su7ga0
2025-07-13 19:56:42
7283文字
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日曜日のドルチェに

過去に書いた南さにの再掲です。


 ●●国本丸 本丸番号・●●●●●番
 認識個人番号・●●●●●●●番
 南泉一文字の居住部屋にて発生した不具合について
 南泉一文字の居住部屋より時空間転移が可能となる不具合が発生。南泉一文字の居住部屋位置については添付の本丸図参照。

 二二●●年 十二月●日 十八時頃
 ●●国 本丸番号・●●●●●番所属の南泉一文字が同本丸審神者の現世居住地へ時空間転移した。

 同日 二十二時半頃
 帰宅した審神者が南泉一文字を発見

 翌●日 七時〇三分
 審神者の現世居住地より南泉一文字が本丸へ帰還。審神者の現世居住地のカーボンヒーター付テーブル(呼称名・こたつ 購入場所不明)下より時空間転移可能であることが判明。

 同日 七時〇七分 
 南泉一文字が本丸帰還後、再度審神者の現世居住地へ時空間転移を試みる。その結果、南泉一文字の居住部屋のカーボンヒーター付テーブルより時空間転移可能であることが判明。

 確認済事項
 ・カーボンヒーター付テーブルによって時空間転移可能な刀剣は南泉一文字のみ。審神者も転移は不可能だった。
 ・南泉一文字が携行した物質も転移可能
 ・審神者現世居住地のカーボンヒーター付テーブルは、南泉一文字の居住部屋のものと同種ではない。

