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ふにょり
2020-06-29 20:20:24
16438文字
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デジタル獅子戦争 第1話「予兆」
FFTの現代学園パロディ長編小説です。
ムスタディオと汎用ちゃんのCP表現があるので注意!
※オリキャラはびこってます
見渡す限り全てがデータの海。
それは人々の心の記憶。
善意に溢れた光の粒子も。
悪意や怒りに満ちた影の粒子も。
身体を通り抜ける度に 様々な感情が脳裏によぎる。
光の粒子は通り抜け 影の粒子は凝り固まる。
自らの体の内に沈殿していく。
だが今は。
今はまだ。
だから眠ろう データの海で
……
デジタル獅子戦争
第1話 予兆
雲一つ無い、快晴の青空。
朝の爽やかな空気を掻き分けるように、舗装された道を一人の少女が軽やかに駆け回る。
「ラムザ兄さーん! ディリータもティータも、早くー!」
首の後ろで緩くまとめた亜麻色の髪を鮮やかなピンクのリボンで結び、まだ新品の制服を身に纏った女子高生が後ろを行く者たちに大きく手を振った。
紺色のブレザーに赤いラインの入ったプリーツスカート。白いワイシャツはセーラーカラー。胸のリボンは青い。
「アルマ、ちゃんと前見て歩けよ!」
妹をたしなめるのは前髪の一房が反り返ったアホ毛と後ろにまとめた金髪の少年。中性的な容姿と体つきだが、前を行く少女と同じ色の男子学生用のブレザーを着ている。彼のつけているネクタイは赤い。
「アルマのやつ、最近ずっとご機嫌だな」
ラムザの隣を歩く栗色の髪をオールバックにした少年が口を開く。彼も同じ制服と赤いネクタイをつけている。
「やっと高校に入学出来たのが嬉しいみたいだ。高校に行けば僕や君たちにも会いやすくなるからね」
「なるほどな」
「それより昨日はごめん、ディリータ。“FFT”のアバター作るの手伝ってもらっちゃって
……
」
彼は気にするなとかぶりを振る。
「おまえの機械音痴には慣れている」
「はは
……
」
「ラムザさん、やっと作れたんですか?」
ディリータの背後をぴったり隠れるようにしてついてくる少女が話しかけてきた。
「ああ。これで僕もログインできるよ」
「ティータもアルマのを手伝ってやったらどうだ?」
「アルマは大丈夫じゃないかしら、シャルに教えてもらってたみたいだから」
薄幸な微笑を浮かべるティータはディリータの妹だ。アルマと同じく青いリボンを着けた制服を着用している。
そうこう話している内に、段々と道を行く人が増えてきた。こちらと同じだったり似たような制服を着ている者が多いが、私服や別の学校の生徒と思われる人間もちらほら混ざっている。
「レベッカ! アンナ! おはよう!」
「アルマ! おはよー!」
「おはようございます」
明朗快活なアルマは友達が多い。道行く人は大抵彼女の知り合いだ。
「ティータも一緒に挨拶しましょ?」
「わ、私はいいよ
……
」
アルマの誘いにティータは弱々しく遠慮した。何かに怯えるかのようにディリータの後ろに隠れている。
「そう?」
「
……
それにしても、今日はやけに他校の学生が多いな」
ディリータが道を見回しながら呟く。ラムザもそれは気付いていたことだった。
「ああ。いつもいるけど今朝はすごいね」
すると、前を歩いていたアルマははっと何か閃いたように大きな目を見開いた。
「
……
まさか!!!」
と言うなりぱたぱたと見えてきた目的地へダッシュを始めた。
「あ、ちょっと! アルマ!!」
兄の静止も耳には入っていないようである。
「仕方ないな
……
朝から一走りするぞ」
「ええ」
「やれやれ
……
」
ディリータの声を合図に、残された三人も駆け足で先を急ぐ。
目的地である学校の門を潜り抜けると、アルマは何かを探しているようにきょろきょろしている。
「アルマ!」
ラムザたちが到着しても構わず、やけに必死の形相だ。
「いったいどこにいるのかしら
……
」
「アルマったら心配症ね」
ティータは苦笑いの表情を見せている。
そんな時、近くを通りかかった他校の男子生徒たちの声が聞こえた。
「あそこにすっげーかわいい子がいるって!」
「マジ!? 噂の子!?」
「一人か? 一人か!?」
彼らはドタドタとすごい勢いで高校の校舎がある方へと走っていった。
「あっちね!」
その後を追うようにアルマが鋭い眼光で同じ方向へ再び走りだし、半ば呆れ気味のラムザたちもまた続く。
***
「いた!!」
「ちょ、待てこれは本物だって!」
「うわぁあ掲示板の噂は本当だったんだ‼」
高校の校舎の前に着くなり男子生徒たちで団子のように固まっていた。これでは正面から校舎に入ることすらままならない。
学校の生徒たちは迷惑そうに回り道をして入っていく。
彼らの目線はただ一人の少女に注がれていた。
