su7ga0
2025-07-13 20:02:56
1577文字
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物言わぬ恋

過去に書いたちょもさにの再掲です。

 あまりの暑さに蝉も鳴かずにいる真夏の昼下がりだ。真白い光線に焼かれる夏の庭は、しんと静まって異様に見える。百日紅のからくれないが鮮やかに映えて綺麗だ。
 私は、昼食を終え、午後からの内番へそろそろ出向こうとする山鳥毛の隣にいた。縁側に腰を下ろして庭を眺める山鳥毛の横に座り、小さな子がするように足をぶらぶらとさせている。傍には、盆にのせたグラスがふたつ汗をかいていた。
「小鳥、外に出るなら一杯飲んでから行け。今日も堪えるぞ」
 山鳥毛はそう言うと、グラスの麦茶を一息に飲み干した。彼も、これから炎天下の中に出向かねばならない。暑さがとても苦手なくせに、それを巧く隠していたものだから、彼が、本丸 ここへ来て初めての夏は大変だったのだ。
 空調の効いた部屋で彼を看ながら過ごした昔のことを思い出し、懐かしさにほんのりと笑ってしまった。
「小鳥よ。……夏の草は、摘めるような野花 のばなが少ないと言っていたな。草の勢いが強いゆえに緑に呑まれてしまうのだと。春と比べると、花を咲かす植物を見つけにくいのだと」
 山鳥毛の灼熱の瞳は、爽快に晴れ渡った炎天の空を見つめていた。彼はまだ何かを言いたそうにしているので、私は黙ったまま彼の言葉を待った。
 ——私は、山鳥毛に何も言えないままだった。
 本当は貴方の事が好きだった。私の目に、貴方はあまりに美しく映ったものだから、気後れして、ためらって、気持ちを告げる事ができずに終わったけれど、やはり欲深い人間の性なのか、呼ばれればこうして訪れてしまう。何も言えないまま、気持ちを伝える術を無くして此処にこうしているしかない。
 初期刀は新しい審神者と上手くやっている。だけど、無意識に私と主を比べてしまうことに罪悪感を抱いている。短刀たちは修行に赴き始めて強くなった。それが誇らしい反面、私の知っている彼らとは別物になっていくようで寂しい気もする。でも、時折思い出したように私の話をしてくれる笑顔はちっとも昔と変わらない。
 山鳥毛もそれなりに新しい日々を送っているけれど、どこか身が入らないように見えるのは私の思い上がりだろうか。私のことなんて早く忘れて欲しいという気持ちと、執着に苛まれる心の狭間で胸が千切れそうだ。
「畑に出ると畦や草むらについ目が行ってな。……先日、花を見つけた時は、小鳥に見せねばと思って嬉しくなった。夕方に持って来てやる」
 山鳥毛は淡々とした口調で呟いた。
 居た堪れなくなって俯くと、小鳥。と懇願するように低くか細い声で呼ばれた。気付かれたのかと思って身を竦ませて固くしたが、やはり彼の目にも私の姿は見えないようだった。
 山鳥毛が私へ未練を残している姿を目の当たりにする度、気持ちを伝えずに逝った事への後悔で胸が焦げ付いた。そして、その後悔の傍には、私を忘れられない山鳥毛への、仄暗い喜びがひっそりと根付いている。……そんな鬱屈した思いを、彼へ伝えずに終わって良かった。
 良かったのだ。これで。私は安堵しなければならない。
 俯いた視界に涙が落ちていった。渇いた地に落ちる前に涙は消えるから、痕跡すら残らない。私が本丸にいた頃の名残が少しずつ消えていくように、山鳥毛も私のことを忘れていつかは彼の中で美しい思い出になるのだろうか。
 横目で窺った山鳥毛の横顔は炎天に縋っているように見えた。赤い瞳は、どうして。何故。と問いながら空を見つめている。
「もう私のこと、小鳥って呼んじゃだめだよ」
 精一杯涙を堪えて、何でもない様子を繕いながら山鳥毛へ伝えてみたが、喉から出てきたのはやっぱり情けなく震えた声だった。
 その夜私に供えられた花は、夜だけに咲く淡い黄色の花だった。月を見る草の愛らしさと私へ花を手向けてくれた彼の心を抱えて、私は今年を旅立っていく。