前略、父上、母上。晋作は今日も後宮に捕らわれてます。
晋作こと高杉晋作が森長可の後宮に監禁されたのは一年ほど前のこと。
学者の息子であった晋作は躯は弱かったが頭脳明晰、容姿端麗であった。
学者は晋作の父のように太守の側役として王宮に上がるか、有力貴族の家庭教師、高等学校の教授のように家を離れて、寮や住み込みで働く場合と実家で生徒に教鞭を執る二種類に分かれる。
身体の弱い晋作は後者になると思っていた親戚から蝶よ花よではダメだ、もう少し市井を理解しなければ生徒に物事を教えられずに晋作が恥を掻くと助言された晋作の両親は、大市場の一等地を晋作のために用意しそこで商をさせることにした。
主に庶民が買い物する二等地には露店が多いが、一等地は貴族や上級市民も買い物をするため石造りの店が所狭しに並んでいる。
宝石を売るもよし、紳士服を誂えるならば職人をと両親や、「どこまで云っても親馬鹿ちゃりん」と半分呆れていた親戚も負債を抱えぬようにあれこれと商売について口を出したが、最終的に晋作は一等地にもかかわらず饅頭を売ることにした。
一等地で饅頭を売るのは流石にと両親も止めたが晋作には考えがあった。
大市場の近くには大浴場があり、風呂に入る前や後の空腹を満たす菓子があれば受けると踏んだのだ。
その答えは見事に的中し、すぐと両親に土地代を支払うことも出来たし大浴場に二号店を出すことも出来た。
そんな順風満帆な晋作が何故、後宮にいるかといえば森が他国の太守だからである。
この大陸を収めているのは現在魔王こと皇帝信長だが、その広い領地を一人で治めることは不可能、また戦で臣下となった王族もいるため反乱を起こさぬようある程度の自治を認めた。
太守とは遠い東国の体制であれば国主、ないしは藩主に近い存在だ。
晋作は最初から森が太守だと思って信じていた訳ではない。
欧州歌劇鉄板である身分を隠した王子が町娘をそそのかしたように森も身分を隠して街をうろついていた。
歌が上手い森は本人曰く吟遊詩人と偽り、色々な町を散策していた。
商売を始めて世間を知ったとは云え、箱入り息子として育った晋作にとって森の話は面白く、両親にも理解されない考えを理解したうえで否定もしてくれる森は晋作にとってかけがえのない存在となっていた。
吟遊詩人は一箇所に留まらない、ならば自分の手下として店を任せようかと考えていた晋作を攫ったのが森である。
いきなり籠の鳥にされた晋作は泣きわめき、森を嫌悪したが森は「オレは攫ったモンを手放さない」と着飾った衣装で淡々と答えたが、手放さないならば逃れるまでだと晋作は逃亡した。
ここで森の部下が出てきて晋作を手篭にする寸前、森が助けてくれたなら絆されてハッピーエンドになったかもしれないが、森の部下には主人に仇なす部下はいなかった。
後宮を抜けだし、警備の厚い大門でなく裏門から抜け出し家に国に帰ろうとすれば、狩りを終えた森と偶然出会し、苦労も空しく晋作はまた後宮に閉じ込められた。
森自ら薔薇水や蜂蜜で晋作を磨き、薬師も招いて虚弱体質の晋作の躯を改善、愛を囁いて躯の全てを余すことなく愛で、自分という存在を教え込ませているのに萎れていく晋作に森はどうすればいいか晋作に訊ねれば、カイホウしてほしいと答えた。
解放という言葉を上手く理解できなかったのか、皇帝に云わせれば鬼武蔵だから仕方がないなのか、森は晋作を解放せず代わりに後宮の一部を開放させ店を開かせた。
「太守様の機嫌は
……」
「そうだな、」
後宮に囲われている晋作だが、女物を纏うことは滅多にない。
くすんだ梅紫色のターバンには翠と白の宝石が規則的な模様で並んでいる。
腕まで繋がっているコルセットの上にはひらひらと深紅と勿忘草色の布が重ねられてはいるが、腹や踝には隙間があり白皙の肌が露わとなる
大市場で商いしていたときと同じようなこの国伝統の服装と島国の文化を織り交ぜた衣装は晋作のお気に入りである。
店と云っても晋作の店には商品は並んでいない。
役人と商人と後宮の女官が式典の打ち合わせや貢ぎ物を受け取る一室で晋作が、役人達に与えているのは森のご機嫌だ。
「狩りにも最近出ていないから、これくらいかな、」
「七
……もう少し話を聞かせて欲しい」
晋作の店に来た役人はそっと金貨の入った袋を差し出した。
「茶器が入ったからご機嫌ではある、八に近いがどうだろうね」
誰にでも分かりやすく菱形の石を使い森の機嫌の度合いを教えるが、たとえ石が最大値の十でもそれが狩りのあとの興奮が冷めていないのか、東国の珍しい茶器が届いてご機嫌なのかまで聞かねばならない。
森は暴君ではない、その証拠に治水整備、商を充実させる政策など様々な事を「やりたくもねぇ」と言いながら完璧にこなしている
ただ関所の番人が殺されたりしたので用心のために皆、晋作に機嫌を訊ねている。
「これはこれは晋作様、今日もお美しい
……」
「何しに来た
……」
役人や商人が森へ挨拶する時間は決まっている。
機嫌というのは一瞬で変わるものなので鮮度が大事だ。
なので謁見を過ぎて店を開いていても意味はないので、晋作は時間が来ればさっさと店を閉める。
「いや挨拶に伺ったまで、機嫌を教えるだけで商売が出来るとは
……まぁ天気と違って機嫌なら貴方でも操れますからね」
後宮で森の寵愛を受けているのは晋作一人だけだ。
古今東西、娘を差し出して出世を目論む父親は多い。
嫌みを含めて話しかけてきた男もその一人だ。
「どうかな彼は気まぐれだから、」
「ほほ、ご冗談を、貴方の笑顔一つで太守様のご機嫌は忽ち良くなり
……」
「言いたいことがあるなら、さっさとしてくれ、僕は忙しいんだ」
美姫がいない後宮は晋作の独擅場だ。
世話役の阿国がいるほかは後宮だというのに男ばかりだ。
この男達は晋作が現在教育や得意分野を伸ばしいずれは国の役に立つ精鋭にしようと鍛えている。
森に愛でられていてまだ男が足りないと揶揄する者がいるが彼らは晋作をあがめ奉っているので手を出すことはない。
どこぞの国のように皆同じような格好にさせても文句を言わずに学び、働いてくれている。「太守様のご機嫌をどうかもう少し上げていただきたく、そのためには財を惜しみません故、どうか」
役人は晋作に鍵を渡すとにんまりとゲスに微笑む。
この鍵は役人が保有する倉庫の鍵でそこにあるモノはすべて自由に使っていいと耳打ちしてきた。
「そうか
……機嫌が取れるかは分からないがありがたく受け取っておこう」
嫌いなヤツだが森の国が腐敗すれば、それは大陸全体に広がる恐れがある。
故郷を守りたい晋作は森に賄賂を受け取ったことを伝えることにした。
「褒美をやる何が欲しい、」
役人を駆逐してきた森が上機嫌で晋作を囲っている部屋にやってきたのはそれから三日後のこと。
外に出たいと話す晋作のために馬車を用意し、そこでも晋作を愛で「馬車プレイ、ワシもやってみよう」と皇帝信長の酒の肴になったのはまた別の話。
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