syanpon
2025-07-17 22:54:05
2819文字
Public
 

『いや俺もお前のだよ馬鹿』

オトスバ
現パロ
俳優パロ

 「む、無理ですって!」
 人通りの少ないスタジオの通路から弱々しい抵抗の声が聞こえてきた。
 野次馬八割の感情で足を進めれば知らないおじさんにこれまた知らない灰髪の青年が腕を掴まれている場面にスバルは出くわす。
 
「す、スーウェンくん、ちょっとだけ、ちょっとだけおじさんとご飯行くだけだよ。な、何にもしないから……ハァハァ」
「あ、あうあう、ほ、本当にやめてくださいって!気持ち悪い!」
「うわあ」
 思わず心の底から引いた声が出た。
 これはいわゆる芸能界でいうところの枕営業の強要現場的なものではないだろうか。俳優として駆け出しのスバルは犯人役としてのキャスティングが多いくらいに人相が悪い。
 そのためそういった話に全く縁はないのだが、他人の現場を見るのもなかなかキツイものがある。
 まさか本当にあるとは。
 これがあるなら口裂け女もツチノコだっているかもしれない。現実逃避。
 密閉されたビルの廊下はよく響く、故にスバルのこのドン引きの声もよく通った。
 「あ」
 「あ……。ん゛ん゛! じゃ、じゃあ私はこれで」
 青年を解放した男は気まずげな様子でスバルに背を向けて去っていく。え、あの巨体で走るのめっちゃはやいな。
「あー、大丈夫です?」
 目の前の青年に手を差し出すと目尻にほんの少し涙をうかべ、人好きのしそうな笑顔を見せた男はスバルの手を取り礼を言った。
「助けていただいてありがとうございます……
「いや俺なんもしてないけど」
「いやもう、急所を蹴飛ばすか握り潰すかしないとダメかと思ってたので……
「ひぇ」
 何はともあれ助けてもらったのでお礼はしますよ、そう言ってまた照れくさそうにスバルに笑いかけてくる。
 これがオットーとの出会いだった。

「なんか初対面の時からだけど、お前変なのに好かれすぎじゃね?」
「僕だって好きで好かれてるわけじゃありませんよ!」
 知り合ってから数年経った今でもオットーはちょくちょくよくない誘いを受けている。スバルが見つければ間に入ってやるのだが、何度も経験すればなれるのかオットーもうまくかわしているようだ。
 
 自分の分のコーラとコーヒーを開けたままのクッキー缶やリモコンが置かれている机に置き、オットーの足元に座り込む。そのまま下からその顔を覗き込み文句をつけた。
「オットーってよく見たら顔がいいのとなんかふわついてるからいけると思われんの?そのふわふわやめたら?」
「無茶振り!」
 ゴン、と頭をオットーの膝にぶつけ、ぐりりと頭を擦り付けてやる。存外自分らしくもない拗ねた声が溢れた。
 
「もう、お前は俺のなのに」

 するりとスバルの顎下から頬にオットーが指を滑らせる。離れて行こうとした頭を指先で留め、自身の足にそのままもたれかけさせた。さっきと違って不貞腐れて、でも不思議そうに自分の顔を覗き込む恋人の姿に愛しさと可笑しさが込み上げて自然と口角が上がる。
「はい、僕はあんたのもんですよ」
「ん……
 開けたままの缶からクッキーを取り出し、スバルの口元に持っていけばそうされることが当たり前だというように口を開きそれを迎え入れる。
 (可愛い……
 嫉妬の対象に対しては待ったをかけたいところであるが恋人が自分に甘くもたれ、オットーによる甘やかしを享受しているこの時間が何者にも変えられないほど大切だった。咀嚼するたびに小刻みに動くつむじと思ったよりも長いまつ毛を見つめていると手のひらをペロリと舐められその刺激に肩を跳ね上げた。
 クッキーを口内に納め切ったスバルがオットーの指先を甘噛みする。痛みすらなく爪先にエナメルの感触。
「あ」
 スバルは雛が餌をねだるように口を開けた。
「あんたねえ……
 しょうがないなとその口に菓子を運んでやる自分も大概毒されている。
「これも枕営業なんかな」
「恋人に対してそんなことあります!?」
「いやほらこの体勢。擬似的膝枕なわけじゃん」
 5枚ほど腹の中に収めたところでスバルが口を開く。ぐりぐりとはじめのようにオットーの膝頭に擦り寄ってくる顎を掬い上げ、口端に残ったクッキーのカスをペロリと舐めとってやる。スバルはおかしいくらいにピタリと動きを止め耳まで赤くしてオットーを見つめる。
「ふふ、僕の膝は高くつきますよ?」
「ば、ばかやろう……!」
 昔はこれで5分は固まっていたのにこれはうるさくなりそうだ。
 今度は口を塞いでやろう。

***

「何しようとしているんですか?」
「す、スーウェンさん……?」
 最近バラエティでよく見かける男だ。緩くウェーブを描く灰色の髪に甘いマスク。
 一転し高い演技力とコミカルなリアクションもできる使いやすい俳優。
 男にとってのオットー・スーウェンの印象はその程度であり、それもまた間違ってはいない。
 ただカメラを通さない男の瞳はこれほどまでに深く、冷たい青をしていたのかと、ただ声をかけられた。それだけなのに男の背に冷や汗がつたった。
 ニコリと笑いかけられるその笑顔ですら今は居心地が悪い。
「ああ、僕を知っているんですね。自己紹介の手間が省けました。ナツキさんとも親しくさせていただいておりまして。あなたは前の現場で一緒だったとか」
 一歩ずつ距離を縮められる。地下駐車場にオットーの靴音がこだまする。
 それだけなのにひどく息苦しい。狭い水槽に閉じ込められているような閉塞感。
 蛇に睨まれるとはこういうことを言うのだろうか。
「前の現場ではグループラインしかないと聞いていたのですが……。貴方、ナツキさんと特段親しくされる必要なんてなかったですし仲良くもないですよね?」
 褒めてやれば照れくさそうに笑う姿がちょっといいなと思っただけなのだ。
 それなのに自分の誘いを断る姿が生意気だと思っただけなのだ。
 だから、だから何も悪くないはずなのに。
 白く長い指先が男に向けられる。
「選んでください。ナツキさんの連絡を消すか……僕に消されるか」
 
 去っていく男の後ろ姿をずっとずっと眺め、見えなくなったあと、オットーはしゃがみ込み自身の髪をグシャリと混ぜて大きくため息をつく。
「これで何人目だ……
 恋人が鈍感すぎるのがよくないのかもしれない。でも鈍感すぎるくらいが傷つきやすいあの人には似合いなのかも。

 わがままを言うのなら共演者がスバルに触れるのだって嫌なのだ。恋人役なんてずっと一生やらないでと恥も外聞もなく騒ぎ立ててしまいたいくらいには。
「嫌になるな……

 でも全部欲しくなってしまったから。
 全部奪って攫ってしまいたいと思うけど。
 好きなものに一直線で陽の光を浴びて無邪気に笑う、自由な星をそのままに欲しいと思ってしまったのだ。
 だから、だけど。
 
「ちょっとだけ摘むくらいは許してくださいね」