紺色のブレザーにセーラーカラーのワイシャツ。ラムザやディリータと同じく赤色のリボン。朝日色の淡い金髪を緩いおさげにして両肩にのせている。青空色の大きな瞳に透き通るような白い肌。そんな誰もが振り向く美少女を、他校の者たちはわざわざ見にやって来たのである。
一方当人はこの状況に気付いていないのか、それとも自分が見られていることを自覚していないのか、周りには一切目もくれず校舎前の柱に背を預け両手でスマートフォンを操作している。
「やっぱり! またシャルに悪い虫が!」
「悪い虫って
……
」
アルマが憤慨したような顔で腰に手を当てている。そんな妹の姿にラムザは呆れる他ない。
「あ、あの!」
他校の男子生徒の一人が興奮気味に、美少女に話しかける。顔を上げた彼女は、やっと大勢の人間に自分が見られていることに気付いたらしい。
「イノヴァーシュ家のシャルロット嬢ですかっ!?」
「はい
……
」
彼女が微かに頷くと、うおー!という大歓声が上がる。あまりの音量に、側にいるラムザたち四人は耳をふさいだ。
「え、えっと、あの
……
」
シャルロットは怯えるように後退りしていた。しかし相手は構わず彼女に迫ってくる。
「あの、“FFT”のアカウントを教えてくれませんかっ!?」
「おいずるいぞ!」
「俺が先に見つけたんだから俺が先だ!」
「何を言ってるんだ! 話しかけたのは俺だぞ!?」
勝手に醜い争いが始まった。
「シャル!!」
アルマが助けに行こうと人混みを掻き分けようとするが相手は同年代の男性。細身の彼女の力ではまったく歯が立たない。
「今日はいらっしゃらないのかしら」
一方その後ろでティータは辺りを見回している。ディリータも朝から疲れたようにため息をついた。
「まったく
……
シャルを放っておいて何をやっているんだ、“あいつ”は
……
」
とその時。
「
……
おい」
辺りを引き裂くような低い声が横から響いた。
見ると、学園の校章が入った白いエナメルバッグを肩にかけ、着崩したブレザー姿の男子高校生がいかにも不機嫌そうな顔で立っていた。麦畑色のブロンドをオールバックにまとめ、耳の後ろで結っている。制服はラムザやディリータと同じだが、つけているネクタイは緑色だ。
「俺の連れになんか用か?」
「あっ、ムスタディオー!」
シャルロットは嬉しそうに笑って彼のもとにぱたぱたと駆けていく。それだけで凍り付いた空気ががらがらと音をたてて崩れたような気が、ラムザにはした。
「ま、まさかあいつが彼氏!!?!?」
「彼氏いたの!!!?」
「ええええええええ!!!???」
「?」
絶望にうちひしがれる彼らを、シャルロットは不思議そうな顔で眺めていた。ある意味非情な光景である。
そんな時、校舎の中から怒鳴り声が飛んできた。
「おいおまえら! 何やってンだ! 他校の生徒は高校校舎に立ち入り禁止だぞ!」
生活指導教員であるガフガリオン先生だ。
「やべ!」
「逃げろ!」
「おい待て! おまえらの学校に訴えるからなッ!!!」
シャルロットにたかっていた他校の生徒たちは一斉に校門へと脱兎のごとく駆け出した。それをガフガリオン先生が怒りながら追いかける。
「はあ
……
。遅くなって悪かったな、シャル」
「ううん、大丈夫だよムスタ」
えへへ、と笑うシャルロットに、ムスタディオもやっと安心したように笑顔を見せた。
「シャル、ムスタディオ。おはよう」
やっと落ち着いたところでラムザが声をかけると、シャルロットはこちらを振り向くなりまた嬉しそうな笑顔が弾けた。
「ラムザ! アルマにディリータにティータも! おはよう~!」
「おまえら
……
見てたんだったら先になんとかしてくれりゃ良かったのに
……
」
「人が多すぎて無理だよ」
ムスタディオとラムザのやりとりの横で、アルマはシャルロットの周りをぐるぐる回って彼女の華奢な身体を点検している。
「シャル、大丈夫!? さっきの人たちに変なところ触られてない!?」
「? うん、声をかけられただけだったから」
シャルロットが頷くと妹は大袈裟なため息をつき、それから怒ったようにムスタディオを見上げた。
「もう! ムスタディオさん遅い!! シャルに変な男がくっついてたらどうするの!?」
「なんで俺アルマちゃんに怒られんの
……
?」
「ははは
……
」
腑に落ちない彼の顔にラムザはフォローすべき言葉も見つからず乾いた笑いをするしかない。
「? アルマ、ムスタは提出物を先生に届けに一度別れてて、私は待ってただけだよ?」
シャルロットは未だに何故アルマがこんなに怒っているのかわかっていないようである。
「それで周りの惨状に気づかないシャルも大したタマだな」
ティータと一緒に僅かに遅れてきたディリータが言うと、彼女は少し恥ずかしそうに手元のスマートフォンを見下ろしてはにかんだ。
「えと
……
ちょっと大学の先輩とやりとりしてて
……
」
「アグリアスさんか」
ムスタディオが言い当てると、シャルロットは嬉しそうに頷く。
