ナスカ
2025-07-13 18:00:00
6104文字
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カラミティアンドアストロジャー⑪

前回の続きです。

「裏切りに始まって、裏切りに終わった。それが、我の人生であり、我の宿命だった」


その言葉から、ガノンは『人間だった頃』のことを語り始めた。
最初の裏切りは、生みの母親から。実母はゲルド族なので、彼女らの『ヴォーイハント』という一族の風習について知らねばならない。
ヴォーイハント……それは女性しか生まれてこないゲルド族が子孫を残すための唯一の手段。年頃になった娘は街を出て、運命のヴォーイ……男性を探す旅に出る。相手を見つける者もいれば、あまりの理想の高さで振ってばかりだった故に、ついに独り者として街に戻る者もいた。
見事相手を見つけた女性はそのヴォーイと結婚し、街の外で暮らす。ゲルドの街は男子禁制の街。男が侵入することは大罪とされていた。そして夫婦の間に生まれた赤子は、物心がつく頃になると母親と共に街へ戻る。幼いゲルドヴァーイは、たとえ父親であろうと男の側にいてはいけない掟なのだ。
そしてガノンも、ヴォーイハントを終えたとある女性から生まれた赤ん坊のひとりにすぎなかった。
ところが実母はガノンを街に住む双子の老婆に預け、それきりゲルドの街には戻らなかった。


「ゲルドの男児はハイリア人にとって災いだと言われておったからな。そんなモノを、好いたハイリア人の男の側に置きたく無かったのだろう」
「そんなッ……あんまりではないか!」


双子の老婆は、預けられた赤ん坊に『ガノンドロフ』と名前をつけた。そして男の子として生まれた以上、この子には役目があった。それは、一族の王となること。百年に一度生まれるというゲルドの男児は、王となって人々と国を背負う。非常に厳しい教育が行われ、あまりの辛さに何度か砂漠を抜け出そうとしたこともあった。その度に連れ戻され、お前は王としての役目を全うせねばならぬ、そういう星のもとに生まれたのだとより一層責め立てられた。
その内ガノンも『自分はこういう運命なのだ』と諦め、王として祭り上げられる道を選んだ。それから案外気持ちが楽で、むしろ逆らってきたこれまでが馬鹿のよう。王という立場も、武人としての振る舞いも、受け入れてしまってからは何故か自分の心にひどく馴染んだ。
齢十の時には剣術で兵士長を負かし、それを目の当たりにした雑兵たちはまだ子どもであるガノンに改めて忠誠を誓った。十二の時分には広い砂漠を独りで横断し、十四で養母の摂政を不要とした。
二度目の裏切りはその頃。当時隣国であるハイラル王国は、外野から見れば無闇矢鱈な戦争を繰り返していた。このままではゲルドも巻き込まれてしまう、ハイラル王国の傘下に入るべきだと、複数名の有力な臣下が進言し、ガノンを許可を得ず勝手に信書を送ってしまったのである。


「進言だけならまだ良かった。我も熟考の機会を欲していたからな。しかし無許可で、しかも王である我の名を使ったのはいただけなかった」
……それで、その者たちはどうしたのだ?」
「砂漠から永久追放とした。そんなにハイラルに与したいなら、自分たちだけでもそうすればいい」
「まぁ……それは、そうだが」


しかし送ってしまった信書を取り消すことは出来ない。当時のハイラル王からこちらへ出向くようにというお達しがあった。ガノンは渋々ながらもハイラル城へ向かい、ハイラル王に謁見した。これまで自治を維持してきたゲルドのそんな申し出に大層驚いたらしいが、逞しい戦士が大勢いる種族が国に加わるのは喜ばしい、とまで王は告げた。
こうして、ガノンは偽りの臣従を誓う運びとなったのである。


「お前はその時十四だったのだろう? 甘く見られなかったのだな」
「ゲルドの民は成長が早いのだ。外見だけならば、ハイリア人からは成人済みに見えるだろう」
……じゃあ、意外とお前は若い内に……?」
「髭に触るな」


当時ハイラルの地で行われていた戦は現在では『ハイラル統一戦争』と呼ばれ、『ハイラル』という土地の総てを『ハイラル王国』のものとするためのものである。大国の信頼を得るため、ガノンは戦線にある程度優秀なゲルドの戦士たちを送り込んだ。その目を見張る活躍をハイラル王は気に入り、一層ガノンを頼りにするようになった。ゲルドがハイラル王国の一部に加わった後も、ガノンは王としての才を十分に発揮したのである。
しかし腹の底では、いつかクーデターを起こさんとその日を待ち続けていた。
それは恵みが約束されたハイラル王国への嫉妬であり羨望であり、簒奪を成し遂げよという教えによって産み落とされた醜い感情。そして、王として祭り上げられた故の悲劇でもあった。
そして戦争終結から十年程経った頃、ガノンはとうとうハイラル王を殺害。城に火を放ち、更にはまだ幼い姫までもを亡き者にしようと自ら追いかけた。
だが、それに待ったをかけた者たちがいた。
同じ一族の中でも、一際求心力の高い……言わばガノンの次に影響力のある人物をリーダーに据えた……ゲルド内の反逆組織だった。
「ナボール、どういうつもりだ!?」
「アタイら、もうアンタについていけないよ」
皮肉にもガノンは、ハイラル王と同じ様に自身もクーデターを起こされてしまったのである。
「こんなことをする必要がどこにある!?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。ハイラルの王を殺して、まだ子どもの姫さんにまで手を出そうとするなんて」
「そうしなければ、この豊かな地は我らのものにはならん! それに、まだオレが生まれてから百年も経っていない。オレを王の座から追放して、どうするつもりだ?」
「いたのさ、女でありながら、『族長』ではなく『王』を名乗ったヤツが」
聞けばその昔、その百年に一度が訪れても、ついぞ男の子が生まれなかった年があったという。苦肉の策として、翌年最初に生まれた赤ん坊を、女であっても王とすることが取り決められたのだった。


