【スタゼノ】夏の観測

スタゼノワンドロワンライ 第210回お題「シャボン玉」「夏休み」
夏休みになって一緒に研究をしようとしていたのに、ゼノが風邪を引いてしまって寂しいスタンリーの話。

 長い夏休みに入って、俺は何もすることがなくなってしまった。もちろんゼノの研究は手伝う手筈になっていたから、全くの暇ってわけではないのだが、それでも彼の忙しさには負けてしまったので(何せ、彼は幼い頃から大学生をやっていて忙しく研究をしていたからだ)、今日も俺は一人ベッドに寝転がって、拳銃のカタログを見つめていたのだった。
 ゼノとの連絡は主に彼からのことが多かったので、俺はずっと待ちぼうけだった。その間、俺は母親に頼まれてシャボン玉遊びをしたがる親戚の子供の面倒を見、近所の小学生達のレモネード売りを監督し、汗を垂らしながら枯れ葉の浮くプールの掃除をした。そうやって忙しくしていたというのに、俺はゼノのことを全然忘れなかった。それどころか、ますます彼が恋しくなった。
 でも、だからといって、彼に連絡するのは戸惑われた。忙しい彼に連絡してもし断られたら? そう思うと、俺はどうしても日々の生活に夢中にならざるをえなかった。とはいったって、俺がやっていたのは所詮ベビーシッターの仕事や芝生刈りなんかだった。全然夏休みらしい夏休みじゃなかった。他の同級生みたいに南米に行って女とドラッグにはっちゃけるだとか、IDを偽造してクラブに行ってやっぱり女と飲むだとか、そんなティーンエイジャーの男らしいことは全くしていなかった。いつかやって来る、ゼノとの夏の観測を待つだけで、俺は何もしなかった。
 そりゃあゼノと一緒にいられたらいいとは思う。俺達はキスもファックも覚えたてで、少しでも一緒にいたら触れ合いたくて、でもゼノが忙しいって理由で俺達は禁欲的で、だからというか、俺はもやもやしてた。夏季休暇に彼と一緒にいられないことが、どうしようもなく、ただただ寂しかった。
 
 
 そんな中、ゼノが風邪を引いたと聞いたのは、俺がいつも通り芝刈りの仕事を終え、シャワーを浴び、部屋で着替えをしながら、さぁ、次はベビーシッターの仕事だって思った時のことだった。そう、彼の番号を登録しているスマホが部屋で鳴ったのだ。俺はそれに、心待ちにしていた明日のことを思い出した。明日、俺達は会うことになっていて、ようやく会うことになっていて、本当にそれは久しぶりのことで、俺はもしかして愛のコールか? って思って浮かれながら電話を取った。取ったのだが、返ってきたのは思いもしなかった言葉だった。
「あぁ、スタン? 明日約束していた研究だけど……
 実は夏風邪を引いてしまってね、延期してくれないか。
 彼の声は枯れていた。まるで数年前に声変わりをした時のように、がらがらに。俺はそれを聞いてすぐに会いたくなったけれど、でも、そんなに喉をやられているんなら顔を合わせることは出来ないだろうとも思った。
「別にいいぜ。どうせ明日もベビーシッターの仕事回されるだろうし」
「なら良かった。具合が良くなったらまた連絡するから」
 ゼノはそう言って、最後に愛してるよと掠れた声で言って電話を切った。そう、俺が返事をする前に。
……俺も愛してんよ」
 なんとなく、彼に直接愛していると言いたかった。でも今更彼に電話をかけるのはためらわれて、そして俺は昨日受けたベビーシッターの仕事に入ったのだった。
 知り合いの家で、お母さんがいないって泣きじゃくる子供達をあやしながら、俺はゼノは大丈夫だろうか、と思った。でも、そんなの考えたところでどうしようもないことも分かっていた。ゼノが一人じゃないといいのだけれど、彼は一人で全部背負い込むたちだから、きっと家族が世話をしようとしても、一人で治そうとするだろうけれど。
 