「うん! また家に来てくれるって」
「アグリアスさんって
……
前にシャルが話してた、あなたのお姉さんのお友達?」
ティータの問いにそうだよ、と返す。
「とっても綺麗で優しい人なの。今度ティータたちにも紹介するね!」
「
……
優しい
……
のか
……
?」
「きみには優しくないのかい?」
今度は訝しげな顔をするムスタディオにラムザが聞くと、彼はうーん
……
となんとも言えない声を漏らした。
「悪い人じゃないんだけど
……
手厳しいっていうか
……
。ほとんど笑わないし」
「そんなことないよ? いつも微笑んでくれるじゃない」
シャルロットが笑いながら首をかしげる。
「いやあれはおまえに対してだけだぞ」
「随分と相手の扱いに差がある人らしいな」
「みたいね」
双方の随分な食い違いにディリータとティータは顔を見合わせた。
ラムザも笑いながら壁にかけられた時計を見て、あっと重大な事実を思い出した。
「って、もう教室に行かないと! 先生が来ちゃうよ」
「そうだったな。そろそろ入ろう」
***
「きゃーッ!?」
校舎に入り、いつものように下駄箱の蓋を開けて上靴を取り出した時、シャルロットの驚いたような叫び声が響いた。
「シャル!?」
同じクラスのため近くにいたラムザは急いで上履きを履き、彼女のもとへ駆け付けた。
そこには、口を両手で覆って立ち尽くす友人。彼女の足元には大量の紙が山のように広がっていた。
よく見ると、その紙一つ一つ全てが封筒のようだ。
「これ
……
」
「げ、下駄箱を開けたらこんなにたくさん
……
」
これ以上言葉も出ないラムザに、シャルロットが困惑した様子で状況を説明する。
その間にわずかに遅れてやってきたディリータが封筒の一つを取り上げ、差出人の名前に目を通す。
「
……
うちのクラスの男子だな」
「ということは
……
」
言うまでもない。全部彼女宛のラブレターである。
こんなことは毎日のようにあるが、特に多い気がする。なんだか今日はいつもと違うことが多い。
しかし、手紙をもらった本人は分かっていないらしい。
「こ、こんなにお手紙もらっても全部読めないよ
……
。何の御用なんだろう
……
」
「そもそも読む必要ねーだろ」
3年生の下駄箱がある方から来たムスタディオが言う。思うところがあるのか、彼はまた不機嫌そうな顔だ。
「あーっ!」
今度は1年の方から来たアルマが怒ったように叫んだ。傍らにはティータもいる。
「もうまたなの!? シャルにはムスタディオさんがいるのに!」
「ッ!?!?」
「えっ!? ア、アアアアルマ! あのっ、わ、私たちはただの幼馴染みで──!」
彼女の発言にムスタディオは固まり、シャルロットはあわあわと言い繕う。二人とも顔は真っ赤で、何の誤魔化しにもなっていない。
「まあまあ落ち着いて」
ティータが苦笑いを浮かべて宥める。
「手紙は私たちが処分するから、シャルは読まなくて良いの! ねっ、ラムザ兄さん」
「僕も!?」
「何言ってるの、友達のためじゃない!」
母親のような物言いの妹。兄はまだ朝だというのに疲れたようにため息をついて大量の手紙を拾う。箒とちり取りを持ってきたディリータとティータもそれに加わった。
「あの、私も手伝うよ」
「おまえはいいって、どうせ律儀に手紙開けんだろうが」
手伝おうとするシャルロットをムスタディオが肩を掴んで止める。
「でも
……
」
そう言っている間には、大量の恋文はちり取りと各々の腕に収まっていた。それをどっさりとゴミ箱の中に入れ、アルマはふう、と何故か一仕事したような爽やかな笑顔で額を手の甲で拭った。
「これでよし! さ、教室へ行きましょ」
「それじゃあ、私とアルマはここだから」
「ああ、またな」
二階に上がると、ティータとアルマが外れた。二人は1年生のため、ここで一旦別れることになる。
「ラムザ兄さん、ちゃんとシャルのこと守ってよね!」
「わかってるよ、過保護だなあもう
……
」
度重なる念押しに、ラムザはため息混じりに承諾する。その後ろで話題に挙がる少女はくすくす笑った。
「ラッドさんたちもいるから大丈夫だよ、アルマ。それじゃあね」
「じゃあ、また後でなシャル」
三階に上がると、ムスタディオが3年生の教室がある次の階段に向かう。残りの2年生はこの階が教室だ。
「うん。ムスタ、またね」
シャルロットはにこっと笑って手を振る。
「俺は教室あっちだから」
「ああ」
ディリータも隣のクラスだからここで別れる。
残されたのはラムザとシャルロット。
「僕たちも行こうか」
「そうだね」
前を行けば、彼女は仔犬のようについてくる。
2年1組と書かれた札の下にある扉をガラッと開けた。
「おはよう」
「おはようございます」
ラムザとシャルロットの挨拶に、既に来ているクラスメイトの一部からも同じ挨拶が返ってくる。
「やあ、おはよう」
席にくると、隣の窓際の席でノートパソコンを開いている同級生が声をかけてきた。蒲公英色の優しい短髪が朝日に透ける。
