高梨 來
2025-07-20 22:00:00
9924文字
Public ときメモGS2/小説
 

放課後、揺れる茜色

放課後の教室で密ちゃん、千代美ちゃん、はるひと三人で夏休みの計画を立てるお話。密ちゃんとはるひは同じクラスの設定です。
デイジーデフォルト名:海野あかり
手芸部所属、バイト先はアンネリー

「えー、めっちゃええやん!」
「ありがとう、でもちょっと照れるわね」
「見慣れてへんだけやって。なぁ、小野田っちもそう思うやろ?」
「まぁ確かに、水島さんはロングヘアの印象が強いですからね。でもすごくいいと思いますよ。涼しげですし」
 部活帰りに廊下を歩くうちに、独特のイントネーションがトレードマークの、ひときわよく通る声が外まで聞こえてくる。続いて、いつも以上に明るく弾んだおしゃべりの声も。なんだか意外な組み合わせだな、あの三人が一緒にいる印象なんて、いままではちっともなかったのに。
 ひとまずは荷物を取りに自分のクラスに帰るはずだったのだけれど――ぴたりと足を止め、窓越しにそっとようすを窺えば、すっかり顔なじみの三人が机を寄せ合って楽し気なおしゃべりに興じる姿がちらりと見える。
 廊下の窓から見える空は一日の終わりを告げるように茜色に染まり、校庭からは運動部員たちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。いつもならそろそろ帰り支度をしているはずの時間なのに、何をそんなに盛り上がってるんだろう? 好奇心の疼くままに隣の隣のクラスの引き戸にそっと手をかければ、くっつけられた机の周りでおしゃべりに夢中だった三人の視線が、たちまちにこちらへと注がれた。
「あら、おかえりなさい。部活お疲れさま」
「海野さん、お疲れさまです」
「あかりおつかれー。ええとこ来たやんかぁ」
 得意げに笑う姿が、あたたかな西日に優しく包まれてきらきらと光って見える。
 端の剥がれかけた陽に焼けて色褪せたポスター、黒板の隅に残された落書き、フックに掛けられた色とりどりの体操服入れ――頻繁に訪れているとは言え、普段過ごしているのとは違う、友達の所属する教室に足を踏み入れるのはいつだって少しだけ緊張する。同じ間取りなのに、なんで空気の色までどこか違って思えるんだろう。
「なぁ見て、水島っちの髪。あたしがやってあげたんやで」
 はるひの指し示す先に目をやれば、ひーちゃんの髪型がいつもとは変わっている。トレードマークのセンター分けのロングヘアから一転して、夏らしく涼し気な後れ毛をゆるやかに垂らしたルーズなお団子ヘアが結われているのだ。
「チョビちゃんに宿題を見てもらう約束をしてるの。もし時間が合えば帰りは三人で帰りましょうね」
〝お題〟とは裏腹の明るく弾んだ声でひーちゃんにそう送り出されて部活へ向かってから早数時間。四つにくっつけられた机の真ん中には、色鮮やかなファッション雑誌が広げられている。肝心の宿題は机の隅に追いやられ、半分めくれたままのノートがどこか所在無さげにその存在をアピールして見せる。
「ずいぶん盛り上がってたんだね」
 空席となっていたはるひの隣に腰をおろせば、ちょうど向かい側に位置する千代美ちゃんからひどく気まずそうな声をかけられる。
「宿題はちゃんとしてたんですよ。水島さん、おもいのほか飲み込みが早くて」
「チョビちゃんの教え方が先生よりも上手だからよ?」
「ありがたいですけど、私はチョビじゃなくて千代美です」
 上機嫌な様子で答える言葉にかぶせるように、ぴしゃりと訂正の言葉が告げられる。
 正直に言ってひーちゃんは時々ちょっぴり意地悪だ。それでもこんな風にちっともひるまない千代美ちゃんを見ている限り、このふたりは案外相性がいいのかもしれない、だなんてことを私は改めて思う。
「ならよかったんだけど、それからは?」
 促すように、とぱちりと目配せを送りながら尋ねると、少し口ごもりながら言葉が続く。