 
 ゼノが風邪を引いたと連絡してきて数日が経った。俺はその間数度メールをしたが、残念ながら返事は来なかった。それくらいつらいのかと思うと電話をかけることも出来ず、俺はまた芝刈りをし、プール掃除をし、ベビーシッターの仕事をした。まるで反応の遅い化学反応みたいに、俺の心はゼノからの応答を待っていたが、でもそれだけだった。ゼノならこの退屈な仕事を何か面白い実験に変えちまうんだろうな――
「ねぇ早く来て! 割れちゃうわ! シャボン玉大きいのが出来たの!」
 シャボン玉遊びをする子供達が俺を呼び、俺は慌てて綺麗に芝生が生える庭に出る。するとそこには、俺がゼノに習った通りに洗濯のりとグリセリンを混ぜた洗剤液を与えた幼い子供達がいて、彼らは大きなそれをふわふわと浮かべながら、一応はこの場の監督者である俺をきらきらした目で見た。
「スタンリーもして! 早く! 早く!」
「分かった、分かったって」
 俺は口に咥えた飴玉を噛み潰し、それを飲み込んで洗濯液に突っ込んだストローを咥えた。そして一番大きなシャボン玉を作ると、子供達から歓声が上がった。俺は正直、それを聞いていい気分だった。ゼノが言った通りにしたらちゃんと事象は再現され、それは彼が側にいるような感覚を教えたからだ。科学は再現性だってあんたは言ったんだっけ? それって、本当だね。
「君って、まだ飴玉を舐めてるんだね。毒ガスの吸引よりはいいことだけど」
 その声を聞いて、え? って俺は思った。子供達に向かってシャボン玉を作ってて、それでゼノを思い出したら、そしたらまたあんたに会えるんだ? って思った。彼の声は軽やかだった。なめらかだった。あの時電話越しに聞いた、しゃがれた声とは違った。
「さすがに子供が真似しちゃまずいんでね」
 俺は動揺をさとられないように大きく息を吸い込み、これまでで最も大きいシャボン玉を作ってゼノに向かって振り返った。子供達が歓声を上げる。スタンリーもっと、もっと大きいのを作ってって笑う。
「君も子供なくせに」
「子供があんたとあんなことする?」
 夏休みの前に、しばらく会えなくなるあんたが喜ぶことを、全部やってやった話をする?
 ゼノは夏の日差しの下で、少し赤らんだ顔をしていた。俺が仕事をしていた家の前には小さなバンが停まっていて、彼がそれを運転してきたことが分かった。
「子供達が聞いてるよ。口を滑らすと、君はクビになるかも」
「それでだっていいさ。そろそろ子供をあやすのも飽きてきた頃だったし」
 俺達がそんなふうに会話をしていると、突然現れたゼノに興味津々な子供達が集まって来た。彼らはみんな白衣を着たゼノをじろじろ見ている。
「それで、君の仕事は何時までなんだい?」
「あと十五分てとこ、そろそろ母親が帰ってくる頃だから。……それで、風邪はいつ治ったん?」
「おお、連絡しなかったことを怒ってるのかい?」
 別に怒っちゃいないさ。ただ、ちょっとあんたの具合が気になっていただけで。でもこんなふうに突然会いに来られるっていうのも、中々ロマンチックじゃないか?
 俺はそんなことないぜってゼノの肩を叩く。子供達は新しい大人にもう飽きたのかシャボン玉をいくつも作りながら走り回っていて、いくつも夕日にきらきらと光るそれを手で潰しては笑っていた。
「あのシャボン玉、表面張力のバランスが絶妙だね。君、ちゃんと僕のレシピ通りにやっただろ?」
 弾けるシャボン玉を見つめ、ゼノが言う。俺が頷くと、彼は楽しそうに微笑んで、それじゃあ十五分間のんびりすることにするかって、カバードポーチに座り込んだ。
 あと十五分、十五分で俺達は自由になって、きっとまた観測や実験に走り回ることになって、それは俺が今まで待ち望んでいたことで、そりゃあキスもファックもしたかったけど、ゼノと共に観測に走り回ることはそれ以上にとてつもない快感なのだった。
 子供達はまだ、はしゃいで走り回っている。俺はゼノとそんな彼らを眺めながら、ひっそりを手を繋いだ。彼の手のひらはしっとりとしていて、俺の手も汗をかいていて、俺達はぴったりとくっつきあった。
 そろそろ夕暮れ時だ。会えなかった分キスをして、ファックして、それ以上に実験に夢中になろう。あんたの回復を祝って、小難しい実験をしよう。夏休みはこれからだ。ゼノが望むように、俺が望むように、科学の実験をしながらずっと二人きりでいよう。ずっとずっと、あんたと二人きりでいよう。夏の観測を、あんたと二人きりでしよう。



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