ふにょり
2019-07-10 22:21:08
35722文字
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Symphonia―Reload

FFTのコメディ小説です。ムスタディオが魔法で子供になってしまうお話。
【注意】
※ムスタディオと汎用ちゃんのCP表現有
※ラッドアリラヴィ含汎用ちゃんとオリキャラ多数登場
※五人姉妹の設定についてはこちら→https://privatter.net/p/4729577

 貿易都市ドーターに向かうため、アラグアイの森に差し掛かったラムザ隊は、妙な敵に襲撃されていた。

「ちょおーど良いところに、良いヒトが、やってきたネ~!」
 道化師のようにやたらカラフルな衣装に身を包み、まるで人間業とは思えない動きでピョンピョン跳び跳ねている。そのリズムに合わせたかのような口調は、まるで歌を歌っているかのような、独特な抑揚がある。
 敵はそいつ一人だけだった。
 見たところ魔道士のようだが、ラムザの攻撃や本来かわせない筈のアグリアスの聖剣技、ムスタディオの銃撃をいとも軽々とかわしてみせ、こうなったらと発動したシャルロットのホーリー、ラッドのフレアすらも涼しい顔で耐え抜くという剣士顔負けの恐ろしい耐久力を見せた。
「いったい何なのだコイツは!?」
 放てど放てど攻撃が当たらない相手に、アグリアスは苛立たしげに言う。怒りによる震えからか、剣からかちゃかちゃと微かな音が鳴る。
「ラムザ、銃弾がもう残り少ないぜ!」
 ムスタディオの声にラムザは唇を噛んだ。
 相手は最初爆弾らしきものを投げてきただけで、攻撃らしい攻撃を一切してこない。寧ろ攻撃の畳み掛け過ぎでこちらが消耗しているくらいだ。敵意がないからといって引く気もない。こちらが退こうとしても回り込まれる。この辺りの盗賊とはとても思えない。
「長期戦は不利だな……
「ラムザ、どうしよう?」
 杖を抱えたシャルロットが不安げに聞いたところで、魔道士が五人の前に人差し指を立てて、チッチッチッ、と舌を鳴らしながらそれを振った。
「あなたたちの攻撃、どれもキレがあってスバラシーネー! よく鍛えられてるゥー!」
 戦闘にも関わらず、やけにご機嫌な声音である。
「でもこのワタシにかかれば、皆かわせちゃうのネー! ほらほらそこの剣のおねーサン、ワタシの華麗さにホレたからってそんな怖い顔シナイシナイ! 美人が台無しネー!」
「なッ……!?」
 硬直するアグリアスの後ろでムスタディオが思わず吹き出す。彼女が鬼の形相で睨み付けると彼は慌ててそれをしまった。
「あなたは、何が狙いなのですか」
 やりとりを横に流して、ラムザは相変わらず跳び跳ねる魔道士に語りかけた。
「ワタシはー新たなマホーを、作るのが大好きなのネー!」
「新たな魔法?」
 ラッドが言葉を繰り返すと、相手はソーソー!と頷いた。
「だからネー、新しく作ったその効能を確かめたいんだよネ~」
「私たちに実験台になれというのか!?」
「そんなことシナイヨ~」
 青筋を立てて怒るアグリアスをからかうように言う。
「この人数でやったら資源のムダなのネ~。だからネ、一人だけネ~! 選ばれなかったからって、恨みっこ無しヨ~!」
 何か仕掛けてくる……
 五人は反射的に身構える。
 魔道士はこちらの警戒などお構い無しに、こちらの周りをグルグルと跳び跳ねながら回り始めた。その間に攻撃しようにも逃げようにも、彼の動きには一瞬の隙もない。

 三周くらい回ったところで、魔道士がラムザの背中を見てにや、と目を細めたのを、ムスタディオは見逃さなかった。
「ソレ~!」
「ラムザッ!!」
 魔道士が何かを投げる。ラムザがこれに気付くのに遅れる。何かが当たる寸前、ムスタディオが突き飛ばす。飛ばされたラムザが草むらで尻餅をつく。
 そして、ぼわんと不思議な色の煙が天高く舞い上がった。
「ムスタディオ!!」
「お~! 銃のおにーサン、カッコイーネ~!」
 声を上げるラムザの背後で、魔道士は楽しそうに手を叩いて笑った。
「ムスタ!」
 煙は次第に収まり、シャルロットを筆頭に四人が駆け付ける。
 その中にいた存在に、彼らはぎょっと目を丸くした。
「ム……ムス、タ……?」
 落ち着いてきた煙の中で、ぶかぶかなムスタディオの服を着た──6、7歳ほどの子供が、気を失って倒れていた。前髪と耳の前の毛を残し、後ろに結った金髪は、見覚えのある麦畑の色。
「ムスタディオ、なのか……?」
 ラムザとシャルロットが抱き起こす横で、アグリアスが呆然と呟く。
「そうだと思います、けど……
 ラッドも何がなんだかわからない様子で言った。
 シャルロットが自らの膝を小さな頭の枕に当ててやった時、少年が微かに呻き声を漏らす。それを聞き付けて四人は彼の顔を覗きこんだ。
 白魔道士の腕の中でゆっくりと開いた瞳は、見慣れた青灰色だった。
「シャル……? ラムザ……
 少々高いが、その声は間違いなくムスタディオのものである。
「大丈夫か!?」
……? あぁ……──!?」
 ラムザの問いかけにこくんと頷き、体を起こしかけてから、自分の着ている服がやたらぶかぶかであることに漸く気がついた。
「な、なんだこりゃ!? どうなってんだ!?」
 口調はいつも通りのムスタディオのものだが、小さな子供特有の拙い呂律だ。こんなときでなければ可愛いと思えるのだが。
 四人はなんとも言えない微妙な表情で顔を見合わせ……やがてアグリアスが懐をまさぐって手鏡を差し出した。
……これで自分の顔を見るがいい」
 それを受け取り、言われるがまま自分の顔を見て、彼は驚愕した。
「!?!? こ、これって……おれ、こどもに……!?」
「ヤッターヤッター、だーいせーいこーう~♪」
 魔道士が嬉しそうに跳び跳ねながら手を叩いた。
「時を戻すマホー、せーいこーうダネ~!」
「時を戻す魔法!?」
 ラムザが言われた言葉を繰り返す。
「つまり、かけた相手の肉体の時を巻き戻し、子供に戻す……というより、若返らせる魔法……だね?」
「ピーンポーン! 黒魔道士のおにーサン、あったまイ~!」
 ラッドの確認に魔道士はそう言ってくるっとスピンをする。
「あの、彼を元に戻してあげてください!」
「ヤッターヤッター! だーいせーいこーう~!」
 シャルロットの懇願も、彼の耳には届いていないらしい。
「おいッ! きいてんのか!? さっさとおれをもとにもどせ!!」
「わーいわーい! うーれシー♪」
 ムスタディオが怒鳴ってもこれである。
「こーれは新たなセーコーれーい♪ あとはー、ジツヨーに向けテー……ガンバルだけー!」
「まるで聞いていないな……
「ですが、ムスタディオにかかったこの魔法を解除する方法を知っているのは、彼だけだと思います。なんとか聞き出さないと……
 疲れたように額に手を当てるアグリアスにラムザは宥めるように言い添え、魔道士を見据えた。が、
「わーいわーい! 早速ホーコクー!!」
 魔道士はピョンピョンと、まるで赤チョコボのような速さで去っていくではないか。
「あっ、ちょっと!」
「待て!」
 ラムザとアグリアスが即座に追いかける。

「アハハハハハ! や~った~~~!」
 声が木々の間にこだまする。その方向へ走り、視界が開けたと思った瞬間、目の前には大きな崖が大地に一筋の亀裂を入れていた。
「えっ!?」
「バカな! 奴はいったいどこに……!?」
 きょろきょろと見回してもあの魔道士の姿はどこにもない。
 下を見ても、落ちた形跡もない。
 彼は、忽然と姿を消していた。

 戻ってくると、帽子を外したラッドが子供になってしまったムスタディオを調べていた。
「あの魔道士さんは?」
 ムスタディオを支えるシャルロットが気付いて問うが、ラムザもアグリアスも首を振った。
「逃げられた……
「そう……
 するとラッドはムスタディオにかざしていた手を下ろした。
……うーん、これは初めて見る魔力の波動パターンだ」
「なんとか出来ないのか?」
 ラムザが問うが、黒魔道士は悩ましげに首を捻った。
「単なる状態異常ではなさそうだからね。肉体だけが過去にタイムスリップするなんて、常識では考えられない現象だし……
「では、あの魔道士はその常識を打ち破るまでの力量を持っているということか」
「そうですね。あんなふざけた格好している割に、魔道士としては一流以上かと」
「人を見かけで判断するべきじゃないと思うよ……
 小首を傾げるアグリアスにラッドがさらりと酷いことを言いつつ認め、ラムザがそれをたしなめる。
……おれ、このままなのか……?」
 今まで黙ってやりとりを見ていたムスタディオが不安げに呟いた。
「きっと方法はあるよ。一緒になんとかしよう」
 シャルロットは明るく微笑んでその頭を撫でる。
「そうだね」
 ラッドは藁帽子を手に立ち上がる。
「手持ちの魔道書を漁ってみよう。マラークたちやオルランドゥ伯なら何か知っているかも」
「ここにいても埒は明かないしね……。一度戻ろう」
 ラムザも同意だ。
 シャルロットが改めてムスタディオを見る。
「この格好じゃ歩きづらいでしょう? 抱っこしてあげようか」
「!!?」
 思わぬ提案に幼い顔立ちになったムスタディオの頬が真っ赤になった。
「い、いいって! そこまでじゃないっての!!」
「でも……
 意地を張って言うが、この小さくなってしまった体と比較にもならない程に大きい服ではとても歩くことは難しいだろう。靴だって、今の彼には大きすぎる筈である。
 ラムザは少し考え、ムスタディオの前に腰を下ろした。
「なら、僕が背負うよ。それならまだ良いよね?」
 ムスタディオはまだなんとも嫌そうな表情だが、やがてしぶしぶこくりと頷いた。
 ズボンやシャツの裾と袖を捲り、ベルトを締め直してからラムザの背中におぶさる。
「なんだか、かなり歳の離れた兄弟みたいだねえ」
 ラッドがくすくす笑った。
 ムスタディオは面白くなさそうにジト目で睨むが、ラムザはふと昔の記憶が脳裏に過った。
 そういえば、ここまで歳は離れていないけれど、小さい頃に足を怪我して歩けなくなった僕をザルバッグ兄さんがこうしておんぶしてくれたっけ。
 懐かしいな、と口元が緩んだ。
……ラムザ?」
 ラムザの剣とムスタディオの鞄を抱えたシャルロットが、不思議そうに顔を覗き込んできた。
「ううん、何でもない。それより荷物、お願いするよ」
「うん」