「それでまぁ宿題も片付いたので、ちょっと雑談になったんです。その時に水島さんが、こう暑いと髪をおろしてるのもおっくうだからまとめ髪にでもしようかなって、ボールペンで髪を結おうとして。慌てて止めたんです、そんな綺麗な髪にそんなことしないでくださいって。そしたら西本さんが声を掛けてくれて」
 ごめんなさい、帰るところだったんですよね? 恐縮した様子で声をかける千代美ちゃんの言葉を遮るように、「ええよええよ」とよく通る明るい声が響く。
「最初はゴムだけ貸そか? って話やってんけど、水島っちがヘアアレンジってようやらへんっていうからさぁ。ほんならちょっとだけ触ってもええ? って言うてん」
 なぁ、後ろも力作なんやで? あかりにも見せてあげて? 促されるままにくるりと振り向いたひーちゃんのバックスタイルは、ゆるく編んだ三つ編みを低めの位置でお団子に結わえた、パーティーにもそのまま参加できそうな華やかなスタイルにアレンジされている。
「簪で結うくらいなら自分でも出来るんだけど……
「そのほうがすごない?  だって棒一本で結ばへんでくるくる~って、あんなんあたしやったらようやらへんわぁ」
「でもこっちのほうがかわいいわよ? 自分でやるとどうにも大人っぽくなりすぎちゃうのよね」
「水島さんは背も高いですし、顔だちも大人っぽいですもんね」
 困ったようにぽつりと答えるひーちゃんの姿をじっと見上げるようにしながらこぼされる千代美ちゃんの言葉には、うっすらとした羨望の色が滲んで見える。
「でも本当に似合ってるね。なんだか新鮮に見えるな」
 いつもなら覆い隠された真っ白で細く長い首筋が露になった姿には、同性ながら、なかなかにどきりとさせられてしまうのだけれど。
「なぁなぁ、折角やしあかりにもしたろか?」
「いいよわたしは、きょうはもう帰るだけだし……
 きらきらと瞳を輝かせながら告げられる言葉を前に、思わず肩を竦め、ぎこちなく視線を落とせば、机の上に広げられたファッション雑誌の特集ページがふいに目にとまる。
「夏本番! 浴衣大特集」と冠されたページには、定番の古典柄からポップなフルーツ柄、レースをあしらったドレス風のミニ丈まで、色とりどりの浴衣に身を包んだ華やかなモデルたちが肩を並べている。
「浴衣かぁ、いいなぁ」
 去年アルバイト代を貯めて買ったお気に入りがあるから新調するつもりはいまのところないけれど、この季節だけの特別な装いはやっぱりどうしたって目を惹かれてしまう。
「西本さんが見せてくれたのよ。この中でならどんな感じが好みかって」
「参考になるんちゃうかって思ってさぁ。ついでに水島っちはこの中やったらどういう浴衣が好きなん? ってのも聞いててん」
 笑い声を弾ませ、少し身を乗り出すように答えるはるひを前に、ひーちゃんのやわらかな言葉が被さる。
「私の好みなら断然こっちなんだけれど……西本さんはこんなのもいいんじゃない? っていうの」
 なぁ、あかりはどう思う?
 ひーちゃん当人が選んだのは伝統的な白地にシックな藤の花模様。かたや、はるひの選んだというもう片方は黒地に蝶の模様、裾や袖口にはたっぷりのフリルをあしらったゴシックロリィタ風の随分大胆なデザインだ。確かに、透き通るような白い肌と絹糸のように艶やかな黒髪がトレードマークのひーちゃんならゴシック風スタイルだってきっと難なく着こなしてしまうのだろうけれど――〝らしい〟とは言い難い気がする、というのが正直な感想だ。
……そうだなぁ、結局はひーちゃんの好みなわけだし」
 口ごもりながら言葉を探すこちらを前に、にっこりとやわらかに笑みを浮かべ名ながら、ひーちゃんは答える。
「すごく素敵だけど、おしゃれ上級者って感じじゃない? こういうのは西本さんみたいな人の方が着こなせそうよ」
 ぱちり、と目配せをこぼしながら告げられる言葉に、はるひの顔はぱぁっと微かに赤らむ。
「そうかなぁ? まぁあたしやったら断然こっち派なんやけど、さすがにフルセットは予算オーバーやってさぁ」
〝一味違う私を表現――伝統と革新をミックス! ゴシックロリィタ浴衣最前線――
