ぶんどき
2025-07-15 12:15:40
2097文字
Public 依頼
 

地上の綺羅星

skebリクエストありがとうございました!
向日葵畑に行く男子高校生2人の話

 夏、真っ盛り。太陽は嫌というほどに燦々と、その光と熱を地球にもたらしている。夕方にもなればだいぶ涼しくなるものだと思ったが、今年の夏はそうでもないらしい。まだまだ暑い。橙色と群青色の絵の具が混ざり合ったような夕空の下、自分達は向日葵畑の中心にいた。





 午前放課からの帰宅途中、夜空が駅に貼ってある日焼けした向日葵畑のポスターを見て、これを見に行きたいと唐突に言い出したのだ。「行ってくる!」とくるりと方向転換し、改札に向かう夜空を追いかける。こうなったらあいつは何を言っても止まりやしない。そのまま電車に飛び乗って向日葵畑を目指した。
 長い時間、電車に乗っている。次第に乗客も減ってきて、がらんとした車両にこうして二人並んで座っているのはおかしな光景でもあった。走行音と僅かな揺れは時折眠気を誘うが、夜空は飽きもせずずっと窓の外の景色を見ていた。目的地の駅は寂れた無人駅だった。冷房の効いていた車両から降りた途端、蒸し暑い空気が身体にまとわりつく。簡素な改札を抜けると、古びた看板が向日葵畑への道順を示していた。恐らくこの近辺で見るところといったらこの向日葵畑しかないのだろう。
 日陰の少ない道路を数分ほど歩き、ようやく向日葵畑にたどり着く。こんな炎天下だというのに夜空の足取りは相変わらず軽かった。平日の昼過ぎということもあってか、自分たち以外に人はいない。休日はもう少し混むのだろうか。それとも、この向日葵畑をわざわざ見に来る人もそんなにいないのだろうか。駅で見かけたポスターは余程カメラマンの腕が良かったのだろう。実際に訪れると思ったよりも規模が小さくて、正直期待したほどではなかった。
 夜空の方をちらりと見やる。がっかりしていないだろうか。──いや、あいつが勝手にやって来て勝手にがっかりするのは自分の知ったところではないが。
……すごいな、螢! 向日葵がこんなにたくさん咲いている! ふふ、地上に落ちた星みたいでいいな」
 そんな心配は一瞬で杞憂に終わった。夜空は目を輝かせて向日葵畑に飛び込んでいった。
「あ、待てって!」
 身長がさほど高くない夜空の頭はすぐに背の高い向日葵たちに隠れてしまった。向日葵畑の中は迷路のようになっており、いくつも道が分かれている。夜空はどんどん先に行ってしまう。その背中が見えなくなる。そんなに広くないと思っていた向日葵畑が無限の迷宮のように感じる。
……あいつ、どこ行った?」
「おい、夜空! いるなら返事しろ!」
 姿の見えない夜空に向かって声を張り上げる。
「螢~~! ここだぞ~~~!!!」
 夜空の声がこだまする。声が聞こえた方向に向かうが行き止まり。夜空の姿もない。舌打ちをして引き返す。もう出口どころか入口すらもわからない。
 そんなやり取りをもう何度も繰り返す。それなのに一向に夜空には会えなかった。雲一つない空は次第に禍々しいほどに赤く染まり始める。逢魔が時、まさにそう呼ぶのが相応しいような空の色をしていた。──早く、早くあいつを見つけないと。そんな焦燥に駆られる。日が沈むまでにその手を取らないと二度と会えないような気がした。

 不意に、後ろから腕を引っ張られる。
 
「螢っ!」

 振り向けばそこには夜空が立っていた。手と手が触れ合った瞬間、一気に現実に引き戻される心地がした。
「ふう、やっと会えたな」
 夜空はホッとしたように息を吐く。
……ったく、また勝手にどっか行きやがって。置いてくところだった」
「螢はそんなことしないだろう!?」
「さぁな。ほらもう、帰るぞ」
「まずはこの迷路から脱出しないとだな! そうだ、また迷子にならないように今度は手を繋いでおこう!」
「はぁ? ……あーもう好きにしろ」
 遠慮なく手を繋いでくる夜空に呆れつつ、それでこいつがもう何処にも行かないならいいか、なんて我ながら甘いことを考えて。その手を振り解くことはしなかった。

 しかし、あれほど迷ったはずの向日葵畑はその後あっさりと出口までたどり着いた。今まで出口にたどり着けなかったのが不思議なくらいだ。改めて向日葵畑全体を見渡すが、やはりそんなに広くはない。一体自分たちは何処に迷い込んでいたというのだろうか。
 相変わらず人のいないホームで帰りの電車を待つ。夏の夜特有の生ぬるい空気が肌を撫ぜる。空を見上げれば夕焼けは深い青にのまれ、すっかり夜の空が天を覆っていた。
 一等星が強く瞬く。他の星々も負けじと煌めきを放つ。都会の喧騒から離れたこの場所は、いつもよりも星がよく見える。今にも零れ落ちそうなそれらを隣の夜空は楽しそうに眺めている。こいつの思いつきでここまで来なければ見れなかった星空だ。
「ここから見える星、とっても綺麗だな!」
……まあ」
 
 これだけ夜空に振り回されても結局放っておけない自分が憎らしい。
 憎らしいのに、今日も星の美しさは人類皆に平等で、変わることはない。
 だから、納得もいってしまうのだ。
 迎夜空という危なっかしい綺羅星から今もなお目が離せないことに。