  SymphoniaReload











***


「あっ、アグリアスせんぱーい!」
「ラッド!」
 先頭で戻ってきたアグリアスとラッドにいち早く気付いた、竜騎士のラヴィアンと忍者のアリシアが、喜び半分安堵半分の笑顔で駆け付けた。
「お疲れ様です! お怪我は……あら? お時間かかった割に、お怪我はないんですね」
「ああ……全く別の意味で疲れる奴だった」
 不思議そうな顔をする竜騎士に、アグリアスはまだ根に持っているのか苛立たしげに返す。横でラッドは相変わらず何を考えているのか相変わらずにこにこ穏やかな含み笑顔である。
……なんかあった?」
 その様子を見て不審に思ったアリシアがそっと黒魔道士に耳打ちすると、彼は笑ったままちょっとね、と言葉を濁す。
 その間に他の仲間たちもやって来た。
「アグリアス、ラッド! 良かったわ、無事で。……あれ、ラムザたちは?」
「すぐ来るよ」
 ラファの問いにラッドが返す。その言葉の通り、何かを背負っているラムザと荷物を抱え込んだシャルロットがやって来た。
 しかし。
「ここで下ろすね」
 ラムザは隊員に声をかける前に、背負っているものを下ろした。下ろされたものは視線から逃れるようにさっとシャルロットの後ろに隠れる。
 それを一瞬マラークは奇妙そうな顔をして首を捻った。
「ラムザ、どうしたんだ? その子供」
「えっ?」
 ラムザはぎくりと表情が固まった。
「というか、ムスタディオは?」
 メリアドールの問いに対してラムザはまたさらに言葉に詰まる。
「え……えっと……その…………えっと」
 どう説明すればいいのかわからずあたふたする隊長の横で、ラッドが含み笑いで口を開く。
「そこにいるよ」
「「「は???」」」
 シャルロットの後ろに隠れたものは、少女の後ろからそーっと仲間たちを見る。
「だから」
 黒魔道士は怪訝な顔をする仲間たちに動じない笑顔のままで、告白する。

「その子供が、ムスタディオなんだよ」

「「「え」」」」

 沈黙。……からの

「「「………………えええええええええ!!???」」」


 ラムザ隊の隊員の叫び声が森中に響いたのは、沈黙がおりてから五秒以上後のことだった。


***


……というわけなんだけど」
 ラッドは同じ魔道士であるマラークを筆頭に仲間たちにいきさつを話した。
「マラーク、何か知らないかい?」
 しかし彼は渋い顔で首を横に振った。
「人間を子供に戻す魔法なんか聞いたことないぞ」
「だが、ムスタディオのあの姿を見る限り、それが実在することは事実だということだろう」
 オルランドゥ伯が小さなムスタディオを眺めながら言った。

 ムスタディオの方はというと、一部を除く女性隊員たちに囲まれていた。
「いやーん! 可愛いー!!」
 ラファが抱きついてムスタディオの頬に頬ずりをすれば、
「男の子って、これぐらいの歳の頃が一番可愛いのよね!」
 レーゼが執拗なまでに頭を撫でまわす。
「ラファ、くるしいっての! レーゼさんもやめてください!」
 思わぬ歓迎のされ方にムスタディオは顔を真っ赤にしながら必死に抵抗するが、幼い子供の力ではなしのつぶてであった。時折顔や体に彼女らの柔らかいおっぱ……胸がクッションのように当たって、女性に慣れていないムスタディオの頭の中はオーバーヒート寸前である。
 この様を離れたところで若干引き気味に見ているのがアグリアスとメリアドールだった。
……ラファとレーゼさんって、実はショタコン?」
 残念なものを見るような目で聞くメリアドールに、ラファは失礼な、と頬を膨らませる。
「小さい男の子は癒しなの!」
「いや、それは認めていることにならないか……?」
 アグリアスが呆れたようにつぶやく。
「でも、ラファとレーゼさんの言うことはわかるわ」
 と同調するのはアリシア。
 横でラヴィアンも重大そうな表情でこくこくと頷く。
「この子がムスタディオというのは正直かなり複雑だけれど、確かに可愛いもの」
「おれなのがふくざつってなんだよ!?」
「もうずっとこのままでいいのに~!」
「なにいってんだよラファ!? おれはいやだからな!!」
「んんー! この呂律が本当にたまらないわ……♡」
「レーゼさん! そんなめでおれをみるのやめてください!!」
「あの……あの……
 ムスタディオを囲む集団の外でシャルロットがあわあわと慌てている。
「ムスタが困ってます……!」
 しかし、効果はないようで。
「私も子供が欲しくなっちゃうわ! ね、ベイオ!」
「ほっぺた柔らかーい!」
「だあー!! だからやめろ――ッ!!!」
 もう我慢の限界だったムスタディオは彼女らの手をすり抜け、集団の外にいる“唯一安心できる女性”の腰に短くなった腕を投げ出して、抱きついた。
「ム、ムスタ……!」
 その“女性”とは、シャルロットだった。
 セッティエムソンの香りと混じって、甘くて良い匂いがする。故郷のゴーグを思い出させるような、懐かしい香り。
「助けてあげられなくて、ごめんね」
 頭を撫でながら謝る幼馴染に、しがみついて顔を見せないまま小さく首を横に振る。
 この行動は、傍から見れば怖がる子供が母親に泣きつくようなものに映るだろう。それが19にもなった自分が、他所の女の子に抱きつくなど不躾もいいところだ。だから余計に小っ恥ずかしくて、顔なんてとても見せられない。
「あんなことされたら逃げたくもなるよね……
 ラムザは同情の表情である。
「これこれ」
 にこやかな顔のオルランドゥ伯がようやくたしなめに入る。
「見た目は幼くなっていても、中身はいつものムスタディオのままなのだから困らせるものではあるまいよ」
 とても優しそうな笑顔だが何とも言えない威圧感があった。
「ご、ごめんなさい……
「とにかく」
 話題を切り替えるようにぱんぱんとマラークが手を叩く。
「ムスタディオを元に戻す方法を考えよう」


***


「『天駆ける風、力の根源へと我を導き そを与えたまえ!』」
 シャルロットの詠唱に応えるように柔らかな光がムスタディオの小さな身体を包み込む。
……ダメか」
 ラムザの言う通り、何も変わらない。
「星座相性が良いシャルでダメなら、エスナは効果ないってことだな」
 マラークも眉を寄せている。
「まあ、これ単なる状態異常ではないみたいだからね。そんな簡単にはいかないだろう」
 ラッドが何やら紙に記録をしている。
「ムスタ、体おかしくなってない?」
「だいじょうぶ」
 ムスタディオは隣に座りながら問うシャルロットにそう返す。
「エスナと同じ効果だけど、いちおう気孔術も試してみるかい?」
 ラムザが切り出す。
「気孔術は魔法じゃないし、やってみる価値はありそうだな」
 マラークの言葉を受けて、ラムザはムスタディオの肩に手を置いて気孔術を発動する。
……効果はないみたいですね」
 ラヴィアンの言う通り、ムスタディオの体に変化はない。
「気孔術もダメ、と」
 ラッドがまた紙にそのことを記録する。
「基本技の手当てもやってみたらどうです?」
 アリシアが案をだせば
「万能薬を飲ませてみたらどうかしら?」
 メリアドールも言い出し、
「まじゅう使いの力でボコちゃんにチョコエスナを使わせてみるのはいかがでしょう?」
 ラヴィアンも提案して
「八角棒で殴ってみるのも良さそうじゃないかい?」
 ベイオウーフも何故か楽しそうな様子で挙げる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 いっぺんに意見を突き出されてラムザが慌てて両手を挙げる。
「これこれ、ラムザが困っておるよ」
 先程まで黙って見守っていたオルランドゥ伯が口を開く。いっぺんに出されて整理できず困り果てていたラムザはホッと微笑んだ。こういうときに隊の長をフォローしてくれるとは、流石雷神シドである。
「オルランドゥ伯、ありがとうございま──」
「皆さっきから悪い状態異常の回復法を言っておるが、逆の発想で絶装魔脱はどうかね?」
「伯!!???」
 ……どうやら、検討違いだったらしい。


