桜霞
2025-07-13 16:35:27
3288文字
Public 【RKRN】夢
 

【RKRN】在りし日の【ZAT夢】

灯さん(@akasatana7123)の企画「イメソン夢企画_タソガレ組曲」に参加させていただいた作品になります。
※弊zat夢「しのぶれど」世界観の番外編です。
※夢主のこどもがふたりいます。
※つどい設定奥方IF
※タソ里の習慣みたいなもの捏造






 上下なんて無かった。肩を組んで笑い合って、自分にはできないことを誰かにやってもらうのは当たり前だった。
 朝餉を食べたらすぐさま家を飛び出して、いつもの場所で落ち合った。いつもの顔ぶれが集合するまでに今日は何をするか車座で話し合って、全員が揃ったらすぐに里じゅうを駆け回った。
 里に住んでいる家族の数なんて大したことは無かったから、皆が皆のことを知っていた。里の秘密を全部知っているのは自分たちだと信じて疑っていなかった。
 昼餉は遊んでいたところから一番近い者の家に突撃し、日暮れまでめいっぱい遊んで、夕餉を済ませたらすこんと寝る。朝日が昇るのが、酷く待ち遠しかった。





 ◆





 夏の夜は短い。夜を中心に活動する忍にとっては、農閑期の戦の最中、短い時間で結果を出すことが求められることが多くなり、なかなか緊張の糸を緩めることができない時期だ。日中の熱が地面から漂って寝苦しい日は家人たちの夜更かしが更に任務の難易度を上げてしまう。一方で、虫や蛙の鳴き声が盛んな時期でもあるから、己の音を紛れさせられるそれらを耳にするたび、安堵する忍は多い。
 足音を消すのに苦労していた時期は、こういうのを聞く度に気が緩んで、それを上役に指摘されないよう上手い事ごまかしていたものだなあ、などと懐かしくなりながら、雑渡は帰宅した。井戸で水を汲んで足の汚れを落としていると、気配か何かを感じ取ったのか、奥が顔を出して勝手場と囲炉裏に火を入れた。部屋がほんのりと明るくなる。
 火の明るさを太陽と勘違いした虫たちがうろうろと彷徨うのをそのままに、雑渡は包帯を解いて微温湯で汗を拭った。汗と分泌液で汚れた包帯は、汚れ物と一緒に彼女が奥へ持って行ってくれる。代わりに差し出された浴衣を着ると、さっぱりとした心地で、雑渡は囲炉裏の前に腰を下ろした。囲炉裏の火を囲むようにして、竹串に貫かれた魚が置かれている。
 おお、と雑渡は小さく瞠目した。
「若鮎?」
「はい。昼間に、こどもたちが獲ってきたんです」
 白い雲が映える、抜けるような青い空の下。蝉の大音声が響く森から、わっと子供たちが現れたかと思えば、一様に髪が濡れている。肩に下げた紐には竹で編まれた小さな籠がぶら下がっていた。こどもに「かあさま!」と大声で呼ばれた彼女が何事かと籠を覗き込めば、まさに大量の若鮎がぴちぴちと跳ねまわっていた。
「昼餉にもしたんですけど、余ってしまって」
「夏だねえ」
 こどもに話を聞けば、大人の足でも一刻はかかるようなところにある川まで走って行って、その川の上流には小さな滝つぼがあるから飛び込んで遊んで、ついでに若鮎がいたから昼餉にしようと獲ってきたのだと口々に説明された。彼女はこども達の行動力と身の軽さに慄いた。
「びっくりしました。いつの間にか、泳ぎまで覚えてしまって」
「そういうものじゃない?」
 若鮎の尾が雑渡の口から飛び出て上下している。左様ですか、と彼女は小首を傾げた。うん、と雑渡は言葉を続ける。
「私も、陣内に突き落とされたことがあるよ。それで泳げるようになったようなもんだからね」
「ま、」
 彼女は瞠目した。
「血は争えぬものですねえ。あの子も、佐助に蹴飛ばされて川に落とされるのだと言っておりましたから」
「うーん……、なるほど……
 雑渡の脳裏には、子供たちの遊びの話を聞く大人たちの複雑そうな空気がまざまざと蘇っていた。まさか自分が親となって、同じような心地を体験することになろうとは、あの頃は微塵も想像していなかった。
「では、あなたは山本殿のおかげで泳げるようになったんですね」
「うん、まあ」
