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ほしのまなつ
2025-07-14 01:22:18
3111文字
Public
:一郎×3世短編
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🥞🎩3️⃣/あらかじめ語られるロマンス
こうもり猫は、知っている。
「はぁ
……
これでも腐っても第十二使徒でやんすよぉ」
ずっしり。
ずいぶんと重くなってしまった買い物袋を持つ手には、汗がにじんでいた。梅雨明けしたばかりの人間界は、うだるような暑さが連日続いている。文句も言いたくなるだろう。
真吾もああ見えて人使いというか、悪魔使いが荒かったが、息子である一郎もなかなかである。『頼むよ』と下がった眉根と穏やかな声で上級悪魔相手に自分の意志を通してしまう真吾もタチが悪いが、電話一本で用件と報酬のみを告げ、養父の使徒を使い走りする息子もどうなんだろう。代金には手間賃も上乗せすると言っていたが、悪魔だからってこの暑さにはまいる。
「?? こ、こんにちは~?」
おかしい。
ひとに頼むだけ頼んでおいて、一郎が出迎えに出てこないのは想定済みだ。むしろやってこられたら、ひっくり返る自信すらある。
「ええと、もしかして3世坊ちゃん、いらっしゃらない?」
ほとんど独り言だ。
一郎から頼まれた買い出しの内容は、桃の紅茶に白桃の缶詰、おなじく桃のゼリー。この時期の来客用だと思っていたし、紅茶はきっと3世坊ちゃん用だ。自分が頼まれるくらいだから人手が足りていないのだろう。何もなければ、ふたりとも何だかんだといっしょに買い出しにでるはずだ。
「あ! こうもり猫さん」
「お~フユ、いたのか? げっそれお前がやってんの?」
「はい! こちらは本日、わたくしフユが任されました。もう半分は終わってるんですよ」
いつもより更に雑多な、執務机のうえ。ごそっと書類の山が動いたと思ったら、まるっこい耳をピンっとさせた3世の眷属が『麦茶でいいですかぁ?』などとふにゃりと笑っている。
『また3世さまのおはなし、聞かせてくださいね』などと、いつものように、くりくりしたあどけない瞳で見上げてくるが、これでも疲れているのだろう。余程のことがない限りみせない細いしっぽが出てしまっている。
買い出しなら、明日にでもフユに頼めばいいのに。ますます訳が分からない。肝心の一郎の姿はみえない。なにをやっているんだ、あの悪魔くん。というか
――
「まてまて、それをお前がやってるってことは、3世坊ちゃんとうとう実家に帰っちゃったのか?」
「??? お帰りになってませんよ」
ことりと首をかしげるしぐさが、3世そっくりだ。
3世の眷属
――
仔ねずみ四兄弟の末っ子フユはこの研究所の従業員でもある。四季からそのまま取った名を持つ四兄弟は、自分たちを拾ってきた3世にものすごく懐いていた。
そして【3世さまの悪魔くん】である一郎を敬愛している。
苛虐な人間に飼育されていた過去があるにも関わらず、3世に似て良い意味でも悪い意味でもスレたところがなく、人間界に干渉する悪魔の先輩として、こうもり猫はこの悪魔のことを少し気にかけていた。
先月来たときは、シャツを腕まくりにした3世がびしょ濡れになって一郎を風呂に沈め
……
いや、入れていたのを、フユはオロオロと見守っていた。
発掘した魔導書にかじりつき、徹夜で没頭していた一郎に『なにやってんの!』とこんこんと詰め寄り、食べ物をあたえ寝かしつける光景は、数年経っても変わらない。
『悪魔くんがどんなにすごいヤツになっても、バカなことしたらバカっていってやる』
おれがいわないで、だれがいうの? と。
かの一万年にひとりの天才を叱りつけることができるのは、今も昔もあの子ぐらいなものだろう。
「あ、ほんとだ。台所から音が
……
」
「一郎さまです」
「
…………
なんて??」