「おはよう」
「ラッドさん、おはよう!」
ラムザの後ろの席についたシャルロットも、嬉しそうに挨拶した。
「今朝はすごい人だったみたいだねえ」
ラッドは含み笑みを浮かべている。
「?」
「ああ
……
ムスタディオが来たからなんとかなったけど
……
」
すごい人って何が? と顔を傾げるシャルロットの代わりにラムザが答える。
「いったいどこからシャルの噂が流れているんだろう
……
。アイドルでもないのに」
「美男美女は存在するだけで噂になるものだよ。今じゃ“FFT”だってあるし」
ラッドがちら、とラムザたちの背後を見る。横目でその視線を追うと、慌てて目をそらすクラスメイトが何人かいた。
「皆おはよう」
「ラムザさん、シャルちゃん、ラッド。おはようございます」
そこに同じクラスの女子高生二人組がやってきた。
「アリシア、ラヴィアン! おはよう!」
シャルロットはまた笑顔で彼女らに返す。ラムザとラッドもそれぞれおはようと返した。
「シャル、またナンパされたって本当?」
赤い瞳のアリシアが小首を傾ける。
「ナンパ???」
「ほら、他の学校の連中に」
「あ、うん。他の学校の人に声はかけられたよ。ちょっと怖かったけど
……
」
「シャルちゃん、本当にモテモテねえ」
青い瞳のラヴィアンが大変そうね、とのんびりした口調で微笑んだ。
「も、もてもてなのかな
……
?」
「モテモテじゃなかったら声なんてかけられないよ」
まだよく分かっていないらしい友人に、ラムザはそう教えてやる。
小学生から仲良くなったシャルロットだが、その時から周りの注目を集める美少女として噂になるほどであった。街を歩けば皆彼女を見る。だが、その時から既に彼女の隣にはムスタディオがいた。
しかしなにより問題なのは、彼女が人の目を引きやすいという点に関してあまりにも無自覚であることであろう。
予防線を張れないのだから、周りにいるラムザたち友人はいつも気を揉む。
そこに
「
……
なあ、学校に来たらガフガリオン先生が鬼みたいな顔で周りをきょろきょろしてたんだが」
同じ制服に身を包んだ黒糖色の肌の男子生徒が、翡翠の目を眇めながらやって来た。
「あ、マラーク! おはよう!」
シャルロットはまた向日葵のような笑顔で挨拶をする。
「おはよう。えっと、多分
……
シャルを見に来た他の学校の生徒を追っていたんじゃないかな
……
」
ラムザが挨拶ついでに説明する。
「またか。おまえらもムスタディオセンパイも苦労するな
……
」
「? 追いかけているのはガフガリオン先生なのに、どうしてラムザとムスタが苦労するの???」
騒動の発端となった張本人は、きょとんと不思議そうな顔をしている。
「
……
」
「
……
」
ラムザとマラークは互いに顔を見合わせ、大きな大きなため息をついた。残りのラッドとアリシアとラヴィアンは吹き出して笑っている。
「えっ??? 何? どうしたの???」
シャルロットは周りの反応の意図が読めずわたわたし始めた。
「いや
……
何でもないよ」
「そういうところがシャルの良いところでもあるんだから」
ラッドとアリシアが含み笑いのままフォローを出す。
「そ、そうなのかな
……
」
するとラヴィアンも頷いて同意する。
「そうよ。だからシャルちゃんは気にしなくても大丈夫。後はラムザさんが何とかしてくれるわ」
「僕!?」
思わず声を上げた時、がらりと教室の扉が開いた。
「席について。朝礼始めるぞ」
担任のオーラン先生の声に、皆がそそくさと自分の席に戻っていく。
ドタバタな一日が、こうして始まった。
***
イヴァリース学園はガリオンヌ地方の中央・ガリランドにあるイヴァリース一の進学校である。その東隣には、かつて貿易都市として栄えたという、ドーターという都市が存在する。イヴァリース学園の生徒・学生の中にはそこに居住を持つ者も多く、下宿している者も少なくない。そして瞬く間にブームとなっている“FFT”の開発を手掛ける、“イノヴァーシュ・システムテクノロジー”の本社もこの都市にある。
ドーターには、昔この街に流れてきた東国の侍の逸話がある。彼はドーターの民に助けられ、この国に“忍者”や“侍”なるものを伝えた。そして、この都市を大きくするため多大なる貢献を果たしたのだった。やがて侍は畏国の一員となり、後の大貴族“イノヴァーシュ家”の前身となる。
昼過ぎ、イノヴァーシュ家の屋敷に二人の女性がやってきた。うち一人はこの家の娘だ。
「ただーいまー!」
「お邪魔致します」
元気に挨拶するショートヘアーの女性に続いて、もう一人のブロンドを編み込んだ女性は丁寧に頭を垂れる。
「そんなマジメに挨拶しなくても大丈夫よ! 今うちには誰もいないから」
「そうであっても他所の家に上がるのだ、このくらいの礼儀は当然だろう」
「も~、ホントに頭固いわねえアグリアスは」
言いながら肩にかけていた鞄を雑に置く友人。アグリアスと呼ばれた女性は呆れた顔で、おまえがガサツ過ぎるだけだろう