 加えて、忍軍に正式に加入する前に、忍として指示通りに動けるようになるための訓練があり、そこで泳げるようにされるのだが。
 子供たちで川遊びなどをしていた頃は、自分たちが将来、どういう組織に所属して、その組織はどのようなカタチをしているのかなど、薄らぼんやりとしか理解していなかった。所属隊ごとに里があるのだということも、城下の詰所に通うようになって初めて知る。
 思い起こされる全てが懐かしい。最年長になったこどもから忍としての訓練が始まるから、大きくなった頼りがいのある背中を見送り、同じように見送られ、後に残したこども達のことなどを顧みる余裕なぞ、すぐになくなった。里のことや任務以外のことを気にかけるということは現実からの逃走であり、それに気付けなかった者から死んでいったと言っても過言ではない。
 自分のこどもたちも、今、その環の中にいる。あの繋がりが連綿と続いていた事実が、ひどく感慨深い。
 雑渡は彼女の方を見遣った。
 彼女から友垣の話を聞くことは終ぞ無い。タソガレドキ領内でもそこそこ家格のある武家の姫なれば、館の外に出ることなどほとんどなかったと言われても納得できるが、意に反して彼女は城下の町じゅう至る所に入り浸っていたらしい、ということは聞いている。
 一人では無かった筈だ。誰ぞ伴のようにして連れていた者がいたのだろうか。或いは、雑渡のように、気安く肩を組めるような者がいて、手に手を引いてその辺りを駆け回って遊んでいたのだろうか。
 雑渡は、幼い頃の彼女を知らない。彼女と出会ったのは、お互い酒を飲めるようになって、婚約者の候補の一人や二人がいてもおかしくない年になってからだった。
 詮無いことを考える。もし、彼女との婚約が、もう少し早かったならば。
 もし。彼女が、幼い頃から里にいたのなら。
 雑渡は、彼女を遊びに誘っていただろうか。雑渡と、一緒に遊ぶこともあったのだろうか。
 いいや、と、理性的な思考が即座にその可能性を否定する。もし、彼女が里の人間であれば、こうして一つ屋根の下、共に過ごすことなんてなかっただろう。雑渡はきっと、いつまでも彼女に心を開かなかった。
 雑渡の思考を途切れさせるように、ふと、床の間に繋がる扉が、かたん、と音を立てて開いた。ほとんど寝ている顔の息子が、眩しそうにくしゃりと歪んでいる。
「あら。どうしたの」
「ひめが、うなってる……
 むにゃむにゃと、ほとんど寝言である。雑渡が彼女に膳はこちらで片づけておくよと耳打ちすると、彼女はこどもを促して寝室の方へ踵を返した。
 蚊帳の中で、この間生まれたばかりの赤子は、確かに寝苦しそうにしてむずがっていた。額にはうっすらと汗をかいている。背中に手を入れてやると、湿っていた。暑い上に、寝汗が不快だったのだろう。彼女が汗をぬぐってやって、熱を持つ肌に風を送ってやると、すぐにくてんとして、規則的な寝息を立てる。再び畳に寝かせてやって、彼女は自分の膝に項垂れていた上の子も、よっこいしょと抱え上げた。抱える度に重く、大きくなっている。起きないように横に寝かせると、彼女は団扇を手に取った。ゆっくりと扇いで、こどもたちに風を送る。
「代わろうか」
 背後で、勝手場から戻ってきた雑渡が、ゆっくりと腰を下ろす。雑渡の方を顧みながら、彼女は平気ですと微笑んだ。腕の疲れなど、心地よさそうに寝ているこどもたちの、ふくふくとした頬やまろい指などを見ていれば、あってないようなものだ。
「あなたも横になってください。寝る時間が不足すると、暑いのに耐えきれませんよ」
 こどもたちが起きてしまわないように、声を潜める。隻眼が仕方なさそうに微笑んで、はいはいと横になった。
「お前も、無理したらいけないよ」
「はい。承知しております」
 彼女はこうして、一晩中こども達に風を送ってやっている。雑渡は毎度、まったくよくやると呆れ混じりに感嘆している。
 彼女がこどもの頃に、寝苦しい夜を過ごしたからだろうか。それとも、重怠くじとりとした熱など知らぬでいられたからだろうか。雑渡の思案はそこで途切れた。
 彼女は、上の子と雑渡が、まったく同じ姿勢で寝て、ほとんど同じように寝返りを打ってそのまま寝ていることに、思わず頬を緩めたのだった。