台所は【メフィストの城】と呼ばれる場所だ。頼まれたラーメンを作っているのを見たことはあるが、普段は3世の独壇場。時刻は夕時に差しかかるまえ。いったいどうなっているんだ。
「一郎さまが、3世さまのごはんを」
「は???」
今度こそ、こうもり猫は考えるのをやめた。
そういえば頼まれた買い物袋は持ったままだ。
考えるよりも先に台所へとずんずん進んでいく。
「
――
こうもり猫か? 早かったな」
「へ? ああ、言われたものはこの通りでやんすよ」
黄色いエプロンをつけたここの主が、あまりにも淡々と言ってくるので勢いをそがれてしまう。一郎は振りかえりもせず、小鍋のまえで腕組みをし、キッチンタイマーとにらめっこしていた。
「缶詰以外は冷蔵庫にしまってくれ。フユも忙しい。麦茶が飲みたいなら自分でやってくれ」
「いやいやお構いなく
……
じゃなくて!! ど、どうしたんでやんす??? うわ、鍋で米炊いてる」
「米は炊いてない、これはお粥だ。本の通りなら僕にもできる。『白く煮立ってきたら、しゃもじで鍋底に米がつかないよう、やさしく混ぜ合わせます』
……
このやさしく、というのは曖昧だな。今度メフィストに聞こう」
最後は、ひとりごとだろう。
コトコト。コトコト。
まったくもって本の通りらしい、弱火にかけられた小鍋からやさしい音がする。さすがにここまでくれば、こうもり猫にも分かった。
「3世坊ちゃん、風邪でも? 半分は人間ですからねぇ~」
「
……
普段から僕に無理をするなと言っていてこうだ。これも話し合いが必要だな」
そもそもこんなことしてないで2世の元に帰せばいいのに。
板についたパパの顔で、嬉々として看病するだろう。
口走りそうになったが、こうもり猫は寸前でのみこんだ。
「顔を見せたいところなんだが
……
さっき寝付いたばかりだ」
「はぁ」
「2世はいま繁忙期らしい。ちょっと寝れば治るから言わないで、とお願いされてしまった」
「へぇ」
なるほど、坊ちゃんらしい。
めったにない自分の悪魔のお願いに、一郎は『だめだ』と言えなかったのだろう。
「
……
桃が、つめたい桃がたべたいと。覚えてないかもしれないが言ったんだ」
「ああ、それであっしに」
「まえに美味しい店を知っていると言っていただろう? 適材適所を考慮したらこうなった。暑いところすまない」
「いえいえ~~お代がもらえれば、あっしは別に」
身体は小さいまま、華奢な手足でくるくると動き回る3世と違い、さらに背が伸びた一郎がいる台所は見るからに狭い。
すこしも変わらぬ3世と違い、ここ数年で一郎はぐっと青年らしくなった。その中で最も変わったところは、見た目よりもこうしたセリフがすっと出てくるところだろう。
(
――
適材適所、ねぇ)
長身をかがめた、ちぐはぐで不釣り合いな台所。
一郎は魔導書をまえにした時よりも難しい顔で、小鍋を慎重に観察している。
「
――
あっしが桃の買い出し、眷属ちゃんは大事な書類
……
」
「なんだ? 一応、無理のない配分のつもりだ」
「ええ、ええ。だって坊ちゃんの看病は、だれにも譲れないでやんすもんねぇ~~」
「??」
天才が導き出した、
唯一のちぐはぐな適材適所だ。
ようやく振りかえった一郎が、ニシシっと笑うこうもり猫をまんまるの目で見る。完全に無意識か。
それこそだいじな悪魔の不調だ。
少なからず
……
いやかなり動揺もしているのだろう。
「ああ! ほらほらっ【やさしく混ぜる】んでしょ~?」
「っ!」
こうもり猫は自他ともに認めるずるがしこい悪魔だ。
その自分が面倒事にさんざん巻き込まれ、振り回されてきた。
いまでも人間て面倒だ
……
と思っていることは変わらない。
変わらないのだけれど
――
コトコト。コトコト。
小さな鍋に、おぼつかない手がのびる。
なんとも心もとない。
(あ~~あ!)
にんげんって、なんてめんどうで
なんて愛しいんだろう。
・
・
・
(ここはちいさな、千年王国)
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