***

「はー……疲れた。もう毎日好きな動画見るだけの仕事に転職したい」
「にゃあ? んな仕事があるわけねえだろ?」
「探せばあるかもよ。私の将来の夢はそれで決まりね」
「馬鹿みてぇなこと言ってないで、冷めないうちにさっさと食えよ」
 こたつの向かいに座っている南泉は呆れた顔をしている。
 時間は午後十時を回っていた。私が住んでいるマンションの狭い部屋で、ふたりで遅い夕食を取ろうとしている。テーブルの上に乗っているのはふたり分の鍋焼きうどんだった。この鍋焼きうどんを作ってくれたのは南泉だ。
「南泉、もっと足そっちにやってよ」
「これ以上避けたらはみ出るっつの」
……足が長いのはもう充分に分かってるから」
「ちげーよ。このこたつが狭いんだにゃ」
 南泉はぼやく。一人で暮らすことしか考えていなかったこの部屋で、ふたりで食事を取るのはちょっとだけ窮屈だった。
 どこで買ったのかすら、既に記憶の彼方へ飛んで行ってしまっている我が家のこたつ。このこたつとの付き合いは、私が一人暮らしを開始したのとほぼ同時に始まった。それから早幾年、どこへ引っ越すにもこのこたつとずっと一緒で、長い時間を共にしている。
 時には友達と集まってこのこたつに入りながら鍋を囲み、ある時は一人でコンビニ弁当を広げてきた。そんなこたつが、突然摩訶不思議な出入り口になるとは夢にも思わなかった。まあそれも、今となっては別に驚くような事態ではないのだけれど。
「あ、このカマボコ繋がってる。あとネギも全部見事に繋がってる」
「はあ? うるせぇな、食えば一緒だろ」
 箸で摘んだカマボコを持ち上げて、ぷらぷらと上下運動させてみると南泉はとても嫌そうな顔をした。包丁は難しい、と南泉は以前から言っているが、彼らが普段握っている得物のことを考えると「包丁の方が難しい」と言う南泉のことがよく分からなくなってくる。
 私の目の前で、自分の分の鍋焼きうどんが冷めるのを待っているこの金髪の男の正体は刀だ。
 今から二百年ほど先の未来を治めるこの国の政府より召集を受けて、私は審神者になった。ある日の仕事の帰り道、突然未来人から「刀の付喪神を人間化してそいつらを兵として扱い、正体の良く分からない敵と戦う仕事をしてもらう。因みにお前に拒否権はない」というようなことを慇懃無礼に言われた時の衝撃を思えば、この狭いマンションのこたつが異空間と繋がっていることなんて別に驚くようなことではないのだ。
 缶ビールを開け、南泉のグラスに注いだ。少し前までは、私がこうして酒を注いであげると途端に緊張してそわそわしていた。彼は普段、属する刀派の長とその左腕に囲まれて過ごしている。いつもは自分が注ぐ側だから落ち着かなかったのだろう。一応は主である私のことを敬う気持ちがあったのかと思い少し嬉しくなったが、彼はどうしようもなくビールを注ぐのが下手だったので酌をするのは私の役目だ。
「じゃあ、今週もお疲れ様でした」
「おう」
 乾杯してグラスの中身を中ほどまで一息に飲み、週末を迎える開放感に息を吐いた。今週も私はよく働いた。
「審神者」として召集された私は、本当ならばここでの生活を棄て、生活の軸を本丸に据えなければならなかった。
 しかし、今より遥か未来の技術を用いても過去の歴史を生きる人間を異空間へ留まらせるというのは難しかったらしく、一年ほど本丸で生活しているうち、徐々に体調不良に悩まされるようになっていった。私の体調不良の原因が現世を離れたことだと判明した時の、刀たちの何とも言い難い複雑な顔は今でも忘れられない。
 本丸への滞在が短時間ならば問題はないことがわかった今では、私は現世で働きながら週末だけ本丸へ帰るという二足の草鞋を履いている。正直疲れるというのが本音だけど、未来の政府は結構な額の補助金を出してくれたので文句は言わない。
 目の前の鍋焼きうどんはとても美味しそうだった。椎茸とカマボコと鶏肉、ネギとほうれん草。揚げの上には半熟の卵。出汁と醤油の風味が香って、優しい味の温かいうどんは冷えた体にしみた。
「それにしても南泉、料理上手くなったね」
「そ、そうか?」
「うん。カマボコは繋がってるけど、最初は袋麺を茹でるだけだったことを思えば物凄い成長じゃない?」
 こたつの向かいに座っている南泉の大きな瞳が輝いたように見えた。褒められて嬉しい時の顔をしている。
 このこたつが南泉の部屋と繋がって、ひと月ほどが経った。
 ある日。仕事を終えて帰宅し、部屋の明かりが付いていることを不審に思いつつ中を覗くとそこには南泉がいた。それが始まりだったのだ。
 当時、南泉は本丸の自室のこたつに潜って寝ていたそうだが、目を覚ましてこたつから這い出るとそこは私の部屋だったらしい。南泉は部屋に満ちた私の霊気を感じ取って自分がどこに飛ばされたのかを何となく把握し、あまりウロつくのは良くないと判断して、いつともしれない私の帰りを待っていた。
 私が帰るのを待ちくたびれて、不貞腐れて部屋の隅で体操座りをしている南泉を見た時は驚いたけれど、突然こちらに現れた彼に私はとても嬉しくなった。南泉は、固く凝っていた心が解けていくような気持ちを与えてくれたのだ。
 政府の調査によると、南泉の部屋のこたつと私の部屋のこたつは、本丸と私のマンションの部屋を繋げるパイプの両端のような状態になっているそうだ。そして、何故か南泉だけがそこを行き来することができた。繋がった空間は、調査で何の害も無いことが証明されたのでとりあえずはそのままだ。