***


……全て効果がなかったな」
 アグリアスが疲れたように呟く。
 手当ても、万能薬も、チョコエスナも、八角棒も、絶装魔脱も。どんな手を施しても結局ムスタディオの姿は元に戻らなかった。
 こんな状況でもラッドはマイペースな様子でにこやかな笑顔を保っている。
「やっぱり、従来の状態異常回復の方法ではダメみたいだね」
「だけど、もう他にどうすれば……
 ラムザが弱音を吐きかけた時、ラファがもしかして!となにやらひらめいたのか顔を輝かせた。
「これは呪いよ!」
「呪い?」
 シャルロットが首をかしげる。横でムスタディオは嫌な予感を感じて渋い顔になる。
「そう! ムスタディオがかかったのは、子供になる呪いよ!」
「確かに、かけたのは魔道士だから間違えてはいないかもねえ」
 ラッドが同調する。
「でしょ!? だから、乙女のキッスよ!」
「ラファ、乙女のキッスはカエルを解く効果しか……
 言いかけたラムザを少女は違うの!と制止する。
「道具じゃなくて、本物の方よ!」
「本物???」
「つまり! シャルがムスタディオにちゅーすれば戻るかも!」
「え……えええ!?!?」
 シャルロットが声を上げて真っ赤になる。ラムザもムスタディオもアグリアスも思わぬ提案にストップ状態だ。
「その発想はなかったわ」
「良い考えだと思うわよ」
 アリシアとラヴィアンは小悪魔のような悪い笑みを浮かべている。
「愛は呪いを弾くというな……まさにその通りかもしれないね」
「カエルの王子の逸話もまさにそれだったな」
 どういうわけかベイオウーフもオルランドゥ伯もすっかり乗り気のようだ。
 ラムザが救いを求めるようにラッドを見るが、
「あり得るかもねえ」
 非情にも全く期待と真逆の言葉が出てくるのだった。
「ちょっ、ラッド!?」
「元々乙女の口づけには強い守護能力があると言われているんだよ。それこそ呪いを解呪するようなね。乙女のキッスだって、それを応用して作られたアイテムなわけだし」
「初めて知ったわ」
 メリアドールも何故か興味津々である。
「いや、でもね」
 ラムザがあたふたしながら必死に反論する。
「カエルの王子様って、実はキスするんじゃなくて投げられて元に戻るのが本当の話だってダイスダーグ兄さんが……
 するとラッドが
「じゃあ投げてみるかい? ムスタディオを」
 などと言い出す。
「笑顔で恐ろしいことをさらっと言わないでくれ!」
 ラムザが必死に止めると
「でも、ユニコーンだって乙女の潔癖な力に惹かれて来るって言うわよ!」
 頬を膨らませたラファが少々的外れな反論をする。
「問題が刷り変わっているぞ……
 アグリアスがぐったりしているところに悪魔のような黒い笑みを浮かべたアリシアとラヴィアンがシンクロして
「「問題ってなんでしたっけ???」」
 ある意味怖いことを聞き返すのだった。
「そもそも」
 黙って話を聞いていたマラークが真顔で口を開く。
「キスをするのはシャルなんだが。本人の同意が必要だろう?」
「ちょっと待って! なんでキスすることで決定しているんだい!?」
「さっきから気になっているんだけど、なんで本人じゃなくてラムザが焦ってるの?」
「え」
 ラファの当然の疑問にその場のやりとりがぴたりと止まった。
 そこにどういうわけかシャルロットがぐっと決心を固めながらもまだ紅潮した顔で仲間たちを見た。
……それでムスタが元に戻るならやるよ、私!」
「え、えええええ!!?」
「シャル!? おま、なにいって……!?」
「よく言ったわシャルロットちゃん!」
「流石シャル! ムスタディオのことになると大胆ね!」
 驚くラムザとムスタディオの後ろでレーゼとラファがガッツポーズを掲げている。
「ま……待て、こっ、ここここここでやるのか!?!? ひひひひ人前だぞ!?!?」
「先輩、落ち着いてくださいって」
 こういうことにはやたらとピュアで、真っ赤になって動揺しまくっているアグリアスをアリシアが宥める。
「ムスタ」
 周りの驚きと動揺と歓喜(?)の空気をものともせず、シャルロットはきりっとした真剣な表情でムスタディオの狭くなった肩に手を置いて向き直る。
「これで元に戻れるかもしれないよ。だから、ちょっと我慢してね」
 一方ムスタディオは真っ赤な顔で口をぱくぱくしている。
「がっ、がががががまんとかそういう――っ!?!?」
 問題じゃない、と言いかけたところで唇を塞がれて硬直する。
 周りの仲間たちは歓声八割と唖然二割である。酷い比率だ。
…………
 唇の感覚を感じる余裕もなく、真っ赤な顔で目を見張ったまま硬直して数秒。しばらくしてシャルロットは体を離して……それから少し残念そうに眉を下げた。
「戻らなかったね……
「ぁ……えと…………
 頭が沸騰しそうで上手く言葉が紡げない。
「うーん、ダメかあ」
 ラファは大袈裟にため息をつく。
「おまえはキスが見たかっただけだろう」
 マラークが妹の頭を軽く小突く。
「えへへ、バレてたのね」
「ちょっ!? そんな理由で!?!?」
 またしても取り乱しかけるラムザをラッドがはいはいとなだめる。
「シャルロットも突拍子のないことをするな……
 アグリアスは両手で顔を覆っているが、耳が真っ赤である。そこににこにこ顔のラヴィアンとアリシアが見物にやってくる。
「先輩って妙にピュアですよね~」
「反応見てて面白いわよね」
「上司をからかうな!!」
「ムスタ、大丈夫?」
「ぇ……あ、あぁ……
 一方ムスタディオはシャルロットの問いになんとか頷くも半分上の空で、傍から見ているとぷしゅー、という音を立てながら頭から湯気が立っているようにラムザの目には映った。
「それにしても、ここまで手を尽くしても元に戻らないというのは流石に問題だね」
 スイッチが入ったのかラッドの笑顔が緩んだ。
「この魔法がかかってかなり時間も経つけど、時間と共に波動が弱まっていくこともないし、自然回復しないのなら他の魔道士の意見を聞いた方がいいのかもしれない」
「他の魔道士?」
「シンシア殿か」
 首を傾げるメリアドールの隣で気を取り直したアグリアスが答えると、黒魔道士はその通りと頷いた。
「元々シンシアさんは魔法の勉強もされていて情報通でもあるので、何かわかるかもしれません。今の俺たちで堂々と聞きにいける外部者は、シャルの姉さんたちしかいませんし。お屋敷には魔道書もありますし」
 シンシアとはシャルロットの一番上の異母姉である。シャルロットには四人姉がおり、元々畏国中に散らばっていたが、現在は貿易都市ドーターの本邸に四人とも戻っている。
 骸旅団討伐作戦時からの付き合いで、異端者として追われるラムザたちを匿ってくれる、唯一の人たちだ。
「そうだね」
 ラムザも賛成する。
「元々僕たちはドーターに行く予定だったんだし」
「ちょっ、ちょっとまて!」
 ムスタディオが慌てた様子で声を上げる。
「まさか、シャルのねえさんたちにこのかっこうをみせろっていうのか!?」
「ドーターに着くまでに元に戻らなかったらそうなるね」
 と答えるラッドの顔には、含んだ笑顔が復活していた。
「まあ、きみの気持ちはわかるけど……
 ラムザも苦い顔をする。
 長女のシンシアと次女のアマンダは良い。問題は三女のヴェロニカと四女のエレーヌである。この二人のムスタディオの可愛がりようは尋常ではない(ラムザまで巻き込まれることもあった)。ましてや可愛いものが大好きな彼女らに、ラファやレーゼが喜ぶような幼い姿になったところを見られたら。いったいどんな目に遭わされるか……想像するだけで身震いする。
「でも、シンシアさんならなんとかできるかもしれないよ」
「それにね」
 励ますようにシャルロットも声をかける。
「ヴェロニカお姉さまやエレーヌお姉さまは、もしかしたらお留守かもしれないじゃない」
 シンシアは今やシャルロットの実家の家の当主であり、そう簡単には家を空けられない──という割にはゴーグやらライオネル城やらリオファネス城やら全国を飛び回っているような気もするが──。そのため、伝達などを妹たちが請け負うことも多いのである。
「何かあればアマンダお姉さまが止めてくださるし、私たちもいるもの。……ね、だから大丈夫」
 小さな両手を包み込むようにしてとり、微笑む白魔道士の姿はまるで天使だった。
 ムスタディオは熱くなる顔を必死に誤魔化そうとしながら目を反らし、小声で呟いた。
……シャルが、そこまでいうなら……

 その夜、夕飯を食べ終え見回りを済ませて戻ってきたラムザは、倒れた木に座るシャルロットと彼女の膝を枕にして寝ているムスタディオを見つけた。近づくと、白魔道士は顔を上げて微笑んだ。
「お疲れ様、ラムザ」
「ああ。僕の方こそすまない。ムスタディオのことを任せてしまって」
「ううん、それはいいの。ちっちゃくなっちゃって、ムスタも私の側の方が安心するみたいだから」
 小さく笑って彼の髪を撫でる。
 それはそうだろうな、という言葉は飲み込む。一部の女性陣のあの喜びように巻き込まれたのだ。自分が子供になってしまっても同じ心地がするだろう。
 疲れたのか、泥のように眠る彼の寝顔はあどけなくて、ひどく無防備に見えた。それはシャルロットの側だからなのか、それとも単に子供になってしまっているからなのか。こんなに近づいて話していても起きないのだから、相当眠りは深そうだ。
 魔法の力とはいえ、小さな子供をこんなに近くで見たことのないラムザにとっては、なんだか新鮮だった。妹のアルマは年が近い上に修道院に預けられていたせいで小さい頃の記憶はほとんどないし、ディリータだって自分と同い年なのだから「小さな子供」だとは思ったことなんてなかった。
「こんな時じゃなかったら、素直に可愛いって思えるんだけどなあ
 少女は彼を見下ろして、少し困ったような笑顔を浮かべた。ラムザも片膝を立てて腰を下ろす。
「ムスタはきっと、早く元に戻りたいよね」
……必ず元に戻そう」
「ラムザ?」
「ムスタディオのためにも。もちろん、僕やきみ、皆のためにもね」
 笑って言うと、シャルロットもまた柔らかく微笑んで頷いた。


***


 翌日、到着した貿易都市ドーターで恐れられていたことが本当に起こってしまった。
「ムスタ君、こんなにちっちゃくなっちゃって~!」
「可愛いです……眼福です……ぷにぷにです!」
 モンクと風水士の女性二人が瞳を輝かせて、後者に抱っこされているムスタディオにほおずりしている。
「ヴェロニカさん、エレーヌさん! やめてくださいって!!」
 間に挟まれて困惑するムスタディオを、ラムザたちはなんとも言えない顔で眺めるしかなかった。シャルロットは姉たちの挙行にまたあわあわしている。
「まさか、よりにもよってアマンダ殿が留守だったとは……
 この有様に頭を押さえるアグリアスに、召喚士のシンシアが申し訳ございません、と謝罪した。
「アマンダはゴーグの方に向かっているのです。機工士協会と協議していることがありまして……急ぎ連絡しなくてはならなかったのです」
 弓使いのアマンダは、忍者稼業もやっており、いつも木の上や崖を平然と飛び越える。そのため進むスピードも速く、速達で連絡を向かわせるにはチョコボよりも彼女の足の方が速いのである。
「シンシアさんが謝ることではないですよ」
 ラムザが苦笑を浮かべる。
「僕たちにとっても突然のことでしたし」
 長女の召喚士シンシア、次女の弓使いアマンダ、三女のモンクのヴェロニカ、四女の風水士エレーヌ、そして末っ子の白魔道士シャルロット。
 彼女らがドーターで名高い上流貴族の五人姉妹である。元々ドーターに本家を構える家だが、彼女らの父親が大の機械好きだったこともあって、この家は機工都市ゴーグに一時的に引っ越していたこともある。
 彼女らの父である先代の当主は、ラムザの父・バルバネスの懐刀であり、オルランドゥ伯との友情を支える存在だった。五十年戦争末期に父親を亡くしてからは、長女のシンシアがこの家の当主である。
 長女から四女は正妻の娘で、末妹のシャルロットだけが妾の子だという。そして、この内生まれてから、ずっと本家で育ったのはシンシアとエレーヌだけである。
 アマンダは修道院に預けられ、ラッドの家の召使いとして働いた後、ベスラ要塞の一件までミュロンドの騎士になっていた。ヴェロニカはオルランドゥ伯の部下だった騎士に養子として出され、騎士学校で学ぶアグリアスの同級生となった。シャルロットは妾の子として、世間から見られるのを恐れた彼女の母親が故郷であるゴーグに逃れ、その先でムスタディオに出会った。
 どういうわけかさっぱり分からないが、何かとこの家はラムザたちと謎の腐れ縁のようなものがある。
「それでムスタディオ様にかけられた魔法の件なのですが……
「何かご存知でしょうか」
 ラッドがシンシアに問う。が、彼女は残念そうに首を横に振った。
「いいえ……。私もそのような魔法があることは初めて知りました。皆様のお話から考えるに、恐らく開発された全く新しい類の魔法かと」
「やはりそうなりますか……
 黒魔道士が腕を組んで唸る。
「似たような魔法などはないのでしょうか?」
 ラムザも話に加わる。
「小さくなる魔法であれば、“ミニマム”という魔法なら古代の文献にあるのですが……。あれは単純に小人化するだけであり、子供にしてしまう魔法ではありません」
「となると、全く違いますね……
「ところで……その魔法をかけた人物について、もう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか」
「術者の方ですか?」
 アグリアスが小首をかしげる。
「はい。魔法の開発をするということは、その人物はガリランドの研究者なのではないでしょうか」
 シンシアから飛び出た意外な推測に、ラムザとアグリアスとラッドははっと顔を見合わせた。
 ガリランドは魔法都市と呼ばれるだけあって、魔法の研究が盛んに行われている都市である。王立魔法院や魔法大学では、魔法の研究をしている者もいると聞く。数多くの黒魔法や召喚魔法を復活させた五十年戦争の英雄・エリディプスもその一人であったらしい。となれば、確かに魔法の開発が行われていてもおかしくはない。
 そして、その解除の方法も分かる可能性も十分にある。
「わかりました。できるだけ詳しくお話しします」
「ありがとうございます」
 ラムザが頷くとシンシアは感謝と共に軽く頭を下げ、それからムスタディオを撫でまわしている妹二人を見た。
「ヴェロニカ、エレーヌ。あなた方もお手伝いをお願いします」
「「はーい!」」
「それじゃあ、ムスタディオはその恰好何とかしないとねえ」
 ラッドの話題に、エレーヌに抱きかかえられているムスタディオは目をぱちくりさせた。
……なんで?」
「だって、よその魔道士に会うかもしれないんだよ? いつ元に戻れるかわからないし、街を歩くにしたって、それはちょっと……ねえ」
……
「というわけで」
 黒魔道士は女騎士を振り向いた。
「アグリアスさん。アリシアとラヴィアンをお借りして良いですか?」
「うん? 構わんが……何故だ?」
「あの二人が一番服装のセンスが良いですから」
 にっこり笑う彼の提案に、ムスタディオは憮然とするのだった。

