溶けかけ。
2025-07-13 21:25:06
2348文字
Public 夏の花短編 『翠雨』
 

日向に咲く

ヌヴィレットとフリーナと向日葵のお話。
※子ども捏造あり。


「ヌヴィレット……来てくれたんだね」
 ベッドの上に横たわったフリーナにヌヴィレットの心に安堵が広がっていく。「こっちへおいで」という手招きに応じれば、枕の両隣に生まれたばかりの小さな命が眠っていた。
「ふふっ……急いで来てくれたんだね。僕のほうが早かったけど」
 汗ばみ、すっかり崩れてしまった髪を細い指先が絡め取る。フリーナが体を起こそうとするのをヌヴィレットはそっと押し留めた。
「君はそのままで。体力の回復に努めるのが先決だ」
 ヌヴィレットの言葉にフリーナは少しだけ目を見開いたあと細めた。
「そこまで言うのなら……少しだけ甘えさせてもらおうかな」
 疲労の滲んだ笑みにヌヴィレットの胸が締め付けられる。 
 結局、出産には間に合わなかった。信用出来る者たちがついているとはいえ、不安もあっただろうに彼女はそれをおくびにも出さずに振る舞う。それが、夫として不甲斐ない。
「良いんだよ。仕事をするように言ったのは僕だろう? 本音を言えば必死な姿を見られなくてほっとしてるくらいなんだ」
 冗談めかしてフリーナが笑う。それから「抱いてあげて」と言いながら、二人の子どもたちに視線を送った。
「抱き方は覚えているかい?」
「記憶にはあるが実践は伴わない」
「仕方のない旦那さんだなぁ……
 フリーナは顔の前に両手をつくと体を起こした。ついている腕が小刻みに震えているのに気が付いたヌヴィレットは病衣に覆われた背に手を回すとフリーナの動きに合わせてゆっくりと起き上がらせる。
「ありがとう」
「夫として妻を労るのは当たり前のことだ。礼を言われるようなことではない」
「確かに、キミの言うことも一理ある。だが、感謝を口にするのが夫婦円満の秘訣だよ。たとえ、それが『当たり前』であってもね」
 フリーナは傍らにいる子のうちの一人を抱き上げるとヌヴィレットに向き直った。
「僕がママだよ。それから、彼がキミのパパ」
 フリーナからヌヴィレットへと小さな命が渡る。軽く、それでいて脆そうなその子はヌヴィレットの腕の中ですやすやと健やかな寝息を立てていた。
「これだけ動かされても起きないなんて、将来は大物になりそうだ」
 フリーナが赤子の頬をつつく。彼女の腕にも小さな命が抱かれていた。
「これからよろしくね。新米のパパとママだけど、一生懸命キミたちのために頑張るから」
 フリーナが人差し指を差し出せば、丸っこい五指が細い指先を包み込む。ヌヴィレットも見様見真似で悪戦苦闘しながら指の先を握らせた。
「面会終了のお時間です」
 看護師が時間を告げる。気がつけば窓の向こうは既にオレンジ色に染まっていた。
「名残惜しいがここまでのようだ。今日はありがとう、フリーナ」
 ヌヴィレットはフリーナの頬と額にキスを落とすと惜しむように緩慢な動きで距離を取る。
「おやすみ、ヌヴィレット。気をつけて帰ってくれ」
「君こそ……早く休みたまえ。決して、枕の下の小説を読もうなどとは考えぬように」
「ちぇっ……あー、もう。そんな目で見ないでくれ。言われた通り、早く寝るようにするからさ」
 もう一度、「おやすみ」と口にした二人は唇を触れ合わせた。

 翌日やって来たヌヴィレットの手には束ねられた太陽が握られていた。ポピュラーな黄色だけでなく、赤や白といった珍しい色もあるが、どれもが同じ花であることは見て取れた。
「ひまわり……?」
「君の健闘を讃えるために用意したものだ」
 花瓶を水で満たしながらヌヴィレットが答える。花瓶に入れることを前提とした花々は生けるだけで美しく咲き誇っていた。
「『あなたは素晴らしい』……キミのためにあるような花言葉だと思ったのだ」
「これ、キミが選んだのかい!?」
 フリーナが瞠目する。花言葉なんて気にするようなタイプではないと思っていたのだが。
……私とて、勉強くらいする」
 ヌヴィレットがムッとした様子で言葉を返す。フリーナの脳内に花に囲まれながら花言葉辞典を捲るヌヴィレットの姿が過った。
「ふふっ……! あははっ……!」
「何がおかしい?」
「いやぁ……すまない! 花に囲まれながら花言葉を勉強するキミの姿があまりにも愛らしいと思ってね!」
 仏頂面で花言葉を諳んじる花の精……と喩えるには花の精の顔が些か厳つすぎる気はするが。
「愛らしい……
 ヌヴィレットの眉間の皺がさらに深くなる。あんまりすると痕になるぞ、と脅したい気持ちがこみ上げてくるも、すんでのところで堪えたフリーナは咳払いをして誤魔化すことにした。
「コホンッ! とにかく、これは僕への花丸ってことで良いんだね?」
「花丸……?」
 ヌヴィレットが訝しげな顔をした。フリーナは胸を張ると「旅人が教えてくれたんだ」と自慢げに唇をつり上げた。
「旅人が言うには、頑張った人に贈られる称号のようなものらしい。こうやって……
 フリーナは荷物の中からメモ帳とペンを取り出すとスラスラと渦巻き模様を描き、山で囲った。
「これがそのマーク。少しひまわりに似ている気がしないかい?」
 花丸と呼ばれた図形の組み合わせの隣にひまわりの花が添えられる。言われてみれば、似ているかもしれない。
「ふむ……。ならば、功労者全員に配らねばなるまい」
 ヌヴィレットは花束から同じ色のひまわりを二本抜くと生まれたばかりの我が子が眠るバスケットの中に入れた。
「この子らも功労者だろう? ……フリーナ?」
 そう言って微笑んだヌヴィレットの髪にフリーナが手を伸ばす。
「ならば、キミも仲間に入れなくてはね。僕にとってはキミだって花丸なのだから」
 目を丸くするヌヴィレットの髪には太陽の花が飾られていた。