燐々
2025-07-16 09:34:03
7602文字
Public 出来た
 

特秀の香

イトリンさんで桃娘パロ

桃チャイナ服のリンさん可愛すぎて頭焼けた結果の展示物。

桃娘のリンさんと偶然出逢っちゃったライトさんの話
お楽しみ頂ければ幸いです。

余談ですが、書き進めてる途中で目隠しライトさんの創作物まで発表されて転げた記憶もあります。あの頃にはほぼ出来上がってたのでマジで息止まるかと思いました。


 死を間近に感じた時、本能的に腹が減る。
 行き倒れに近い有様でふらつきながらも、膝を着くのがどうしても気に食わない。だから、体をぶつけるように木へ凭れながらズルズルと地面へ座り込めば顔を持ち上げる気力が失せた。俯いて浅く息をしていれば切れた瞼から顎を伝って流れていく血の気配にだんだんと吐き気がしてくる。
……空きっ腹で…………死ぬのか」
 その飢餓感も、自分みたいな死に損ないには似合いだと目を細めれば赤い視界は少しずつ暗くなっていた。

「うわっ! ダメダメ!! ここで死んじゃったら色々困る」

 高い女の声に――甘い桃の香り。空腹のせいか美味そうに思える匂いと声に閉じかけた目を開ければ屈んで俺を覗き込む女の子がいた。
「えっと、とにかく口開けて! 死にたくないでしょ?」
……
 死にたくないかと言われるとよく分からない。ただ、ここで息を止めると困る人間が見えにくくなった視界の中にいるから、体の中に少しだけ残った気力で口を開いた。
 口の中に入れられたのは冷たい塊。噛めばじゅわと広がる水気を多く含んだ甘い味が喉を通って落ちれば、通った食道ががじわじわと熱を持って消えかけていた体の奥の火が勢いを増すような気がした。ただ、長く続かないその感覚がゆっくり消えるのと同時に俺の意識もふつりと消えた。

 ふっと意識が浮上して目を覚ました――筈が、視界は暗く目が開いた様な感覚がない。不思議に思ったまま体を起こすと、びきっと全身に引き攣ったような痛みが走る。その痛みに今の意識が現実だと教えられて、また俺は死に損なったのかと息を吐いた。
「あっ、起きてる」
 突然聞こえた声に反射で拳を握って音の方へ顔を向けた。ただ、見えない空間に人の気配だけがしてするする衣擦れる音と一緒に近づいてきた何かは俺の傍で動きを止めた。
「起きてて平気? どこか具合が悪いとかない? あっ、目が見えないと思うけどそれは包帯のせいだから他のところね」
……別に、どこも悪くはない」
 悪意を感じない声に握っていた拳を解けば口元へ何かを差し出される。すっと鼻を抜けていく甘い香りは気を失う前に感じた物と同じだ。視覚がないせいか鋭敏になっている嗅覚のおかげでそれが果物の桃だと分かった。
「桃か?」
「そうだよ。えっと……ほら、果物って食べると元気になるから!」
 町だと高級品として扱われる桃を「元気になる」の一言で差し出す相手は良い所のお嬢さんなのかもしれない。もしくは、そんな物を分け与えてしまうどうしようもないお人好しだ。そんなことを思いながら口を開けば、じわりとした甘い味が口に広がる。噛めば噛むほど甘味を増していく果肉を飲み込むまでの間に明るい声は「リン」と名乗っていた。珍しく頭に染みるように一度で覚えることが出来た二文字に自分でも驚きながら「ライト」と名乗りを返せば、彼女は何度か名前を呟いてから「ライトさん」と俺のことを呼んでいた。