……
と返す。
「それよりヴェロニカ、ゼミをどこにするのか決めたのか?」
「んー? 私はアグリアスと一緒が良いわ♡」
ヴェロニカは合わせた手の甲を自分の右頬に当て、小首をかしげた。
「そんなわけにもいかんだろう。私の履修するものが、おまえが興味のあるものとは限らないのではないか?」
「あらそんなことないんじゃない? 私だって畏国史の研究はしたいわ。あなたがやってるような王族関係の仕事をする上でも、歴史の教養って必要でしょ?」
「それはそうだが
……
」
「大丈夫よ~。それにあなただって忙しいんだし。理解者が一人くらいいた方が何かと安心できるわよ?」
ちゃっかり理由をつけているが、その本心をアグリアスは見抜いていた。
「おまえは私といたいだけだろう」
「ありゃ、バレたか~」
てへ、と自分の頭に手をやる。いつもこんなノリのヴェロニカだが、これでも優秀な成績を修めている。故に友として、自分のやりたい道に進んで欲しいとも思うのだが。
「とにかく、今度希望表見せて頂戴よ。ねーねー」
甘えるようにすり寄る友人に、わかったわかったと言いながら椅子に鞄を置く。
「その前に課題の方を何とかするぞ」
「はーい! じゃ、お茶入れるわ。お菓子食べながらやりましょ」
「ああ。頂こう」
アグリアスがそう言った時、玄関の方から再び扉が開く音が聞こえた。
「ただいま帰りました」
「お邪魔します」
入ってきたのはヴェロニカの末妹と、彼女の幼馴染みの青年だった。
「おかえりなさい、シャル! ムスタ君もいらっしゃい♡」
入ってきた二人にヴェロニカが嬉しそうな様子で声をかける。
「今日早いのね」
「はい。今日は授業の説明だけだったので」
「こっちも午前中だけで全部終わりました」
「あ、そっか! 今丁度そんな時期だったわね」
シャルロットとムスタディオの返事に、ヴェロニカは懐かしげな顔をする。彼女はこの二人が通っている高校を卒業したため、カリキュラムを知っているのである。
イヴァリース学園高校は2年生から選択制授業になる。好きな教科を受けることが出来るのだ。
「ということは、高校の方もこの先1週間は早いのだな」
後ろにいたアグリアスが声をかけると、シャルロットは嬉しそうに顔を輝かせた。
「アグリアスさん! 来てくださったんですね!」
「お邪魔している。新学期早々悪いな」
「良いんです!」
少女はブンブンと首を横に振る。
「お会いできてとっても嬉しいです! あの、ヴェロニカお姉さまがご迷惑かけていないですか?」
「ちょっとおー! 私の親友兼心の友にそんなことするわけないでしょ!?」
「だから心配なんじゃ
……
」
妹の質問に割り込むヴェロニカ。ムスタディオが思わず小言を挟む。その様にアグリアスはくすくす笑った。
「心配してくれてありがとう。大丈夫だ。
……
まあ多少スキンシップ過多ではあるがな」
「なあーに言ってんのよー! ハグは畏国の文化なのよー!」
「今する必要はないだろう
……
」
抱きつく友の肩をポンポンと軽く叩く。
文化と言いつつ、本当のところは違う気がする。
ヴェロニカは自身がバイセクシャルであることを、軽いノリでカミングアウトしてくるような人間だ。だから別にそうであったとしてもおかしくもなんともないのだが。
「ヴェロニカお姉さま!! アグリアスさんが折角そう言って下さっているのに
……
!」
もう!と膨れるシャルロットをムスタディオがまあまあと宥める。
「それより、茶を入れてくれるのではないのか」
「あっ、そうだった!」
ヴェロニカが我に返ったようにぱっと体を放した。
「ムスタ君も飲むでしょ?」
「はい、頂きます」
「あ、私も手伝います!」
シャルロットが姉の後をついていく。
「はーい、二人ともちょっと待っててねー!」
ヴェロニカの声と共に、姉妹はキッチンに入っていく。
広々としたリビングにはムスタディオとアグリアスだけが残された。
「
……
相変わらず仲の良い姉妹だな」
「そうですね」
アグリアスのどこか優しい呟きに、ムスタディオも鞄を下ろしながら笑って同意する。お互い一人っ子で兄弟姉妹はいない。だからこそ、イノヴァーシュ家の姉妹は二人にとって血の繋がっていないだけの家族ような存在である。
ムスタディオは幼い頃からシャルロットと、アグリアスは高校生の時からヴェロニカと親しいので、イノヴァーシュ家に来ると今のように互いに顔を合わせる機会も多い。そのため、会ったら話すくらいの仲にはなっている。
「それより、新しいクラスはどうだ? クラス替えがあったのだろう?」
「どうもこうも、皆新学期早々受験モードでピリピリっすよ
……
」
ムスタディオがうんざりしたような口調で返す。
「そういえば、おまえは今年で3年か。早いものだな」
「やめてくださいよ、そんな親せきみたいな言い方」
「似たようなものだろう。おまえも進路はどうするのだ?」
「俺は親父の工房を継ごうと思ってます」
言いながら彼女の左隣に立って大きなテーブルにもたれた。