 それ以来、南泉はこたつを使って現世の私の家にやって来るようになった。最初は私の家の留守番をするためだと言っていたけれど、ある時帰宅した私に夜食を作ってくれた。
 南泉が最初に作ってくれたのは、茹でてスープを合わせただけの具も何もない袋ラーメンだった。それから徐々に腕が上がり、話を聞きつけた厨番の刀たちから食材を持たされ、あれよと言う間にこうして鍋焼きうどんを作るまでになっている。目覚ましい進歩だった。
「どうだよ、美味いか?」
……うん、美味しい」
「へへ、今日は歌仙から持たされたキューブの鍋つゆがいい仕事したにゃあ」
 南泉は自慢げに笑う。こちらへ来るようになってから、南泉は厨番の主力を担う刀たちに料理のやり方を教わりはじめたそうだ。
 インスタントの食材も上手に取り入れて手間を省きつつ、なるべく具沢山なものが摂れるようにと南泉が考える献立は見事だった。それでもカマボコはこうして繋がっているけれど、誰かが作ってくれた料理を食べることは嬉しかった。
「帰る途中、どこかの家のご飯の良い匂いが漂ってることがあってね、その良い匂いの元が自分の家だって気付いた時はちょっと嬉しい気持ちになるんだ。……今日がそうだったよ」
「そうか?」
「そうだよ。外まで出汁の良い匂いがしてた」
……一人用の鍋の素、歌仙が主用にってめちゃくちゃ買い置きしてるから、また今度作ってやるよ」
「本当? 嬉しいな」
 笑顔を向けると、南泉は少し不貞腐れたように唇を尖らせてみせた。照れ臭いのだろう。
 私の為を思って何かを用意してくれている刀がいる。南泉から聞かされた事実に思わず郷愁のようなものが胸に湧いた。短い間だったけど、本丸で生活していた頃は楽しかった。やっていることは戦争なのだから「楽しい」というのは語弊があるかもしれない。しかし、私にとってあそこでの日々はとても充実したものだったのだ。
 だから体調を崩して現世へ帰ってきた時は、一人だけ放り出されたような寂しさを感じて辛かった。
 今でも週末だけは本丸へ帰るけれど、世知辛い現世で働く平日はなんとも味気ない。与えられた端末でいつでも本丸へ連絡は取れるし、向こうからも頻繁に本丸の様子を報告してくれる。それでもやっぱり寂しい気持ちは拭えなかった。そう感じるのは、きっと彼らが私に遠慮のない優しさを持って接してくれていたからだ。
 空疎な寂しさを抱えて現世での日々を過ごしている中、唐突に現れた南泉が作ってくれたラーメンは温かくて美味しかった。多分気まぐれで夜食を作ってくれたのだと思うし、味も正直食べ慣れたインスタントのものと同じだったけれど、ぶっきらぼうに突き出された丼の中身を見た時、そこに南泉の気持ちを見たようでとても嬉しかったのだ。
 うどんを箸でつまみ、温度を確かめながら恐る恐る口をつける南泉を見守る。一人暮らしを想定したこのマンションのキッチンは、彼が作業をするには少し狭い。そんな狭いキッチンで難しい顔をしながら私への夜食を作ってくれる姿を想像すると、自然と頬が緩んでしまった。
「にゃあ? なんだよ。どうした?」
「ううん。本丸にいた時は、南泉がこんな風にご飯を作ってくれるイメージが無かったから。なんか感慨深くて」
……あのな、そのイメージは否定しねぇけど、オレだって一応はな……
「一応?」
「いや。それより主も、オレがこっちに来始めた時より、ちょっとは顔色良くなったんじゃねえのか?」
「え?」
 南泉はうどんを啜りながら上目遣いで私を見つめる。啜ったうどんを咀嚼して飲み込んだ後、まじまじと私の顔を眺めてさらに続けた。
「いつも帰って来るの遅いし、寒いからなのか顔色も悪ぃし。少なくとも、オレがこんなモンを作ってやろうかって思い立つほどには、主、ひでぇ面してたからにゃ」
……へ?」
「それにな、最初に作ってやったのなんてただのラーメンだぞ? あれを食べて、泣きそうな顔で美味しいって言われたら、大丈夫かよって心配するわ」
……
「青い顔して、死にそうな面してよ。最初はなんかあったのかって思ったんだぞ」
「そんな顔、してたっけ?」
「おう。しかもあれが通常だってのにビビったわ」
「ごめん」
「にゃあ? なんで謝るんだよ。こっちでこうして働いて、休みの日には本丸の面倒見て。……主は頑張ってるじゃねえか」
 胡座で座り込む南泉は、背中を丸めたまま私へ微笑んでみせた。細い眉を僅かに下げて、釣り上がった大きな瞳を弛ませ、笑みを向けている。弓形になった口の端は尖った犬歯の形が浮いていた。私のことを労うような優しさに満ちた微笑みだった。そんな南泉の笑みは今まで見たことのないものだったから、私は大いに動揺した。
 気分屋で個人主義で、同派の長や兄貴分のことを敬いつつも畏れている、猫そのもののような刀。私の南泉への印象は掴みどころの無いものだった。南泉をそんな刀だと思っていたからこそ、彼が私へ食事を作って振る舞ってくれることが嬉しくもある反面、気を遣わせている申し訳なさを感じていた。
「もっと頑張れるような人間だったら良かったんだけどね。私なんかまだまだ……
「あぁぁ。もうそういうの止めろ止めろ。とにかく、これ食ったら風呂入ってすぐ寝ろ。いいな?」
「うん……
「あとなぁ。多分何かグルグル考えてるんだろうなって面してるから言っとくけど、オレは主に飯作るの、嫌いじゃないからな。オレがしたくてやってるんだからな。にゃ?」