「うーん、子供服ねえ」
「アリシア、あのお店はどうかしら?」
 ドーターの中心街、私服を着たアリシアとラヴィアンがきゃっきゃと楽しそうに立ち並ぶ店を見て回る。その後ろを同じく私服のラッドとシャルロット、そして彼女の手に掴まりながらムスタディオがついてくる。靴は少々サイズが大きいものの、屋敷にあったシャルロットのおさがりを履いている。
 私服に扮装していることで、周りの通行人からは貴族の子供たちが遊びに来ているようにしか見えない。ましてやまさか異端者ラムザの仲間だなんて、ゆめゆめ思わない筈だ。とはいえ、何かあった時のために全員服の下に武器を隠し持っているのだが。
 ラムザたちはムスタディオに術をかけた魔道士のことを調べている。本当なら魔法に詳しいラッドも残った方が良いのではないかという意見も出たが、「女性だけと小さくなったムスタディオだけで出かけるわけにはいかない」ということになった。
 通行人たちはシャルロットの美しい容貌に皆足を止めて見とれている。が、ラッドが側にいるからか、小さい子供と手を繋いでいるからか声はかけられない。
「さすがシャルは人気者だねえ」
「?」
 にこやかなラッドの独り言に、見られている自覚のないシャルロットはきょとんとする。その隣でムスタディオはため息をついた。
「なんでこんな……
「仕方ないじゃないか。服を見るのに着る本人がいないと始まらないだろう?」
 女五人しかいないあの屋敷では男の子の……それも子ども服なんかあるわけがない。どちらにしろ人に見せられる恰好にするには、買いに行くほかないのである。
「大丈夫だよ。アリシアとラヴィアンは本当にお洋服を選ぶのが上手だもの」
 シャルロットが励ますように言う。
 彼女の言っていることは確かにその通りだ。いつも悪魔みたいな言動をしては隊員を振り回す二人だが、センスはピカイチである。この間もドーターの呉服店でシャルロットにドレスを着せては、店員が鼻血を噴き出して失神した。
 彼女は良いが、よくいじる対象にされる自分ではどうなるのか全く想像がつかない。未だ不安ながらも、ムスタディオは不満じみた顔のままこっくりと頷く。
 その時、前を行く二人が何かを見つけたのかこちらを振り向いた。
「あそこ! 子供服売ってるみたいよ」
「ちょっと入ってみましょう!」

 カランと扉に取り付けられたベルが乾いた音を立てる。
「いらっしゃい──…………!?」
 暇そうに言う店主だが、シャルロットの姿を見た時ぎょっと目を丸くしては飛び上がった。
「シャ、シャルロットお嬢様!!!???」
「あの、えと……お邪魔します」
 さすがはドーターの発展に貢献した貴族というだけあり、五人姉妹は顔を知られている。シャルロットがどぎまぎしながらもぺこんとお辞儀をすると、彼は手をもみながら歩いて近づいてきた。
「今日はいったいどのようなご用件で?」
「え、えっと、ムス……こ、この子の! お、お召し物を買いに来たのです!」
 緊張からかあわあわしながらムスタディオを示しながら言う。
「この子供は?」
「あ、えっと……
「シャルロットお嬢様の親戚の子です!」
「ドーターへ来る途中、野盗に襲われてしまったらしくて……!」
 言い訳ができないシャルロットが惑ったところに、アリシアとラヴィアンが入ってきた。
「庇ったこの子のお母様の返り血を浴びてしまったのです!」
「それで、生き残ったのがこの子だけなんです。今お召しになっているのは、お母様と一緒に殺されてしまったお兄さまの形見の服なのです!」
 ツッコミどころ満載過ぎる作り話に、何かを叫ぼうとするムスタディオの口をラッドが抑える。その隣で事情の知らないシャルロットはぽかんとしていた。
 一方、店の主人は目を潤ませて二人の話を聞いている。何故だかこの話を信じ切っているらしい。
「そうだったのですか、それは大変でございましたね……。ささ、どうぞどうぞ。お好きなだけ見ていってくださいまし!」
 その店主の言葉に、アリシアとラヴィアンはニッコリ笑った。
「「ありがとうございます♡」」

「わあ! これ可愛い♪」
「アリシア、それ女の子用の服よ。これなんかどうかしら」
「あら、それいいわね! じゃあこのトップスなんてどう?」
「ちょっと地味じゃない? これは?」
「もー! ラヴィアンったら本当にこういうの好きね。着るのはムスタディオよ?」
「あら、ムスタディオでも合うかもしれないじゃない」
「普段の服装思い出してごらんなさいよ、もっとシンプルなのがいいわ」
「そんなのわからないでしょ? とりあえず着せてみましょうよ」
 店内にかけられた服を見るなり、二人は早速目についたものを片っ端から取り出してはムスタディオの小さくなった体に次々押し当てては良さそうかどうか確認する。
 色々な服を持ってこられて、ムスタディオは何とも言えない顔だ。
「なんだか着せ替え人形みたいだねえ」
 そばで見守っているラッドは含み笑いを浮かべたまま言う。横にいるシャルロットは、ムスタディオが困っているのを見て落ち着かないらしい。
「ムスタ、大丈夫かな……?」
 青年は横目で少女を見る。
「心配かい?」
「ちょっとだけ……
「まあ、あれでも真面目に探してくれているみたいだから大丈夫じゃないかな、多分」
 というよりもどうしてある程度もムスタディオに選ばせないんだろうか、という正論はしまっておいた。アリシアとラヴィアンにとっては、他人のために服を選ぶ時間が最高に楽しいのだろう。それに、この店は貴族の子供が着るような服が売っていて、庶民であるムスタディオには選ばせてもあまり意味はないのかもしれない。まあ、だからこそこの二人にコーディネートを依頼したというのもあるのだが。
 それからアリシアとラヴィアンは時折、持ってきた服でムスタディオに試着させる。
 それを見てはここが合わないだの、もっと薄い色はないか、もっと黄色寄りの色はないのかだのあれこれ言っては店主を使い倒している。こんな無理難題を要求する客なんて、彼女ら以外にいないだろうと思えるほどに。

 ……そして半刻が過ぎた頃。
……一つわかった」
 アリシアが顎に手を当てて重々しく口を開いた。
「ムスタディオはちゃんとおしゃれしたら、見違えるほど化けるわ」
 色々な服を着せられ、目を回している小さな仲間を前に堂々とそう宣言した。
「そうねえ」
 ラヴィアンも同じ意見なのか、何度も頷いている。
「いつもあんな髪型であんな服着てるからわからないけど、顔は良いのねえ。着飾ればモテそうなのに。勿体無いわあ」
「むしろ、あれでシャルたち五人姉妹にモテてるのが不思議よね」
 本人はぐるぐるで聞こえてないだろうが、何気に酷い台詞である。
「ムスタ、大丈夫!?」
 シャルロットは慌てた様子で駆け寄って、小さな頭を優しく撫でている。
「それでどうするんだい?」
 ラッドがやってきては訊く。
「とりあえず、フォーマルな服の方が良いかもしれないわね。見た目は子供でも中身はそのままなんだし、違和感のない程度に大人っぽくした方が良いかも」
 アリシアの返答に、やっぱり二人は真面目に考えていたんだなあ、と青年は思った。なんだかんだでこの二人は隊の仲間のことをとても大切にしている。だからムスタディオのことだって、ちゃんと思っているのだ。
「それじゃあ、とりあえずズボンはこれでいいわね。ワイシャツとベストとタイを持ってきてもらいましょう」
 ラヴィアンが笑顔でそう言っているが、店主は既に戦闘不能である。
 この惨状を見たラッドが、微笑みながら一言。
……いつまでかかるのかなあ、これ……