ムスタディオの家・ブナンザ家は古来より機械開発で発展してきた工房を営んでいる。最近はシステム開発にも参入していて、イノヴァーシュ家とは10年以上続くビジネスパートナーであり、お得意様でもある。
アグリアスはその返答に少し目を丸くした。
「大学に進学しないのか? おまえの成績なら、畏大の理工学系に推薦で入れるだろう」
畏大というのはイヴァリース学園大学のことだ。アグリアスとヴェロニカはその大学の学生であり、ムスタディオらの通っている高校の附属大でもある。
イヴァリース学園は偏差値はかなり高い一方で個々の才能の多様性を重視しており、高校二年生から授業が選択制になるのはその一貫なのである。大学でも学部ごとに定められた特定の教科の成績が一定以上高ければ推薦で内部進学することができる。アグリアスやヴェロニカもその制度で進学した。
「親父にも同じこと言われたんですけどね
……
」
ムスタディオは頭をかく。彼は語学系科目の成績は悲惨も良いところだが、理工学系や実習科目は学年トップクラスである。
「でも最近、親父も足腰悪くなってきましたし、“FFT”の開発も大変ですから。それに、早く本格的な修行ができれば、それだけ早く仕事も手伝えますから。それに
……
その
……
そしたら、シャルとだって
……
」
「結婚するのか?」
「!!???」
先に言ってやると、彼は耳まで真っ赤になった。
「そそそそそれは!! いや、えと、その
……
、
…………
」
あわあわしながら言い繕おうとするが、結局何も言えなくなってしまう。真っ赤な頭からは、湯気が立ち上っているかのような錯覚すら覚える。
「ああいや、すまない。私も少しはっきりと言い過ぎたな」
盛大にパニックになっているムスタディオを鎮めるようにして謝る。
互いが互いを想い合っているのは周知の事実である。こうしたことに興味のないアグリアスですら気付くのだ、誰がどう見ても分かるだろう。
彼らの様子を見ていると両片想いなのではなく、両想いなのはお互い認識しているらしい。にもかかわらず、何故か付き合っていないというのだ。この恋人に限りなく近い親友のような中途半端な関係は、かれこれ半年は続いている。
「い、いえ
……
。あ、あの! アグリアスさんも今年から大学3年生なんですよね? 進路とかどうするんですか?」
あまりこの話を続けたくはないらしい。ムスタディオは慌てて話題を変えてきた。
「ああ
……
私は就職活動はせず、そのままオヴェリア様にお仕えするつもりだ。大学院の進学も視野に入れているが」
「本格的にお姫様のお付きになるんですか。流石アグリアスさん、すごいっすね」
アグリアスは大学生でありながら、イヴァリースの王家であるアトカーシャ家の王女の世話役の仕事にも就いている。彼女の家は王都ルザリアで代々王家に守護する騎士の家系である。
「そういう言葉は苦労して勝ち得た者に言ってやれ。私は家の方針に従っているに過ぎん」
「それは俺だってそうですよ」
昔ほど家の歴史に拘束されているわけではないが、未だに先祖の営みを重んじる家は多い。それは彼らもまた例外ではないのである。
「お茶お待たせ~」
「お菓子も持ってきました」
そこにヴェロニカがポットやカップを乗せた盆を持って戻ってきた。シャルロットも続く。
「最近父さまが取引先から良いお菓子を頂いたの。いっぱいあってうちの会社だけじゃ消化しきれないみたいだし、アグリアスとムスタ君も食べて?」
茶を淹れながらのヴェロニカの説明と一緒に、シャルロットが手に持っていた缶を開ける。そこに入っていたのは、クッキーやマドレーヌといった焼き菓子のカラフルなアソートだった。
「わあ! 旨そうだな!」
ムスタディオが缶の中身を覗きこんで目を輝かせる。
「二人ともありがとう、頂くよ。早めに課題を終わらせよう」
「そうね、終わった方がお菓子も美味しく食べられるし」
アグリアスの言葉にヴェロニカも頷く。
「お二人も課題があるのですね。ムスタ、私のお部屋で一緒に宿題やろう?」
「おう、そうだな」
「お二人とも、またあとで」
高校生二人は紅茶の入ったカップ半数と菓子をいくつか取りだし、連れ立ってシャルロットの部屋に向かった。
「いってらっしゃーい!」
明るく手を振って見送るヴェロニカの後ろで、アグリアスが思慮深げな顔で呟いた。
「
……
それにしても」
「何? どうかしたのアグリアス?」
「二人にして心配だろう? 彼らももう高校生なのだから、何か起こるかもしれないとか考えないのか?」
「えー? まー何か起こっても、ムスタ君だし大丈夫じゃない?」
「なんだその根拠は
……
」
***
ドーターとは真逆、ガリランドから西に電車に乗ればイグーロスに到着する。ここは古来よりベオルブ家が治めてきた地であり、現代においてもその力は絶大である。
広い部屋の中、固いものがぶつかり合う音が何度も響く。
ラムザは一度飛びすさり、仕切り直すように手に持っていた木刀を構えた。
