの後輩だと思っていたのに気づけば好きになっていた。乱太郎とは委員会も違うからあまり接点がないけれど、乱太郎とよく一緒にいるきり丸と三郎が顔を借りている雷蔵が図書委員ということでそこから接点が生まれたのである。いつも自分が悪戯をした時にぷりぷりと頬を膨らませて怒ってきたり、またかと呆れ顔をしてくる姿がかわいくてついつい悪戯をしてしまうのだ。
 いつか悪戯をしすぎて愛想をつかされて乱太郎に嫌われても知らないぞ。と雷蔵に釘を刺されているのだが、本人を目の前にしてしまうといつも同じことを繰り返してしまう。これではいけないと思っているのだがなかなか止められなかった。
 自分がしていることが幼稚だと分かっているつもりだ。けれど、それでも悪戯をして乱太郎が怒ったり呆れたり笑ったりしてくれている時は今だけは自分を乱太郎は見てくれている。とほんのちょっぴり優越感を感じてしまい、辞められなくなっていた。
 恋とはなんとも厄介なものである。今までどうやって生きてきたのか忘れてしまうほどに乱太郎のことしか考えられなくなってしまうのだから。自分は恋なんてしないと思っていたのに。
 三郎は心の中で大きく溜息をつくと再び乱太郎に視線を向けた。そこには相変わらず無防備に自分に撫でられている乱太郎がいて、三郎は苦笑しながら乱太郎が無抵抗なのを良いことにそっとその小さな身体を抱き寄せた。
「へ?」
 突然のことに驚いたのか間抜けな声を出す乱太郎に構わずぎゅうっと力を込めて抱き締める。そしてそのまま乱太郎の肩口に顔を埋めた。
「は、鉢屋せんぱい?」
……。」
 不思議そうに名前を呼んでくる乱太郎に何も答えず、三郎はさらに強く抱き締めた。こんなところを他の誰かに見られたらどうしよう。などと考えることもなく今はただこの温もりを感じていたかったのだ。
 乱太郎の体温や匂い、そして呼吸音。すべてを感じ取りたくて三郎はゆっくりと深呼吸をする。すると次第にドキドキと心が跳ねる速度がが速くなっていくのが分かった。
 それは恐らく自分だけではなく乱太郎も同じだろう。現に今だって乱太郎は驚いて固まったまま微動だにしていないのだ。きっと今の状況を飲み込めていないに違いない。
 しかし、三郎にとっては好都合だった。このまま時が止まってしまえば良いのにと思うぐらい幸せな時間なのだから。
 暫くそうしているうちに三郎は満足したのかゆっくりと体を離す。そして改めて乱太郎の顔を見ると乱太郎は顔を真っ赤にして俯いていた。三郎はそんな乱太郎の姿を見て小さく吹き出したあと優しく頭を撫でる。
「悪い悪い。つい乱太郎がかわいくて抱きしめてしまったよ。ごめんな。」
 三郎は悪びれもせず謝罪の言葉を口にする。乱太郎は恥ずかしさからなのか何も言わずに黙っていた。その反応が面白くてつい調子に乗ってしまいそうになるがなんとか堪えた。三郎はそんな乱太郎に手を差し出して立ち上がらせると木陰から出て歩き出した。
「さてと。は組のよい子たちも帰る準備をしているし、俺たちもそろそろ帰ろうか。日暮れも近いし早く帰らないと夕飯食いっぱぐれるぞ。」
……うぅー。」
 先程の事がまだ尾を引いているのか乱太郎は赤くなった顔を両手で覆いながら唸り声をあげた。そんな乱太郎にクツクツと喉奥で笑いながら三郎は乱太郎の華奢な小さな手を握った。
 そして指を絡めとって所謂恋人繋ぎというものをするとニヤリと意地悪く笑う。
「はははっ。乱太郎ったらほんと可愛いなあ。」
 三郎が揶揄うようにそう言ってやれば乱太郎は更に顔を赤くした。
「か、からかわないでくださいっ!!」
「はははっ!別にからかってるわけじゃないんだけどなあ。」
 三郎は乱太郎の反応を楽しみながら手を握ったまま歩き出した。乱太郎は恥ずかしいのか終始無言で俯いている。
 そんな乱太郎を見て三郎は満足気に微笑むとギュッともう一度強く乱太郎の手を握った。あんな無防備な姿を見せるのは俺だけであってくれ。そして、ああやってお前を抱きしめるのも俺だけであってくれと願いながら。

ワード:水遊び・跳ねる・華奢