 店員にどうにか服を持ってきてもらい、アリシアとラヴィアンの厳正すぎる選定の結果、一式が選ばれた。
「これで間違いない筈よ、多分!」
「着てみてちょうだい」
「お、おう……
 二人は自信たっぷりの笑顔で、ムスタディオに服を持たせて試着室に通す。彼は微妙な顔でカーテンを閉める。
「決まったのかい?」
 ラッドが訊くと、アリシアはうーんと声を漏らす。
「とりあえず着てもらってから決めるわ」
 つまり、まだかかるかもしれないということである。
 あれほど嵐のように大量の服が舞っていたというのに、まだかかるとは。
「ムスタ、相当疲れてると思うんだけど……
 シャルロットはまだ心配なのか、その顔は晴れない。そんな彼女をラヴィアンが大丈夫よ、と笑顔で諭す。
「ここまで来れば、相当ひどいコーディネートじゃない限りは時間かからないから」
 その時、試着室のカーテンが揺れた。が、出てくる様子はない。
「どうかしたの?」
 シャルロットが近づいて声をかけると、ムスタディオの声が帰ってきた。
「なあ……このヒモってどうやって結ぶんだ?」
「ひも?」
「もしかしてタイのことかしら」
 とラヴィアン。
 タイは畏国では貴族男性のファッションアイテムであり、庶民には浸透していない。そのような環境で生まれ育っていないムスタディオは、それ自体触ったこともないのだろう。
「俺が結ぼうか。ちょっと入るよ」
ラッドが女性陣に見えないよう、少しカーテンを開けて試着室に入る。中流貴族出身のラッドなら締め方も知っているのだろう。
「ラッドがついてきてくれて良かったわね」
「本当。盲点だったわね」
 心配そうにカーテンを眺めるシャルロットの後ろで、アリシアとラヴィアンそんなやりとりをしていた。
 やがてしばらくして、カーテンが開いた。
「お待たせ~」
 ラッドが笑顔を浮かべて先に出てきた。
「こんな感じで良いかな」
 という言葉と共にムスタディオを出す。その姿に女性三人は歓声を上げた。
「わあ! 良い感じじゃない! 流石私たち♪」
「やっぱり! こういうかっちりしたのが似合うと思ったのよ!」
 アリシアとラヴィアンが自画自賛している。
 白いワイシャツに紺色のネクタイを締め、その上に栗色の袖のないベストを羽織って、やや濃いめの灰色のズボンを履いている。靴は茶色の革靴だ。敢えて黒にせず茶色にし、青と茶色を中心にまとめてカジュアルさを出しているのだろう。アズーロ・エ・マローネってやつかあ……、とラッドは感心した。
 ともあれ、いつものラフな格好をした彼からはかなりかけ離れたコーディネートである。それなのに不思議と違和感を感じないのは、ムスタディオの顔が意外(!?)と良かったからなのか、はたまたアリシアとラヴィアンのセンスなのか。
 一方のムスタディオ本人は慣れないタイが窮屈なのか、渋い顔をしてしきりに首元を気にしている。
「ムスタ」
 シャルロットが近づき、中腰で声をかける。顔を上げてやっと幼馴染が目の前にいることに気付いたのか、彼はぱっと手を後ろに組んで、恥ずかしそうに視線を反らした。
「よく似合ってるよ。こういう服も素敵だねえ」
「あ…………ありがとう……
 関係のないところに視線を向けながらぼそぼそ礼を言うムスタディオに、白魔道士はただ微笑んだ。
「さて。じゃあとりあえず会計して、屋敷に戻ろうか。ラムザたちも何か術者の情報をつかんだかもしれないし」
 ラッドの言葉に女性陣が頷いた時。
……このかっこう、ラムザたちにみせんのか………
 ムスタディオがぼそりと今更過ぎることを言い出す。が、やはり彼にとってはそれが本音なのだろう。
「今になって何言ってんのよアンタは」
「他人に見せても問題ないように、こんなに時間かけて服を選んだんじゃない」
 アリシアとラヴィアンが容赦のない横やりを入れる。とはいえ、この二人の労力と本来の目的を考えたら当然の返しではあるが。
「ムスタ、大丈夫だよ。元に戻るまでだから」
 シャルロットが頭を撫でてなだめる。この姿になってからというもの、苦い顔をするムスタディオをシャルロットが慰める……という流れがお決まりのパターンになってきている。
「ほら、とにかく帰るよ。遅くなったら皆に悪いからね」
 その間にも、お金を払ってきたラッドが戻ってきて声をかけた。

「ムスタ君、可愛い~!!!」
「貴族のご子息のようです!!!」
 屋敷に帰るなり、早速ムスタディオの格好を見たヴェロニカとエレーヌが大喜びしている。彼女らに抱きかえられて、彼本人は内心うんざりしているらしい。
 そこにラファが混ざってきて羨ましがる。
「いいなあ! 私も抱っこしたい!」
「おまえの腕じゃ抱えられないだろ」
 マラークがたしなめに入った。
「私も抱っこしたいわ。将来私たちの子供ができたときの練習にしたいもの。ねえベイオ?」
「はは、そうだね。なかなか小さい子供には触れる機会がないからねえ」
 レーゼとベイオウーフもやってきては相変わらず二人の世界を作り出している。
「こんな服を着せられていると、ラムザやシンシアと初めて会った時のことを思い出すな」
 オルランドゥもはっはっはと豪快に笑う。
「丁度私やバルバネスがシンシアを抱っこしたときも、このくらいの歳だったかな?」
「オルランドゥ様、もう少し私は小さかったと思いますよ」
 シンシアが優しい笑顔のまま手厳しい訂正をした。
 オルランドゥとバルバネスの絆を支え続けたこの家は、家族ぐるみで付き合いがあるらしい。中でも長女のシンシアは、幼い頃バルバネスやオルランドゥに会っている。
「ここまで皆を喜ばせるとは、やったわねラヴィアン!」
「新規開拓ねアリシア」
 アリシアとラヴィアンは改めて手を合わせて喜んでいる。
 その一方で。
……皆この状況を楽しんでいないか……?」
 この惨状を遠巻きに見ているアグリアスが呆れたように言う。
「いつものムスタディオにはあんなに興味示さないのにね……
 メリアドールも同じ気持ちらしい。
 彼女らの隣では、相変わらずシャルロットがハラハラしながらいじられるムスタディオを見ている。
「魔法の力とはいえ、幼い子供が珍しいんですよ」
 ラムザが苦笑いを浮かべてフォローに入る。
 早く元に戻してやりたいとも思うが、仲間たちのこの喜びようを見るとちょっと複雑な気分にもなる。だが、ムスタディオ本人は早く元に戻りたいだろう。それに、隊の主戦力の一人でもある彼がこうなってしまえば、この先何かと困ることは多い筈だ。身体が小さくなったせいで、機械だっていじりにくそうにしているのをラムザは今朝見ていた。
 複合的に考えても、早く元の姿に戻してやることに越したことはない。
「それで、何かわかったかい?」
 ラッドが本題を切り出す。
「ああ。ガリランドの魔法学校を片っ端から調べてみたんだけど──ブルマン教授という人が、魔法院で“10年時を巻き戻す魔法”という研究論文を発表していたみたいなんだ」
「10年時を巻き戻す魔法?」
 繰り返すと、ラムザは説明を続けてくれた。
「そう。なんでも教授はある病気を患っているらしいんだ。治療法はあるんだけど、彼はもう手遅れみたいで……。医者から『あと十年診るのが早かったら完治できた』って言われたらしい。だから10年前後自分の体だけ時を巻き戻せないかって」
「10年自分の体だけ……
 黒魔道士はすぐに気が付いた。
 10年くらい自分の体だけ時を戻す。それは、今のムスタディオの状況にあまりにも酷似している。
「無関係とはとても思えないね。その論文の中身は?」
 しかし、ラムザは顔を曇らせて首を横に振った。
「いいや……。僕たちが見たのは、その論文の紹介と研究に至った経緯だけだ。論文の中身はどこにも」
「そうか……。なら、できれば本人に会いたいところだけど……。まだご存命なのかな」
「その論文はごく最近発表されたものだそうだから、まだご健在みたいだよ。シンシアさんがどうにか会えないか、使いの人にガリランドに行ってもらっている」
「さすが、シャルの姉さんは抜かりがないなあ」
 ラッドは笑った。
 仲間たちの方を見ると、どうやって抜け出したのかムスタディオがシャルロットの後ろに避難している。彼は何やら文句を言っているようだ。
 黒魔道士は話を続ける。
……で、そのブルマン教授が術者なのかい? とても病気を患っているようには見えなかったけれど」
「それは分からない。これ以上は何も情報が出なかったから……
「まだまだ分からないことは多いね」
 隊長の答えを聞き、青年はそっとため息をついた。

 シンシアが送った使いの者が面会承諾の報を携えて帰ってきたのは、次の日の夜のことだった。


***


 ──二日後 魔法都市ガリランド
「面会をお願いしたシンシア・イノヴァーシュです」
「同じくルグリアです。ブルマン教授はいらっしゃいますか」
 代表者のシンシアとラムザが、魔法院の受付嬢に声をかける。ラムザはまさか自分が異端者だとバレるわけにもいかないため、故意に母方の姓を名乗る。
 シンシアの右にはアグリアスが控えている。さらにその後ろにはシャルロットとラッド、そして小さな子供のままであるムスタディオがいる。
 他の仲間たちは宿で待機中だ。

 面会承諾の知らせを受け、翌朝すぐに出発した。正体を明かすことができないとはいえ、何者かも分からない者に教授が会ってくれるとは思えなかった。が、ドーターの上流貴族たるイノヴァーシュ家の当主であるシンシアであれば、問題ないだろうということになったのである。
 しかし、ガリランドについてから色々と別の問題点が見えてきてしまった。
 普通貴族の当主は護衛の騎士をつけるのが常識である。が、武家の一族でもあるイノヴァーシュ五人姉妹は、全員戦えるだけの力があり、お供もつけず単体行動が基本だ。今回もうっかりその癖で、シンシアは単身でラムザたちと一緒に来てしまった。そのことにお互い気が付いたのは、ガリランドに着いてからであった。

 流石に騎士の称号を持たないラムザたちとだけで行くのでは怪しまれる恐れがある。
 メリアドールは教会の騎士だし、オルランドゥ伯は顔を見られるわけにはいかない。そのため一緒にいても一番自然そうなアグリアスが、シンシアの護衛ということでついてくることになった。
 ムスタディオは勿論、魔法に詳しいラッドと、魔力に敏感なシャルロットもいてくれた方が良いだろう──ムスタディオの事情を組んでいないわけでもない──ということで、二人にもきてもらったというわけである。

「イノヴァーシュ様とルグリア様ですね。お待ちしておりました」
 彼らの正体に気付くことなく、受付嬢は恭しく頭を垂れた。それから部屋番号が書かれた地図らしき紙を見せる。その中の一つの部屋を指差した。
「ブルマン教授は東棟の2-103研究所でお待ちです」
「承知致しました。ありがとうございます」
 シンシアたちも頭を下げ、護衛に扮したアグリアスを先頭に階段へと向かった。

……2-103でしたね」
 扉の前に掲げられた部屋番号をシンシアが確認する。
「ここで合っている筈です。それでは──」
 ラムザが扉を開けようとすると、アグリアスに止められた。
「ラムザ、これは護衛が開けるものだ」
「は、はい……
 小声で言われ、常識を失念していたことに気が付いたラムザは、慌てて取っ手に伸ばしかけた手を引っ込める。旅暮らしが長いせいで、すっかり貴族のたしなみを忘れていたらしい。流石に王女の騎士を務めたアグリアスは手慣れている。
 廊下には他の魔法院の者が歩いている。皆貴族出身者だと考えたほうが良いだろう。常識はずれなことをして、正体がバレたらまずい。
 と、ムスタディオが隣にいるシャルロットの袖を引いた。
……なんでごえいがあけるの?」
 と潜めた声で訊く。貴族ではない彼には分からないようだ。
「お客様が扉を開けた途端、お部屋の中の人に襲われるかもしれないからだよ。だから武器を持っている護衛の方が開けるのが、貴族では当たり前なの」
 シャルロットも声を潜めて答える。すると機工士はふーん、と納得したように頷いた。
 その間にも、アグリアスが腰に下げた剣を手にかけながら扉を拳で軽く叩く。すると、向こうからどうぞ、という老人の声が聞こえた。それを聞いてから慎重に扉を開ける。