 リンに拾われてから数週間。相変わらず取れない包帯のおかげで姿を見ることも叶わない相手はおそらく歳若い女の子のはず。そして、屋敷にでも住んでいるお嬢さんかという予想は外れて、彼女が暮らしているのは立て付けの悪い扉がある小屋だった。
「ライトさんって包帯の下からほんとは見えてるんじゃない? ってくらいするする歩くよね」
「ずっとこうだと慣れてくるもんだ」
「ふーん」
 朝と夜に決まって差し出される桃を食べながら、いつまで食べても飽きがこないこの果実を不思議に思う。生きていくのに困らなければ味に拘りがないとはいえ……ほんの少し妙だとは思う。水気と甘味しかないような果肉だけを食べているのに体が衰える気もしなければ、腹も十分満足するくらい満たされる。そんなことが有り得るかと言われると正直怪しい。ただ、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれるリン自身からも甘い桃の香りがするせいで、妙な力を持った妖怪にでも拾われたんじゃないかと適当な納得をしていた。
 ――どうせ、彼女に拾われなければ今頃消えていた命でしかない。
 気紛れな妖怪の悪戯だとしても、生かされたことに間違いはない。だから、リンから与えられるものを口にして生きることに不満を抱くことは全くなかった。
「そろそろ体を動かさないと鈍っちまいそうなんだが。こいつはまだ外せないのか?」
「昨日見た感じだともうちょっとかなぁ」
「暗闇ばっかりってのも飽きてきたな」
「あなたなら暗闇でも普通に動けそうだけどね」
 くすくすと笑う声を聞きくうちに、ふと思いつく。立て付けの悪い戸から入ってくる風が肌寒くなってきたせいで囲炉裏に火をつけている時間も多くなっている。そうなると必然的に増える薪を、おそらく細身のリンが用意するのは手間なはず。
「リン、薪を割る手は必要じゃないか?」
「うん?」
「あんたには毎日世話になってるんでな。恩返しに斧のひとつくらいは振らせてくれ」
 また一つ、口元へ差し出される桃を咀嚼する俺の目元を覆う包帯にそっと触れた彼女は「仕方ないなぁ」と言いながら小さく笑っていた。

 気晴らし以外に外へ出るのは拾われてから初めてで、気配が覚えきれていない小屋の裏までは小さな手に引かれながら歩いた。相変わらず桃の木が近いのか漂ってくる香しい匂いに気を惹かれつつ、随分季節外れなことだと感じる思いには目を逸らした。
「これが薪で、こっちが斧。ここに台があるからね」
「あぁ」
 俺の手首を掴んだ彼女が必要な物へ、ぺたぺたと触れさせてくれる。それの位置を覚えるのは簡単なことで二度、三度と斧を振り下ろす頃には見えているのと変わらない程度に体を動かす事が出来るようになった。
「やっぱり見えてるでしょ〜」
「あんたの姿をこれっぽっちも思い出せない程度には見えちゃいない」
……残念だけど私は普通の女の子だよ」
 強く斧を振り下ろす俺に拍手を送るリンの姿を見たのは一度だけ。しかも、霞んだ視界だったせいか朧気な輪郭しか彼女の姿は思い出すことは出来ない。
「まぁ、見えなくともあんたが良い子だってのはよく分かってるさ」
「ふふっ」
「なんせ、俺みたいな行き倒れを拾って世話するほどのお人好しだからな」
「拾ってお世話をしてるから薪割りに困らなくて済んだって考えると少し前の私には感謝しなきゃね」
「俺にも礼をさせてもらいたいもんだ……っ!」
 言葉と一緒に勢いよく振り下ろした斧は狙いから逸れることもなく強い音を立てて薪を真っ二つに割った。

 甘い香りと共に過ごす、暗闇の奇妙で穏やかな時間。薪割り以外にも掃除や洗濯をリンとするうちに独りで流れの用心棒をしていた時には感じなかった平穏の二文字を胸に浮かべることが多くなっていた。
 ただ、平穏なんて言葉は崩れるためにあるようなもので――その原因は蹴破られる戸の音と一緒に現れた。
 今晩にでも包帯を取ろうか。ほんの少し強ばった声でそう言うリンに言葉を返すよりも先に響いた騒音と男の濁声に体は咄嗟に動く。気配のする方と彼女の間に身を置いて拳を強く握る。平和に惚けて鈍ったかと思っていた自分の徒手空拳はまだ剣のままらしい。そのことに小さく息を吐いて感覚を澄ませば相手が複数いることも、背中に庇ったリンが小さく震えているのも手に取るように分かる。
「あんたら他人の家に入る時、敷居は跨ぐもんだって教わらなかったのか? ちょいと礼儀がなってないぜ」
「こんなおんぼろに礼儀が必要だって?」

 ――てめぇが庇ってる女が逃げてなきゃ今頃屋敷にいるような女だって知らねぇらしいな!