……もしかして、さっきのが?」
「あぁ……我よりも古き時代の王であり、女の身でゲルド王を名乗らされた哀れなヤツだ。我は、ヤツと同じ名を与えられたのだよ」


過去の実例を引き合いに出されたガノンは、呆然としたところを複数人の同族に押さえつけられた。さすがのガノンも多勢に無勢、何より、自分が王の座から引きずり降ろされたことに耐えきれぬほどの痛みを感じていた。
自分の運命だと思っていた。そういう星の下に生まれたのだから、そのように生きなければいけないのだと思っていた。そう思わされていた。
そうではなかったと知ってしまった今、自分にあったかもしれない『他の人生』を考えてしまう。
「お前たちが望んだのではないか! オレが王になることを! ハイラルの地の簒奪を! 」
「良き王ならば、アタシたちだってついて行ったさ」
ガノンは絶望の中、同胞たちの手にかけられた。だがそれで彼の人生は終わらなかった。むしろそれが始まりと言えた。
ハイラル王国の豊かさを羨み、妬み。自らを祭り上げながら裏切った同族たちへの怒り、恨み。それらがガノンを人ならざる存在……憎悪と怨念の権化である厄災へと変貌させた。事あるごとに目覚めては王国を災禍で包み込み、そしてその時代の勇者によって討ち倒され、姫によって封じられた。ガノンはますます自我を失い、ただの怪物に成り果ててしまった。


……その残った理性の残りカスが、我ということだ」
……
アストルは黙っている。あまりの間抜けさに呆れてものも言えないのかと、ガノンはアストルの顔をチラと見た。
だがアストルは目をこれでもかというほど開き、そこから涙が絶えずボロボロと零れ落ちているではないか。
「おっ、おい!? 何を泣く必要がある!? お前がそんな顔をする理由など無いではないか!」
「無理、をッ……言うなっ……! こんな、こんな……ッ!」
拭っても拭っても、アストルの涙は止まらない。まるで望みが叶わなかった子どものように見える。その涙が何に起因するものか、ガノンはわかりかねていた。
「同情などいらぬぞ。ヤツと顔を合わせた弾みで思い出しただけのこと……
「では先程の動揺は何だったのだ!」
アストルの、白い手のひらがガノンの肩をとらえ、雪原に生える樹の小枝にも似た指がギュッと食い込んだ。その内側からぶわりと吹く風は、熱くも冷たくもあり、今にも雷鎚を落としかねない不安定さ。アストルがこんな風を作り出すのは初めてだった。
「お前も……奪われ続けたのだな……。こんなことがあれば、星を信じられぬのも無理はあるまい……
「アストル……
「さぞ、辛かったろう」
辛かった? アストルの言葉に、ガノンは少しばかり思案した。そうかもしれない。辛かったのかもしれない。
だがアストルの前で、それを口にするのはひどく気恥ずかしかった。
……もう、良いのだ」
「ガノン……
「過ぎたことだからな。だがお前に話して、少々気が晴れたぞ」
ガノンはアストルの手に、自分の手を重ねる。やはり、彼の冷たさは自分の熱を鎮めるに当たっては適温だ。熱を伴う風も悪くはなかったが、寒さを感じるくらいがちょうどいい。
「礼を言う」
ガノンは笑いかけたが、アストルは浮かない顔をしている。彼が何を考えているのか自分にはわからない。おそらくは、考えてもどうにもならないことを突き詰めようとしているのだろう。
「あまり気を負うなよ、アストル」
……あぁ」
返事通りの行動は、期待できそうにない表情だった。