 部屋の中には講義で使うのか正方形のテーブルと、その周りに椅子が6脚、3辺にわたって置かれている。天井まである本棚がそれを取り囲むようにして並び、ぎっしりと本や資料が無造作に置かれている。そして何より驚いたことに、上体を起こした寝台の上にいる初老の男がいた。
 なるほど病床の身であるのは本当らしい。
「貴女たちかな、私に会いたいというのは」
「はい。私はドーターのシンシア・イノヴァーシュです」
「ラム……ラーサー・ルグリアです。お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます」
 シンシアとラムザが前に立って自己紹介をする。
「して、後ろの方々は?」
 彼は後ろに控えるシャルロットたちを眺めた。
「私の妹のシャルロットと、こちらはイノヴァーシュ家の護衛を勤めてくださっているオークス様。そしてこのお二人は妹とラーサー様のご友人方です」
 シンシアが軽く紹介し、四人は会釈程度に頭を下げた。
「ありがとう。私は時魔法学と魔法道具を専攻するブルマンだ。ドーターから遥々ご足労いただきました。ささ、どうぞお座りください」
 彼は自己紹介しながら手元のレバーを引くと、さらにマットレスが起き上がった。
 きかいだ……と、ムスタディオが思わず声を漏らす。
「それで、私にいったい何の御用ですかな」
 客人が席についたのを見届け、ブルマンは早速本題を問う。
「はい。そこにいる彼のことで……
 ラムザがムスタディオを示す。
「実は、彼は魔法で子供の姿にされてしまったんです」
「!?」
 ブルマンは目を見開いた。
「何をやっても元に戻らなくて……。その時、ブルマン教授が“10年時を巻き戻す魔法”の論文を発表したという情報を聞きました。教授なら何かご存知かと思い、この度面会を切望したのです」
 ラムザの説明に、教授は思慮深げにムスタディオを見て頷く。
「なるほど……。彼が子供の姿になってしまった時のことについて、詳しく聞かせてもらえませんか?」


***


「間違いありません。彼にかかっているのは“10年時を巻き戻す魔法”です」
 ラムザたちが語った当時の話を聞いて、ブルマン教授はそうはっきりと断言した。
 思いがけず予想が的中したことに、六人は顔を見合わせる。
「報告があったとはいえ、まさか本当に出来上がっていたとは……
 そうこぼした教授の言葉は驚きと、僅かばかりの喜びが混ざっていた。
「では、あの術者は教授の関係者でしょうか?」
 ラッドの問いに、教授はゆっくりと再び頷いた。
「ええ。あなた方のお話を聞くに、彼は私の教え子であるゴゴです。ものまね士で、優秀な戦士でもあります」
「ものまね士ですか!」
 シャルロットが驚いた声を上げる。他の五人もそうだった。ものまね士は、実に様々な職業を修めた者でなければ就くことができない。
「私の論文を読んだゴゴが、この魔法の開発を始めたのです。何としてでも私の病気を治したいと」
 教授はそう語り、手元の寝台を見やる。
「その方は、ブルマン様のことをとても尊敬していらしたのですね」
 シンシアが言うと、彼は少し照れくさそうに笑った。
「彼と出会った時には、既にこんな身だったのですがな……。元はと言えば、私が脚が動かしづらくなっても、十年も放置していたことが原因だったのに。彼は絶対に治したいと言って聞かなかったのですよ」
「脚が動かしづらくなる……? 若年期突発性信号遮断魔法症候群ですか?」
 ラッドの口から飛び出した病名に、教授は目を丸くした。
「こんなにお若いのに、その名前をご存知とは。その通りです」
「じゃくねんきとっぱつ……???」
 ムスタディオが怪訝な顔をして聞き返す。ラムザも呪文のような長さの病名で聞き取りきれなかった。
「若年期突発性信号遮断魔法症候群。魔力を神経に伝導しすぎることで、神経が魔力に侵食される病気なんだ。手足が思い通りに動かせなくなったり、力が入らなくなったりする。伝導率が高い若い魔道士特有の病気でね。運動不足も大きな要因で、俺やシャルみたいに旅をしていれば大丈夫なんだけど……。研究者みたいにずっと椅子に座って魔法ばかり唱えていると、発症するリスクが上がるんだよ」
 ラッドは医学もかじっており、こうした魔法疾患にも精通している。
「たしかその病気は、初期症状の内にリハビリをしないと完治しないと聞いたことがあります。治療が遅れると歩行困難や、最悪植物状態になることもあるとか……
 シンシアも知っているらしく、話に入ってきた。
「では、ブルマン様はそれで……
 シャルロットが顔を曇らせて言いかける。
「その通りです。最初は足を動かしづらくなり、しまいにはここまで悪化してしまいました」
 教授は自嘲気味のやや悲し気な声で言い、手元のレバーを撫でる。
「試行錯誤の末、アビリティとして習得するよりも魔法道具の方が効果が出ることが判明しました。そして先日、爆弾型の魔法道具として試作品を作ったのです。ゴゴが使ったのはその試作品とみて間違いありません」
「そういうことだったんですね……
 ラムザが納得しかけた時、
……あの」
 ムスタディオが声をかける。
「それで──このまほうは、どうやったらとけるの?」
 その問いに、ブルマン教授はああそうだったと言って思い出したように顔を上げた。
「一番大切なことを忘れていましたね。この魔法は、一週間もすれば自然に解けます」
「一週間?」
 ラムザが言葉を繰り返す隣で、ラッドが指折りで何かを数えている。
「彼が子供になって今日で……六日目だね」
「では元に戻るのは──明日か!?」
 アグリアスの言葉に、ムスタディオは驚く。その表情は心なしか明るい気がした。
「あしたになったら、もとにもどれる……!?」
「やったねムスタ!」
 隣のシャルロットも、顔を輝かせて彼を見る。シンシアも安心したように微笑んだ。
 和やかになりかけた空気だったが、教授の話には続きがあった。
「ただ、問題がいくつかあります」
 彼の言葉に、六人は再び彼を見た。
「一つは、明日になっても明日のいつ戻るのかは分からないということ。二つ目は、戻る前兆が直前までまったくないということです」
「つまり明日戻ることは分かっていても、明日のいつ戻るのか分からず、戻る時も本当に突然戻る……ということですね?」
 シンシアが要約する。
「その通りです。出来上がったとはいえ、未だ不安定な要素が多い魔法なものですから。おそらくゴゴも、その辺りの制御まで出来ていないでしょう。私でも解決策を見いだせずにいる状況ですからね」
 それから教授は子供の姿のムスタディオを見た。
「あともう一つ……。“10年時を巻き戻す魔法”にかけられた時、身体だけ小さくなりませんでしたか?」
「はい」
 機工士がこくりと頷く。
「“10年時を巻き戻す魔法”は、かけられた対象者の肉体のみを過去にタイムスリップさせる魔法なのです。恐らく今あなたの姿は、10年ほど前の姿なのでしょう」
 だから子供になったムスタディオは、自分たちと知っている髪型ではないのか。ラムザは心の中で深く納得した。
「今あなたの服は子供用の服をお召しになっているようですが……。元に戻ったらどうなるか、わかりますね?」
 要するに、元に戻った途端服がはじけ飛ぶかもしれないということである。
………………
………………
………………
………………
………………
………………うわあ」
 絶句する五人の中、ラッドが笑いを堪えた様子で呟く。セリフだけ聞けばドン引きしているようにもとれるが、彼の場合は面白過ぎてそれしか言えなかったのだろう。それ以上言ったら大爆笑するからである。
 その直後顔を真っ赤にしたムスタディオが、バアン、と両手で机を叩いて椅子の上から立ち上がった。
「それはぜッッッッッッッッッたい、イヤです!!!!!!」
 あまりの声量に、部屋の本棚に積まれていた資料の紙が数枚ハラリと落ちた。
…………明日はいつもの服を着る?」
 何とも言えない顔のラムザが提案するが、シャルロットはでも、と小首をかしげた。
「いつもの服だと、ムスタ動きづらいよ?」
「ベルトも靴も何もかも、今の彼には大きすぎるからね。そんな格好、とても人前で見せられるものでもないだろう」
 ラッドも同意見のようだ。
「だが、それではどうするのだ。いつ戻るかもわからんのだろう?」
 アグリアスも口をはさむ。眉を寄せた顔はいかにも嫌悪感が露である。まあ、彼女の性格を考えれば当然だろう。
「そもそもといえば宿のご夫婦のこともありますし……どちらにしても難しいですね」
 シンシアも顔を曇らせながら意見を述べる。
 たしかに、どんな格好であれ明日一日ガリランドに滞在するとしたら、部外者である宿の人間に突然元に戻るムスタディオを目撃される恐れがある。
 これはかなりまずいことだ。元に戻る瞬間を目撃されなくとも同じである。やってきた時は子供の姿だったのに、出ていくときには青年の姿になっているのだから。変に目立つどころか、色々勘繰られるに違いないだろう。
 その時、ブルマン教授が再び話に入ってきた。
「戻るタイミングは調節できませんが、服の方はなんとかできますよ」
 そう言って、手招きしてムスタディオを呼ぶ。
 呼ばれた彼は少し躊躇して、仲間たちを見回した。ラムザとシャルロットが頷いてやると、席を立って寝台の脇に向かった。
 近づいた彼に、教授は人差し指を天に突き立てる。すると、指先から優しい光が灯った。指をムスタディオの方に向けると、光はふわふわと彼のもとに飛んできては、着ている服に溶け込んでいった。
「魔法が切れるのと同時に発動する、“調整する魔法”を仕込んでおきました。元に戻るのと同時に、身に着けているものが体に合ったサイズになりますよ」
……なんだか、随分と都合の良い魔法ですね」
 ラッドが身も蓋もない本音を漏らすと、ブルマン教授はほっほっほと楽しげに笑った。
「“10年時を戻す魔法”に備えて開発していたのです。やはり元に戻った時服のサイズがおかしいのはみっともないですからね」
 教授も教授で、身なりはかなり気にする人だったらしい。
 それから教授は笑みを引っ込め、改めてラムザたちを見回した。
「ゴゴには私からきちんと叱っておきます。無関係のあなた方を巻き込んでしまって、本当に申し訳ございません」


***


次の日。
「ムスタディオ、どう?」
 スウィージの森で停めた鳥車の中。見張りをしてきたラムザは入るなり中にいる仲間に声をかけた。
 座席に座っているムスタディオは無言で首を横に振る。近くには心配そうにしているシャルロットとシンシアがいた。
 服の件は解決したにしても、いつ元の姿に戻るかも分からないムスタディオを人目の付きかねない街に置いておくのはまずい。襲撃のリスクはあっても、森の中で身を潜めた方が良い。他の隊員たちもそれに賛同し、昨夜は日付が変わる前にガリランドを出た。
 しかし、一向に元に戻る気配はなかった。ラッドやシャルロットも、“10年時が巻き戻る魔法”の魔力は続いていると言っている。おそらく、効力が切れると同時に魔力もその場で消滅するのだろう。
「そうか……。もうそろそろ夕方なんだけど……
 ラムザは空を見上げて目を眇める。既に日光は西日になっていた。
「いつ戻るのかは分からないと教授も仰っていました」
 シンシアが宥めるように笑いかける。
「もしかしたら夜以降に魔法が切れるのかもしれません。もう少し待ってみましょう」