 頭には十字架飾りのついたミニハットやたっぷりとレースのあしらわれたヘッドドレス、リボンの編み上げの施された帯――大胆なアレンジの施された浴衣が立ち並ぶ中でのはるひの一番のお気に入りだというのは、黒と赤を貴重とし、アシンメトリーなミニ丈で黒のチュールスカートをあわせたパンクロック風浴衣だ。
「随分斬新なデザインがあるんですね。こういうのって誰が考えるんでしょうか」
「和洋ミックスはおしゃれ上級者を目指すんならぜひ取り入れてみてって、GORO先生もコラムで書いてたよね」
 コラム内で姫子様がモデルをしていた〝ロココ風姫ギャル浴衣ドレス〟は確かに素敵だったけれど、あまりのハイセンスさに、姫子様以外が着ればたちまちに浴衣に負けてしまうのでは、なんて感じたことがふいに脳裏をよぎる。
「ねえチョビちゃんもどう? これなんて似合いそうだけど」
 ひーちゃんの差し示す先に掲載されているのは、アイボリー地に水彩風のやわらかな紫陽花柄で、袖と裾にはたっぷりのフリルをあしらった膝丈のミニ浴衣だ。
「たしかに可愛いですけど、私にはちょっと……そもそも普通の浴衣だって持ってないですし」
 遠慮がちに口ごもりながら答える千代美ちゃんを前に、途端にひーちゃんの瞳はぱぁっと輝く。
「あら、そうなの? だったら私のを貸してあげるわよ?」
「いいですよ、そんな。水島さんに申し訳ないですから……それにそもそも、水島さんと私じゃあサイズが」
 恐縮した口ぶりを前に、遮るように明るくひーちゃんは答える。
「それなら大丈夫よ。私が小学生の頃に着てたのが残してあるの。従姉妹の子にあげるつもりだったんだけどね」
「小学生、……ですか」
 途端に、千代美ちゃんの言葉尻は微かに掠れる。
 ーー無理もない話だ、同学年の中でも恐らく一番小柄な千代美ちゃんにとっては、自身のコンプレックスをつい刺激されてしまったのだろう。
「ねえ、千代――
 ためらいながら、それでも精一杯のフォローの言葉を掛けようとするこちらを前に、ひーちゃんの視線が一瞬泳ぐ。
「あの、水し」
 ぎこちなく口を開く千代美ちゃんを前に、こわばった空気をかき消すかのようにさっと首を横に振り、ぱぁっと花の開くような明るい口ぶりでひーちゃんは答える。
「あぁ、ごめんなさい。気を悪くさせちゃったわね。あのね、私って背が伸びるのが随分早かったから、高学年の頃にはいまのチョビちゃんを抜かしちゃうくらいだったのよ。だからね、思ってたよりも早めにサイズアウトしちゃって……それでもすっごくお気に入りだったもんで、勿体なくって取ってあったの。これとちょっと似てるけど、もっと大人っぽい柄なのよ。だからね、一目見た瞬間に思い出しちゃったの、あれならきっとチョビちゃんに似合うわねって。ねえ、西本さんも見たくない? チョビちゃんの浴衣姿」
 きっとすごくかわいいものね?  ぱちり、と目配せをしながらの要請を前に、ひどくぎこちない「ああ、せやなぁ」だなんて相づちが静かに漏らされる。
「白地でもええと思うんやけど、小野田っちやったら濃紺とかもよさそうちゃう? 小野田っちって色白さんやし、肌も綺麗やん? コントラストがあったほうがより際立つと思うねんなぁ」
 さすが、流行に敏感なはるひだ。思わずため息のひとつもこぼしたくなれば、ますます明るく息を弾ませた、嬉しそうな言葉がひーちゃんから溢れる。
「ああ、確かにそうかもね。そういえば藍色のもあったわ、花火柄でね、すごくあざやかで素敵なの。私は薄紫の兵児帯を合わせてたけど、えんじ色の半幅帯を合わせてもきっと似合うと思うの。私たちだってもう高校二年生だもん、少し大人っぽく仕上げたほうがかわいいわよね」
「そんな、でも……ありがとうございます、すごく」
 消え入りそうに掠れた千代美ちゃんの言葉がそっと落とされると、空気がすこし軋むーーそんなわずかばかりの気まずさを打ち消すかのように、ひときわ明るく弾んだ調子のはるひの声がそこに被さる。
