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本
2025-07-13 10:17:48
2951文字
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肥孫散文/「あした来てくれるかな?」「予定があるので…」
祝装お披露目カウントダウン話
「あした来てくれるか」
「それなんだが
……
じつは俺の出番は、もう決められてしまっていてね」
名まえに数字の入っていることが『カウントダウン』っていうイベントと相性がよかったらしくてさ。
まご「6」だ。なんとまあ、洒落のわかる上層部さんじゃないか。
具体的なことを明かせなくてすまないと詫びる声はやわらかく、受話器を片手に微笑んでいる顔がとてもすんなり思い浮かぶ。
片や、受話器に耳をあてながら先生から「眉間に皺が寄っているよ」とやんわり気遣われる此方。
来る十周年を祝って各自あつらえた新しい服を皆が着て順番に御披露目していくという企画が進むなか。
明日は誰の姿を世間に公開するのか、という順番は明日来てほしい者を呼べる
…
きょう自分が御披露目をしたなら明日は誰が来るものか、その刃選はゆだねられているもの、と。
呼びたい相手を自由に呼んでいい仕組みなのかと思っていた。
照らし合わせれば国宝に指定をされた日、逸話にまつわる日、持ち主のなにかにまつわる日、それっぽい日
……
自分も淡く気にかけはしていたが。刀剣に詳しい先生からしても単なる偶然ではないと思われる日が多かったと聞いた。
つまりあまり深い意味のない日、相手を指定して好きに呼べる枠は貴重だったらしい。
それで明日は好きに選べる日。貴重な、誰の大事な記念日にもかぶらない。
ならばと呼んだ相手側から返してくれた答えにショックを受けた自分がいる。
すこし考えたらわかったことだ。
各刃の記念日以外にも、企画に組み込まれて事前に日付を決められている連中がいる。
…
そのうち一振が呼びたい打刀、呼ぼうとしていた打刀。
同郷のふたふりが一昨日、昨日
…
と続けて呼ばれた。
吉行がまだなら吉行を呼んだ。先生がまだなら先生を呼んだ。
ふたふりとも、もう呼ばれていて、三振めが自分だった。
それなら呼ぶ相手はひとふりだった。
…
あいつがダメなら誰を呼べと?
すっかりそればかり考えていた予定がいきなり白紙となっている。
けれど御親切なことで、決められない場合のためにと資料が用意されていた。
あすはなんの日か。最近、展開されている関連商品。なんとなしそれっぽい日。
この日が良いかも、この日が空きなら撮りたい、もしくはこの日は大丈夫と立候補をしている者のリスト。
リストの中に「たくさん食べる姿は見ていて楽しい」だとかでよくめし屋に自分を連れていくひとふりがいた。
ダメ元で電話して明日はいいかと尋ねたら「是」と。
懐が広い。「次」に据える事実は忍びないが、誰も呼べずに誰も来ない等という気まずい事態は避けられた。
お頭と呼ばれている明日担当には先代がいて、その先代は「人斬りの花形」を謳うあの打刀とさまざまな縁でつるんでいる。
人斬りの刀であるのを理由に断ることは敬う相手を無碍にすることと同義なのかもしれない
…
いや。
もっとシンプルに顔見知りを無碍にするような性格をしていないだけか。
「
………………
」
『おれの次だった』と記録に残る。
あいつをそこに据えたかった。
関係者だと知らしめて、おおやけに引っくるめてやりたかった。
おれの次になったらよかった。
「なあ、あんた」
呼び出し拒否からほどなくして控え室に、件の打刀があたらしい装束でひょっこり顔を見せてくれた。
初めて見る着こなしがなんともいえずしっくりきている。
詳しくはないけれど大正浪漫とかいう言葉を思う。そのあたりを生きた持ち主たちのイメージか?
「あんたさえ良かったら、この恰好ですこし出歩かないか」
…
ことわる、と返したくはならなかった。
窓からは夕暮れ。写真撮影が終わった広い施設のなかを、何処へ向かうでもなくのらくら歩く。
ふらりと立ち寄った甘味処で洋菓子を頼んで茶を飲んだ。
そうしたら腹の虫が鳴いて、食事がまだなら何かめしでもという運びになる。
この施設はいまの時期は幸い、めしやも甘味処も「何でも自由に食っていい」という祝賀仕様だから財布の中身は気にしなくてもかまわない。
服を汚さずに済みそうな、こういう服でもなかったら選ばないような洋食屋に誘われてそこに決める。
少しずつ出てくる皿がどれもうまい。葡萄酒もうまい。西洋のめしも頭に入っているから食いかたには困らない。
目の前で食っている打刀はナイフとフォークに慣れないからと追加で箸を頼んだが、食器を使う所作は綺麗だった。
そいつが箸を止めて、こちらを見て。しみじみ笑って目を細める。
「この装束でいっしょに何かを食べた相手はあんたが最初だよ」
「!」
「最初で最後にしてもいいなぁ」
「
…
せっかくだろ。それ着てこれからもうまいもんたくさん食ったらいい」
「それならいっしょに時々こういうところに来よう」
「
……
」
「あんたが呼ぼうとしてくれたのが嬉しくてさ。この服で今日あんたと思い出を作りたかった」
つい押しかけた。いてもたってもいられずに!
そう聞かせてくれて「呼びたかった」という行き場のなかった感情が霧散して、理解する。
そうか、つまるところ単に自分は独占したかった。なにかつながりが欲しかった。
今、こうしてふたふりで大事な服で、人目もある場所でいっしょにめしを食えている。
「そのぐらいの間柄」だと。
「あの打刀を呼べるんだ」という、仲がいいんだという証明。
公的に、まだ、なにもないから。
「どれもうまいね」
「おう」
カウントダウン要員に抜擢されたなら前後に来るのは誰になるのかわからない。
その代わり確実に誰かを個刃的に呼びもしないし誰からも個刃的には呼ばれない。
自分が呼べなかったのなら考えてみれば今回、これ以上のことはない。
そう思い到って、次があるならいつになるのか考えながら食うめしはよりいっそううまかった。
「
…
食い終わったら」
「うん?」
「洋風の呑み屋がある」
「夜景が綺麗な『ばー』か?つまみがうまい『おすてりあ』?」
「もう誰かと行ったのかよ」
「最強と無敵がノリノリのときここの呑み屋をすみからすみまでハシゴした」
「思ってたのと違ったわ
…
」
「探検みたいな気持ちだね。ハメは外さん程度だったぞ」
「そんなら呑み屋はてめえのほうが詳しそうだな」
「それほどでもないが
…
どんなのがいい?
立ち飲み屋から個室でゆっくり呑(や)れる店まで色々あるよ」
「夜景の綺麗なバーが良い」
初志貫徹。マスターとして店を取り仕切っている自称(はたから見てもだが)かっこいいやつがこしらえる肴がうまいし
…
あいつはバーを利用する連中についてデータバンクのような役割をしている。
内緒にしておきたい話を誰彼かまわずふれてまわるような性質では決してない。
必要で差し支えないなら教えてくれる匙加減が完璧な情報網の中枢のような位置付けだ。
のりのりから聞いて把握しているのかはしらないが。
そいつのところに、この服で行く。
なにかしら話すなら話し、ふたふりでゆっくり呑んで、この打刀を連れて帰る。
確実なものがなにもないなら、なにかが来るまでは外堀を埋める時間と思えばいい。
長ければ長いほど都合がよくなるという嬉しさを、味も薫りも好い葡萄酒で飲み干した。
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