 やがて日は落ち、辺りは真っ暗になる。夕食を食べても未だに元に戻らず、鳥車の中は若干重い空気に包まれていた。
……なんか……。みんな、ごめんな……。オレのために……
 ふいにムスタディオの口から出てきた、彼らしくもない言葉。その場にいた仲間たちも自然と彼の方に視線が集まる。
「そんなの……ムスタは気にしなくていいんだよ」
 シャルロットが優しく声をかける。
「シャルの言う通りだよ」
 ラムザも同意する。
「きみがあの時庇ってくれなかったら、僕が子供になってしまっただろうし」
 そう言ってぎこちないながらも笑ってみせる。
「そもそも」
 アグリアスが口を開く。警戒のため、鞘に納めたディフェンダーを肩にかけて座っている。
「おまえが悪いわけではないだろう。すべてはあのゴゴとかいうふざけた魔道士のせいだ」
 まだ怒っているのか、言い方は相変わらずどこか素っ気ない。しかし、フォローしてくれているのは明白である。
「はい……
 ムスタディオが膝を立てて顎を乗せた時、
「襲撃だ!!」
 外で見張りについていたマラークの怒鳴り声が聞こえ、鳥車の中にいた隊員は飛び跳ねるように立ち上がった。
「皆、盗賊だわ! 夜になったのを狙って来たみたい!」
 同じく外にいたラファが扉を開けるなり叫ぶ。
「規模はどのくらい?」
 ラムザが剣を取り出しながら問う。
「結構いるわ。暗くて分かりづらいけれど、十人くらいはいるかも」
「厄介だな……。でも戦うしかない。ムスタディオとシンシアさんはここにいてください!」
「えっ、ちょ──」
「他の皆は出撃をお願いします!」
「うん!」
「了解」
「承知した」
 ムスタディオの戸惑う声も届かず、あっという間に武装した仲間たちが外へと飛び出して行ってしまう。
「ムスタ」
 シャルロットが肩に手を置いて一度腰を下ろす。
「ごめんね……。すぐ戻るから、お姉さまとここで待ってて」
 それだけ言って、幼馴染は仲間たちに混ざって言ってしまった。
 気が付けば、鳥車の中にはムスタディオとシンシアだけが残されていた。
………………
 呆然とする機工士の小さな背中を見、召喚士はそっと歩み寄った。
「ムスタディオ様……
……しょうがない、ですよね」
 振り向かないままぽつりと呟く。後ろ姿からでも、彼がうつむいているのが分かった。
「こんなんじゃ、まともにたたかえないですし。いつもどるか、わからないですし……
……
 シンシアは眉を下げて彼を眺める。今まで主力として、長い間ラムザたちと一緒に戦ってきたのだ。子供になってしまったからといっても、戦力外通告を受けたような心地なのだろう。無論、ラムザも彼の状況を慮って、ここにいるように指示したに違いないのだけれど。
……それでも、皆様のお力になりたいのでしょう?」
 言うと、ムスタディオは驚いた顔で振り返る。
 それが本心だったらしい。幼少期から彼を知っているシンシアは、その事をわかっていた。
「私は大丈夫です。行ってきてください」
「シンシアさん……
 彼女はにっこり微笑む。
「小さいなら小さいなりに、戦い方はありますよ。器用な貴方なら、それができると私は思います」
……!」
 機工士はハッとして、いつの間にか握っていたブレイズガンを見下ろした。


***


月と星が淡く照らす暗い森の中、戦いの音が鳴り響く。それに混じって、敵や仲間の声も聞こえる。戦況は目に見えないが、こちらが押してきているらしい。
 視界がほとんど役に立たないため、聴覚や嗅覚、第六感が頼りだ。ラムザは一度目を閉じて精神を集中させる。
 と──……
……そこだッ!!」
 瞬時に目を開けると同時に、後ろを振り向いて剣を突き出す。ずぶり、と鈍い手ごたえが手のひらに伝わった。暗闇に目が慣れてきたおかげで、盗賊が血を吐いて倒れたのが見える。当たり所が悪かったのか、即死だったらしい。
 ほとんど目が役に立たないせいで、一命をとりとめさせる手加減すらできない。先程から急所剣で斬っているような気がする。言いようもない罪悪感と緊迫感、そして無駄に労力を費やした疲労が体にのしかかってくる。
 顎にまで落ちてきた汗を、空いた手で拭った……その時。
「ラムザッ、後ろ!!」
 シャルロットの声が飛んできて弾かれたように振り向く。そこには既に、長剣を振りかざしている盗賊がいた。剣で受け止めようとするが、間に合わない──

バンッ

 聞き覚えのある音が鳴り響いた。
 見ると、氷の銃弾がラムザを襲った剣士の頭を貫通していた。
 驚いて弾が飛んできた先を見ると、ワイシャツの袖を肘まで捲り、ブレイズガンをライフル銃のようにして持っている小さな影がそこにいた。
「ムスタディオ!?」
 盗賊が倒れるのを無視して、思わず叫んでいた。背後にいたシャルロットも驚いていた。
「どうして──」
「このからだだったら、かくれながらちかづけるだろ?」
 小さな体にはどう見ても不釣り合いな金色の銃を肩にかけ、ニッと笑う。
「そうじゃなくて!」
 言いかけた途端、突如ぬっと近づいてきた殺気に顔を向ける。何人か盗賊がこちらにやってきてしまったらしい。
 が、相手も突然の子供の登場に驚いているようだった。
「なんだ、このガキ?」
「子供がなんでこんなところに……
「まあいい。邪魔するってンなら容赦は無用だ!」
 子供といえども、盗賊は向かってくるらしい。
「ムスタ!」
 シャルロットが補助しようとし、ラムザも助太刀に駆け出す。
 ムスタディオが銃を構えようとし、何故かやめた。
……あ」
 あまりに間抜けな声にラムザは唖然とした。
 こんな時に何を、と怒鳴りかけた時、小さな体が不思議な色の光に包まれた。
 この色、どこかで見たような……
 そして、ぼわんとこれまた見覚えのある煙が上がった。ラムザは立ち止まる。盗賊も思わず後ろに引いて、腕で顔を庇う。シャルロットもぽかんとした顔で突っ立っている。
 だんだん煙が収まってきた時、青年が膝をついて座っているのが見えた。
……やっと戻った」
 立ち上がるなり、彼はちょっぴり不満そうな顔で左の横髪を耳にかける。
 子供の時の髪型だが、顔はラムザがよく知るいつものムスタディオだった。服や靴にかけられた魔法も作用しているらしい。
「ムスタディオ……きみ、元に……
「おう。悪い……心配かけたな」
 仄かに照れ笑いする。体は大丈夫なようだ。
 一安心したいところだが、状況はそうもいかない。戦闘は終わっていないのだ。
「な……なんだコイツ!? どうなっているんだ!?」
「浮足立つな! 敵であることは変わりないんだ!!」
 相手もなかなか冷静らしい。さっきので退いていってくれればとも思ったのだが。
「まだやるようだな……。戦えるか?」
「ああ、大丈夫だ。……にしても動きづらいなこの服」
 今更なことを言いながらタイの結び目を掴んで引っ提げ、ワイシャツの第一ボタンを外している。敵が迫ってきているというのに、相変わらずどこかマイペースである。
「僕が先行するよ。きみはシャルと一緒に援護を」
「あ、ちょっと待てラムザ」
「?」
 見ると、彼は何か目を閉じて思い出すように何か呟いている。それから目を開けてよし、と一人で気合を入れた。
「こんな暗い中じゃ一人一人倒すの大変だろ? 俺がまとめて片付けるよ」
「まとめて? いったいどうやって……
 機工士のアビリティにそんなものはあっただろうか。
 と考えている内に、ムスタディオはまた何かを思い出すように口の中で言葉を繰り返している。
 これはどこかで見たことがある。シャルロットやラッド、ラファやマラークがやっているあれだ。
 その間にも盗賊が武器を片手に颯爽と近づいてくる。隙だらけのムスタディオを攻撃させるわけにはいかない。ラムザが庇おうと前に出ようとした時、ムスタディオが呟くのをやめた。
 そして人差し指を立て。お馴染みの人懐っこい顔をして、一言。