「ねえ南泉。いつも不思議だったんだけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
「そりゃあ……
 それまで威勢の良かった南泉は、なぜか突然黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
 しばらく固まっていた南泉は何か言葉を発しようとしながらも思案するように思い留まり、不可思議に眉根を寄せて眉間に皺を作った後、自分の口を手で覆って沈黙してしまった。視線は天井の照明辺りを彷徨っている。料理をした時に髪をくくったままだったから、いつもはほぼ隠れている耳が露わになっていて、その耳が徐々に赤くなっていくのがはっきりとわかった。
「え……どうかした?」
「い、いや。何でもねえよ?」
「そう。それにしてもここのコタツ、どうして南泉だけしか通れないんだろうね。他の子たちは通れなくて、南泉だけここに来られるって不思議だね」
「あのな……今気が付いた仮説だけどな、もしかしたらそれ、オレが、主のこと、すっ、す、す……だから通れるのかも。なんてな……あり得ねえとは思うけど」
「す?」
「うん、やっぱいいわ。今日は止めとくわ。今度にしとくわ。日が悪ぃにゃ」
「今日の南泉は面白いね。何か優しいし。ちょっと元気出た」
「はは、そりゃ良かったにゃあ……
 南泉は苦笑いを浮かべた後、私から不自然に視線を外した。彼の頬は赤い。その照れ様を見てよぎった考えと、それに伴って騒つく心を無かったことにしようと私は必死だった。
 もし、このゲートが閉じたら。
 南泉がこうして食事を作って待っていてくれるようなことがなくなったら。そう考えると、途端に心の拠り所を失って戸惑ってしまう自分の姿が目に浮かぶようだった。
 今の私の精神は、間違いなく南泉に寄りかかることで保たれている。彼が私を思ってくれる気持ちによって、私は心の安寧を得ている。そこまで誰かに思われたことが今まであっただろうか。私も南泉につられて頬が染まりそうだった。
「南泉、ありがとうね」
「お、おう。今度は燭台切から教わったやつ作るわ。鶏肉をトマトとクリームで煮込んだやつ」
「あっ、美味しそう。楽しみ」
 南泉の垣間見せた好意からなんとか意識を逸らそうとして、脳内にかぐわしいチキンのトマト煮込みを思い描く。なんだか餌付けされた気分だったけれど、それでも良いと思った。私だって南泉のことは愛おしい。
 もくもくと無言で鍋焼きうどんを食し、ぎこちなく別れの挨拶を交わしたこの夜は、南泉が抱いている私への気持ちを知った日として思い出に刻まれることになった。
 ――それから、南泉はスイーツにまで手を出すようになった。私には何も言わないが、バレンタインへ向けて本丸で特訓を受けているらしい。
 今日も、南泉は食事を作ってくれた後、「座ってろ」と言って洗い物をしている。菓子作りを教わっている最中のことを思い出しているのか、それとも何か違うことを考えているのか。心ここに在らずといった体で度々溜息を吐いていた。
 私は知っている。お菓子作りを教わりたいと南泉が小豆に頼み込んだこと。南泉が甘味に関しての私の好みを探るため、自作のスイーツを頻繁に出してくること。そしてバレンタインの日に、私へ何か伝えるつもりであること。本丸に帰った時に、皆から聞いた話や耳に入ってきた話を繋ぎ合わせると分かってしまった。
 私も彼へ伝えることがある。
 このコタツ・ゲートについての追加の報告が政府から届き、詳細を確認した私は、このことを南泉へ何と伝えるべきか切り出し方を迷った。報告には、磁場の強さについてやら、コタツを潜る途中は宇宙に類似した空間を通っているやら、四次元三次元やら小難しいことが書いてあった。が、要は南泉がふとした拍子に私の様子を気にかけたことがきっかけになってゲートが開いたそうだ。
 政府が調査する間は呪力によってゲートを固定していたものの、調査を終えて術を解いた現在も固定が解除されないところを見ると、南泉は恐らく私に一定の値を越えた執着をしている。この場合の「執着」というものは情報を公的な文書へ起こす際に使う形式的なもので、噛み砕いた表現をするならば、南泉は私へとても好意を寄せている。……ということになる。
 私は、ゴム手袋をはめ尻尾髪で洗い物をする南泉を見つめた。
……なんだよ」
「ううん。すっかり板についたなぁと思って」
「舐めんなよ。このぐらい余裕だっつの」
 洗い物を続行する南泉は、泡の付いた食器を見つめながらまだ何かを考えているようだった。バレンタインに南泉が何をくれるのか楽しみだ。私も南泉へ思いを伝える気でいるが、彼はどんな顔をするだろう。先日の鍋焼きうどんの夜のように頬と耳を染めて戸惑った顔をするのだろうか。もしくは私が全く予想していなかった反応をされるかもしれない。
 万が一の話だが、迷惑そうな困った顔をされる可能性もゼロではない。その可能性を考えると、鬱々とした焦燥が芽生えてきた。全てが私の思い違いだったらどうしよう。もしそうなったら……とマイナスの方へ思考を巡らせだした矢先、「まぁた何かあったのかよ」の言葉と共にちょっと良いアイスが目の前に置かれた。仰ぎ見た南泉は少し呆れた様子でため息を吐き、穏やかに笑っている。それを見て私は安心した。
 多分私と南泉が抱いている思いは一緒なのだと思う。