「ほんなら、小野田っちは水島っちから借りる、あかりは去年一緒に買ったやつがある、あたしは手持ちのんがある――なぁなぁ、折角やし今度みんなで浴衣でお出かけせえへん? ヘアメイクはあたしに任せてくれたらええし……あ、そうや! 来月やったら花火大会やん!」
 いやあ、あたしってばなんで忘れてたんやろうなぁ。からからと明るく笑いながら零される言葉を前に、裏腹に私の胸の内はぎこちなく曇る。
「浴衣を買いに行きたいから一緒に選んでほしい」
 はるひにそう頼んで、放課後にショッピングモールの特設コーナーを見て回ったのは確か、去年の今頃だった。あの時に選んでもらったひまわり柄の浴衣と花飾りのついたヘアピンはいまでもお気に入りで、それでもーー。
「あかりは去年も行ったんやんなぁ? 花火大会」
「あぁ……、うん」
 曖昧に答えながら、気まずい気持ちを噛み締める。
 言えるわけがなかった。花火大会には、去年もそうしたように気になる男の子を誘うつもりだなんてことは。
 脳裏にまざまだと蘇るのは、去年のあのとびきり特別な一日を迎えるまでの一部始終だ。
 彼に見てもらいたい一心ではるひと店員さんに協力してもらいながら選んだ浴衣、雑誌を見て必死に練習したヘアメイク、待ち合わせで顔を合わせた際の少し驚いたようす――無理もない話だ、打ち合わせなんてまるでしていなかったのに、彼だって浴衣で来てくれたのだから。
 同じ学校の子に会うんじゃないか、だなんてそわそわしなが会場へ向かう道すがら話した何気ないやりとり、花火が始まるのをドキドキしながら待ちわびた、まるで永遠にも思えたあのたった数分の時間、辺り一面に鳴り響く大きな音に驚き、それからすぐに空一面に光り輝いたまばゆい光に見惚れていた美しい横顔を見つめながら感じた沢山の思い、人込みではぐれてしまいたくなかったのに、「手を繋いでほしい」だなんて一言がついぞ言えなかったこと。
 一年にたった一度の特別な夜を過ごす相手は、今年もやっぱり彼がいい。それでも――もどかしい気持ちはまるで、シーソーのように心の中でせめぎ合う。
……わたしもみんなと一緒に行きたいんだけど、でも」
 もどかしく口ごもりながら言葉を探すこちらに、ぱぁっと明るいひーちゃんの言葉が被さる。
「西本さん、ごめんなさい。私ね、人の多いところと大きな音が苦手だから花火はテレビ中継で見るほうが好きなの」
 みんなで行ってきてって言いたいところだけど、ちょっと寂しいかなぁ。小さく首を傾げる仕草とともに、ぱちりと、と横目にさりげないウインクがこぼされる。
 ――しっかりしてるなぁ、さすがひーちゃんだ。
 安堵のため息をそっと飲み込めば、そんなこちらには気づかないようすで、いつものようにからりと明るく笑いながらはるひは答える。
「あぁー、それやったらしゃないなぁ。なんや水島っちだけ仲間外れみたいになってまうんもあんまよくないし。小野田っちかて、浴衣だけ貸してもらうってわけにもいかへんやろ?」
「そうですね……私もせっかくなら水島さんもこれる日がいいと思いますし」
 海野さんは? 促すようにかけられる言葉を前に、取り繕うように明るく笑いながらわたしは答える。
「あぁ、うん。ちょっと残念だけどひーちゃんが来れないんなら仕方ないもんね。だったらどこにしようか? はるひのおすすめはある?」
「せやなぁ~……それやったらたしか、空中庭園で夏期限定スイーツプランがあるんやって今月のはばチャに載ってたで。フォトスポットもあるんやって。あとな、浴衣割引もあるみたいやで」
 はるひからの新たな提案を前に、途端にひーちゃんの瞳は一際まばゆく光輝く。
「それ、私も知ってる! ミニアフタヌーンティーとスイーツプレートが選べるのよね。どれにしようかすっごく悩んじゃいそう」
 ねえ、チョビちゃんもいきましょうよ? ぐいぐいと腕を引きながら掛けられる言葉を前に、まんざらでもなさそうに千代美ちゃんは答える。
「いいですけど、宿題もちゃんとしないとだめですよ。また去年みたいに泣きつかれても私だっていつでも余裕があるわけではないので」