「クリュプス」
………………え」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ラムザが声を漏らしたのと同時に、森が唸り声を上げて震え始めた。
 そして突如現れた、一つ目の巨人。
「で、出た~~~~!!!!!」
「ぬわ──────ッッ!!!!」
「ぐわ──────ッッ!!!!」
「ウボァ──────」
 敵からしてみたら、何処からか現れた召喚獣はこの世ならざるものに見えたかもしれない。しかも人型ならますますそうだったろう。
 怪人は頭上に冷たい光を集め、それを一気に弾き飛ばす。割れた氷の破片が大爆発を起こした。
 “恐怖の最終章”の名の如く、目の前にいた盗賊はあっという間に吹っ飛ばされていった。
………………………………
「ま、こんなところかな。機工士の魔力なんて大したことねーから、死んじゃいないだろうけど──しばらく動けないと思うぜ」
 呆然と吹っ飛ばされていった敵たちを見送るラムザ。隣にいるムスタディオは両手をパンパンとさすっている。
「ムスタディオ!」
 後ろからシャルロットの声が聞こえてきた。振り返るなり白魔道士が走ってきて、青年に戻った機工士に抱きついた。
「良かった……!」
「シャルも悪かったな、心配かけて」
 胸に顔をうずめる娘の髪を撫でる。
「ううん、良いの。本当に良かった、元に戻れて……
「ラムザ! 皆!」
 仲間たちの声とこちらにやってくる足音が聞こえてきた。
「皆、無事ですか!?」
「なんとかな。こちらにいる盗賊は全員倒した」
 アグリアスが答える。駆けつけた隊員は彼女とオルランドゥ伯、ラッド、マラークだけだが、そこにいる全員は無事なようだ。
「それより、おまえたちのいる方向から大きな音や爆発音が聞こえたのだが」
「あ、ああ……。あれはムスタディオが──」
……ってムスタディオ! おまえ元に戻ったのか!?」
 マラークが、ラムザの後ろでシャルロットを慰めていた彼を漸く発見した。
「ああ。戦闘中に戻っちまった」
「とんでもないタイミングだねえ」
 ラッドはこんな時でもにこやかな笑顔を浮かべている。
「ともかく、ブルマン教授の言葉は本当だったようだな」
 アグリアスも少し安心したようだ。
「そもそも」
 オルランドゥ伯が入ってくる。
「ムスタディオはシンシアと鳥車の中で待っているのではなかったのかな?」
「あっ! そうだった!」
 雷神シドの言葉で、ラムザは重大なことを思い出した。
「シンシアさんと鳥車の中にいてって言ったじゃないか! なんで──」
「私が行かせたのです」
 静かな声が森に響いた。
 見ると、鳥車を引くボコと一緒に召喚士の女性がやってきていた。
「シンシアさん……!」
「シンシアお姉さま!」
 驚く隊長と妹に笑いかけ、それから機工士を見た。
「あの落ち込みようを見ていたら、放っておくことはできませんでしたから」
 ね、と促され、ムスタディオは頭をかいて笑った。
「さすが、シンシアさんは何でもお見通しっすねえ」
「私でもそのさなかに元に戻るとは思いませんでした。本当に良かったですね」
「まったく……
 ラムザは眉間を揉む。シンシアが後ろ盾で出撃させたのなら、文句は言えない。
「では、ムスタに召喚魔法を唱えさせたのもお姉さまが……?」
「ああいや、あれは俺が考えたんだ」
 シャルロットの質問に、ムスタディオが代わって答える。
「俺元々クリュプス召喚できたからさ。敵だけ狙える魔法なら、子供でもなんとかなるかなーって思って」
 結果オーライだろ、と笑って頬をかく。
 ラムザとしては他に言いたいことが山ほどあるが、今は他の仲間たちとの合流が先だ。
「それより他の皆は……?」
「ラムザー!」
 別の方からラファの声が聞こえた。
 目を向ければ、残りの隊員たちが駆けつけていた。全員大したケガはしていないらしい。
「良かった、あまり離れていなかったのね」
 メリアドールが持っていた剣を鞘に納めて穏やかに微笑む。ラムザも安心から笑顔を浮かべた。
「そちらこそ。無事に合流できて良かった」
「おやムスタディオ、元に戻ったんだね」
 とベイオウーフ。一緒にいたレーゼも、あら本当と口に手を当てる。
「はい、なんとか」
「良かったわね」
 レーゼが穏やかに声をかけるが、
「なんかムスタディオ、全然雰囲気違うわね」
「え?」
「なんかカッコ良くなったわ」
 頭の先からつま先までまじまじと観察しているラファが言う。
「元に戻ったらこれはこれで良くなったわね」
「というより、いつもの格好よりこっちの方が良いんじゃないかしら」
 アリシアとラヴィアンが何やら勝手な議論を始めている。一方ムスタディオは何か嫌な記憶を思い出したのか、かなりげんなりしている。
「やっぱり、ムスタディオは飾ったら良い感じになるわ」
「元に戻ったおかげでますますそう言えるわね」
「前髪下ろしたら貴族系統いけるかも! 今度服屋に連行しましょう!」
「いいわね! もっと着せてみたい服たくさんあるわ!」
「おいこら待て!!」
 普通本人の前で言わない企みごとをさらりと言ったところで、当人が止めに入る。
「俺はもうこういう格好したくないんだっての!」
「「えー!?」」
「えーじゃねえ!!」
 と。
「オー! あの時のカッコイー銃のおにーサン! また会ったネー!」
 聞いたことのある独特な口調。見ると、カラフルな服装に身を包み、ぴょんぴょん飛び跳ねている道化師のような人物がいた。
 そう。ムスタディオに“10年時を巻き戻す魔法”をかけた張本人である。
「ガリランドに帰るとチューで会えるなんて! ラッキィー!」
「あ──────っっ!! おまえ!!」
「ゴゴさん!」
 ムスタディオが声を上げ、ラムザが名前を呼ぶ。
「え、ゴゴって」
「あの人が……?」
 後ろであの時出撃していなかった仲間たちがひそひそ話を始める。彼らにとっては初対面だ。
 一方魔道士は、飛び跳ねながら不思議そうな顔をして首をひねる。
「アレー? ワタシ、名前言ったケ~?」
「おまえのことなら、ブルマン教授から聞いたぞ」
 かなり不機嫌そうな顔をしたアグリアスが出てきて、ラムザやムスタディオに並ぶ。
「ワホー! キョージュに会ったのネー! イイ人だったデショー?」
「おまえなあ! おまえのせいで!! 俺……俺たち、本ッッッッッ当に大変だったんだぞ!! シンシアさんたちにまで迷惑かけやがって!!!」
 珍しく、ムスタディオが本気で怒っている。
 しかし、ゴゴは特に何とも思っていないらしい。それどころかニコニコしている。
「エー? でも元に戻れたデショー?」
「それはそうですが、それならそうとあの時言って欲しかったです……
 ラムザが呆れ気味に言う。
 しかしゴゴは、ますます奇妙そうな顔をして首をひねり始めた。
「アレー??? ワタシ、“一週間すれば元に戻るヨー”言ったヨネー???」
「言っていません!!!」
「言ってねえよ!!!」
「言っていないだろう!!!」
 ラムザ、ムスタディオ、アグリアスの声がほぼ同時に重なった。
 するとゴゴは「エェーッ!?」と仰天した裏声で叫んだ。本当に心の底から驚いたようである。目の玉が飛び出しそうな形相なのが、その具合を表している。
「アヒェー!? そうだったっケー!?!? ネエネエそこの白魔道士のおじょーサンと黒魔道士のおにーサン、言ったヨネー?」
「言っていなかったです……
「言っていないねえ」
 話を振られたシャルロットとラッドも、口を揃えて否定する。
「アヒャー、成功しちゃってついコーフンしちゃったカー……
 かく、と観念したように肩を落とす。が、それは一瞬のことだった。
「ゴメンネー! でも戻れたから万事解決ネー!」
「おまえ、それで済むとでも思ってんのか!?」
 ムスタディオはまだ怒りが収まらないらしい。とはいえ誠意の欠片も感じない謝り方だから、当然であろう。
「エー? じゃあ他にどうしろっていうワケ? 戻ったんだから良いデショー? それにワタシのマホーのおかげで、おにーサンたちもおねーサン方も、普段できない体験ができたじゃナーイ! ラッキーヨー! イッツファンタ──スティ────ック!!」
 まったく反省の色が見えない言葉に、ついに機工士と女騎士の堪忍袋が切れた。
「自分で解決してんじゃねえ!!! 他人の迷惑考えろよ!!!」
「貴様!!! 我々を愚弄して楽しいのかッ!!?」
 ▼ムスタディオと アグリアスの殺気が 1000上がった
「エッ? 銃のおにーサンも剣のおねーサンも何怒っ……ギャ─────────────!!!!!!???」
 怒号と閃光と爆発と絶叫が、スウィージの森に鳴り響いた。
 ラムザを始め他の仲間たちやシンシアは、呆然とそれを見ている他ない。
「うわあ、修羅場だねえ」
 ラッドが笑顔のまま惨状を眺め、その隣でシャルロットが再度あわあわしている。
「ムスタ、アグリアスさん……!」
……ラムザ、止めなくていいの?」
 呆れたメリアドールが隊の長に声をかける。一方ラムザ本人は乗り気ではないのか、目を関係のないところに向けた。
 その間も攻撃の震動で、何度も地面が揺れる。
「いや……止めたら僕まで命がないような気がして……
「しかし……、森火事にならないでしょうか?」
「問題そこ?」
 シンシアが心配そうに問い、ラファが冷静に突っ込む。ゴゴが「もう戻ったからイージャーン!!」と叫んでいる。これでは、攻撃は止みそうにない。
「まあ、ムスタディオとアグリアス先輩の気持ちもわかるからあれよね」
「そうね。先輩はともかく、私がムスタディオだったら同じことしそうだわ」
 これには流石のアリシアとラヴィアンも、眉を下げて笑うほか反応のしようがない。
「これは二人の怒りが鎮まるまで待つ他ないだろうな。痛い目をみれば、あやつも反省するだろう」
 オルランドゥ伯が顎髭を擦りながら言う。
「その前に森がふっとばなけりゃ良いんだが……
 マラークも呆れ果てて懸念を口にした。聖光爆裂破がゴゴの側にあった木を滅多刺しにする。なるほど心配は外れていない。
「森が壊滅しそうになったら止めれば良いさ」
「そうね。そうなったら皆で止めたら良いのではないかしら」
 と、こんな時でもにこやかなベイオウーフとレーゼ。少なくとも今止める気はないらしい。
……まあ……じゃあ、しばらく放置ということで」
 珍しく惨状を放棄したラムザの一言で、隊の方針は決定した。

 ……結局、ゴゴのお仕置き(?)は夜更けまで続いた。


***


 東から朝日の光が森の中を照す。明るくなってきた空の下で、青年は大きく背伸びをした。
「あー、やっぱこの格好が一番だなあ」
 髪を全て束ね、いつものつなぎ姿のムスタディオだった。今までずっと着なれない服を着──せられ──ていたからこそ、いつもの服装、いつもの髪型が一番落ち着く。
 あの後マジギレしたムスタディオとアグリアスによって、10分の9殺しの目に遭いボロボロになったゴゴ。すっかり反省して今度こそ誠心誠意謝った。それからラムザはブルマン教授がガリランドで待っていることを告げ、彼を送り出したのはつい一刻ほど前のことである。
 と。
「あ────!!!」
………………え?」
 ラファの声が聞こえて振り向くと、声の主が駆け寄ってきた。かなり不満そうに眉を吊り上げ、頬を膨らませている。
「なんで戻っちゃうの!? さっきのムスタディオの恰好、カッコ良かったのに~!」
「いやそんなこと言われても……
 他に言いようがなく頭を掻く。あのときの服装が女性陣に好評だったのは分かっていたが、自分としては着続けられる自信がない。いつもサロペットで動きやすい格好をしている彼にとって、あの貴族の衣装は窮屈すぎるのである。
 そもそも、服装を女性の気持ちに合わせるという発想すらない。周りがどう思うかというより、自分が何を着たいのかが大事なのだ。
 その間にシャルロットもやって来た。
「絶対あっちの方が素敵だったー! ねえシャル?」
「えっ!?」
 突然話しかけられたシャルロットは一瞬驚きつつ、それから首をかしげてムスタディオを見、うーん……と小さく唸る。
「たしかにさっきのも良いけど……。でも私は、いつものムスタの方が格好良いと思うなあ」
 と、ひまわりのような優しい笑顔を咲かせた。
……!」
 その返答に、ムスタディオは一瞬顔が熱くなった。が、すぐに笑顔を取り戻す。反面、ラファが「えーっ!?」と声を上げていた。
「もう! シャルってズレてるー!」
「ありがとな、シャル」
「えへへ……
 礼を言うと、幼馴染みも少し照れたように笑った。

その後、ラムザ隊はシンシアを屋敷に送り届けにドーターに戻った。出迎えてくれたヴェロニカとエレーヌは、元に戻ったムスタディオを見て、それはそれで抱きついて大喜びしていた。結局、子供になっても青年であっても大好きなのは変わらないらしい。

 そしてムスタディオの思わぬ新たな可能性(?)に気付いたアリシアとラヴィアン。あれから二人は何度も呉服屋に彼を連行しようとしたのは、また別の話である。