長いロード時間が必要なようだった。モーディスは腕を組んだまま、3Gどころかダイヤルアップで回線を繋いでいた時代のように考え込んでいて、何度か目を瞬かせたかと思えば、なるほど、とか、そういうわけか……、とか、ふむ、とか呟いている。多分、呟くたびに途中までロードが完了するのだろう。33550336回分の記憶だ、そう簡単に飲み込めるとは僕も思わない。僕だって継承するたびに頭がおかしくなりそうになっていたし、頭が割れそうな痛みを抱えていた。幸いにもモーディスは痛みに強い方なので、時々眉を寄せるだけで済んでいるようだった。
ナヌークに傷をつけ、僕の体が魂ごと超新星爆発を起こしてから、果たしてどのくらいの時間が流れたのか自分でもわからない。時間の概念が希薄な場所にいて、それはキュレネの歳月の力がまだオンパロスを守っているからじゃないか、と何故か思った。
星空の下のような、流星の中のような場所で目覚めた僕の隣には何故かモーディスがいて、今は二人でそこを歩いている。他のみんなの姿は星々の中にちらちらと見えていたが、どうして同じ場所にいないのかはよくわからない。
唐突に「長すぎる」と溜息が落ち、モーディスが僕をじっと見る。モーディスの金の瞳にはちらちらと波のようにノイズが走っていて、それがなんだか綺麗だ、と思った。
モーディスの視線は僕の持っていたボロボロのヘリオスに向かい、今更気まずくなってそっと消す。消す必要はない、とモーディスが鼻を鳴らし、悔しそうに「俺にも時間があればな」と言う。
これで俺に勝ったと思うなよ。隣のモーディスはあくまで偉そうで、じろりと僕を睨むと、「転移で背後を狙うのはズルではないのか?」と妙に真っ当な文句を言う。
いや最初はちゃんと正面から行ってるじゃないか。君をその、刺した33550336回分全部、そうしてる筈だけど。変な言い訳だ、と思ったが、言わないわけにはいかなかった。
だって君はしぶとすぎるから、なりふり構ってられなかったんだよ。でも本心からそうしたかったわけじゃない……、とかなんとか、しどろもどろに呟いた僕に、ふん、とモーディスはやっぱり不愉快そうに鼻を鳴らす。ぱちぱち、と瞬きをしたモーディスの瞳にはもうノイズはない。どうやら読み込みが完了したらしい。
お前に弱点を教えなければ決着がつかなかった筈だ。これで勝ったと思うなよ。僕の穴の空いた胸を拳でドン、と強く叩き、今更の負け惜しみを言う。33550336回君を殺して、何度も図書館を焼いたのに、それしか言いたいことはないのか? 他に言うべき言葉がある筈なのに(例えばごめん、とか)、僕の口は昔、オクヘイマで君と肩を並べていた時と同じように、憎まれ口をきいてしまう。
君が常勝を祈るって言ってくれたんじゃないか。なのにズルとか言うのはおかしいだろ。そう口にすると、「だが創造主とやらにはまだ勝っていないだろう」とまるで最期を見てきたかのように口にする。
あの光景は僕の「記憶」の中にしかない筈で、どうして知ってるんだ? と思わず声が出る。頭に血が昇ってる時の姿を見られるのってかなり恥ずかしいと言うか、なんと言えばいいのだろう、冷静になると怒ってる時の自分のことはあんまり好きじゃないかもしれない、と思う。
知らん。お前の戦う姿が頭の中に流れ込んできただけだ。おそらく他の黄金裔も今頃視ているのではないか?
平然とモーディスが口にし、それからちょっとだけ口角を吊り上げて笑う。オクヘイマで手合わせをしていた頃と同じような、楽しそうな笑みだった。
ようやくお前が真剣に戦うところを見られた、怒りで神に挑むところは俺と同じか、と満足そうに笑うモーディスの反応に「それってもしかして褒めてるつもりなのかい?」と複雑な気分で尋ねる。
さてな、とわざとらしく肩をすくめたモーディスが僕を置いて、遠くに見える扉の方にどんどん歩いて行ってしまう。あの扉の先に何があるのかはわからなかったが、どうにも悪いものではないような気がした。なんとなく。
次こそ転移して背後を狙うような真似はするなよ。片腕を失おうが正面から挑むお前の方が好ましい。
振り返って笑うモーディスの背中を見つめながら、うーん、と思わず唸ってしまう。できれば、もう君とは戦わずに会話がしたいんだけど。殺し飽きてるしね。
事実を茶化そうとするのは多分僕の悪い癖だろう。だけど、モーディスは僕に殺されたこと自体はそんなに興味がないのだろう、と感じていた。そもそも彼はいつだって、戦士にとって相応しい死に場所を求めているような気がした。
散々戦争で人を殺し、父親も殺した。そんな俺が柔らかいベッドの上で死ぬ運命にある筈もない。血生臭い戦場で死闘の末に斃れるのが似合いだとかなんとか、そんなことを遥か昔に聞いた覚えがあった。
次こそお前に殺されてやるつもりはない。仮面もつけずに真正面から必ず来い。……いや、火種は全て使ってしまったのだったか、それなら転移もできぬだろう。
一人で満足そうに頷くと、わかったな、と僕に向きなおり、腕を組んだまま、鋭い瞳で僕を睨みつける。僕はモーディスの顔を見つめ、少し考えたあと、口を開く。
そもそも「次」もこんな風に知り合えると思うか? 次は今までと違うんだ、どうなるかなんてわからないだろ。相棒はうまくやってくれるだろうし……。
モーディスは僕の言葉にきょとん、と目を瞬かせると、
「来世は俺の図書館に来いと言っただろう」と首を傾げる。
何度目だろうが、次は次だ。お前は勝ち続けて、必ず俺に会いに来い。
その言葉に、何故か涙が出そうになった。永劫回帰中のモーディスはいつだって僕が何をしているのかあまりよくわからないくせに、それでも僕を信じて送り出してくれていた。君の信頼は時々苦しくて痛いとずっと思っていたけれど、それってもしかしてもう一度僕に会いたいって言ってくれてたのか?
機会があれば許可するって言い方だったじゃないか、と言い返した僕に、「俺の許可を得たことが一度でもあったか?」とモーディスが言い返してくる。僕の脳裏にはゴルゴー図書館を散々焼き払った記憶がいくつもあって、だけどそれを、「許可を得ていない」と解釈するのはこの世で多分君だけだろう。
お前が負けてもいい相手は俺だけだ、次こそ俺にも奴を殴らせろ。
火種もないのに何故か自信満々に口にするモーディスが扉に手をかけて、「先に行く」と呟く。
それじゃあまた来世で。思わず呟いた僕に、ふん、とモーディスがいつものように笑う。
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