Hizuki
2025-07-14 21:55:38
3806文字
Public あんスタ[零薫他]
 

紺碧を漂う宝石の行方

【あんスタ】零薫。海賊パロ、ピンチを零に救われる薫の話。設定ふわふわなので、細かいことを気にせず雰囲気で読める方向け。手離したくなくても、叶わない時が来るかもしれない。

人生の終わり、というものは案外あっけなく訪れるものなのだな、と思った。
両手首を縛る縄、そして輪っかにした同じものが自分の首にかけられていた。レバーの側に立つ衛兵はそれを動かす合図を、広場に集まった人々はその時を待っている。

俺が処刑される、その時を。

地面から数メートルのところに組み上げられた処刑用の足場の上に立っていると、随分遠くまで見渡せた。広場の向こう側では、ゆっくり沈みつつある太陽が水面を輝かせている。もう俺はあの海の上には戻れないのだと思うと、少しだけ寂しく感じられた。
原因は俺がやらかした失敗だった。とある宝石を取り戻してほしいという町の人の依頼を受けて、この町の領主の屋敷に忍び込んだ。元々あまりいい噂のない人物のようで、治安維持の対価としてそういったものを住民達から巻き上げていたらしい。そして、依頼の物を無事に取り返し、ついでにその場にあるには不釣り合いそうな、恐らく同じようなものをいくつか回収して逃げる途中で衛兵に見つかってこのざまだった。
物は全て仲間に預けて、俺はこう言った。
『俺の首を差し出すから、仲間は見逃してほしい』と。
それなりに俺の名は知れ渡っていて、首には賞金だってかかっている。依頼の報酬があれば仲間達は当面の生活に苦労することはないし、洞窟に隠して停めてきた船もある。ここから逃げてもいいし、手間をかけることになるけれど、親しくしている他の船に乗せてもらうという選択肢もある。
ひとまず交渉は成立して、俺は処刑を待つ身になった。

視線を広場の端から端へ巡らせる。思っていた以上に人々の表情がよく見えた。その中には悔しそうにこちらを見つめる俺の仲間達の姿も見える。妙なことを起こさないようにという牽制だろう、近くには衛兵が控えていた。旅の最後まで責任を持てない船長でごめんね、と心の中で謝った。
時計塔の針は刑を執行する時間の少し前を指し示している。カチッと針が動いた。あの針があと2度動いた時が俺の最期。残された時間が減っていく。短いはずなのに、不思議と長く感じられる。すぅ、と息を吸い込んだ。
視界の端で男が手を上げた。最後の針が動くのと同時に、終わりを告げる鐘が鳴り響く。手が振り下ろされるのと同時に俺の身体が宙に浮いた。縄が首に食い込んで息ができなくなる。意識が遠くなっていく中、ぼんやりと頭に浮かんだのは漆黒の中に輝く紅の宝石だった。それが何を意味するのかは分かっている。けれど、俺はもうその宝石を手離すことしかできないのだ。

くくく、自由な風を留めることなど誰にもできぬよ」

突然はっきりとした声が耳に届いた。知っている声に違いはないけれど、ここで聞こえるとは思えないもので。2度の銃声と共に息苦しさが消えたかと思うと、身体の浮遊感が消えた。途端に周りの音もクリアに聞こえ始める。地に足が着いてゆっくりと目を開けてみれば、レバーの側にいた者も含め、広場の至る所にいた衛兵達が倒されていた。

「一体何が

手が縛られた状態であることを除いて、自由に動けるという状態に頭がついていかない。状況が飲み込めないまま目の前の現状を眺めていると、広場のど真ん中を突っ切ってこちらに向かってくる黒い影が見えた。影は足場の前を固めようとした兵を蹴散らし、踏み台にして梯子を駆け上がってくる。

「おぬしはこんなところで死ぬ男ではないじゃろう、薫くん?」
「え、零くん!?」

そう言いながら零くんはナイフで首にかかっていた縄と手首を縛っていた縄を手早く切る。首から落ちた縄は結び目の上で千切れていた。おそらく零くんが撃ち抜いたのだろう。1発目で側の兵を、そして2発目でこの縄を。

「話は後じゃ。まずは一度ここを離れるぞい」

足元に落ちていた帽子を拾い上げると、俺の頭にそれを乗せた。零くんが言うことはその通りで、駆けていく背を追った。

助けてくれてありがと」
「ふふ、先日の借りを返したまでじゃよ」

追手を振り切って案内されたのは、零くんがこの町の拠点として借りているという少し古びた民家だった。テーブルの上の蠟燭に火を灯し、側の椅子に座るよう促される。縄で擦れてできた手首の傷の様子を見ながら零くんが言う。先日零くんが巻き込まれたちょっとしたトラブルの解決に俺が手を貸した。それの分、ということらしい。