✽✽

本当にアイツの運命は、王となることだったのだろうか。
ガノンの過去を知ってから、アストルはそれについてずっと考えていた。男が王になるというのは、彼が生まれた一族のしきたりだ。それを愚かだと否定するつもりはない。ゼルダだって、王家の習わしに従ってその名を与えられている。
しかし、それはたかだか数十年しか生きられない人間の行いだ。何万年、いや、それどころかもっと前から存在しているであろう星の意思の前には……無力にも等しいのではなかろうか。
アストルはいつもの仕事に加え、ガノンの『本来の運命』を見つけ出すべく奔走していた。しかし彼の誕生はゆうに一万年を超える時の彼方。全天における星の位置を計算をして導き出すのは困難だった。そもそも、ざっくりとした時期は割り出せても、正確な誕生日までは知らない。事情が事情なだけに、ガノンには聞けなかった。
自力での調査を諦めたアストルは、ゼルダに協力を申し出ることにした。城ならば、統一戦争時の資料を保管している可能性がある。
「ガノンさんのことですか?」
訊ねたところ、まさかの敬称付きにアストルは驚いた。ゼルダがガノンのことを見えるようになった様子は、彼女がこちらに来てから度々見られた。だがゼルダにとって、厄災ガノンとは封じるべき怪物であり、封印の力に目覚めねばならぬと責められる根本的原因。彼女の中で良い印象があるとは思えないが。
「お前、アイツを『さん』付けなんかしてるのか?」
「はい、年上の方ですし……
「いや、そういう問題じゃなくてだな。……怖くないのか?」
……最初は驚きました」
驚いたとは思えないほど、ゼルダの表情は落ち着いている。むしろ『敵』に向けるべき顔ではないとすら言えた。
「女神様の御加護だと思っていたのに、まさか厄災だったなんて……。けど、叔父様がとても楽しそうに話していらっしゃるから、悪い方では無いのだろうな、と……
「楽しそう、か?」
「えぇ!」
ゼルダの笑顔に誤魔化しはなかった。彼女は間違いなく、叔父がガノンとの会話を楽しんでいると思っているようだ。
「確かに、厄災はこれまでハイラルに災いをもたらしてきた存在です。でも私は、叔父様があんなに楽しそうに話す相手が……ただの怪物のようには思えなくて」
……そうか」
ゼルダがガノンのことを肯定的に思ってくれている。その嬉しさが、じわじわと、しみじみと浮かんでは染みていく。正直、彼は善ではない。それはアストルも承知の上だ。だが自分の中で『嬉しさ』が大きくなり、善悪を問わずガノン自身を想う柔らかな感情へなっていくのを感じる。
自分は彼に殺されるために会いに行ったのに。彼は自分をいつでも殺せるのに。
同じ思いがガノンにもあればいいと願った。もしも彼がいなければ、今も自分は籠の鳥のままだっただろう。
「統一戦争の資料は、表向きのものであれば城の図書室にあると思います。ですが当時のものとなると……
「無理のない範囲で大丈夫だ。集めてもらえたら嬉しい」
「わかりました。地底調査を依頼したのは私たちです。できる限りの協力をさせてください」
頼もしさに溢れた表情を見て、封印の力など芽生えなくても姪は十分立派だとアストルは思った。

✽✽

机の上には、『幾つもの輪っかが取り付けられた球体』としか形容できない物体が置かれている。それを持ってきたガノンは、何やら満足げな顔をしている。
「なんだこれは」
「天球儀だとあのシーカー族の女史が言うのを聞いた。故に、お前の役に立つのではないかと思ってな」
これが天球儀? アストルは首を傾げて顔を顰めた。構造としてはどちらかと言うと渾天儀に近いだろう。 だが問題はそこではない。
……お前、盗んできたのか?」
「人聞きの悪い。我が何でもかんでも強奪すると?」
「話を逸らすな。盗んだのか?」
アストルがジロと睨んでくる。瞳の中で微かに揺れる失望が少しばかり腹が立った。が、これまでの自分の行いを思えば疑われても仕方ない。しかし今回ばかりは無罪である。
……持ち出し自由の箇所に置いてあったのだ」
……悪い」
唇を尖らせ、アストルは視線を逸らした。
「どうだ、使えそうか?」
アストルは謝罪に言及されなかった事に口を半開きにする。それが彼なりの、過去の行いに対する懺悔だと気づいて、アストルも追求をやめることにした。
「ふむ……古代シーカー族の遺物はあまり触ったことが無いからな……。どう使えばいいのか……
アストルは『天球儀』だというものを指先で軽くチョンと小突く。僅かに左右に揺れたと思いきや、突然、真ん中の赤い球体が激しく光りだした。その眩しさに反射で目を瞑る。
「アストル、見てみろ」
ガノンに促され、アストルはおそるおそる目を開いた。が、その瞬間には瞳孔が小さく見えるほど目を見開く。
仄かな赤い光が部屋に浮かび、ぽつぽつとした幾つかの点がこれまた幾つかの棒で結ばれている。その形は一つひとつが異なり、同じものは二つとしてなかった。
アストルは食い入るように周囲を見回す。興奮気味な笑みを浮かべ、目はキョロキョロと忙しない。
「アストル、これは何だ?」
「これは……星座だ……
「星座?」
「あぁ……感謝するぞガノン! これさえあれば、空の無い地底に、星を浮かべることができる!」
その屈託の無い笑みに、ガノンはふと『守りたい』と思ってしまった。


続く