40_umanira
2025-07-17 05:44:57
1496文字
Public
 

Gummy bear

アベンシオ ss

「あれ、もう帰ってたんだ」
 連勤と連勤の間に挟まれた休日の昼下がり。次の数週間を生き延びるための買い出しから帰宅したアベンチュリンは、荷物で塞がった両手に代わってつま先で器用にリビングのドアを開けてキッチンへ向かおうとしているところだった。その道すがらちらりとリビングに目をやると、こちらに背を向ける形で置かれたソファから見慣れた藍色が顔を覗かせていて声を掛けたのだ。
 返事がないのをみるに、おそらく本でも読んでいるのだろう。ひとまず袋にパンパンに詰めてあったレトルトや飲料水をパントリーに押し込み、手袋や装飾品を外してからシンクで手を洗うとレイシオの元へ向かってソファ越しに軽く腕を回した。一緒に住むようになって随分と経つが、仕事の都合で長らく顔を合わせないことも多い。メッセージでのやり取りはあれど、こうして起きている状態の恋人に会えたのは一週間ぶり、その上互いに休みの状態となると更に久しい。
「今日は人と会う用事があるってきいてたから一日いないんだと思ってたよ」
 言いながらアベンチュリンは未だ手元の本から視線を外さない男の左頬に軽くキスをする。その拍子に鼻先が眼鏡のツルに当たったのだろう、レイシオは栞代わりに親指を挟んで一度本を閉じ、あいている方の手でかけていた眼鏡を外した。それを了承と受け取ったアベンチュリンは唇目掛けて再び顔を近づけたが、ふと異変に気づいて動きを止めた。
レイシオ、なんだか甘い匂いがする」
 行き先を変更して彼の横髪に鼻を埋める。すん、と探るように鼻を鳴らすとレイシオが鬱陶しそうに身を捩った。
「嗅ぐな」
「ここからじゃないな。なんだいこれ、香水じゃないよね? 美味しそうな香りだ」
 怪訝そうに眉を寄せながら隣に腰掛ける恋人を見て話が長引く気配を感じ取ったレイシオは、ため息をつきながら諦めたように本から指を抜いてそれを脇に追いやった。
グミを食べたからだろう」
「グミぃ? 君が?」
「不可抗力だった」
 レイシオは甘いものが嫌いなわけではないが、グミや飴のような腹の満たされない菓子類をすすんで食べるタイプでもない。ただ、今日会いに行った相手が学生時代の恩師で、招かれて向かった邸宅で迎えてくれた未就学児の御令孫に歓迎の意を込めて渡されては……しかも手ずから一粒を掲げられてしまっては、膝を折って大人しく口を開く以外の選択肢はなかったのだ。
「このぐらいの小さい、熊のような形の
「ガミーベアってやつだね。あはは、見たかったなぁ、君があーんされるとこ」
「何が気に入ったのかわからないが、結局帰るまでに十粒は食べさせられた」
「その年で美丈夫へのあーんを経験したらクセにならないか心配だけどしかしどおりでしっかり香るわけだよ」
 そう言ってアベンチュリンは今度こそ身を傾けてレイシオにキスをした。やはり甘い香りが鼻を抜けていくのを感じながら、丁寧に口内を精査して、名残惜しげに離れていく。五秒にも満たないそれではあったものの、触れる程度で終わると思っていたレイシオは意表をつかれてほんのり頬を紅潮させていた。
「ふふ。残念、流石に何味かまではわからなかっ痛っ!」
 レイシオは脇に置いてあった分厚い本の角でアベンチュリンの頭を小突き、書斎に本を戻しに行くべく立ち上がった。おしゃべりな恋人が隣にいては集中できないだろうし、せっかく休みが被ったなら話に付き合ってやらないでもないと思ったからではあったが、「レーイシオ、怒った?」と背後から伺うように声を掛けてくるそのさまが愉快なので、そういうことは教えてやらないのだった。