 煩く嘲笑う声はどうでもいい。ただ「逃げた」の言葉を聞いた瞬間に体の震えが大きくなる彼女のことだけが心配だった。
「リン」
……
「あんたは何も心配しなくていい」
 相手が持つ刀の鍔音、足を擦る音。全てを聞きながら目元を覆う包帯へ手を伸ばす。
「今晩、って約束はちょいと前倒しだな」
「ライトさん……っ」
 切羽詰まった彼女の声を振りほどいて、長く巻いていた包帯を取り払う。暗闇に慣れた目を開くよりも先に迫ってくる刃を気配で避けて相手の腕ごと折る勢いで叩き落とす。呻く声を頼りに振り上げた拳を真っ直ぐに振り抜けばいの一番に飛びかかってきた男の気配は派手な音を立てながら俺の前から消えた。
 慄く他の息を感じながら長く閉じていた目を開く。
 真っ直ぐに目を刺す白を光だと理解した。そして、少し遅れて眩む視界が徐々に定まり始める。
 振り向いた先にいる紺色の輪郭がはっきりとして、澄んだ瞳と初めて目が合った。
「あぁ……眩しいな」
 死にかけの俺を拾い上げた子は綺麗に熟れて光る果実のように艶のある可愛い女の子だった。

 仲間が倒れた分、興奮して怒声をあげながら飛びかかってくる男たちに意識を戻して順に伸していく。手練で命のやり取りをしていることは確かな腕前の持ち主ばかりだった。でも、どれも――俺の相手にならない。
 リンがいるから、殺しはしなくても暫く動けない程度に骨と内臓を狙って打ち込む拳が漠然と俺を斬ろうとするだけの刀相手に負ける理由がない。感じる気配を全て床へ転がして、ふっと息を吐いてから奥で隠れて様子を見ていたリンを抱え上げた。そのまま外へ連れ出せば既に星がうっすらと見え始めていた。空を見上げる俺の胸元を軽く突っついた彼女の細い指が次は森の方を指さして。小さな声に「あっち」と言われる。
 その指が指し示す通りに歩けば開けた場所に出て、夜なのに薄く輝いている気がする桃の木があった。
 彼女と初めて会った時に背中を凭れさせたような覚えのあるその木の下へ座ると、腕の中に収まっていたリンは静かに俺を見上げた。
「私のこと……聞かないの?」
「話したいってんなら聞くが、俺としてはあんたが桃の妖精だなんだと言われても大して驚かん」
「お、驚かないの?」
 驚かないと言った俺に目を丸くする彼女へ頷きながら柔らかい頬を指で軽く擦る。白くて、うっすらと淡い赤色を帯びる肌は本物の桃ようで改めて顔を見れば随分可愛い子だと言う認識にまでやっと意識が回った。ずっと傍にいたはずなのに初めてお互いが相手に見蕩れているような時間が流れていた。
 そして、その時間からふっと意識が戻れば妙な気恥しさを覚えて彼女から目を逸らした俺を追うように細い指が頬に添えられる。
「私、ライトさんの目がもう大丈夫だって本当はね……もう少し前に分かってたんだ」
……
「でも、目が合っちゃうとあなたがあなたじゃなくなるかもしれないし、私が変なのも分かっちゃうんじゃないかと思うと怖くって」
 甘い香りに引き寄せられて、見つめ合うと心を奪われる。それが変なことなのかと問われても上手い答えは浮かばない。ただ、こうして顔を見て何かに不安を覚えているらしいリンを見ると俺が護らなければならないと思うことだけは確かだった。だから、安心させるように背中へ触れて続きを待てば彼女は深く息を吸ってから意を決したように話を始めた。

