荻谷
2025-07-17 00:27:15
1017文字
Public
 

ありふれた日々

無機物にも嫉妬する峯くんの話

 例えば足を組んだり、頬杖を付いたり。人間なら誰しも癖の一つや二つあるものである。
 かくいう峯も、無意識のうちに足を小刻みに揺らしてしまうことがしょっちゅうだった。現に今も片足の踵を上げ、たん、たん、たん、と一定のリズムで床を叩いている。昔は咎められたりもしたものだが、今の自分を咎めるものなどそういないし、聞く気もない。
 例外を挙げるならば、自分のすぐそばで書類と睨み合っている男――大吾に咎められたのなら、足を切り落としてでももう二度としないと誓う。ふと横目に大吾の姿を拝む。
 数分前と変わらず、シンプルだが、品の良さを漂わせる黒のペンを片手に、高く積み上がった書類と向き合っていた。
 すんなりとした指に収まったペンが休むことなく、一定のペースで走り続けているのを確認してから、ゆっくりと視線を上げていく。
 伏せられた長い睫毛が頬に影を落とし、艶やかな唇が時折きゅっと引き結ばれる。大きな窓から差し込む陽を背にする彼の姿はきっと、どんな画家も描けないほどに美しい。
 もう一度大吾の手元をちらりと盗み見て、峯は息を吐いた。仕事中の峯の心を何より落ち着けるのは、彼があのペンを手にしているという事実である。大吾が愛用しているペンはいつか峯が彼に送ったものだった。傷一つ付いておらず、新品同様の艶を見せるペン軸は、大切に使用されていることが一目でわかる。勝手に上がりそうになる口角を無理矢理下げ、胸の奥底から込み上げる大吾への気持ちを飲み込んだ。
 順調に書類を捌いていた大吾の手が不意に止まり、眉間の皺が一層深まる。やや間を置いてから、小さく唸り、ペンの側面で頬を叩いた。
 これは峯が見つけた大吾の癖の一つである。少しカサつき、窶れた頬を滑ったペン先は唇へと向かい、形のいい上唇を軽く捲り上げた。薄く開いた口から覗く歯は整った列を成し、白く滑らかだった。手が動く度に見た目通り、柔らかく形を変える唇に、いつの間にか釘付けになっていた。
「どうかしたのか?そんな怖い顔して」
 自身に向けられる視線に気づいた大吾が手元の書類から、峯へと視線を移した。
「いえ、羨ましいなと思いまして」
 峯は沈んだ声でぽつりと呟き、やや間を置いてから自嘲するように鼻を鳴らした。
 それから、なんでもないとでも言うように、手にしていただけの書類に目を通し始める。
 大吾は妙な様子の兄弟に首を傾げ、尖らせた唇の先にペンを押し当てた。