相手は顔のない人のような形をしたモノ。剣術訓練用の人型ドローンである。それもこちらと同じ木刀を持っている。
機械はこちらに向かって走っては剣を振り上げる。ラムザもすぐさま反応してそれを受け止める。
木刀と木刀が互いに軋む音を鳴らす。と、この後すぐにラムザの方のそれがこの均衡を敢えて崩すかのようにするりと横に流れた。ドローンの方も体勢を半ば立て直し、畳み掛けるように斬りかかる。足首を回して体の向きを変えてそれを避けると、相手の懐に飛び込んで木刀を突き出す。
ドッ、という音を立てた時。機械は突然動きを止め、その場に仰向けになって崩れ落ちた。
ラムザが先ほど剣先で突いた胸のボタンが光り、スクリーンが投影される。そこには「Mission Clear」という文字とクリアまでのタイム、各項目の成績が書かれている。
「はあ
……
」
ようやく緊張の糸が切れ、ラムザも力抜けたようにその場に足を投げ出して座った。顔も服の中も汗でびっしょりだ。
「お疲れ様、ラムザ兄さん」
聞き慣れた声が聞こえ、見るとタオルを持った制服姿の妹がいた。学校から帰ってきたばかりらしい。
「アルマ
……
」
タオルと水の入ったペットボトルを差し出され、ありがとうと礼を言いながらそれらを受け取り汗を拭う。
「大変ね、2年生になっても剣術をやらなきゃいけないなんて」
「何年生になろうが変わらないよ」
首の後ろにタオルを当てながら水を飲む。
ラムザとアルマの実家であるベオルブ家は、昔名高い騎士を輩出したイグーロスの旧家である。現代でも騎士道精神を重んじる家として知られ、未だに男子は剣術を学ぶことを義務付けられている。
ラムザが先程手合わせしたドローンもそのためのものである。これはシャルロットの家の会社がムスタディオの家と共同で開発してくれたAIロボットだ。おかげで稽古に生身の人間をあてがう必要はなくなった。まだ試作品の段階で、ベオルブ家がモニターとして先に使わせてもらっている。近々企業を中心に販売が予定されているらしい。
「それにしても、兄さんたちは新学期早々終わるのが早いのね」
アルマが話題を変える。彼女ら1年生は全科目を受けるため、終了時刻が遅い。
「ああ、2年生からは選択授業になるからね。でも1週間くらいで終わるよ」
「それはそうだけど」
妹はまだ不満そうな顔で隣にしゃがんだ。ラムザは心情を読みきれず首をかしげる。
「何を怒っているんだ?」
「だって、しばらく皆と帰れないんだもの」
「ティータがいるだろう?」
「そうだけど、兄さんやシャルも一緒が良いの」
「アルマは寂しがり屋だなあ」
兄は笑った。
確かにアルマやティータからしてみれば自分やディリータ、シャルロットやムスタディオは全員上級生だ。そのため早く帰ってしまう。皆とわいわい話すのが大好きな彼女にとってはつまらないのかもしれない。
寂しがり屋と言われ、アルマはますます不服そうに頬を膨らませる。それからそういうんじゃないもん、とそっぽを向く。これでは自ら認めているようなものだ。わかりやすいなあとラムザは思う。
その時、アルマの鞄から携帯の着信音が鳴った。これはメールが届いた知らせである。彼女は折り畳み式の携帯を開き、えっと、とどのボタンを押すのか迷いながら新着メールを確認する。彼女はラムザに負けない機械音痴で、スマートフォンがろくに扱えない。そのためお年寄りが使うような、操作が簡易化された携帯電話を使っている。
が、未だにメールや電話のやりとりをするだけで精一杯の状況だ。それ以上の操作は、ティータかシャルロットがいないととてもできたものではない。
そして届いた文面を見て一言。
「やっぱりそれでやるのね
……
」
憂うつそうだった。いつもポジティブで明るいアルマらしくない。
「どうしたんだ?」
ラムザがたまらず聞く。すると妹は携帯を持ったまま、またやってきてしゃがんだ。
「今月末の課題の話よ。やっぱり予定通り“FFT”で提出するんですって」
現在大ブームになっている仮想空間型コミュニケーションツール・FFT。人々は“アバター”という自分の分身を作り、その世界に意識をデータ化して送って、仮想世界で活動する。ある意味、現実世界にもう一つデジタルの空間という新しい世界ができたような状況だ。
元々“FFT”は政府が打ち出した一大プロジェクトで、登録も仮想世界へいくための装置も全て全国民に無料で提供されている。一体そんな金はどこから来ているのかという話だが、国内外から星の数ほどの企業がスポンサーについているらしい。
今や畏国に加え、その周辺国に住むほとんどの人々は“FFT”を使用している。
そしてこの春から、イヴァリース学園でも“FFT”の使い方を指導する教育方針が固まったのだった。ラムザたちが中学生だった頃まで流行った“SNS”と同じで、やはりここもユーザー同士のマナーやトラブルが問題になっている。“FFT”は本名で登録するのが義務であり、アバターも本人の容姿に則したデザインになっているため、匿名制ではない。だがそれでも、人が使う限りはトラブルが絶えないのだ。