 ――私は人間だけどちょっと変な育てられ方をしたせいで普通の女の子でもないの。桃娘って言われてて……生まれてからずっと桃だけ食べて生きてきたんだ。

「桃だけ?」
「うん。だから、私って桃の香りがするでしょ? まぁ、こんな感じでちょっと不思議な人間だからか私自身が変な体で――体液とか肉とか食べると不老長寿になるんだって」
 人間なのに話だけ聞くと妖精や妖怪と何ら変わらない存在。リンと出逢う前の俺が聞いても眉唾だと言って信じもしなかったに違いない話を疑う理由はなかった。むしろ、彼女と暮らしているうちに不可思議だと思っていたことへ理由がついて靄が晴れた気がしたぐらいだった。
「あんたがくれた桃で十分腹が膨れてたのもそれが理由なのか?」
「そうだよ。この子はちょっと特別だから」
 頭の上に広がる葉を見上げた彼女が手を差し伸べれば、その手の中へぽとりと落ちてくる甘い果実。まるで、御伽噺で語られるような光景を前にゆっくり瞬きを繰り返した。
「でも、ここに居るのもあいつ達に伝わっちゃったしそろそろ別の所に行かなきゃなぁ」
……あいつらは何だ?」
「貴重な私を買いたい偉い人ってね、この国にたーくさんいるの。あれは私を連れ戻して売りたい奴が差し向けてくる男たち」
 小さな口が桃を齧って、薄く笑みを浮かべるリンの目には軽蔑に近い影がちらついていた。そして、体液や肉に価値があると伝わる彼女が買われた先でどんな目に遭わされるのかは想像に容易い。流れ流れて彷徨ったあちこちで見たから、人に買われた女が辿る末路は特殊な能力が無くとも碌なもんじゃないとよく知っている。そんな状況に彼女が置かれたとして……この熟れた桃が白いままでいられるはずがない。
「永遠追っかけられて過ごすのもそろそろ嫌になってきちゃった。この子のおかげでここは長居出来たのに……残念だなぁ」
「行く宛てがあるのか?」
「頑張って探すよ。ライトさんも……その、元気でね!」
 どくりと心臓が跳ねる。彼女が素性を語ってくれるうちにだんだんと湧き上がっていた不安が当たった。
 ――リンは俺を連れて行く気がない。
 生涯一緒にいると誓った身でもなければ、金で雇われた訳でもない。それでも、心のどこかでこのまま二人で生きるのも悪くないと思っていた。そして、勝手な想いで彼女もそう思ってくれていると信じていた。