「っていうか、何で零くんがここにいるの?」
「おおよそ薫くんと同じ理由じゃのう」
「なるほど。依頼で、ってことか」
「うむ。まぁ我輩の方はあの領主をどうにかするのに手を貸してほしい、という依頼なんじゃけど」

話を聞けば、零くんの依頼主はこの町の反領主組織のリーダーだそうで。表向きは支配を受け入れて従順を装っていても、実際はそれを壊す時を探っている者達がいた、というところか。カタ、と聞こえた小さな音はトレイが置かれた音だった。そこには小ぶりの黒い壷とガーゼ、包帯が乗せられている。

「確かに根本から片付けないとって感じだもんね」
「町に潜んで機会を窺っておったら、この騒ぎじゃよ」
「あ~もしかして計画狂わせちゃった?」

白い指が壷の中の薬を掬い、手首に丁寧に塗り伸ばしていく。もしかしたらもう既に行動を起こすための算段ができていたのかもしれない。だとすると申し訳ないことをしてしまったことになる。恐る恐る尋ねてみれば、零くんは首を横に振った。

「いいや、むしろ助かったくらいじゃ。おかげで動く契機になったからのう。まさかその中心におるのがおぬしだとは思わなかったが」
「あはは

俺としても零くんがここにいることに驚いてはいるのだけど、多分お互い様だろう。ガーゼを当てて、包帯を巻いていく。まずは右手を。そしてそれが済んだら左手を。包帯の端をしっかりと結んだかと思うと、零くんはそのまま俺の手を両手で包んだ。

我輩をひとり海の上に置いていくつもりだったのかえ」

視線を手元に落としたまま、ぽつりと零くんが呟いた。確認のような、問いかけのような小さな声だった。

いやいや、あんたひとりじゃないじゃん」

零くんの船はなかなかの大所帯だった。彼に信頼を置く人、彼に憧れている人、理由はそれ以外にもあるだろうけれど、俺の船より多くの人が彼の船に乗っている。その中の単語を拾って否定すれば、ぎゅっと手に力を込められた。まるで、俺の言葉を否定するように。

「そういうことを言っておるのではないと、分かっておるじゃろう」

声に柔らかく咎める音が乗る。互いに別の船の船長であることは間違いない。もちろん同じ財宝や標的を巡って競ったこともある。それでも、彼とは争うことよりも、背中を預けることの方が多かった。彼の元にいた蝙蝠を介して手紙で近況を伝え、時には互いが滞在している町に顔を出すこともあった。そのうちに信頼という枠を超え、ある時零くんは俺を『誰にも渡したくない、自身の一番の宝物』だと言った。

「船長としての行動だというのは重々承知しておる。我輩だってそうする」

それは俺にとっても同じことだった。仲間を見逃してもらう対価として、船長の責として自分の首を差し出すことに躊躇いはなかった。同時に『零くん』という一番の宝物を手離すことでもあって。

「じゃけども、我輩はおぬしがいない海にいたいとは思わないのじゃ。そんなのは棺桶で独り眠っておるのと変わりはせぬよ」

俺の手を浮かせ、まるで祈るように額を寄せる。同じ空の下、同じ海の上にいるということが、違う船にいる俺達を繋いでいる。俺がいなくなることを零くんは望んでいない。俺もまた望まない。

ごめん、零くん」
「分かってくれればよい」

謝罪の言葉を告げれば、零くんは声の調子をいつものトーンに戻した。

「万が一またこんなことをするようなら、捕まえて我輩以外の誰の手にも届かぬところにしまっちゃうからのう。心に留めておいておくれ」
「う~んそれは勘弁してほしいかな
どうしてもというのなら、我輩も共に紺碧の底へ連れて行っておくれ」

俺に釘を刺すという意味なのだろうけれど、冗談か本気かよく分からないことを続けられ、どう反応したものか困ってしまう。そんな俺を見て零くんも表情を和らげた。ただ、零くんなら本当にやるかもしれないというのは、ちゃんと覚えておこうと思った。

その、お詫びってわけじゃないけどさ、そっちの依頼俺にも手伝わせてよ」

今の俺達の間に明らかな貸し借りはない。けれど、零くんに心配をかけた、悲しませたのは紛れもなく事実だった。その分の埋め合わせを少しでもしたくて、手伝いを申し出た。

「おお、本当かえ?それは助かるのう」

そう言って頷いた零くんは俺の手を離して立ち上がる。部屋の隅の棚の引き出しを開けてこちらに戻ってくると、銃と小さな袋をテーブルの上に置いた。銃は零くんがベルトに差しているものと同じもので、袋の中身は言わずもがなだ。

では、久し振りに共に暴れるとしようぞ」

テーブルの上のそれらを手に取って俺も立ち上がった。互いに顔を見合わせて、ニヤリと笑う。蠟燭の炎を吹き消して外に出ると、町の方へ揃って駆け出した。時は零くんが最も力を発揮できる時間へと移り変わっていた。