しかも年齢問わず誰でもアカウントの作成が可能なため、その規模はさらに大きい。
であれば、子供たちには学校で正しい使い方とその脅威を教育するべきであろう、ということになったのだった。これは開発の一端を担うイノヴァーシュ家も強く推奨している。今年からは畏国中の小中高や大学で授業が行われることになっているらしい。
だがアルマが憂うつなのは、“FFT”のログインが彼女にとってあまりにも難解だからだろう。シャルロットから教えてもらってどうにかアバターまで作れたらしいが、自信はまだないようだ。
「心配なら、ティータと一緒に行ったらどうだ? 教えてもらいながらなら大丈夫だろう?」
「そうなんだけど
……
」
アドバイスの効果はあまりないらしい。
苦手なものは避けたがるのが人間の性である。ログインが難しいのは自分も同じだから、妹の気持ちはよくわかる。
「まあ、僕だってこれからアカウントの提出しないといけないから同じだよ。それにおまえの方はまだ半月以上あるじゃないか。それまでに練習すれば良いんだ」
「ラムザ兄さん
……
」
妹の顔が少し明るくなる。ひとまず、いつもの彼女が帰ってきたようだ。
「兄さんがそう言ってくれたら、ちょっと元気出てきたわ。ありがと」
「いいんだよ。苦手なら苦手なりに、ね」
それからラムザはさて、と木刀を手に立ち上がった。
「
……
そういえば、ダイスダーグ兄さんは今日も遅くなりそうだって?」
「ええ、ラーグ公の会議に時間かかりそうなんですって」
アルマも立ち上がりながら答える。
「
……
それも“FFT”絡みか
……
」
今FFTは今後の有り様に揺れている。
これからも国で管理する公共の場としようとするラーグ陣営で与党の白獅子党。
一方ある程度環境が整ったら国の手を外れて民間企業に委ね、自由競争させようというゴルターナ陣営で野党の黒獅子党。
互いの意見はどこまでも平行線をたどる上に、譲る気は一歩もない。それどころか、既に政争の有り様を呈している。
ラムザたちの生家であるベオルブ家は、代々白獅子派と通じており、政治の表舞台に立つラーグ家を支えてきた。ラムザが高校入学目前に亡くなった父・バルバネスもそうだった。
この政争が起きてからというもの、家督を継いで父親代わりをしてくれる長兄ダイスダーグはなかなか家に帰ってこない。畏国大に通うザルバッグだって、ラーグ公の元で働き始めている。そのため、思うように講義に出席できないことがあった。大学生の手も借りるほど、ラーグ陣営は大変な状況に陥っているのである。
まだ大人ではないラムザとアルマがこうして普通に学校に通えているのは、幸運なのかもしれない。
「ザルバッグ兄さんも忙しいだろうし、夕飯は僕たちで用意しよう。勿論ディリータやティータも呼んで」
「そうね! 美味しいもの作りましょう!」
***
〈
……
よって、今日の午後1時から行われている会議は5時間を過ぎた今も続いており、終了時間は未定となっております。続いて、次のニュースです
……
〉
「『レオ』がなくなっている!? それは本当なのですか!?」
テレビからニュース番組が流れる工房で、初老の男性がスマートフォンを耳に当てたまま声を上げた。
[ええ、包容していたシステムごとなくなっていたそうです]
電話から聞こえる声も、あまり歳の変わらなさそうな男性の声だった。
[考えられるのは盗難ですが
……
。あんなものを盗んでどうするのかは分かりません]
「確かに
……
。『レオ』は所詮特化型AIですし
……
。シリル様はどうされるのですか?」
[警察と連携し、我々イノヴァーシュ家の方で引き続き調査致します。問題が長期化すれば、貴殿方ブナンザ工房のお力もお借りするかもしれません。他のAIまでなくなればかなり危険です]
シリルと呼ばれた電話の向こうにいる男性は、淡々とした様子で答える。
「承知しました。
……
その際はせがれにも手伝わせますか?」
[それは流石に──まだ進学したばかりでしょう? 彼は優秀ですが、大人の事情に子供を巻き込むようなことはしたくありません]
「そうですか
……
」
[ともあれ、また何か事態が動きましたらご連絡致します。ベスロディオ様も、ご注意ください]
「ええ、シリル様も」
男はそう言って電話を切る。
そして、報道番組が映るテレビを見やった。
〈ただ今速報が入りました。昼間より延長していた会議が終了したとのことです。しかし、本日も結論は出ず、与党と野党の間で平行線に終わっています。“FFT”を巡る政策は、未だ混迷の状況です〉
一報にベスロディオは眉を寄せた。
「大変なことにならなければ良いが
……
」
まもなく、夜を迎えようとしていた。
第2話へ続く
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