 ――そう思い込んでいたのもリンが桃娘だからか……

 彼女から離れ難い、離れたくないと思うのがこの甘い香りに魅了されているせいだったなら。
 触れたい、触れ合いたいと思う気持ちが熟れた桃へ手を伸ばしたがる男と同じじゃないと言い切れるのか。
 考えすぎるほど回ってしまう頭があれこれ考えて、黙る俺の膝の上から軽い体が離れていこうとする。膝に乗っていた体温が離れて、肩に触れていた手が離れていく。別れを告げる澄んだ瞳を――やっと見つめることが出来るようになったのに。
……嫌だ」
 離れていく体を強く抱き締める。離れた分を埋めるほど両腕を使って掻き抱けばリンが息を飲む音が耳元で聞こえた。
「俺は、あんたの姿を知らなくても役に立ちたかった」
……でも、匂いは分かってたでしょ?」
「視覚も嗅覚も、あって不安になるなら捨ててやる。俺が暗闇でもリンを守り抜けるって証明はさっきのじゃ足りんか?」
「な、何言ってんの!? 捨てちゃ駄目! 駄目だからね!?」
「あんたがそう言うならそうしよう」
「出逢った時も思ったけど、私が言わなくてもちゃんと自分を大事にして生きてよね」
 唇を少し尖らせてそう言う彼女の手が背中へ回される。そのまま柔らかく撫でられる感触に目を閉じれば、暗がりの中で聞いていた楽しげな笑い声に鮮明な笑顔が付け足される。想像じゃない世界にも色が着いて――このままこの色を手放すことだけはしたくないと気持ちが確かになる。
「俺が自分を大事に出来るようになるか見届けてくれないか」
「でも……私、普通じゃないんだよ?」
「ひとつ聞かせて欲しいんだがな。桃以外を口にしたらあんたは死ぬのか?」
「えっ?」
「食わずに育てられたからって、今後も口にしない理由になるか?」
 丸く見開かれる目が不意にきらりと輝く。そして、一度顎に手を添えて何かを考えたリンが顔を上げると、そこには想像よりもずっと可愛い満面の笑みが浮かんでいた。
「そうだよ、ライトさん! 色々混ぜて私自身に価値が無くなれば良いんだ! どうしてこんなに簡単なこと気が付かなかったのかな!」
 ぎゅっと抱きついてくる彼女の頭を撫でて顔を覗き込めば、やっぱりお互いに時が止まったと思うほどジッと見つめ合ってしまう。
「私は、ライトさんが自分を大事に出来るようになるか見届ける」
「俺は、リンに桃娘としての価値が無くなる日を見届ける」
 差し出される小指の意図を察して、細いそれへ自分の小指を絡めた。幼子が交わすような誓いの形に頬を染めるこの人は、他の誰かとこんな約束ごとすらしたことがないのかもしれない。
「あんた自身の価値を見つける旅に俺を道連れにしてくれ」
 小さな約束に、想いを混ぜて絡めれば受け取った人は甘い実になる前の小さな花が開くように可愛く笑っていた。



「ライトさーん!」
 手を振りながら駆け寄ってくるリンの片手には小包がひとつ乗っている。取っていた縁台の隣を手で軽く叩けば、そこに彼女はすとんと座った。にこにこと楽しそうに笑う彼女は小包を開くと宝物でも見せるように両手で掲げると俺の前に差し出した。
「じゃーん! 焼きたてのお団子です!」
「美味そうだ」
「うん」
 細い指が串の一本を取って、自分で食べるよりも先に丸い餅は俺の口元へやって来る。それを口でぱくりと受け取って食めば熱くて甘い味が口の中に広がる。薄く塩気も感じる甘だれはそれなりに好みの味がした。そして、隣で同じ物を食べて目を輝かせているリンも好きな味だったんだろう。
「美味いか?」
「団子はお米の味に近いし、もちもちしてて。たれは甘いのに塩っぱい! あと、焼き立てだからかな? 熱くて不思議な感じがする」
 口いっぱいにして満足そうに甘味を咀嚼をする姿は山で見かける小動物を思い出す。何を食べても新鮮さを感じるらしい彼女は既に食の好みがはっきりしてきていて、長くただの人間をやっている俺よりも味の感想が上手くなりつつある。あれこれ楽しそうにしながら食べる彼女に対して食に大きな拘りがない俺は相槌打つくらいしか出来ない。ただ、俺の反応に十分満足しているらしいリンは旅の最中に見つけた物は必ず二人で分けて食べると決めているらしい。
「リン」
「ん?」
 そんな風に体に桃以外の物を覚えさせている彼女に顔を寄せて、口端についた甘いたれを舌でちょんと舐めて取れば作られた味以外に――甘く絡まる桃の味がする。
「甘いな」
……そっか」
「ただ、リンの味もする」
「ふふっ、ライトさんがそう言うなら間違いないね」
 にっこり笑って手を繋ぐ彼女との関係は恋仲とも少し違う。でも、確認のように口付けて静かに人生を共にすると決めている俺たちは他所から見れば「普通の」恋人同士に見えているらしく、道行く他人が「お熱いねぇ!」なんて茶化しながら通り過ぎて行った。

 リンは未だに甘く熟れた桃の香りと味がする。ただ、俺が傍にいる限りこの桃を捥ぐことが出来る人間はいない。そして、この香りと味を知ることが出来る人間は――この先、永遠に俺しかいない。