「チョビちゃんってば厳しいのね」
 わざとらしくおどけた口ぶりで茶目っ気たっぷりに告げられれば、まんざらでもなさそうなぎこちない笑顔がそっとこぼされる。
「当たり前のことを言ったまでです。大体、何度も言ってますけど私は千代美です。チョビじゃないです」
 いい加減、犬みたいな名前で呼ばないでください。
 不服そうな反論の言葉を前に、ぷうっと頬を膨らませながらひーちゃんは答える。
「ええ、かわいいじゃない? じゃあ他の呼び方にしましょうか。チョッちゃん? ちよみん?」
「それもちょっと……普通が一番です。ごめんなさい、口うるさくって」
 少しばかり恐縮した様子で答える千代美ちゃんの言葉を覆すかのように、からりと明るい口ぶりでのはるひの返答が重なる。
「まぁ千代美ってほんまにかわいい名前やし、小野田っちによう似合うてるもんなぁ。確かに普通に呼ぶのが一番かもせえへんわ」
「西本さんの名前だってすごくかわいいですよ。すごく似合ってますし。名は体を現すってよく言ったもんだよなぁって思いますもん」
「ええー? そんなん言われたん初めてやわ。さっすが頭のええ子は言うことが違うなぁ。なんや照れるやん」
「別にそんな、当たり前のことを言ったまでですけど……
 笑いあうふたりの姿を、ひーちゃんはにこやかに微笑みながら見つめている。
 三人の間を流れる穏やかであたたかい空気はまるで陽だまりのように心地よくて、わたしの心の内にもいつしか、ぽかぽかと温かな思いがこみ上げる。

 心を躍らせるような高揚感に駆られるままに、少しだけ身を乗り出すようにしながら私は尋ねる。
「ねえ、ところでさっきの予定はどうする? 確か限定プランは事前予約が必要だってはばチャに載ってたけど」
 四人での約束だなんて中々の大所帯ともなると、予定をあわせるのもそう簡単ではないと思うのだけれど。
「西本さん以外は部活の合宿がありますからね。その週以外で、夏期講習のない曜日だと……ちょっと確認しないとです。みなさんは都合の悪い日ってありますか?」
「あたしは火・木がバイトやからその日以外やなぁ。あかりも同じやったやんな?」
「そうそう。あと、週末よりも平日の方が多分混まないよね。ひーちゃんは?」
「私はお稽古があるけど、先生にあらかじめ相談すればある程度調整はできるわよ」
「お稽古って、もしかして日舞とかお花とかそういうのん?」
 ぱっちりと大きな瞳をまあるくさせ、少し身を乗り出し気味に尋ねるはるひを前に、にっこりとおだやかに笑いかけながらひーちゃんは答える。
「それもあるけど、茶道も習ってるわよ。だから着付けは一通り自分で出来るの。髪の毛も日本髪が結えるように切っちゃだめって、小さい頃から言われてて」
「へえ、水島っちてガチのお嬢様なんやなぁ。やー、でも日舞かぁ。そうなんやなあ」
 感慨深げな様子でささやくはるひの瞳は、きらきらとまばゆく光り輝く。
「興味があるなら見学にでも来てみる? お作法がいろいろとあるもんだから最初は窮屈に感じるだろうけど、慣れてみると案外楽しいのよ」
 ぱちり、と軽やかに瞬きをこぼしながら告げられる問いかけを前に、ぎこちなくもつれた返答が被さる。
「いや、あたしはそういうつもりじゃあ……そういうのはほら、小野田っちのほうが向いてるやろし?」
「なんで私なんですか」
 とっさに話題を降られた千代美ちゃんはと言えば、戸惑いを隠せない様子でどこかむきになったように答えるのがなんだかおかしい。
「だってほら、小野田っちってあたしよりもずっとおしとやかやん。着物とかも似合うやろし、なんやこう、日本人形みたいっていうかさぁ」
「確かにチョビちゃんならきっと和服だってばっちり似合うわね。早く見てみたいなぁ。ねえ、なんなら今度の週末にでも衣装合わせに家まで来ない?」
「ですから私はチョビじゃなくて千代美だって――
 むきになって答える言葉をかき消すように、ガラガラ、と引き戸を開ける鈍い音が響く。
「そろそろ下校時間だぞ。おしゃべりもいいけど、暗くなる前に帰る準備をしなさい」
「「「「はぁーい」」」」
 合図もなしに、〝いい子のお返事〟が自然と揃って出てしまうのがなんだかおかしい。
 促されるように見上げた壁掛け時計はもう五時半を差している。いつもならとうに部活を終えて帰宅している時間だ。窓の外を染め上げていた燃えるように温かな茜色はすっかりと宵闇の気配をまとった薄紫に染め上げられ、あんなに騒がしかったはずの運動部の面々の掛け声は次第に途切れつつある。
「ほんとだ、もうこんな時間だね。そろそろ帰らないと」
「ほんなら続きは帰り道に歩きながらにしよか。小野田っちの家の方角ってどっちなん?」
 あちこちに折グセや付箋のついたファッション雑誌を通学鞄にしまいながらかけられる言葉を前に、にこやかに笑いながら千代美ちゃんは答える。
「途中までなら海野さんと同じですよ」
「せやったらあたしとも一緒やな、よかったあ。校門で仲間外れは寂しいもんなぁ」
「ちょっと待ってよ、西本さんってば私のこと忘れてない?」
 ぷうっと拗ねた子どものように頬をふくらませ、そっと首を傾げながらひーちゃんは答える。
「私もみんなと同じ方角なんだけど、仲間はずれにしないでくれる?」
 わざとらしくむくれたそぶりを前に、ご機嫌伺いのように笑いながらはるひは答える。
「ごめんってー。ほら、水島っちとは帰り道でたまにすれ違うやろ? それで覚えてたんよ。水島っちもこっちの道なんやって」
「そういえば私たち、同じクラスなのにこんなにじっくり話すのって初めてね」
「まぁさ、しゃべるきっかけはほしかったんやで。だってあかりの友達やん? よお言うやろ、友達の友達は友達って」
「素敵な考えではありますよね、実行出来るかはともかくとして」
 とんとん、と教科書やノートの端を揃えるようにしながら、感慨深げに言葉は続く。
「それにしても海野さんって本当に顔が広いですもんね。男子の友達も随分多いですし」
「あの佐伯くんや志波くんとも普通に話してるものね、ふたりともちょっと気難しそうな感じなのに。あと、下級生の子にも慕われてたわよね? ほら、竜子と一緒に応援団に出てたかわいい感じの男の子がいたじゃない」
「あぁー、あの甘党男子やな!」
「天地くんのこと?」
「そうそう、確か上級生の間でファンクラブがあるとかなんとか……
 軽やかに弾んだ言葉をかき消すように、生活指導の先生のひときわ大きな声が廊下から鳴り響く。
「こらおまえたち、いい加減帰りなさい。おしゃべりは帰り道でもできるだろ」
「すみません、いま支度してたところなんです」
 皆を代表しての千代美ちゃんの声に応じるように、それぞれに慌てて机に掛けてあった通学鞄を背負う。
「あかり、鞄は教室?」
 部活の荷物の入った手提げを持ったこちらを前に、はるひからの問いが投げかけられる。
「そうなの。すぐに取ってくるから、みんなは先に下駄箱まで行っててくれる?」
「着く前にきっと廊下ですぐ合流できちゃうわね」
「そうやなぁ」
 にこにこと顔を合わせて笑いあう姿を前に、思わずこちらにも自然と笑みがこぼれる。
 友達の友達は友達――そんな新たなつながりが自然と生まれるこんな瞬間は、いつだってとびきりうれしい。
「じゃあまた後で」
「うん、またね」
「お疲れさまです、また玄関で」
「寄り道したらあかんでえ、乙女たちを待たせるのは重罪やからな」
 三者三様の返答を耳にしながら、短い別れを惜しむようにそっと手を振る。
 新しい街での、心機一転しての高校生活ももう二年目。気になる彼との恋の進展はもちろん重大事項だけれど――一度きりのこの夏に叶えたいことが、わたしには沢山ある。たとえばそのひとつは、大好きな友達たちと女の子同士水入らずでこの季節だけの特別なおしゃれをしてお出かけする、だなんてことだったりもする。

〝わたしの夏休み、なんだか楽しいことがたくさんありそう!〟

 足取りも軽く、自らの教室へと歩みを進める。
 ――わたしたちの去年よりもすこし特別な夏が、ここから始まっていく。